よう実 『ドキッ♡恋も実力戦』綾小路清隆√実況プレイ   作:大盛り白米

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美術部顧問は魅入られたまま

その絵を見た時のあの衝撃は、私の貧相な言葉程度では一生かかったって言い表わすことが出来ない。

 

目が離せなくなって、ぐっと引き込まれて。胸の内をぐちゃぐちゃにされるような、泣きたいような、嬉しいような。こっそりと奪って私だけのものにしてしまいたい気もするし、ふさわしい場所に大切に飾られてたくさんの人に尊ばれて欲しい気もする。きっと何年何百年と時が経とうと、この絵の価値が下がる日がくることは無いのだろう。

 

こんなにも人に訴えかけられる絵が存在したのかと、そんな風にまで思ったのは初めてだったのだ。

 

 

「いやー、凄いもんですね。部活に入ってなくても応募していいかなんて会話を聞いていた時には小生意気なガキもいたもんだなと思ったものですが」

「そういった教養のない私にもこう、胸に来るものがあります」

「Dクラスか、惜しいな」

「これだけの才能だ、他が欠陥していたって何もおかしくない」

「いえ、五味は能力も優秀ですよ。なんせ今年の一年の学年首席は彼女ですからね」

「ならば人格か、分からんでもないな」

 

 

最優秀賞の知らせを受けた職員室はいつになく賑やかだった。対する私はというもの、あまりの衝撃に声を出すことすら出来ないでいた。

 

自分の学校の生徒が描いたものだとかその生徒は美術部には所属していないとか、そんなことはどうだってよかったのだ。こんなにも偉大なものを自分の管理下でどうこうしようだなんて、そんな罰当たりなことはそもそも端から考えてなどいない。

 

ただ、これだけの才が何故今の今まで世に知れ渡っていなかったのかという疑問はあって、彼女の経歴が気になった。

 

 

「茶柱先生、彼女は今までコンクールに応募したことがなかったんですか?」

「………五味は、おそらく絵に関心がありません」

「、?」

「部活動に参加しなくても結果を残せるのはなにかと聞かれました。部活ならともかく個人の活動で校外に出ることは許されないだろうから、作品応募くらいだろうと推測しますが合っていますかと、そう言われて、」

「五月ですか?」

「四月です」

「それは、…………」

「しかし彼女は上を目指すつもりは無いようです。どの程度ポイントが振り込まれるかの実験か、まだまだ出だしの今、クラスでの地位を確立するためか。どちらにしろ、これが五味の最初で最後の作品になるのでは無いかと、私はそう思っています」

 

 

最後?これだけのものを描く人間が?もう、次の作品を期待することはできない?そんな酷い話はない。茶柱先生の言葉に私はじっとりとした絶望に襲われる。

 

人を惹きつけてやまない作品を生み出しておきながら、そんな無慈悲なことが許されていいものか。私は既にどんな名画を見たって、これに勝るとはきっと思うことが出来ないのに。

 

 

「勿体なさすぎる」

「まぁ、0ポイントから這い上がろうなんて普通なかなか思えませんって。無理もないですよ」

「この学校はクラス単位での評価が八割ですからね、いくら個人の能力が飛び抜けていても、入学当初のクラス分けを覆すのは簡単なことではないです。Bクラスからならまだ可能性もあるものの、なんせDクラスですからね」

「そうなんですよね、見切りをつけてしまうのも納得というか、」

「30ポイントか。大きな額だとは思うが、Aクラスでさえも日常生活の減点だけで一月でなくなるポイントでもあるからな」

 

 

嘆くような声はありながらも、教員らは各々がある程度納得はしているようだった。私はそれに、勝手に裏切られたような気持ちになる。

 

あんな作品を見ておきながら、なぜそんな簡単に諦めてしまえる?もう一度筆をとって欲しいと、生涯にわたってこの人間の作品を見続けたいと、そうは思わないのか。

 

私は一人悶々としていた。

 

だからこうして行動に出てしまうのも、ある意味では必然だったといえるだろう。きっと遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたことは確かだ。

 

 

