慟哭の洞窟で戦鬼が出現した同時刻、魔海の向こうに在る魔王の国は襲撃を受けていた。
「お嬢様!こちらでございます!」
「ニセバスチャン!まだ兄様が!」
サラは執事のニセバスチャンに誘導され地下通路を進んでいた。
魔王から『サラを連れて退避するように』と指示を受けたニセバスチャンは普段は使わない通路を先導する。
「鬼ごときに魔王子アーサー様が負けるわけはありません!」
「だったら逃げなくても…」
「もしもの為でございます!」
人間界で戦鬼の復活に影響を受けたのか、魔界のゴブリンとも言われる鬼族が突然凶暴化し、一斉に魔王の国を襲っていた。
当然魔王率いる国の魔物達は鬼程度に負けるわけは無い、だが問題なのはその数である。
魔界の鬼は魔界のゴブリンと呼ばれるだけあり、その類いまれなる繁殖力で同族だけでなく別種族の雌でも孕ませる、だが恐ろしいのは別種族の雄の死体からも繁殖することが可能な事であろう。
これは鬼の精子の中に卵子が含まれていると言う生物学的にあり得ない生態を持っているからであった。
「ぐぉぉぉおおおおお!!」
魔王の拳の一撃で数百の鬼が一気に粉砕され肉片が飛び散る。
だが直ぐに空いた場所に別の鬼が入り込み同族の肉片を死姦する。
戦鬼の影響か数分後には成長した成体の鬼がそこで動き出すのだ。
味方がやられても敵を倒してもその数は増える、そんな状況下で魔王の国は必死に抵抗を続けていた。
普段ならこの状況下でも対処は可能であったか、だが魔王の国はゴンザレス太郎に倒された者達の穴が大きかった。
特に悪魔大元帥アモンの知略とゴズを筆頭に、広範囲殲滅魔法を使える者が抜けたのが非常に痛手であった。
「くそっキリがない!」
一番密度の濃い北側で一人、鬼達を相手に戦う魔王に対し東西で残った精鋭が戦っており、その中の一匹が愚痴る。
まだ鬼が襲い掛かり始めて15分くらいなのだが、押し寄せる水を延々とバケツで酌む様な戦いを行っているのだから仕方あるまい。
それでも20匹ほどのゴンザレス太郎と対峙した魔物はその口を聞いて思う。
(アレよりマシだ…)
事実鬼に攻撃を受けても掠り傷程度のダメージしか無いのでそこまで緊迫もしておらず、その者達が落ち着いているので状況は落ち着いていた。
一方南側には鬼の一斉行動に追われて逃げてきた魔物達が集まっていた。
その先には魔海が広がっており逃げ場は無い、だが鬼の群れが魔物の町を目指しているため現在は比較的安全で状況は落ち着いていた。
人間界では戦鬼が、魔界では鬼の大群が世界を騒がし始めているこの大事件。
これを引き起こした原因は一人の冒険者であった。
「やべーこの祭壇壊したのバレたらSランクになれないよなやっぱ…」
封印の洞窟と呼ばれるその最奥で盛大に転び、頭から祭壇に突っ込んでぶっ壊したヤバイその人であった。