よう実 『ドキッ♡恋も実力戦』綾小路清隆√実況プレイ 作:大盛り白米
「リタイア、しなくていいの?」
「………ふっ。誰かと思えばクレバーガールじゃないか」
つつがなく作業も進みこれからの無人島生活にも大体の目処が付いてきた二日目の夜、なにをするでもなく黄昏ていた私に声をかけてきたのが五味千鶴だった。五味ガールは特に断りもなく私の隣へと腰を下ろすと、頬にかかる髪を邪魔くさそうに耳にかけ、細められた目で品定めでもするようにこちらを見つめる。
彼女のことは、入学から三ヶ月以上が経った今になっても正直よく分からない。
「私、そんな呼び方されてたんだ」
「そうだね、よく特徴を捉えた良い呼び名だと思わないかね?」
「否定しても肯定しても角が立つやつじゃん。勘弁してよ」
愛想も何も無いその言葉に、私は自分の口角が上がるのを感じた。彼女の頭脳が並外れて優れているなことなど、既にこの数ヶ月で学園中での周知の事実だとは思う。しかしintelligentやsmartではなく敢えてcleverを選んだところに私の意図を読み取ってくれたようで、謙遜を装ってそんな有耶無耶な言葉で返しながら、それとは裏腹に整然としているその様子に愉快な気持ちになる。
「それで、なんだったかな。リタイア?君には私がそんなに非協力的な人間に見えていたんだねぇ」
「んーごめん。正直開始早々リタイアかなって思ってた」
いさぎの良すぎる謝罪の言葉とは相反して、その顔には悪びれた表情は見当たらなかった。まぁ、それはいいのだ。こんな退屈な試験にわざわざ私が付き合ってやる義理などない。
そうだ。Dクラスのリーダーが彼女以外の人間だったのなら、実際私は躊躇いなくそうしていたことだろうから。平田ボーイだとかならば尚良かった。平和主義者である彼がリーダーであったのなら、きっと私がどれだけ好き勝手していようと大した支障にはなり得なかったはずで。
ならばなぜ今私はこうして大人しくしているのか。それは害となる人間を排除することを躊躇わない人間性である五味ガールが他ならぬ我がDクラスを率いているのが原因だった。私だって、何も進んで退学になりたい訳では無いのだ。
そんなことは百も承知だろうにこうしてわざわざ聞いてくるあたり、彼女も大概性格が悪い。
「………私は、君という人間がよく分からない」
「それ、高円寺くんが言うの?」
「そうだね、私は凡人程度に理解出来る人間ではないからね。しかし言いたいのはそういうことではなく、………分かるだろう?」
軽めのジャブ程度の気持ちだった。
五味ガールの人を掌握するその能力は素直に素晴らしいと思う。苛烈さが見え隠れする陰湿な行動の数々にだって、必ず出される成果を見ていれば一定の評価はする。しかしそれはそれとして自身の行動を制御されるのを全く不快に思わない訳では無いし、ただ黙って従うというのも違うだろう。
鎌でもかけるようにそう問えば、ゆっくりと瞬きをした五味ガールの瞳が鋭くなって真っ直ぐに私を射抜いた。
「君は綾小路清隆という唯一の例外を除いて、その他全ての人間への関心が無に等しい。友人として親しくしている王美雨を始めとしたガール達はもちろん、クラス中を巻き込んで敵対している軽井沢ガールにすら、本当のところなんの感情も無い。違うかい?」
「うーん、どうだろう」
動揺はない、か。
ということは、五味ガールはそういった内心を隠し通すつもりはなかったのかもしれない。聡い人には気付かれれてもいい。………違うな、むしろ気付かれたかったのだろう。
ただの仲良しクラスで上を目指していける程、この学校は甘くはない。まぁAクラス行きの二千万ポイントを生まれ持った裕福さで工面することが出来るという間抜けすぎる抜け穴はあった訳だが………いや、それは今はいいか。
つまるところ、気付けるような人間にはあえて気付かせることでそれなりには使える人間に”自分は五味ガールに選ばれた存在だ”という優越感と自信を身に付けさせ、そうして扱いやすくなった彼彼女らを配下として育てようとしているのだろう。
「………とはいえ私のこの見解が合っていたとしても、だからなんだという話ではあるんだがね。何を考えているか分からない人間ほど不気味なものは無いともいうが、生憎と私も他人にはあまり関心のない人間なのでね」
「そっか」
「その上でこれはただの興味なんだが、よければ聞かせて欲しい。私の目には君が彼へ向ける視線に含まれる感情が、とてもじゃないが恋愛感情なんていうお綺麗なものには見えない。きっともっとずっと重くて、ドロドロとした薄暗い何かだ。そうだね、執着とでも言った方がいいだろうか」
