よう実 『ドキッ♡恋も実力戦』綾小路清隆√実況プレイ 作:大盛り白米
どうやら気に入られたらしいと気付いたのは、次の日に二度目の昼食の誘いを受けた時だった。
あれだけ好意を示されておいて何を鈍感ぶっているんだと言われても仕方がないが、生憎と人と交流を持つような機会には恵まれなかったし、どこからどこまでが真に受けていいのか社交辞令かなんて、そんな高度なものを見抜く力など持ち合わせていないのだ。これに関しては仕方がないと言えるだろう。
隣席ということもあり授業の間の休み時間などにも前席の王も交えてよく三人で話すようになり、昼食時にはそこに更に松下と森も加わったメンバーで学食に行くのが主になった。イケメンサッカー少年の平田の方はと言えば、二日目のあの騒動以来囲まれていた女子たちとは疎遠になってしまったらしく、今や常に女子に囲まれているオレは男子たちの妬みを一身に受ける存在になってしまった。
とはいえ別に、それに不便さを感じたことは無い。ちーちゃんからの紹介もありちーちゃんのもう反対側の隣席の伊集院だとか、それから平田だとかとはそれなりに話せるようになったし、妬みから敵視してくる筆頭である池達は正直結構素行が悪いため此方としても関わらずにいられるのならそれに越したことはなかった。
放課後や休日によくお誘いを受けるようになり、だんだんとそのお誘いもグループではなく二人でのものの割合が増えてくる。成程、世のカップルはこういう風に誕生するのだな、だなんて感慨深く思いつつも、何故ここまで気に入って貰えたのかもよく分からないままにあっという間に日々が流れていく。
可愛い子に好かれて満更でもないな、という浮ついた気持ちがきちんとした恋愛感情へと変わったのは、きっと背中に庇われたあの時だ。
ちーちゃんからも茶柱先生が勝手に持ち出したオレの入試の答案は簡単に目に入る距離にあったというのに、それを一度だって覗き見ようとはしなかったこと。三年間ずっと変わらないままだとはとっくに知っているはずの、それも直前に退学を脅しに使われたばかりの担任である茶柱先生からの反感を買うのを恐れず、オレのために抗議してくれたこと。堀北の口からオレが入試で全教科50点であることを知った時も、オレの気持ちを汲み取ってそれに疑問を浮かべることすらしなかったこと。その上で、オレを利用しようとする堀北から守ってくれたこと。
愛情を受けるというのは、こういうことなんだなと思った。なんの前触れもなく向けられていた好意にやっと理解が追いついて、そうしてどうしようもなく温かな気持ちになる。そりゃ、こんなの手放したく無くなるはずだ。縛り付けてしまいたくなるのもよく分かる。
『………なぁ、何も聞かないのか?』
『んー………べつにさ、なんでも知ってなくたって、仲良くはなれるでしょ。私だって人に言ってないこともたくさんあるしね。清隆こそ、聞かなくてよかったの?私がDクラスに振り分けられた理由とか』
『、いや………』
『もしかしたら私、本当はすっごくヤバいヤツかもよ?』
『…………、……』
『………ふふ、まぁ私は、清隆が清隆ならなんでもいいけどね』
堀北と別れた職員室からの帰り道、腕に抱きついたままのちーちゃんとのそんな会話を、オレは今でもよく覚えている。好意を自覚したばかりの中腕にあたる二つの柔らかい物に耐えるという苦行をこなしつつ、これで付き合ってないなんておかしな話だなと、今更ながらに距離感を見誤った関係にもどかしさを感じていた。
オレがオレならなんでもいい、か。他の人間に言われれば鼻で笑って馬鹿にしていただろうに、心底そう思っているのが分かるだけに返す言葉が見つからなかった。少なくともちーちゃんが今予想しているようなものより数倍は厄介で重たい話になるのは確かなのに、きっと受け入れてくれるのだろうなと、不思議とそう思った。
これ以上ない好意を感じるし既に詰める距離すらないというのに、未だ進展のないちーちゃんとの関係にオレは悩んでいた。贅沢な悩みだなとは自分でもそう思う。進みたいのならやはり告白をするべきなんだろう。しかしあれだけ積極的なちーちゃんが告白をしてこないということは、ちーちゃんの方はこの友達以上恋人未満の距離感を楽しく思っているのかもしれない。
とはいえ最近は須藤からの好意を帯びた接触も気になっていたし、この先そんなやつが他にも出てこないとは限らない。好かれていることが分かっているのにみすみす取り逃がすだなんて冗談じゃないし、早いうちに覚悟を決めるべきだと思う。
ちょうど夏休みにはバカンスがあるという話だったし、これはいいチャンスなのではないだろうか。尤も、本当にバカンスに行けるのならの話だが。
そんな風に考えていた最中だった、茶柱先生から脅迫を受けたのは。幸いなことにも以前呼び出された時から異常な程に茶柱先生を警戒しているちーちゃんに言われていたこともあり、脅迫の内容はきちんと録音されている。いざという時にこれがどれだけ役に立つのかは分からないが、少なくとも問答無用で退学という事態は防ぐことが出来そうだ。本当にちーちゃんには感謝しかない。
きっとその気があったのなら、隠すことは出来たのだと思う。ちーちゃんはオレの嫌がることはしないし、隠したいという素振りを見せれば深入りしてくることはなかったはず。
