力が溢れる…
その感覚にピコハンは高揚する気持ちを落ち着かせ、百足から自身に向かってとんでくる光の粒子を眺めていた。
左腕の肘から先は潰れたまま包帯に巻かれて胸の上に置いている。
その腕をチラリと見て・・・
「アイと同じになっちゃったな」
そんな事を呟きながらピコハンは苦笑する。
これから先の生活を考えると大変かもしれないが、命があっただけマシだと思わないと駄目だろう。
「さて、やるか!」
ピコハンは百足から光の粒子が出なくなったのを見て体を起こす。
さっさと共有箱に百足を解体して入れようと考えた。
ここはダンジョン、何が起こるか分からないのだから…
ピコハンは立ち上がり予想以上の自身の体に付いた新たな力に驚く!
「すげぇ…体が軽い…」
そして、目の前に倒れている百足の胴体に女王蟻の剣を降り下ろす。
手に力は入れてない、にも関わらずスッと剣は百足の胴体を縦に切り裂いた。
見事なまでの剣筋に完璧な『力の入った脱力』と言う理想とされる動き、それによって女王蟻の剣はその切れ味を最大限に発揮したのだ。
「ん?」
剣を見つめフト視界に入ったそれにピコハンは気付く。
少し離れたそこにはドアがあった。
奥の壁からは離れておりポツンとドアだけが一つ置いてあるのだ。
そのドアはまるでピコハンがそれに気付くのを待っていたかのように、誰も触れてすらいないのに開いていく…
そこは白かった。
ドアの中は白かったのだ。
『こっちよ…』
ピコハンの頭の中に女の声がした。
まるでそのドアに呼び寄せられているようだった。
『早くっ!』
再び出た声は何かを焦っているようにも聞こえた。
不審に思いながらもピコハンはドアの方へ一歩進む。
ザクッ?!
「がぁ?!」
突然背中に熱を持った痛みが走り、よろけながら後ろを振り向く。
そこには先程倒したモノと同サイズの巨大百足が居た。
それも2匹や3匹ではない、今この瞬間も岩肌の穴から次々と這い出てきてるのだ。
背後から音を立てずに忍び寄り、背中を牙で切り裂かれた事を理解したピコハンは運が良かった。
もしあのままその場に立ち尽くしていたら、ピコハンの胴体は百足の牙により左右から噛み砕かれていたかもしれないのだ。
『急いで!』
再び声がした。
声は不審だが目の前に居る百足の大群を相手に、現状ではまともに戦える気がしない。
たった一匹相手にこれだけ消耗したのだ。
ピコハンは覚悟を決めた!
「女の子の誘いは断れないよな!」
目の前の牙をワシャワシャ動かして威嚇する百足にそう告げピコハンは反転し、全力でドアに向けて駆け出した!
走る振動で左腕に激痛が走るが、ピコハンは気にせずに全力疾走する!
先程百足を倒した事で脚力が強化され、今まででは考えられない速度で走る事が出来た!
だが百足達もピコハンを見逃してくれはしない。
一匹が胴体を振り回しピコハン目掛けて体当たりを仕掛けてきた!
目の前に現われた百足の胴体を地面を滑る様にスライディングして潜りぬけ、腕から発せられる激痛を無視して滑る勢いで立ち上がり、そのまま走り続ける!
だがこの減速で真後ろに居たピコハンの背中を傷付けた百足が追い付いていた!
「だりゃ!」
その場で前宙を行い、左右から挟むように繰り出された牙をかわして飛び上がるピコハン!
空中で頭が下になった状態で視界に入る6匹以上の巨大百足!
まず摑まったら死ぬ、そう考えたピコハンは目の前の百足の牙に女王蟻の剣を天地逆さまになった状態で叩き付けた!
そう、斬るではなく面で叩き付けたのだ!
それによりピコハンは空中で更に加速し、ドアに向かって吹っ飛んでいく!
だが、そんなピコハンの行動を予測していたかのように、一匹の百足がピコハンの真上の穴から飛び出してきた!
空中で逆さまになっているピコハンは身動きが取れず、しかも天地が逆になった状態で真下から飛び出してくる百足の攻撃に反応が遅れた。
「うがぁあああああ!!!」
間一髪肩から腹まで牙で大きく傷を付けられて回転するピコハン。
そして、地面に叩き付けられバウンドする。
ピコハンは苦虫を噛み砕いたように苦い表情をしてそれを見る。
肩から腹まで落下して来た百足に牙で切りつけられた拍子に、胸の前で固定していた左腕も持っていかれたのだ。
地面に落下した衝撃で意識が朦朧とする中、自身の左腕が百足に咀嚼されるそれを消えそうな意識の中見つめる。
「もう・・・駄目か・・・」
ピコハンは天井を見上げるように仰向けに倒れた。
既に限界を超えて体を酷使していた為その体は全く動かせなくなっていた。
動かなくなったピコハンをやっと食べられると感じたのか百足達は今までの様に一気に襲い掛かって来ず、ジリジリと集団で近付いてくる・・・
その時、脳内にあの声が響いた。
『しっかり握ってなさいよ』
ピコハンの腹に百足の牙が突き刺さる瞬間だった。
ピコハンの右手に持っていた女王蟻の剣が一気に引っ張られ、ピコハンの体は一気に動いた!
ギリギリ、本当にギリギリであったが、開いていたドアの中に女王蟻の剣先が入っていたのだ。
ドアの縁にピコハンの左足がぶつかりながら白い空間に飛び込み、地面を転がったピコハンはドアの入り口を睨み見る。
そこには百足の大群がドアを潜ろうと頭部や牙をぶつけていた。
『安心して、魔物はここには入れないから』
背後で声がした。
ピコハンが振り返るとそこには女神が立っていた。
つり目ではあるが赤い背中まで伸びているまるで炎の様な綺麗な髪に、背中から生えているのであろう純白の白い羽。
羽衣の様な服を着たその女神の美しさにピコハンは声を出すのも忘れて見惚れる。
『無事でよかったわ、今回復させるわ』
そう言って女神はピコハンの額に人差し指の先端を触れて息を小さく吐く。
その瞬間ピコハンの体は炎に包まれた!
だが、ピコハンは一切抵抗しない・・・
その炎が自身を焼くのではなく、体の痛みが燃えるように消えていくのを直ぐに感じ取ったからだ。
女神が指を離すとピコハンの体から左腕以外の傷が消え去っていた。
『後はこれを飲みなさい』
そう言って何処から出したのか緑色の液体が入った物を手渡された。
体の怪我を一瞬で治してくれた女神が言っているのだ。
ピコハンは迷う事無くそれを飲み干した。
すると、ピコハンの無くなった左腕に光が集まり腕の形に形成されていく・・・
僅か3秒ほどであった。
ピコハンの左腕が復活していたのだ。
『もう大丈夫ね、それじゃ改めまして。ようこそダンジョンの核へ』
そう女神はピコハンに告げ、百足がドアを攻撃するのを無視してピコハンを歓迎するのであった。