「…………、………」
続く私の言葉を急かすように、五味ガールが感情の読めない表情のままにまつ毛の重い瞳を細める。突き放すような寄せ付けない冷たさを発しながらも形の良い唇は弧を描いているのがどこか歪で、しかしいつも浮かべているやわらかな笑顔よりもその端正な顔立ちをより一層引き立たせて見せた。
「君にとって、綾小路清隆という人間は一体何だい?君は今、どんな思惑を抱いて動いている?」
「高円寺くん」
「うん?」
「私はただ、卒業後もずっと清隆といたいだけだよ」
明るげな、鈴を転がしたような声だった。それなのにどこかこちらの否定を許さない有無を言わせない圧があって、彼女は生得の支配者なのだろうな、と場違いながらにそんなことを思う。
きっと嘘では無いのだろう。しかしそれはあくまでも目的であり理由ではない。いや、この場合は私の質問が悪かったのか。
「私は入学当初、綾小路清隆という人間には一切関心がなかった。なんせ何の変哲もない平々凡々なつまらない存在だと思っていたからね。しかし君が気にかけているという点を考慮してしばらく観察してみれば分かったよ。彼は平凡な人間などではない、とても高い力を秘めている。そして彼の本質はきっと、とんでもない人でなしだ」
綾小路ボーイからレッドヘアーくんへと向けられた身が震えるほどの凄まじい殺気は、別に自分が向けられた訳でもないというのに今でも鮮明に思い出すことが出来る。あんな人間のどこが平凡だというのか。いくらまったく関心がなかったとはいえ、自分の目の節穴さにはそれなりに驚いたものだ。
とはいえ、だからといって私はそれを知ったところで彼にそれ以上の興味を抱くことは無かった。自分では動かない、それなりの能力はあっても受動的でつまらない人間。その能力だって完全無欠で唯一の存在である私よりは当然下であろう。そう、所詮は他愛のない存在だったから。
しかし彼を五味ガールが操縦するというなら、話はまた別だ。
「もう一度聞こう。君は綾小路ボーイを抱え込んで、一体これから何を起こすつもりなんだね?」
「さっきも言ったけど、私はただずっと清隆と一緒にいたいだけだよ。随分と買い被って貰えてるみたいだけど、人より多少能力が高いとはいえ生憎と私はそれに見合う面白い人間性なんて持ちあせてないの」
「今回の試験で大きく動くことは無い、ということかい?」
「………あは、全然信用してないやつじゃん。まぁでも、そんなに気になるならこの島で最後まで見届けてよ」
「ふむ、そうだね………ABCDなんていうクラスの上下には興味も無いが、何も私も別に進んで退学になりたい訳ではない。クラス団結のための体のいい的にされるくらいなら、ここで自分の好奇心に従って五味ガールの動向を観察する方がいくらか合理的ではあるかもしれないねぇ」
「人聞き悪いなぁ」
やはり目的は釘刺しだったらしい。意味もない建前だけの会話を話半分に聞き流しながら、そんな選択肢は最初から無かったのだが、まるでさも妥協したかのように仕方がなさそうに同意を示す。それに五味ガールがわざとらしい満足気な顔でうんうんと頷いて私の隣へと下ろしていた腰を上げて立ち上がると、そうしてこちらを振り返った。
「これは予言なんだけど、私は今回の試験でABCの全3クラスのリーダー当てに成功した上で400点以上を残してDクラスを1位にするよ。まぁ、高円寺くんが大人しくしてくれていればの話だけどね」
「それは楽しみだねぇ、期待しているよ。………そうだ、どうせなら私からも一つ予言をしよう。今回の試験中、きっと君にとってとても大きな出来事が起こる」
具体的に言うのであれば、綾小路ボーイからの告白、だとか。最近のあの様子を見るに、そろそろ行動に移すだろうと思っていたのだ。レッドヘアーくんから五味ガールへの傍目から見ても分かる明らかな好意を伴った行動に、彼は毎度のことながら律儀にピリピリとしていたから。
この試験中、とはいえ見受けられる二人の関係上基本的には受け身であまり積極的ではない彼が動くとなれば、恐らくは日和って最終日辺りが妥当なところか。
「知ってる」
「………おっと、余計なお世話だったようだねぇ」
「んーん。じゃ、またね」
用は済んだとばかりにヒラヒラと手を振って去っていく背中を眺めながら、私はまだ立ち上がることはせずにそのまま手癖で髪を撫でつける。この艶やかな美しい髪がこれからの数日でどれだけ痛むのだろうと思うと気分はいくらか下がるが、まだまだ始まったばかりの学校生活を投げ捨ててまで優先することではない。