それでも話そうと思ったのは信頼を示したかったからなのか、一人では抱えきれなかった心の弱さなのか。
五月のゼロポイントに驚いた様子がなかったこと、須藤のために動いた理由、みんなに配布した過去問。ちーちゃんとオレは考え方がよく似ている。おそらく頭脳も同じくらいなのだろう。だからきっと、オレの事情を話すことはそこまでの負担にはならないだろうとも思ったのだ。
『怪しいなとは思ってたけどやっぱりそうなんだね。私情の持ち込みの上脅迫とか、本当にダメなやつじゃん』
『、そうだな』
『………清隆はどうしたいの?』
『オレは、………』
それ以上は言葉が続かなかった。どうしたいのかなんて、そんなの考えていなかったから。
茶柱先生を退職に追い込む?そりゃ、オレだって彼女にはいい感情を持っていない。それなりの罰は受けて欲しいとも思う。しかし例の男の話が本当だとすれば、代わりに新たに着任する担任が脅迫をしない真っ当な人間であれど、権力から自分が不利益を被ってまで庇ってくれるような人間である可能性は限りなく低い。
ならば条件付きとはいえ、こちらが望む結果を出せば利用することが出来る茶柱先生には一定の価値はあると言えるだろう。いま追い出すのは得策ではない。とはいえ即退学の危険もある諸刃の剣をなんの保険もなく使うのは愚か者のすることだ。難しい問題だった。
『…………、……』
『何かあるわけじゃないならさ、この件私が預かってもいい?アテがあるの。悪いようにはしない』
『ちーちゃんが?』
『うん。あ、その前に音声保存しとこう?大事な証拠の保管場所が学校から配布された端末だけっていうのは、ちょっとね。私パソコン持ってるし』
『そんなポイント、どこから、』
『コンクールの報酬とか、他も色々。複製はなるべく多い方がいい気もするけど、USBとかだと管理も大変だよね。それだけ流出の可能性も高くなるし、』
デスクの椅子へと座りカタカタとパソコンを動かし始めたちーちゃんを何となく眺めながら、手持ち無沙汰に部屋の中を見渡した。かわいらしいちーちゃんには意外なことに、どうやら家具などはどれも至ってシンプルなもので揃えられているらしい。
女の子の部屋、というよりはオシャレな仕事場のような無機質な印象のそこは、よく掃除も行き届いているらしく見る限りでは余計なものは見当たらない。
そんな中ベッドの上に堂々と君臨する気の抜けるような間抜け顔の猫のクッションを見つけて、何となく不思議に思ってちーちゃんに尋ねた。なんせあまりにも浮いていたから。
『………あぁ、それ。須藤くんから貰ったの』
お礼なんだって。ポイント配布されてから直ぐにくれたの、別に気にしなくてよかったのにね。困ったように眉を下げながらもどこか嬉しそうなへにゃっとした苦笑を浮かべてそう言うちーちゃんに、オレは酷く嫌な予感を覚える。
やはり須藤は危険だ、本当に油断ならない。きっちりと初めに釘を刺しておいたというのに、これだから頭の足りないヤツは嫌なんだ。
その後ちーちゃんがツテを頼って色々と手を回してくれたりして、無事に茶柱先生を首の皮一枚の状態にまですることが出来た。自分がそんな状況であることも知らず、オレを脅迫して今頃悦に浸っているであろう茶柱先生など、もはやただのピエロといっていいような滑稽な存在でしかない。なんの脅威にもならないだろう。
ちーちゃんの話術だって、実に惚れ惚れするものだった。人を従わせることに長けていることもそうだし、あの口振りでは恐らく理事長にまである程度の影響を与えることが出来るのだろう。利にならない面倒事を嫌うちーちゃんに自分を交渉材料にするように部活動への所属を宣言させてしまったことへの申し訳なさはあるものの、オレのために好きな子がそこまでしてくれて嬉しくないはずもない。一体何度惚れ直させれば気が済むのか。
だというのに、贅沢なことにもオレの気持ちは全くと言っていいほど晴れないままだった。胸の内からはモヤモヤとした嫌な感情が張り付いたまま消えない。須藤がくれたという猫のクッションが陣取るちーちゃんの部屋を思い出して、その度に零れそうになるため息を飲み込んだ。
早いうちに白黒つけないと。
ぬるま湯に浸かったような曖昧な関係など、いつまでも続くものでは無い。なんの効力も権限もないままでは、ある日突然ちーちゃんが離れて行こうともその隣に別の人間がいようとも、オレはなにをすることも出来ない。
『夏は恋の季節。好きな子に告白するなら、こういう綺麗な海の前が効果的かもよ〜?』
星之宮先生のそんな冗談交じりな揶揄いの言葉を真に受けるぐらいには、きっと切羽詰まっていたのだ。
「こんなところに連れてきてどうしたの?そろそろ試験も終わるのに」
「………大事な、話があって、」
「退学のこと?」
「いや、………」
こちらを心配そうに覗き込むちーちゃんの大きな瞳に見つめられて、ただでさえ落ち着かない気持ちが更にぐちゃぐちゃになる。聡いはずのちーちゃんが今からオレがしようとしていることを全く察していない様子にまで、もしやこのタイミングでの告白はあまりにも常識外れで場違いな可笑しなことなのでは?だなんてどうしようもなく不安を掻き立てられる。
いや、大丈夫だ。ちーちゃんは絶対にオレを好きなはずだし、断られる可能性は限りなく低い。あそこまで好意を示されてあれ程オレのために動いてくれて、更にはその上関係の進展までちーちゃん任せにするつもりか?
