「きっちりと3兆5千億デール支払って貰えますか?」
ギンジョーが支配人に嬉しそうに告げる。
そう、七志一人ではこれ程の金額を勝利したと言っても素直に支払われる可能性は限りなく低い。
それこそこの場に居る者を口封じしてしまった方が罪に問われたとしても安上がりなのだから・・・
金は人を狂わせる、それを知っているからこそこの町の帝王と呼ばれる金貸し、ギンジョーの存在は大きかった。
「だ・・・だがしかし、そんな大金、在るわけが・・・」
「あー?その点においては心配要らんで、ワシの職業よー知っとるやろ?」
「ぐ・・・」
そして、これこそが七志の狙いであった。
実際にオリハルコン硬貨35枚を受け取る気などサラサラ無いのだ。
二人の間では既に話しは付いているのだから・・・
支配人に3兆5千億デールを貸し与えれば、直ぐに返却されたとしてもその利息は3500億デール。
実に35億円もの利息を得られるのだから。
しかも七志からも貸したオリハルコン硬貨1枚分の金利が手に入る。
総額すれば3600億デールの儲け、日本円で1時間ほど金を貸して演技をするだけで36億円もの利益となるのだ、まさしく大儲けそのものである!
これこそが七志がギンジョーに提案した当初の大きな儲け話の内容であった。
「ぐ・・・わ、分かった・・・」
支配人は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら悔しそうにギンジョーに応答する。
だがその内心は絶望と呼ぶには程遠いモノなのだった・・・
(一時的にだ・・・無駄な金利を支払うのは仕方ない、ここは割り切ろう)
支配人はギンジョーの部下が差し出した用紙に署名と自らの血の母印を押す・・・
これで支配人はギンジョーに3兆5千億デールの借金をする事となった。
本来であればこれ程の額を個人がどうこう出来る筈はない。
この区の一般人の月収が3000万デール程だと言えば当然だと言えるだろう。
だが、いくら支配人がこの『1or8』のTOPだからと言って、個人がどうにか出来る額を超えているのは確か・・・
にも関わらず軽い様子で応答した支配人の何処かまだ余裕のありそうな表情が周囲の者に違和感を与えるのは当然であった。
「んで、一応返済の予定を聞かせてもらおうか?」
「ご心配なさらなくても直ぐにお返しさせてもらいますよ」
ギンジョーの言葉に先程の悔しそうな表情を無理やり営業スマイルに直して答える支配人。
その様子にギンジョーも流石に尋ねた。
「随分と余裕がありそうな様子やけど、その言葉を信じてもええんやな?」
「えぇ、何でしたら今日中に返済するという形を取らせて頂ければ金利の方をもう少し安くしてもらえませんか?」
「ふーん・・・まぁええやろ、その借用書に書いてある通り利息は3500億デールやけど、今日中に返済出来るって言うんやったら半分にしてやるわ」
「それはありがたいですね」
普通に考えれば支払える訳が無い、いくらここが大金が毎日動くギャンブル施設だと言っても4兆デール近い現金が直ぐに動かせる筈が無いのだ。
となれば・・・
「ほんで、今日中に返済出来ひん時は切り良く利息4000億デールに値上げさせてもらうって形でよろしいおまっか?」
「えぇ、ではそれで・・・こちらに追加記載させて頂きますね」
「あぁ・・・」
自ら借用書に追加記載を行う支配人、そのやり取りを無言で眺め続ける七志とルリエッタは互いの手を重ねていた。
傍から見ればカップルがイチャイチャしている様にしか見えないが、実は今現在も二人は嵐と繋がっているのだ。
「それでは・・・おいっ」
支配人が声を上げ一人の黒服を呼びつけた。
耳元で何か指示を出し俊敏な動きで黒服は走る事無く競歩の様な歩き方で急いで外へ出ていく・・・
それを見送った支配人と七志達は「パンッ!」と言う手を叩く音で意識を引き戻された。
音を立てたのは支配人である。
「それでは直ぐに返済の準備をさせて頂きますので次のゲームでも如何ですか?」
笑顔でそう告げる支配人、だがそれに応じる者はこの場に居るわけがない。
ついさっき七志によって支配人が任意のポケットに球を落とせるって事を暴露されたのだから当然であろう。
ルリエッタの勝ち分はギンジョーから支払われる事となったので、残りの銀貨35枚が七志とルリエッタの所持金なのだ。
暇潰しで残りの銀貨を使い切る訳にもいかないのだから仕方ないだろう。
結局、誰一人席に着く事も無く支配人はルーレットを今日は終了する事とした。
「仕方ないですね、それでは本日のゲームはここまでとさせて頂いて・・・」
支配人が七志達に飲み物でも配って黒服が戻って来るまでの時間潰しをして貰おうと考えた時であった。
行きとは違い、焦った様子で黒服が物凄いスピードで駆け寄ってきた!
