「お待たせしました。それでは手数料の方が・・・」
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい?」
振り込みの為に一度七志のギルド口座に入金したお金を振り込む、その手数料が口座から引き落とされた話をしようとした受付嬢を七志が止める。
振込手数料は振り込まれる額に応じて増えていくのでかなりの高額なのだが、七志の口座残高なら余裕であった。
その為、口頭で金額を伝えるだけなのだが、それを止める様に七志は話しかけたのだ。
「この『世界樹の雫と枝の搾取』って依頼受けたいんだけど、この条件ってなに?」
「あーこれですか・・・」
受付嬢が何か言いにくそうにしている様子を見て疑問を感じる七志とルリエッタ。
後ろに居るガレフとソフィアは何も言わずただ流れを見ていた。
「ちょっと待って下さいね・・・ギルマスーあの依頼の条件を聞きたいとおっしゃってますよ?」
そう言って受付嬢は先程のギルドマスターを呼んだ。
奥から出てきたのはがっしりとした体形の男であった。
身長が180はあるのだろう、高い背のせいで見上げる形になった七志を見る鋭い視線が少々怖かった。
だがそれよりも七志は灯りを反射させる頭部の輝きが非常に気になってしまっていた。
「ふむ、一応募集メンバーは規定数既に決まっているのだが・・・少しテストを受けて貰っても良いかな?」
「どんなですか?」
元々七志はこの依頼を受注しなくてもいい、むしろこれで世界樹の元へ行けるのであればガレフを救った意味が無くなる。
ギンジョーと出会えたと言う縁が出来た事には感謝なのだが、身ぐるみはがされる体験をする必要は無かったと言われれば悲しいものである。
そんな微妙な気持ちのままギルドマスターがテストの内容を説明するのをとりあえず聞くのであった・・・
「それじゃ頑張ってくれたまえ」
「はい!約束ですよ」
ギルドマスターとの話を終えた七志は隣接した飲食コーナーへ足を運ぶ。
少々モノ言いたそうなガレフとソフィアであるが、七志がやる事に興味があるのか何も言わずに後を付いてきた。
ルリエッタは七志の裾の先をキュッと摘まんだまま後をついてきており、傍から見れば七志に好意を寄せている様にしか見えない、だが事実は嵐との連絡を直ぐにする為の行動である。
そんな状態のまま4人は簡易的に作られた飲食コーナーの受付前に辿り着いた。
「すみません、エールを3つとお水貰えますか?」
「はーい!」
看板娘がハキハキと答え、七志達の前に飲み物が置かれる。
メニュー自体が非常に少ないのか、あまりに早く用意された手際の良さに動画勢がファストフードよりも早いと盛り上がっていたりする。
七志が手にした水をコクコクッと飲み干し、3人は神妙な顔つきで出されたエールを見詰める・・・
注文したこの3杯のエールは3人が飲むためのモノでは無いのだ。
「お姉さん、ちょっと良いかな?」
「ん?なんだい坊や?」
「あそこにいる彼って腕っぷし強い?」
七志の言葉に首を傾け返答をするカウンターに座る女冒険者。
ビキニアーマーの上にマントを羽織った様な格好は少々目の毒だが、七志は気にした様子もなく普通に話しかけていた。
女冒険者は七志にそう言われ、視線を向けるとそこには一人の冒険者がエールを飲んでいた。
「あぁ、このギルドでもTOPクラスに強い男よ。彼に勝てる奴なんてこの辺りじゃ聞かないね」
「そっか、やっぱりあの人がドーモンさんか・・・」
そう確認を取って七志は女冒険者の前に銅貨を1枚置いて立ち上がる。
そして、ドーモンの元へ3杯のエールを持ち近づいていく・・・
残り3歩くらいの所でドーモンの鋭い視線が七志に突き刺さった。
