よう実 『ドキッ♡恋も実力戦』綾小路清隆√実況プレイ 作:大盛り白米
クラスで一番嫌われている人間が自分であることは俺自身もよく理解していた。
別に手ぇ繋いで仲良しこよしなんてかったるいマネをするつもりも無かったし、自己紹介を蹴ったこと自体はこうなった今でさえ後悔していない。それでも別に進んでクラスの足を引っ張ってやろうなんてそんなことは考えていなくて、だから俺の最悪な授業態度もクラスポイントをゼロにしてしまった大きな要因だと知った時には思うところがなかった訳では無い。
とはいえそれが分かったからって今更いきなり態度を変えるなんてことも出来なくて、引っ込みがつかないままに横暴な振る舞いを続けるしか無かった。
逃げるように飛び出した教室に結局授業が始まると共に戻ってきた俺はそれでも大半の時間を机に伏して過ごした。突き刺さる視線と嫌な空気には自業自得ではありながらもいい気分はしないが、ここで真面目にしたらしたでそれはそれでまた好き勝手言われるのだろうし、その上別にポイントが増える訳でもないのだ。結局どちらでも大して変わりないだろう。
授業が終わって休み時間になると共に、ほんの十分しかないその短い合間合間に平田が『ポイントを増やしていくための話し合いを放課後にしよう』と一人一人に言って回っていて、それにほとんどのやつが承諾を返す。俺はそれをなんとも言えない気持ちで視線を向けないようにしながら、いつも通りの不機嫌そうな表情で取り繕っていた。
そんな最中だった。反対の声が聞こえてきたのは。
「ごめん、私は不参加で」
「………どうしても、駄目かな?五味さんがいたら話し合いもよく進むと思うんだ。これは僕達にとって、乗り越えていかなきゃいけない最初の試練だと思うし、」
「うん、ごめんね」
強い拒絶の言葉でこそないものの、きっと全く受け入れる気は無いのであろうそんな会話が聞こえてきたのは意外にもあの五味からだった。俺はそれに必死で無関心を装いながらも内心では驚きを隠せずにいた。
五味のことはよく知っている。池達の口から散々聞かされていたからというのもあるし、体育の際にその優れた身体能力を見せられて俺が勝手に興味を持っていたというのもあった。
「えっと、………うん、でももし気が変わったら参加して欲しいんだ。放課後、多分一時間ぐらいは残ってると思うから、」
「あのさ、本当に無理なの」
「っ!不愉快にさせたのなら謝ま──」
「そういうのもいらない。私は一切参加するつもりはないの。それを分かって」
「、分かったよ」
引き際を見誤った平田に苛立ったのか、段々と冷たくなっていく五味の声が酷く耳に残った。気付けばクラス中が二人の会話に注目していて、それでも五味には怯む様子がない。
「なんでも話し合いをすればいいってものじゃないと思うな。そもそも何を話し合うっていうの?遅刻欠席居眠り忘れ物、授業中の私語スマホ。私はこれらを入学から今まで一度だってしたことがないよ。そういう人、きっと私だけじゃないと思う。これ以上私達に何を求めるの?居眠りしている人を起こしてあげること?忘れ物しそうな人に声を掛けてあげること?それが協力?平田くんの言う協力って、真面目にやってる人間に負担を強いて割りを食わせることを指すの?」
耳に痛い言葉だった。平田に苛立っているのはクラスに馴染めない頭のおかしい俺や妬んでいる池達だけだと思っていたが、どうやら寧ろ真面目な人間だからこそ、五味は平田を疎ましく思っていたらしい。
「クラスポイントとして学校からも集団での評価をつけられている以上、クラスメイトで一致団結する必要があるのは私にも分かるよ。でもそれって、まず連帯責任というものについてクラスメイト一人一人がちゃんと責任感を持って行動出来てから初めて考えることだと思う。今のこの状態で話し合ったって、有用な意見が出てくるようには私には思えない」
そこまで言い切きるとゆったりとした動きで振り返った五味の視線が、こちらを真っ直ぐに射抜いた。
