「それじゃ行ってくる」
「うん、頑張ってね」
まるで新婚の夫婦の様な会話だ。
ルージュ的にはピコハンに対して好意を持っているのは間違いない。
だが、ピコハン的には恋愛をどうこうと言う状況では無い。
家を手に入れたが、この家自体も代金は借りていると同じような状況だ。
其の為これからダンジョンに潜り、生活の為にも魔物を狩り宝物を得なければならないのだ。
「よし、やるか!」
ピコハンは胸当てと短剣を軽く触ってから出発した。
そして、あのダンジョンの入り口へ足を踏み入れる。
数回目にもなれば少しは慣れそうだが、ピコハンの表情は硬い。
それはダンジョンに入って直ぐのその部屋に在った。
「本当にどうなってんだ?」
最初に入った時は1本道で途中に行き止まりの横道があった。
二度目にルージュを助けた時は小部屋みたいな部屋が数個連なった後にあの蜘蛛の居る部屋に出た。
そして、今は入って直ぐの場所に大部屋が在ったのだ。
これがダンジョンの神秘の一つ。
入る度に中が変わる神秘の空間なのだ。
これがある為に一緒にダンジョンに入らないと同じ階層に居るのに出会う事も無く、中から救助を求めて一人を脱出させても同じ場所には戻れない。
そう、ルージュが助かったのは本当に運が良かったのだ。
その何もない大部屋だが、ピコハンは前回の宝箱の事もあり一応部屋をしっかりと調べる。
基本的に人骨が落ちている場所は危険なトラップが在ったり、魔物が居たりして危険だとルージュから聞いていたので、一応警戒はするがまだ安心して部屋を調べる事が出来た。
だが特にこれといった物も無く、ピコハンは奥へ続く通路へ足を踏み入れた。
「ん?気のせいか?」
ピコハンは歩きながら一瞬意識がフラッと飛ぶような感じを受けた。
そして、通路を抜けた先には大部屋が在った。
気のせいか先程と同じ部屋の様な気がしたのだ。
人間の視界と言うのは結構あやふやな物で、同じ場所でも角度を変えると違う場所に見えたりする。
逆もしかりで、似た場所を同じ場所だと判断する事も在る。
一つ例えを上げると、初めて通った道を戻る時は同じ場所なのに逆から見るから違う。
二度目なのに初めて通ったと勘違いする事も在るだろう。
しかし、その部屋にも何も無く、ピコハンは再び部屋を抜けて通路を進む・・・
再び意識がフラッと飛ぶような感じを受け、ピコハンは一つの可能性を予想していた。
そして、通路を抜けるとそこは予想通り大部屋であった。
地面を見ると部屋の中央にピコハンが先程ワザと残した足跡が残っていた。
「戻って来てるのか」
そう、足の向きが来た方向を向いていた。
それはつまり来た道を戻っていると言う事、そしてそれが示す事は・・・
「つまり閉じ込められたって事か」
逆向きに進んでも外に出るわけではなく大部屋に戻された事から、進んでも戻っても大部屋に戻ると言う事だろう。
しかし、この道中に人の死体は無い。
基本的に人捨てのせいで、浅い階層では危険な場所で死んでない人は居ない、と言う事をルージュから聞いていたピコハンが考えたのは・・・
「幻覚・・・か?」
だが事態はそれ以上に深刻であった。
それから数時間ピコハンは通路に傷を付けながら通ったり、大部屋のあちこちに印をつけたりして色々と確認をしていった。
しかし、そのループから抜け出す事も出来ず、疲れ果てたピコハンは大部屋の中央で横になり少し仮眠を取る事にした。
この数時間動き続けたが、一向に進展が無い代わりに魔物も何も出てこなかったからだ。
「体力を無駄に使いすぎるのはやっぱり不味いし、な」
誰に伝えるわけでもなくピコハンは独り言のようにそう言って地面に横になる。
そして、ゆっくりと目を瞑った。
ピコハンが動かなくなって数分後変化は現われた。
大部屋の一部の壁が音も無く横にスライドして、そこから巨大な蟻の姿の魔物が現われたのだ!
そいつらは複数で大部屋に入って来てピコハンに音を立てないように近付き、その周りを囲う。
そして、一匹が飛びつくようにその牙をピコハンに向けて襲い掛かった!
「バレバレだって!」
ピコハンは寝転んだまま短剣を襲い掛かってきた蟻の魔物の首元に突き立てた!
突き刺した瞬間「ギギッ・・・」と言う声と共に蟻の魔物はその命を散らす。
そして息絶えた蟻の魔物を横に転がしピコハンは立ち上がる・・・
「7匹か・・・」
周囲を囲む蟻の魔物を睨みつけ、ピコハンは短剣を手に握り構える!
それを合図にピコハンの背後の蟻の魔物が後ろから襲い掛かるのだった!