五味ガールのこともそうだ。いずれ何らかの形で敵対する時は来るかもしれないし別にそれを恐れたりもしないが、少なくともその時は今ではないだろう。
「うーん、牽制されてしまったねぇ。それにしても………」
五味ガールの口から彼のことが好きだというその言葉は、ついぞ紡がれることはなかったな。私としてはそれなりの確証を持って投げかけた話題であるはいえ、唐突で言いがかりにも近い暴論だったというのに。「そばにいたいから」とは言っても「好きだから」とは言わない。恋愛感情ではないだろうという私の言葉にすら、明確な否定をすることはなかった。
先程のあの様子では恐らくはレッドヘアーくんから向けられる気持ちもその後の行動も、全ては五味ガールの手のひらの上だったのだろう。随分なことをするのだなとは思うものの、しかしさして嫌悪の類を抱くことはなかった。自分さえ良ければいいという考え方については私自身も同じだからだろうか。
私の知る五味千鶴という人間は、一言で言うと人でなしである。整った顔に浮かぶにこやかで笑みの絶えない表情は親しみやすさではなく上に立つ者としての圧や威嚇を感じるものであったし、緩やかで艶っぽいゆったりとしたその声は相反するように凍えるような冷たさを感じさせた。
彼女が意図を持って紡いだ言葉は必ず誰かを狂わせたし、それを彼女はなんとも思っていない。
しかしそうしていっそ機械的なほど無関心に周囲の人間を等しく見下しコロコロと転がす一方、彼女は綾小路ボーイというただ一人にだけ強い執着を見せていた。まるでそう作られた彼にとって都合のいい存在かなにかのように、他は目に入らないといった様子で綾小路ボーイだけを真っ直ぐに見つめて、そうして離さないとばかりの熱を帯びたとびきりの笑みを向けるのだ。
人でなし同士、どこか惹かれるものでもあったのかもしれない。言ってしまえばそれまでのことだ。しかし私には、どうしてかそれが酷く歪に見えた。
入学直後、この学校のあまりにも簡単な攻略法を見つけて以来酷く退屈に思えてしまっていた日々の中、そんな五味ガールをなんとなく眺めるのはそれなりに有意義な時間だった。
学園のシステムに勘づいていながらも荒れ果てたクラスに何の改善も試みなかったこと。そのくせ地に落ちたDクラスで何を思ったのか指揮を取り始めたこと。コンクール優勝でのクラスポイント加算という前々から仕込まれていた功績を見るに、何もその場での思いつきということでは無いのだろう。
しかし五味ガールの持つ能力を考えれば程度の低いクラスメイトを率いてAクラスを目指すより、個人でのAクラス行きの方が遥かに容易であるのは考えずとも分かることだ。
ダメ人間の集まりであるDクラスには0ポイントぐらいがいい薬だと思ったのか、それとも0ポイントからの這い上がりという遊戯がしたかったのか。
なんにしてもその辺りの他人の気持ちを考えない身勝手な人間性が、彼女がDクラスに配属された理由のひとつなのであろう。尤も、私に言えたことではないのだが。
彼女の目的こそ分からないが、Aクラスに昇格しそれを維持するのが当面の意向だとするなら、遅かれ早かれ彼女とは対立することになるのであろう。いくら退学は望まないとはいえ、三年もの間不自由な学校生活を我慢するつもりはない。
卒業後に現実通貨で学園よりも高く支払うという契約の下二千万ポイントを集める策を予定よりも早め今年中にAクラスへ移動するか、………いや、Aクラスはないな。今リーダーとして君臨しているあの男も、私の自由行動を許すようには見受けられなかった。大方私が元は別のクラスの生徒であったのをいいことに今後の試験内容によっては的にでもされておしまいであろう。そしてそれはCクラスにも同様のことが言える。
となると、Bクラス辺りが安牌か。
どちらにしても、結論を出すにはまだ情報が足りない。しばらくは様子を見る他無いだろう。
五味ガールとまた話す機会が訪れたのは、無人島を離れ無事客船へと戻り一週間ぶりの不自由ない生活を謳歌しているところだった。
次は何が起こるんだ、と最初は警戒を顕にしていた生徒たちも大半がそれを徒労だったと緩み始め各々がバカンスを満喫し出す中、いつも通りの無機質な笑みを浮かべている姿を見つけて気が向くままに呼び止めた。
「予言通りとは恐れ入ったよ。それにしても随分とお行儀のいい勝利ではないかね?君ならばもっと、いくらでも追い詰めることの出来るところはあっただろうに」