「、ンだよ!」
見られている。あんな話題を長々と語った上で、今この時に俺をじっと見ている。いくら赤点をとるような最下位の馬鹿とはいえ、その意味が分からないほどに鈍感ではない。ばくばくとうるさく鳴りだした心臓に荒くなりそうな息を抑えながら、なんとか強気にそう返す。
「何時までそうしてるつもり?」
数秒ほどの時間を置いて、返ってきたのはその一言だけだった。自分の喉がヒュ、と聞いたこともないような嫌な音を立てたのが分かって、訳も分からないままに息の仕方を忘れる。
だって、心を読まれたのかと思ったのだ。
いつまでこの態度を貫けばいいのだろうか。次のテストで俺が退学になるまでか?それまでずっと今まで通り、遅刻して居眠りして平田に当たって、そうやってだらしなくやっていくのか。
でも、だからって、もうどうすればいいのか分からないのだ。こんなに今更、どの面下げてみんなで頑張っていこうなんて雰囲気のクラスにいればいいのか。そんなの俺がいちばん知りたかった。
ぐるぐると考えているうちに気付けば既に五味はこちらを見ていなくて、何人ものクラスメイトからの鋭い視線だけが残っていた。
勉強会を開くという平田の言葉でクラスが一気に中間テスト色に染まってきて、しかし俺は当然の事ながらその流れに乗ることが出来ずにいた。
赤点で退学。そうは言われいても、いまいち実感もわかない。本当にそんな事があるのだろうか。
入学からの一月、俺は授業を睡眠時間として浪費してきた。当然内容なんて知っているはずもない。教科書を読むだけで理解出来るような解読力の高い頭など当たり前のように持ち合わせてなどいないし、それをわざわざ噛み砕いて教えてくれるような人間もいない。
退学、か。
「勉強、教えようか?」
机にもたれかかってだらけている俺の頭上から、そんな女の声が聞こえてきた。俺はその声の持ち主のことをよく知っていた。なんせこいつの放ったほんの一言が、ずっと胸の奥で消えなかったら。
顔をあげればやっぱりと言うべきかそこに居たのは五味のやつで、俺は落ち着かない気持ちでぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「………お前、何のつもりだよ」
俺のこと目障りで仕方ないくせに。どんな目的があってそんなことを言い出したのか。哀れみじゃないことだけは確実なせいか、本当に理由に検討がつかない。
「私はね、正直今回のテストで君が退学になってもいいと思ってる」
「、は………?」
「退学者が出るとね、特殊な例を除けば大抵の場合クラスポイントが引かれるんだって。でも今うちのクラスは0ポイントでしょ?どうせ後々退学になるのなら、引かれるポイントが無い今のうちに消えて欲しい。何人かの先生たちにも確認したけど、クラスポイントには0以下のマイナスはないって教えて貰えたしね」
上げて落とすと言うべきか、その言葉には一切の嘘がないように見えた。俺を焚きつけようという意図による挑発だとかでもなんでもなく、五味は本心から俺の退学を願っている。それが目の前の俺にはよく分かった。
本当に何をしに来たのか。タチの悪い揶揄いの類か。いくら俺がクラスの底辺の嫌われ者とはいえそこまでされる筋合いはないだろう。
そんな惨めさによる怒りはしかし、次に続いた五味の言葉で長くは続かなかった。
「でも、須藤くんは運動が出来るから」
「………?」
「クラス分けからもわかる通り、この学校は学力以外の部分でも評価してもらえる。じゃなきゃそもそも須藤くんは入学すら出来なかったはずだしね。運動の得意な須藤くんが活躍出来るような特別な試験だってこの先絶対にあるよ。ここ数日、多少は授業態度を改めていたことを踏まえた上で、今後の活躍に期待してる。だから須藤くんにそのつもりがあるのなら、私は絶対に赤点を取らせないように責任をもって勉強を教えるよ。でも、それも嫌だって言うのなら、………私はもう何も言わない」
真っ直ぐにこちらを見つめる五味の瞳には、今度もやはり嘘は見当たらなかった。