「支配人!大変です!!」
本来黒服はギャンブルドックが吠えた時以外はドーム内で激しく動く事を禁止されている。
だからこそ、その慌てた様子に支配人自身が驚き、目を丸くして一瞬硬直してしまった。
だがこのドームのTOPだけあり、直ぐに自制を行って尋ねる。
「一体どうしたのですか?」
「そ、それが・・・」
「慌てずに、落ち着いて話して下さい」
「あの・・・その・・・」
チラリと黒服はギンジョーの方に視線をやってから意を決して口を開いた。
「ハ・・・ハンニバル商会が町長の衛兵によって家宅捜査を受けています!」
「ぇ・・・ はぁあああああ?!?!?!!」
そう、支配人はギンジョーへの返済としてハンニバル商会の手を借りようとしていたのである。
しかし、彼等は知らない、知る筈が無い・・・
ほんの少し前に、七志の魔法により隠滅していた筈の裏帳簿が復元され、町長の元へギンジョーの部下の手で届けられていた事を!
そして、今まさにハンニバルの身柄は拘束され、支配人が頼ろうとしていた手段は完全に塞がれていたのだ。
「なんてことだ・・・」
チラリと支配人はテーブルを見詰める・・・
それはそうだろう、今日中に返済出来なければ50億デールもの利息を追加すると自ら追加記載しているのだから・・・
墓穴を掘るとはこういう事を言うのだろう、ドームの営業を停止させてドーム内にある現金を全て集めたとしても1兆デールに届くかどうか・・・
それを知っているからこそこの事態をどうにかしようと支配人は思考を巡らせる・・・
そして、それを思い出した!
それは七志達が訪れた時の事・・・
『お客様、一応申し上げておきますが・・・当店では奴隷の売買は行っておりません』
『えっ・・・そんな!』
ギンジョーの横に立つウサギ耳の女が出したあの言葉・・・
そして、彼等が最初にここを訪れた時に話していた獣人の男・・・
支配人はこれが最後の方法だと言わんばかりにそれに賭けた!
「ど、どうでしょうか?そちらの女性が当店の奴隷をお買い上げしていただけるというのは?」
「・・・あっ?」
ギンジョーの表情が凶悪に変わる。
ここを訪れた時に支配人が自ら口にした『お客様、一応申し上げておきますが・・・当店では奴隷の売買は行っておりません』と言う言葉を自ら覆したからだ。
「どうでしょう?あなた方はあの奴隷が欲しかったのでしょ?でしたら特別に、そう今回だけ特別にお売りさせて頂きますよ!」
「んで・・・なんぼや?」
「そうですね・・・この借用書の総額・・・でいかがですか?」
支配人がそう言うと一人の黒服が競人コーナーからガレフを連れて来ていた。
その手はガレフの首に沿わされ、今にも絞め殺すと言わんばかりである。
「奴隷は所有者が殺してしまった場合、罰金を支払わ無くてはならない。事故で死なせてしまった場合も・・・ですよ?」
「ぐ・・・汚いやつだ・・・」
ソフィアが何かを叫ぼうとするが、それをギンジョーの部下が口を押えて防ぐ。
まるで、何かを言わせないようにする為に・・・
「貴方がたは彼を返して欲しいのでしょう?どうです、悪い取引じゃないでしょ?」
そう告げる支配人、こんな事をしでかせばここの評判がガタ落ちなのは間違いない。
だが支配人はギンジョーへの借金を返済すれば破産は間違いない、それを天秤にかけて選んだのだ。
だが・・・
「くくく・・・くく・・・はははっ・・・ハハハハハハハハ!!!」
突然笑い出すギンジョー。
その異様な変化に誰もが唖然とそれを見守っていた。
それはそうだろう、ギンジョーからすれば奴隷の一人なんてどうでもよく、その奴隷の命が利息込みで3兆9千億デールになる訳が無いのだ。
だが、もう支配人には後が無かった。
マン・ギンジョーが貸した金は絶対に取り立てる事は非常に有名である。
例えその命が尽きた人間からであっても・・・
だからこそギンジョーはこの提案を突っぱねると考えていたのだが・・・
「えぇやろ、だがこいつ一人やと額に見合わなんな・・・どうや?お前んところの奴隷全員と引き換えってのは?」
「・・・本気か?」
「あぁ、本気や」
まさか了承されるとは思っていなかったのであろう、支配人は驚きつつも嬉しそうにギンジョーの提案に乗ることにした。
いや、もうそれしか生き残る道は残されていなかったのだから当たり前だろう。
直ぐに黒服に指示を出し、現在奴隷として居る者全てを受け渡す事を約束し、行動に出た。
奴隷としてここで働かされ、死んでいった者も多くいるが、とりあえずは生きている者だけ譲渡される事となったのだ。
「それじゃあこっちでも奴隷譲渡の契約書用意させるから待っとってくれや」
「分かった」
ギンジョーもまた部下に奴隷譲渡の契約書を用意させる為に向かわせた。
安堵の表情を浮かべる支配人、そこでフト先程ソフィアが何かを言おうとしていた事を思い出した。
いや、心のどこかでそれが引っ掛かっていたのだ。
「待たせたな、ほらっ奴隷譲渡の書類や」
「い、一応確認させて貰いますね」
差し出された書類を支配人は確認していく・・・
どこも不備はなく、ちゃんとした正式な書類である、少々準備が早かった様な気もしたが、先にこの事態を予測して準備していたのだと理解して支配人は納得し、読み終えてから署名をした。
「これで、良いんですよね?」
「あぁ、確かに。それじゃあこれは返済済みっちゅう事で」
そう言ってギンジョーは先程の借用書を破棄した。
びりびりに破き燃やしこの世から消滅させたのだ。
これで一連の騒動は終了した・・・かにみえた。