「これは馬車?でもこんな巨大な金属の箱を運んでいるなんて・・・」
ピコハンの脳内には、巨大な魔物が自分が今乗っている箱を引いて走っている姿が浮かんでいた。
それは仕方ないだろう、馬車以外の乗り物を知らないのだ。
ピコハンは後ろを振り向いて小窓からそこを覗き見る。
運転席と現代人なら理解できるそれも、ピコハンには謎の遺跡のようにしか見えない。
「先頭まで行けばいいのかな?」
正面のドアの向こうにも同じような景色が続いているのをピコハンは見て先に進むことを決めた。
どっちにしても進むべき道がここしか無いのだ。
左右に座席が並ぶ中、ピコハンは真っ直ぐに歩き出した。
数歩前に進んだ時に地面で何かが動いた気がした。
それは…小さな水溜りであった。
地面に小さい水溜りがあり、ピコハンが近付いた足音に反応したのかその水がプルプルと揺れた。
すると水溜りの中央から水が上に伸びだして先端が5つに分かれた。
手だ・・・さらに水の手の平には口の様な物が在り、それが口角を上げてピコハンの方を向く。
「早っ?!」
一瞬の出来事であった。
水で出来た手がいきなり襲い掛かって来て掴みかかるような動きを見せてきたのだ。
ピコハンは後ろへ素早く飛んで距離をとる。
すると着地したピコハンを更に追いかける様に水の手はピコハンを狙って襲い掛かる!
「今の動きもしかして!」
ピコハンは横に飛んで椅子を蹴り天井からつり下がっているつり革に捕まった。
水の手はピコハンの蹴った椅子に襲い掛かり、水の手で押しつぶすように椅子をひしゃげさせた。
「・・・音か・・・」
小さく呟いたピコハンの声にも反応したのか水の手が一瞬天井を狙った。
その時にはピコハンはつり革を伝って前へ進んでいた。
椅子を破壊した攻撃力もそうだが、ぶつかった拍子に飛び散った水からも小さな手が生えていたのを見たピコハンはまともに戦うのは不利だと判断し、つり革を伝って前へと進む。
音を立てないように、地に足を着けず空中を進む事で標的を見失ったのか、水の手はゆっくりと水の中へ戻り単なる水溜りへとなった。
だが飛び散った分が戻ると明らかに体積が増えていた。
(厄介だなこれは・・・)
生態系にはやはり相性と言う物が在る、あの液体の生き物はピコハンにとって戦いにくい魔物だと判断し、無視して先へ進むことにした。
その車両の一番前まで来てピコハンはつり革にぶら下がりながら固まっていた。
「あの取っ手で開けるのか?でも開くスペース無いぞ?」
現代人なら直ぐに横にスライドして開く車両と車両の連結部のドアも、そういうドアを見た事の無いピコハンにとってはどうやって開けるのか謎な物体にしか見えなかった。
だがいつまでもこういしているわけにもいかない・・・
ピコハンは足音を極力立てないように静かに着地してドアの前に立ちノブを握る・・・
ゆっくりと押してみるが動かない、今度は引いてみるが動かない・・・
その時、カーブに差し掛かったのか車両が横に曲がった。
その拍子にノブを捻ってドアが横に動いた!
「開いた!」
だがドアが開く音とピコハンの声に反応し、数個在る水溜りから一斉に水の手がピコハン目掛けて襲い掛かってきた!
慌ててピコハンはドアを潜り引き戸を戻して閉める!
そこに水の手がぶつかり飛び散る!
透明な石にぶつかった水がピコハンの顔の前でまるで憎しみに悶える表情を想像させる形になり、一瞬ゾッとピコハンに恐怖を与える。
だがドアを破ることが出来ないのか、それともそういう何かがあるのか座席を破壊した時程の力は出さず、水の手は再び水溜りに戻って静かになった。
「これは戻るのキツいな・・・」
ドアの前の足元が水溜りだらけになっているのを透明な石越しに見たピコハン、仕方なく先へ進もうと次の車両へドアを開いて入った。
第2車両
そこも同じような構造で左右に椅子が並び、ピコハンは警戒しながら前へと進む・・・
途中椅子の上に在る網棚に置かれている紙が目に入った。
現代人なら新聞紙だと直ぐに分かるがピコハンにはそれが何か分からない、ただ紙の束にしか見えなかった。
するとその新聞紙がまるで蝶の様に羽ばたいて空に浮き出した。
そして、そのままピコハン目掛けて襲い掛かる!
「今度はこれが魔物か?!」
ピコハンは飛んでる新聞紙を手で叩き落した。
先程の水の手に比べればその速度は遅く!簡単に叩き落せたその紙の束をピコハンは足で踏みつけてそれ以上動かなくなるのを確認した。
だが倒したと気を抜いたのが間違いであった。
「痛っ?!」
突然頬に痛みが走りピコハンの左頬に切り傷が出来て血が流れる・・・
気配を一切感じなかったピコハンが振り返ると、それは再び襲い掛かってきた!
それは車両の天井に取り付けられている大きな広告であった。
ピコハンには読めない謎の言語で書かれた、恐ろしく美しい絵の紙が回転しながら飛んで襲ってきたのだ!
「おわっ?!」
とっさにのけぞって避けるピコハン。
頬の傷もそうだが、切り傷を付ける事は出来るが切断する程の攻撃力は無いのだろう。
動脈等の急所さえ避ければ、もし当たったとしても切り傷だけですみそうなのでピコハンは落ち着いていた。
再び回転しながら襲い掛かってきた広告を下ではなく上へと飛び上がってかわして、そのまま広告を踏みつけ地面に着地する。
踏みつけられた広告は少し動こうとしていたが、直ぐに動きを止めてただの紙になった。
「これも魔物なのか?一応・・・」
そう呟いたピコハンはその新聞紙と広告を共有箱を展開させて中へ入れる。
生き物は基本的に入れられないので死んでいるのは間違いないとピコハンは思うが、倒してもいつもの光の粒子が飛び出なかったのが気がかりであった。
「よし、一応用意はしておくか・・・」
座席のせいで少し狭い車両だが、素手で対処できない場合を考えてピコハンは女王蟻の剣を手に持ち前へ進む。
もしもの時は座席ごと切り裂けば問題ないだろうと考えてピコハンは警戒しながら前へと進む・・・
しかし、この車両ではこれ以上なにも無いまま車両の奥まで進み、拍子抜けしたピコハンはドアを横へスライドさせて開く・・・
その時であった。
背後に「ズガーン!」と大きな音と共に大きな穴が開いてピコハンは目を疑った。
「う・・・嘘だろ・・・」
その光景はまさに驚愕としか言えないだろう。
車両の天井を突き破って車両と同じくらいのサイズのワニが飛び込んできたのだ!
その圧倒的威圧はピコハンの体を震え上がらせた。
「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ワニを知らないピコハンは巨大などう見ても肉食の魔物の出現に驚いて開いたドアの中へ飛び込み、次の車両のドアを開ける!
その間もワニは座席をその体で破壊しながら口を開いてピコハンを追いかける!
その口の大きさが車両とほぼ同じと言うのだからとんでもない話である。
ピコハンはドアを一応閉めて隣の車両へ安全確認もせずに転がり込むのであった。