五味から差し伸べられたこの救いの手が最後のチャンスであることを、俺はなんとなく理解していたのだと思う。
「どうするの?」
はくはくと口を開いては閉じてを繰り返しロクな音にすらならない間抜けな俺に、五味が目を細めてにんまりと笑って問いかける。答えなんて知っているくせに、随分と性格が悪い。
「………い、…ます」
「なーに?」
「っお願い、します、」
遠目にこちらを窺っていたクラス中の連中が、ぎょっとしたような顔で目を見開くのが見て取れた。それを恥ずかしいと思う気持ちこそなくならないものの、スッキリしたような、清々しいような気する。
退学を回避するということだけが目的だったのなら、別に五味じゃなくたって良かった。
きっと平田のところにでも行けば、今までの散々な態度に一つの苦言さえされることすらなく快く面倒を見てもらえただろう。そうすれば俺はそれに『仕方なく参加してやった』とでも言うようなふてぶてしい態度をとって、これからも暴君のままでいられる。
平田だけじゃない。人のいい櫛田にでも頼んでみれば、案外二つ返事で優しく教えて貰えたかもしれない。こんな低姿勢に頼まなくたって「勉強、する気になってくれたんだね、良かった!」って、かわいく笑いかけてくれさえするかもしれない。
でも俺に真っ直ぐに悪感情を向けている上で、それでも俺の今後に期待をしているという五味だからこそ、こいつについていくべきだと思ったのだ。じゃなきゃ俺はずっと、クソみたいな人間のままだ。
「なんだ、そんな顔もできるんじゃん」
ふふ、承りました!、だなんて先程までの揶揄うようなものとはまるで違う屈託なく笑う五味のその顔を見たその時、俺はあまりにもストンと落とされてしまったのだ。
「部活の日程表、あったら見せて」
「は?テストまでは全部休めって言わねぇのか?」
「それこそ須藤くんには無理な話でしょ。というか、長い期間ボールに触らないのは良くないよ。だって須藤くん、プロになるんだよね?」
「っ、おう……!」
「まぁ流石に毎日のように部活に行かれちゃ困るけど、とりあえず今日明日は休んでもらって一緒に勉強して、その後は数日おきかな。とはいえそれは私の出す課題を次の日までにちゃんとやってくることが条件になるけど」
それ一回でもサボったら部活はテスト後までお預け。分かんないとこあったらメールとか電話で聞いてくれてもいいよ。こともなさげにそう言った五味がふと視線を上げて「できる?」と試すように尋ねてくるものだから、やってやろうじゃねぇかという気持ちが湧き上がってくる。
「やる。絶対、サボらずやってくる」
「うん、………期待してる、一緒に頑張ろ!」
そう言って要件は済んだと去っていく五味の背中を眺めながら余韻に浸っていると、前の席の池が待ってましたとばかりに振り返って声をかけてきた。
「おま、須藤お前!!!何羨ましいことになってんだよ!五味ちゃんと二人っきりの勉強会!?手取り足取り教えてもらうつもりか!?!?そのままいい雰囲気になってちゃっかりとか企んでるんだろ!許さねぇからな!!!」
事実無根だ。そんなクソでかい声で喚くなよ。どう考えても五味にも聞こえてるだろコレ。恥ずいから辞めてくれ。
一発しばいてやろうかと思ったその瞬間、俺の身体中に凄まじい寒気が走った。殺気の先を確認しようとバッと振り返って、そうしたらそこには五味の隣席のあいつが居た。確か、綾小路……?だったか。
そいつは色のない瞳でこちらをじっと見ていて、俺と目が合ったことへの動揺すらなかった。こんなにも殺気を肌で感じるというのに別に睨みつけられているという訳ではなくて、ただただ何を考えているのかも分からない目で見られ続けている。特別体格が良いわけでもなく、弱そうだし目立たないやつ。そんなやつに嫌われたところできっと俺にとってなんの問題もないはずなのに。
ならば今、俺の背中をしたたる湧き上がってきたこの冷や汗は一体なんなんだというのだろうか。