「五味」

「、………えーっと?」

「私はこの学校で美術部の顧問をしている者だ」

 

 

何を考えているかの読み取れない二つの瞳が、真っ直ぐに私を貫いた。長いまつ毛の生え揃った瞼がゆっくりと瞬きをして、音もなく言葉の続きを促してくる。

 

 

「五味、お前は、もう絵を描くことはないのか?」

「そうですね、あまり考えて無いです」

「………報酬のポイントは、お前にとって物足りないものだっただろうか」

「いえ、十分だったと思いますよ」

「何が足りない?」

「足りないのではなく、惹かれるほどのものではなかっただけです」

 

 

五味の言葉を一言たりとも聞き逃さないようにと耳を傾けて、そうして考える。足りないのではなく、惹かれない。どうせ浪費されるだけのクラスポイントなど相応の量を貰えたって意味が無い、彼女自身の利になることが足りていないということ。

 

 

「………報酬として渡されるプライベートポイントの増加か?」

「あれば嬉しいですけど、なくてもかまいませんね」

 

 

じゃあなんだ?四月時点でクラスポイントを目的に動いたのなら、こうして話してみた五味の性格を考えてもクラス内で授業態度の改善に努めない理由はない。ならば歴代最低前代未聞の0ポイントになどなるはずがないだろう。つまり初めからクラスのランクに興味が無いのだ。その上で動く理由………クラスでの地位確立が本命。が、普通に過ごしていても五味ならばその優れた容姿と強気な性格からリーダー格になることは容易なはず。わざわざ功績を残す必要は無い。

 

とすれば、欲しいのは支持率?

 

 

「人の上に立つのが好きなのか?」

「いえ、気に食わない人間に従うのは苦手ですが、そうじゃなければ別に」

「………ならば五味にとって、クラスからの支持率とはどんなものだ?」

 

 

にぃ、と五味の唇が弧をかいたような気がした。先程までだってちゃんと視線は合っていたというのに、こちらを鋭く見つめる五味の目が細まった今になってやっと、初めて目が合ったような気がした。

 

 

「この学校で生き残るために、必要なものですよ、先生」

 

 

急速に口の中が渇くような感覚を覚える。今感じているのは驚きなのか、それとも恐怖なのか。

 

二年の満場一致試験のことをどこかから知ったのか?いや、具体的な時期や内容まで分からずとも、退学を伴う人気投票のようなものがあると推測した?ありえない話ではない。

 

 

「先生、教員って一体どこまでの権限があるんですか?」

「………具体的には?」

「たとえば、私情による退学とか」

「っ私に、そんなことをさせるつもりか?生憎とそこまで腐っていない」

「出来ない、わけではないんですか?」

「規則としては認められていない。そして私は絶対に手を染めるつもりも無い」

「それを聞いて安心しました」

 

 

あんまりな言葉に思わず大人気なく熱くなってしまったが、五味の様子を見るにどうやらそういった意味での言葉ではなかったのだろう。私の返事に不気味なくらい綺麗な笑顔を浮かべた五味がポケットから端末を取り出して、そうして慣れた様子で操作したかと思えば、端末からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

『私が出てきて良いと言うまで物音を立てずに静かにしているんだ。破ったら退学にする』

『出て来い、綾小路、五味。出てこないと退学にするぞ』

 

 

「私の担任である茶柱先生は、ことある事に退学を口にします。これらの言葉にはなんの効力もない、そう受け取っても問題ないのでしょうか?」

「ただの脅し文句だ、心配せずともなんの効力もない」

「本当に?ありもしない出来事をでっち上げでもすれば、不可能な話ではないですよね?これまで茶柱先生の受け持った生徒の中に、不当な退学を下された生徒は一人もいませんでしたか?それを断言することは出来ますか?」

「………五味、お前からすれば、茶柱先生はきっと理不尽極まりない存在なのだろうな。生徒という立場からしても、いい感情を抱けないのは分からない訳では無い。だか彼女はまだ若い女性の教員だ。言葉をきつくするというのは舐められないための手段の一つでもある。どうか分かって欲しい」