そんな風に自分を奮い立てながら、ここを逃せばもしかしたら次は無いかもしれないのだから、となんとか言葉を紡ぐ。
「オレは、ちーちゃんのことが好きだ」
「……、…………」
「もちろん、恋愛感情としてだ。勘違いでなければ、ちーちゃんの方もオレのことをそれなりに好いてくれてると思っている。オレは出来ることなら、ちーちゃんの恋人になりたい。そしてこれからも、ちーちゃんの隣にいる権利が欲しい」
痛い沈黙が流れた。時間にして数秒程だろうか。ちーちゃんの息を飲むような音が聞こえて、そうして小さな拳をぎゅっと握り込むのが見えた。
「………私ね、前に清隆が話してくれた時からずっと考えてたの」
ぽつりと、静かな声だった。躊躇いがちに口を開いたちーちゃんからの言葉を、決して聞き逃さないようにと耳を傾けて、ドクドクと痛いくらいにうるさい心臓を抑えた。
「ねぇ清隆、Aクラスの希望進路への補填の恩恵って、一体どのくらいまで融通が利くのかな」
「………は?」
「たとえば、捜査の手も届かないような遠い国での就職とか、なんなら、どんな権力者からも邪魔されることない平凡な生活とか、」
「………いや、……」
「分かってる!すっごく馬鹿なこと言ってるのは、自分でも分かってるの。………でも私、なんの後ろ盾もない人間だから、権力を持ってる人から清隆のこと守ってあげられない」
突拍子もないちーちゃんのそんな考えに目を瞬かせて、しかしあまり現実的ではないなと諦め気味な気持ちで下唇を噛んだ。
「在学中なら守れるよ、ここにはルールがあるから。私の力だけで、どうとでも出来る。来年刺客が入学して来たって、なんなら今から編入してきたって絶対に守る。………でも、卒業して実力だけじゃどうにもならない外の世界に出た時、私はきっと力になってあげられない」
「それは、………」
「私、卒業してもずっと清隆といたいの。現実的なところで言うと、ここで一緒に用務員をやるとか。それくらいなら、補填でどうにかなるんじゃないかって、………そう、思いたいだけなんだけど、」
「なんで、そんなこと、」
用務員。外に出て資格を取るということが出来ない以上教師にすらなれないからであろうその選択肢に、オレはちーちゃんの能力の高さを知っているだけになんとも言えない気持ちになる。きっとなんにでも成れるであろうちーちゃんが、本当に何もかもを捨ててそれでもオレといる未来が欲しいというのだ。
先程の話に比べれば随分と現実的で、しかしだからこそささやかで、華やかで輝かしい将来設計とは程遠い話だった。ちーちゃんが以前言っていた大学進学という進路も切り拓けないだろうし、その高い能力に見合った収入も期待できない。ここに置いてもらうことでホワイトルームから守ってもらうことを選ぶというのなら、卒業後も敷地外へ出ることは無いと考えてもいいだろう。
オレはいい。学園生活なんてどうせ卒業までの短い自由時間くらいのつもりだったし、卒業後はホワイトルームに戻って指導者にでもなるのだろうと漠然と考えていたから。
そんな未来と比べれば、用務員だって全然窮屈でもなんでもない。隣にちーちゃんがいてくれるというのから、それこそ幸せな未来と言えるだろう。
でも、いいのだろうか。無限大にあるちーちゃんの可能性を奪って、いくら施設が充実しているとはいえこんな小さな島に縛り付けてしまうだなんて。
そんな話が、本当にあっていいのだろうか。
「清隆、私頑張る。何から手をつければいいかも分からないけど、出来る限り足掻いてみる。だからそれが叶えれたら、………卒業後も私と一緒にいてください」
告白をしたのはオレだというのに、そう言って今許しを求めているのはちーちゃんの方だった。真っ直ぐに見つめられて目が逸らせなくて、早く返事をしないととは思うのに返す言葉が浮かばない。泣きたいような嬉しさと同じくらいの申し訳なさと、それから未だに信じられない追いつかない気持ちを抱えて、落ち着け、落ち着けと深く深呼吸をする。
「………ダメ、かな?」
返事のないオレを不安に思ったのだろう。しばらくの沈黙が続いて、自信なさげにそう聞いてくるちーちゃんの眉の下がった顔に、胸がぎゅっと痛いくらいに締め付けられた。
「ダメじゃないです」
そうして気付けば、オレはいつかのあの日のように承諾の言葉を返していた。