「………須藤?」
「あ、あぁ………」
ぐるぐるとした思考の中、池に名前を呼ばれてハッと意識を引き戻されて、その瞬間に先程までのあの殺気は無くなっていた。
五味が過去問をクラスに配ってくれて、無事にテストを終えることが出来た。テスト前日なんていう大事な時間まで惜しむことなく俺の勉強を見てくれて、「これなら全教科80いけるよ」なんて心強い断言までもらった。そんな五味の期待に応えたくて、………いや、期待以上だと認められたかったのだろう。五味と別れてからも自室で机に向かい、過去問を手に更に追い込みに励んだ。
今までの俺では考えられないことだが、テストでは解答欄をほとんど埋めることが出来て、解いている時には既に赤点の心配はしていなかった。
「今からテストの結果を発表する」
今回も成績は全員の見える形で貼り出されるらしい。茶柱が白い大きな紙を取り出すとそれを広げて黒板に貼っていく。
「正直、感心している。お前たちがこんなに高得点をとるとは思わなかったぞ。数学と国語、それに社会は同率の一位、つまり満点が十人以上いた」
ほとんどの問題を解くことが出来たとは自覚しているものの、俺が満点をとることは一教科としてありえないだろう。茶柱の言葉にもとくに浮かされることなく、一覧の中から自分を探した。後ろの方から見ていってもなかなか名前が見つけられないことホッとしながらも、順番に注意深く確認していく。
英語82、理科93、国語85、社会90、数学87
五味の言葉を疑っていた訳では無いが、実際に自分の名前の後ろにそんな大層な数字が並んでいるのは、なんだか変な感じがしていまいち実感が湧かない。追い込みに励んだ暗記教科である理科と社会なんて、驚くことに90点台だ。
信じられないような気持ちで、俺は思わず五味の方を見た。こちらに気付いた五味がやったね、とでも言うように胸の前で両手をぐっと握って拳を示していて、途端にやっと追いついた喜びが胸の内に広がる。
そんな俺を見て、五味が目を細めて嬉しそうに笑った。その笑顔があまりにも優しくて、俺は一瞬息の仕方を忘れてしまう。
今しかないと思った。俺に笑いかける五味のその顔を見た時、背中を押されていると、どうしてかそう思ったのだ。
「悪かった」
教卓まで上がって、頭を下げた。下げたままの頭では目で見ることは出来ないが、それでもクラス中のざわざわとした声は聞こえてくる。
「今までの授業態度で足引っ張ったことも、平田のことも、それ以外も」
もっとちゃんと謝ろうと思ったのに、緊張で上手く言葉が出てこない。どんな目で見られているのだろうと思えば、頭を上げるのは下げる時よりもずっと怖かった。
「かけた分の迷惑はこれからの試験で返していく。本当に、すまなかった」
重い頭をやっとの思いで上げた。広がった視界の先でクラス中を見渡す。途中目のあった五味はじっとこちらを見て頷いてくれて、でも既に俺を受け入れたと知られている立場のこともあるのだろう、いつもみたいに大きな拍手をしたり何かを言ってくれたりだとか、そういったことをすることは無かった。
クラスに沈黙が流れた。どのくらいかは分からない。俺にはとても長く感じたか、実際には10秒にも満たない短いものだったかもしれない。
「僕は許すよ」
「、」
「というか、そもそも怒ってないしね。でも謝ってくれたのは嬉しい。一緒に頑張っていこう」
平田が先陣を切りそう言って拍手をすると、それに続くようにぽつぽつと拍手が上がり始めて、やがて段々と大きくなっていく。その時やっと笑顔を浮かべて拍手をした五味を見てから、俺はもう一度だけ頭を下げて席に戻った。
自己紹介のときは千鶴ちゃんが平田くんを助けたし、須藤氏の謝罪会見では平田くんが千鶴ちゃんと須藤くんを助けてくれたんですね。素晴らしい協力関係だ………(なお平田くんの胃の負担と軽井沢の犠牲は考えないものとする)
あと誤字報告ありがとうございました。シュミレーションじゃなくシミュレーションだったんですね、たまげたなぁ。