「高円寺くんって結構サドだよね」
「君ほどではないと思うがね」
「うーん………まぁ、いっか、言っちゃっても。私が今回欲しかったのは他クラスの追随を許さない圧倒的な勝利と、それからAクラスの現状維持なの」
圧倒的な勝利、現状維持。それらの言葉を口の中で何度か転がして、そうして咀嚼する。
五月始めの0ポイントで底辺としての印象を植え付けたDクラスを配布されていた300ポイントを大きく上回る結果で一位へと導いたという事実は、圧倒的な勝利というには充分な結果であっただろう。
しかしAクラスの現状維持ときたか。
「………………………フッフッフッ、成程。よく分かったよ。現状維持とはつまり、この先も能力の乏しい人間にリーダーで居続けて欲しい、ということだね。君に島でのリーダーを当てられてしまい満足のいく結果ではなかったとはいえ、それが他でもない君が要因だからこそAクラスの人間は悔しく思いつつもどこか仕方がないと納得が出来てしまっている。確かに、今回の結果ではクラスを率いていた者への不満にはなり得ないだろう」
「うん」
「しかし意外だねぇ。Aクラスに君がそこまで気にかける必要があるような、飛び抜けて優れた今後障害となるような人間など、果たしていただろうか?」
「気にしなくていいよ。だってもう、今後頭角を現してくることは無いから」
なんでもないことのようにそう言い切った五味ガールは、たった今一人の人間を押さえ込んでその立場を無くすだなんて卑劣なことを考えているとは微塵も思わせないような、しれっとした様子で涼し気な表情だった。まるで善悪の区別のつかない幼子が遊び半分で虫でも潰すような、そんな歪な残酷さを感じる。
「随分と手際がいいのだねぇ。それとも、こういったことには慣れているのか」
「ねぇ、高円寺くん」
「なんだね?」
「私から見た高円寺六助という人間は、自分のしたいことしかしない人。こうして私に話しかけるのも一時の退屈しのぎでしかなくて、別にこの先私に振り回されるであろう数多の誰かや自分のクラスの行く末を心配してる訳でもない。違う?」
「概ねその通りさ」
意味の無い掛け合いが煩わしかったのか強引に話の流れを変えた五味ガールからの問いかけに、その意味を考えながらも別に偽ることでもないだろう返事を返す。
「そっか。じゃあ高円寺くんには、ずっと私のこと分からないままでいて欲しいな」
「分からないからと言って、別に興味が続くとは限らないがねぇ。そもそも興味があったところで、それが今回のように君に都合よく動くかも不鮮明だ。なにか起きる前に排除してしまう方が、君にとっては手っ取り早いのではないかい?」
「そうかもね。でも私も、私がしたいようにしかしない」
したいように、か。それが何故私を排除しないことに繋がるのかはさっぱり分からなかったが、しかし退学を盾にしないとこうして伝えてくるということはつまり、私の今後の自由行動を咎めないと言っているのも同然だ。その宣言によって私の素行が更に酷くなることなど分かり切っているだろうに、彼女は一体何がしたいのか。
口ではなんとでも言えてもいざとなればどう動くかなど実際その時になってみなければ分からないとはいえ、まだしばらくはクラスが大きく動くこともなさそうなこの時期に一体何の利があってそんな虚言を吐くのか。
まさか私がクラス移動を考えているだなんて、いくら聡い五味ガールでも流石にまだ知りもしないだろう。だからこそそんな言葉は予想していなくて、なんと返事をしたものかと固まってしまう。
そうして暫くの沈黙が流れたあと、五味ガールは私の顔を見上げるように覗きこみ愉快そうに笑って再び口を開いた。
「ふふ、考え込んでる。そうやって頭の中、ずっと私でいっぱいにしてて」
「………恋人のいる人間の、する言動ではないと思うのだがねぇ」
「そういう意味じゃないのは高円寺くんもよく分かってるでしょ」
シレッとした悪びれのない声色の五味ガールからの返事を鼻で笑って受け流しながら、このタチの悪いガールに引っかからないだけの理性のある自分のことを誇らしくも思う。彼女を見ていると、私には別に他人を陥れて悦に浸るような低俗な趣味などなかったはずなのだが、どうしてか一度くらいそのすました顔を歪めてやりたいような仄暗い気持ちが湧いてくる。
きっと綾小路ボーイとはガールの趣味で分かり合える日は来ないのだろうな、なんて、そんなくだらないことを考えた。
お久しぶりです、待っててくれてありがとナス!