この世界から神が居なくなって約80年の時が過ぎていた。
世界は相変わらず同じような毎日を繰り返し、少しずつ人々はその記憶からゴンザレス太郎の起こした奇跡を忘れていっていた。
そんな時代、魔物の町だった場所には『アムステルダ王国』が出来上がっていた。
その王国で今、世界を救った元二代目魔王がゆっくりとその人生を終えようとしていた。
「父さん、また来てるよ」
「あぁ、通してやってくれ」
ベットに寝ているのは年老いた英雄ゴンザレス太郎。
その横に居るのはその息子の現魔王『アルス』であった。
アルスが声を掛けるとドアが開き、一人の青年と銀髪の少女が入ってきた。
「ほら、ノロ。お爺さんとミリーは大事なお話があるらしいから外で待とうな」
「うん・・・」
寂しそうな顔をしてノロはミリーと離れて部屋から出て行く。
部屋に二人きりになったゴンザレス太郎とミリーは顔を見合わせて微笑む。
あれから長い年月が過ぎてミリーも変わった。
人間として生きて様々な事を学び、一人の女性として生きているのだが、その姿は当時のままであった。
「お前の孫のノロにまたプロポーズされたぞ」
「全くあいつは・・・」
二人は笑いながら会話をする。
嘗ては宿敵として対峙した関係であったが、主従懇願奴隷の首輪を装着してからはすっかり大人しくなり、彼女がこの世界の元神だとは今では誰も知らない。
ゴンザレス太郎は疲れ切った目で天井を見上げ、昔の事を思い出す。
「なぁ、お前今でもまだ神に戻りたいか?」
「んーどうだろ、今更戻ってもあの時間も何もない退屈な日々はもうゴメンかな?」
「はははっお前変わったよな」
「そうかな?もしそうだとしたら変えたのはお前だぞ」
見た目は少女と爺さんだが、まるで対等な会話を続けている様にも見える。
ゴンザレス太郎はミリーの姿を見つめた。
「なんだ?今更になってプロポーズでもしてくれるのか?」
「バカ言え、お前みたいなの白金貨積み上げてもお断りだよ」
「ちぇ、俺はお前の事嫌いじゃないのにな」
そうである、結局彼女はパイナッポーペンを見付ける事が出来ず、ゴンザレス太郎に土下座をして今から20年程前に許してもらっていた。
フーカは記憶を無くしてはいるが、今も元気に暮らしテイルと聞いていた。
彼女は今では魔道研究所の署長を勤めているらしいのだ。
旦那と子供3人が居り、何度か会った事もある。
そんな事もあり、もうミリーを恨むのは止めたのである。
「ただいま~あれ?ミリー来てたんだ」
窓から飛び込んできたのはサラであった。
ますます大人の色気が出てきた彼女は半魔族、なので寿命が人間の4倍~5倍はある。
あの日、魔王と共にこの国に来てゴンザレス太郎の方からプロポーズをして魔王の座を継いだ。
それからゴンザレス太郎の力で様々な事件を解決し、なんやかんやで城が完成し現在に至る。
彼女も既にミリーとは打ち解けており、むしろゴンザレス太郎の良さが分かる仲間みたいな関係が続いていた。
「私の苦しみも結構短い間隔で感じるようになってきたから、そろそろかと思ってね」
「そう・・・」
二人の会話でゴンザレス太郎も自分の寿命を悟る。
ミリーに着けられている『主従懇願奴隷の首輪』は主が感じた感覚を奴隷も共有するアイテム。
ゴンザレス太郎の寿命が終わろうとして苦痛等がミリーにも流れ込んでいるのだ。
だが彼女はそれを一切顔には出さない。
彼女なりのケジメもあるのだろう。
「サラ、悪いがちょっとミリーと二人にして欲しいんだ。」
「タツヤ、その年で逢引する気?」
「ばーか、お前もこいつの事をもう恨んでないだろ?なら解放してやろうと思ってさ」
「タツヤは大丈夫なの?」
「どうかな?でもこのまま俺が死んだらこいつも一緒に死ぬだろ?それはちょっとな」
そう、この主従懇願奴隷の首輪は主が死んだ場合奴隷も一緒にその命を終わらせるのである。
ゴンザレス太郎はもう彼女は償ったと判断し、解放してやろうと考えたのである。
「分かったわ、でも無理だけはしないでね」
「あぁ、そうだ!ついでにこいつの着替えも頼む」
「ん?…良く分からないけど分かったわ」
そうしてサラは出て行く。
部屋に再びミリーとゴンザレス太郎だけが残り、寝た状態から上体を起こして呟く・・・
「スキル『プロアクションマジリプレイ』発動!」
そして、ゴンザレス太郎の心臓にドクンッと言う大きい1回の鼓動が響く!
久し振りのスキル使用にその表情が歪む。
「ぐっ・・・」
その苦しさにゴンザレス太郎は心臓を抑える。
慌ててミリーが近付いてくるが、それを手で止めて指で操作をする。
そして、最後に決定を押す!
