母性たっぷりの聖母様先輩が義母になった件。~取り敢えず、お隣さん全員が家族になりました。~ 作:藤宮氏
時刻は朝の八時半。俺は裏口から店へはいるとスタッフルームへと向かう。
「平井先輩、おはようございます」
「あ、秀君おはよ~。ってあれ!? 今日は私の当番の日だよね?」
コーヒーを片手にスマホのカレンダーを確認しているのは平井先輩。先輩は俺より三つ上の現役大学生で有り、この店の一応の副店長&マスターである。コーヒーを飲むその姿は、いつものどんくさい甘々先輩をミリにも感じさせない、大人な雰囲気を
先輩の言う当番というのは、多分オープン当番の事だ。基本、この店は俺と更科と他二人のバイト、そして平井先輩の数人で回っている。
この店の開店時刻は九時だが、お客さんが来店するのは大体ランチタイムが始まる十一時頃。オープンの作業と言ってもレジの中の小銭を調節するのと、コーヒーの焙煎、それと食材の受け取りくらいなので、いつもは曜日ごとに当番制にしているのだ。
「今日は気が向いたのでちょっと早く来てみました」
「本当! 食材かごって案外思いから助かるわ~!」
そう言って先輩はスマホを持っていた方の手を挙げて喜んで見せる。
「そうだ! 珍しく今日は午後から一組、団体の予約が入ってるのよ~」
「団体の予約?」
団体の予約……か。そういえば久しく予約なんて来ていなかったな。何せうちは地元のローカル店では有るが、朝のエンタメニュースで見るような新感覚の和菓子が有るわけでも、ダイエットに効果的なアイスクリームが食べれるわけでもない。精々テラスにハンモックがあるくらいの普通の喫茶店である。
会社の会食、にしては時刻が早い気がするし、そもそも会食を地味なカフェではしないだろう。となると、地元の学生の集まり同窓会とかだろうか? しかしまだ五月、同窓会をするような時期でもない気がするのだが……。
すると先輩はこちらに予約表を見せてくる。
そこには大きく強調された文字で――
「へぇー、月売テレビ、ねぇ。……へ? 月売テレビ!?
先輩があまりにも平然とした様に言うからあやうくサラッと聞き流してしまうところだったが、予約表には確かに 『月売テレビ・企画部署』の文字。
先輩は俺の反応を見ると、予想外だったのか一瞬、目を見開くと「ふふっ」っと腹を抱えて笑い始める。
「な、何がおかしいんですか!」
「いや、ごめんね、違うの……思ったよりも乙女な反応だったから……プクク」
「なにも笑うところではないでしょう!」
まったく、人の反応を見て笑うのは失礼だ。しかも男に対して乙女だとか、嬉しくないにもほどが有る。
「それより、テレビが来るんだったら午後からは店を閉めた方が良いですよね?」
であれば、店のtwitterとかwebページでその報告しないとならないし、万が一来てしまったお客さんにも謝らなければならない。お客さんには悪いが、テレビが来るとなれば致し方ないことだ。
それに先輩も先輩である。もう少し早く言ってくれてたら色々事前に準備出来ていただろう。
しかし、そんな俺の心配も先輩の言葉で杞憂に終わる。
「あ~、テレビ的には食べているお客さんにもインタビューしたいらしいから、良いんじゃないかな?」
「あ、なるほど」
確かに、食レポしている芸能人やアナウンサーと一緒に親子ずれのお客さんが感想を言っているのを見たことが有る。
だが、疑問が一つ片付いたとてまだまだ疑問はある。言っちゃなんだが、そもそも何でこの店をセレクトしたのだろう。先程も言ったが、べつに特別インスタ映えするようなスポットではないだろうに。
そんなことを考えていると、ふと先輩が時計を見て驚く。
「あ! もうこんな時間!? やっぱり秀君とお話ししていると時間が早く進むわね~」
時刻はバイト入りの十分前、確かに時間が早く進む様に感じるのには同感だが、それを口に出したら先輩が調子に乗るように感じた俺は、あえてほのめかす事にする。
「地球上に居る限り時間の進むスピードは全員共通だと思いますが?」
「んもう! 比喩だよぅ」
「んな事わかってますよ。さ、早く始めましょう。今日は仕込みも忙しそうですしね」
「秀君、冷た~い」
良い年した
俺は一気にコーヒーを飲み干す先輩を他所に予め私服の下に来ていた制服に着替え、厨房の方へ向かった。