蛇に睨まれたカエルの様に背中に寒気が走るが、七志は気にした様子もなくもう一歩ドーモンに近づいた。
「そこで止まれ、俺に何か用か?」
「貴方がドーモンさんですね?自分は七志と言います。ちょっとお話いいですか?」
そう告げる七志に鋭い視線を再び強めたドーモン。
あからさまに怪しい様子の七志を警戒しているのだろう。
もしかしたら3杯のエールと1杯の水を頼んだ時点から注目していたのかもしれない。
「何の用だ?」
「ドーモンさんが凄く腕っぷしが強いと聞きまして、一つ僕と腕相撲で勝負してくれませんか?」
「なに?」
そう言って3杯のエールをテーブルの上に置いて七志は向かいに許可も得ずに座った。
肘を立て、手をドーモンの前に差し出す。
置かれた3杯のエールにチラリと視線を送り、目の前に座った七志の前に飲んでいたエールを置いた。
「その3杯のエールは一体どういうつもりだ?」
「報酬ですよ、僕と腕相撲勝負をして負けたら差し上げます」
「・・・おもしれぇ」
そう答え、ドーモンの丸太の様な腕がテーブルの上に置かれた。
凶悪に変化した笑みを浮かべながらドーモンは七志を見開いた目でしっかりと捉えていた。
「腕が粉砕しても知らねぇぜ?」
「大丈夫です。優秀な彼女が居ますから」
そう言って七志はチラリと隣に立つルリエッタに視線を送る。
高名な治療師だと言わんばかりの言葉にドーモンの表情が少し険しくなる。
七志の言動の意図が全く掴めない事に少し苛立っている様子でもあったのだ。
その時であった、その光景を見ていた周囲の者が盛り上がりそのテーブルを囲みだしたのだ。
「おもしれぇ!」
「坊主!そんな細腕でドーモンに挑むなんて正気か?!」
「おいお前どっちが勝つに賭ける?」
「そりゃドーモンだろ?!」
「俺もドーモンだ!」
成り行きを見守っていた周囲の野次馬達が勝手に盛り上がり一気に場は騒がしくなった。
そんな空気の中、七志は大きく宣言した!
「僕が負けたら、皆さんにもエールを1杯ずつご馳走させて頂きます!」
「七志さん?!」
「ルリエッタ、大丈夫だよ」
そう言って七志は銀貨を1枚テーブルの上に置いた。
シーンと静まり返る場、そして一拍置いてからドッと盛り上がり周囲の者達が雄たけびを上げる様に叫び出した!
一気に騒がしくなった場に、ギルドの受付や依頼ボードの方に居た者達の視線も集まり場に熱気が集まった!
無謀も無謀、そこまで勝利する何かが在るのかとドーモンは困惑の表情を浮かべる・・・
明らかに太さが3倍近く違う二人の腕、そのまま腕相撲をして負ける要因が全く想像も付かないのだ。
だが、あまりにも自信満々の七志の様子にドーモンの頭の中は混乱の極みであった。
人はどうしても分からない事が在った時になんでもいいから理由を付けて自分を納得させようとする。
これは合理化という心理バイアスである。
それが正しい必要はなく、自身を納得させる事で疑心暗鬼を解除しモチベーションとパフォーマンスを回復させる手法である。
長年冒険者を続けてきたドーモンは無意識的にそれを理解しており、七志の言動に合わせて周囲の状況を観察しその理由を探していた。
そして、ソフィアとガレフが居る場所を突き止めた。
(あの二人・・・確かこの七志とか言うヤツと一緒に居た奴等だよな?)
その二人が話している相手は先程この腕相撲勝負の賭けを始めた元締めの男の前であった。
何かを話しながら金貨を手渡している二人に気付いたドーモン、口元をニヤリと歪ませて目の前の七志がやっている事を理解した。
そう・・・
「なるほど、ここまでは合格だ!」
ドーモンの高らかな宣言と共に七志の手が握り返され、一瞬にして七志の腕はテーブルに握り潰された手ごと叩きつけられるのであった。