次の瞬間二人の体が光に包まれる。
「ミリーの着替えは下着も要る・・・の・・・」
サラがドアを開けて中に顔を覗かせた時に目を見開く!
なんと二人は全裸であった。
一応ゴンザレス太郎の前で全裸になるのには少し抵抗があったのか、手で胸と股だけ隠して顔を赤らめながらミリーは言う。
「その年になってやりたい事が、私の裸を見る事だったって言うのなら別にこんな事をしなくてもいいのに・・・」
「それなら俺も全裸になる必要ないだろ・・・」
そう、ゴンザレス太郎の選んだコードは『全裸になる』である。
使い道が全くないと思われていたこのコードだが・・・
「ミリー、あんたその首・・・」
「えっ?」
ミリーが自分の首に手をやるとそこには主従懇願奴隷の首輪は無かった。
呪いのアイテムで自らが一度装着すると永遠に外れない筈のアイテムが消えていたのだ。
これがコード『全裸になる』の正体。
装備している物をどんなものでも強制的に消滅させるコードだったのである。
「これでお前はもう自由だ。好きに生きるとイイ、神に戻す事は出来ないってのは分かってるだろうから、それは諦めてくれよ」
そう、このゲームの中にいる限りミリーは神にはもう戻れないのである。
それでも彼女は『不老』と言う女性なら誰もが欲しがるユニークスキルを持って居るのだが・・・
「タツヤ、大丈夫?かなり辛そうだよ」
「とりあえず私は服を着るとしよう」
ミリーの生着替えの横でハァハァ呼吸を荒くしているゴンザレス太郎、ここで孫とかが入ってきたらエライコッチャなのだが多分大丈夫であろう。
そんなゴンザレス太郎は呼吸が落ち着いたらミリーに語る。
「ミリーもノロの事気にしてるんだろ?」
「へっ?う・・・うんまぁ、昔のお前にそっくりだからな」
「ならアイツのプロポーズも真剣に考えてやってくれないか?」
「いいのか?お前はそれで」
「ハハッ昔のお前なら首輪が取れた時点で喜んでここから飛び出して、何処かへ行ってた筈なのに本当変わったな」
そんな二人の会話にサラも笑いながら参加し暫く談笑が続いた。
「さて、そろそろ俺もお迎えが来た様だ・・・」
ゴンザレス太郎は再び上体を寝かせて天井を見上げる。
そして、サラの方に首を曲げて話す。
「サラ、本当に色々ありがとうな。お前が居なかったら俺はここまで幸せな人生を送れなかったよ」
「ううん、私もタツヤに会えなかったらこんな素敵な人生を歩めなかった。」
「でも本当はフーカも一緒に暮らしたかったな」
「そうね、私とフーカの二人でタツヤのお嫁さんになるって約束してたのに・・・」
「もしもあの世でフーカと再会できたら俺達はサラを待ってるよ、そしたら3人で一緒に暮らそうぜ」
「なにその夢物語、でもタツヤが言うと本当にそうなりそう」
「きっと大丈夫さ」
そう言ってゴンザレス太郎はゆっくりと目を閉じようとする。
慌ててミリーが部屋の外に居る全員を呼びに行く。
ゴンザレス太郎の最後が近いのだ。
(あぁ、いい人生だった。前世で聞いた話では死ぬ時に周りにどれだけ自分を愛してくれる人が居るかでその人の価値が決まる、そんな話を聞いた事があったな・・・)
そんな事を考えながら目を閉じたゴンザレス太郎はフト思いだす。
(そう言えば神と戦った時以来コードナンバーガチャを回してなかったな・・・)
それは最後の最後に走馬灯の様に人生を振り返ったゴンザレス太郎の単なる思い付きであった。
そして、皆の見守る中小さく呟く・・・
「スキル『プロアクションマジリプレイ』発動」
その呟きが最後の力だったのだろう。
心臓がドクンっと響き、心臓がそれ以降動かなくなったのを理解した。
ゴンザレス太郎は目を閉じた状態でもウィンドウが表示されてるのが分かり、その右端に表示されているガチャを回す。
思えばこれで最初に出たのが所持金MAXだったな・・・と内心笑いながらYをタッチし懐かしい宝箱が出てくる。
そして、それは自然に開きそこに書かれていたコードを見て驚くゴンザレス太郎!
徐々に意識が遠くなる中、ゴンザレス太郎は最後の力を振り絞ってそれを発動させ、遠のく意識の中探し続けそれを見つける・・・
そして、決定を押して更にもう一回・・・
「父さん!」
「ゴンザレス太郎!」
「爺ちゃん!」
「タツヤ!」
遠くなりかけた意識の中、全員の名前を呼ぶ声が聞こえ僅かだが意識が戻った。
今しかない!
ゴンザレス太郎は最後のコードをもう一度起動させて先程と同じものを選び最後に決定を押す。
これで・・・もしかしたら・・・
ゴンザレス太郎 享年99歳
アムステルダ城にて死去