「………明らかに不当だと思われる言動があり、それを私が提示できた時、味方になってくれることを約束してほしいんです」

「それはもちろんだ」

 

 

私の言葉は、五味には全く響いた様子はなかった。三年間基本的に変更のない担任にあれ程までの不信感を抱くなんて、この先きっと大変だろうに。しかし茶柱先生の言動に問題があるのは紛れもない事実だし、そもそも入学当初からSシステムに気付くような五味があれ程までの嫌悪を示したのだ。もしかしたら茶柱先生は本当に………、なんてことも充分に有り得る。

 

 

「よかった、とても心強いです」

「そんな日が来ないことを願っている」

「ありがとうございます」

 

 

切り替え早くにっこりと笑った五味に、私は教師として当然事だと返事を返す。礼儀正しく一礼してから去っていく背中を眺めながら、やけに胸騒ぎがしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、ちょっといいですか?」

「………五味?」

 

 

終業式が終わり、明日からの特別試験に備えて忙しない職員室を訪ねてきた五味に、嫌な予感はしたのだ。呼ばれて廊下まで出てみればそこには五味だけではなく見知らぬ男子生徒の姿もあり、場所を変えたいとの言葉で美術準備室まで移動して、そうしてやっと、五味は本題を口にした。

 

 

「以前私とした約束、『不当だと思われる言動がありそれを私が提示できた時、味方になってくれる』というもの。そこに変更点は無いですか?」

「………ああ」

 

 

なにか、望ましくない事態でも起きているのだろうか。こんな時期にとなれば考えられる内容もいくつかあったが、それは私の口から言えることではないなと言葉の続きを待つ。

 

 

「清隆、いい?」

「………ちーちゃんから見て、この人は信用出来る人間なんだな?」

「うん」

「ならいい」

 

 

男子生徒からの承諾を受けて、五味が端末を操作し始める。以前にも見た光景だ。それに私は、嫌でもこれから起こることを察せてしまった。今度はどんなものが来るのかと思えば自然と体にも力が入る。酷く気が重かった。

 

 

 

それから流れた音声は、想像を遥かに超える酷いものだった。

 

恐らく家庭事情か何かによって外界から隔離されたこの学校へ逃げるように進学してきた男子生徒と、そんな男子生徒を退学という卑劣過ぎる盾を用いて脅迫する茶柱先生。

 

五味の警戒は何も間違っていなかった。茶柱先生は生徒に退学という脅威を振りかざして不当な行いをする、教師としてあるまじき人間だった。

 

 

「っすぐにでも、対処させてもらう!理事長にも話を通して、彼女にはきちんとしかるべき処罰を受けさせるべきだ。安心してくれ、明日には茶柱先生の姿を見ることは無い」

「………それも困ります」

「何をっ、」

「教師の枠が一つ空くんですよね。そこに清隆にとって不利な関係者が割り入ってこないとも限りません。それに、教員から外された茶柱先生がどんな行動に出るかだって予測が難しい」

「………だが、」

「理事長には話を通して欲しいです。それから、実際に茶柱先生が誰かしらの退学を申してきた時にはちゃんとした裏取りをしてください。裏取りが出来なかった場合には絶対に受理しないでください。今はそれだけです」

 

 

言いたいことは分かる。それでもあまりにも無茶苦茶な要求だ。私に身近な犯罪を見逃せというのか。

 

 

「そんなの、理事長になんて言えば、」

「先生、私は先生に『然るべき対処をしてくれること』じゃなく『味方になってくれること』を約束してもらいました」

「………っ、だが、」

「私、美術部に入ろうと思うんです。やっぱり、絵を描く上で環境って大事だなぁって。それで、今は九月が締切の美術館が主催のコンクールに応募したいなって考えてます」

 

 

知られている。どうしてかそう、直感的に分かった。立場上学校ではなんでもなく装っている私だが、実の所理事長とは着任前から交流がある。今でもたまにプライベートで話すくらいには仲も良好で、しかしそれは入学したての一生徒でしかない五味が知っているはずもない事実。

 

そもそも、どこからが計算だった?絵に興味がないと分かりやすく態度にしたのはただのブラフで、そうすることで私が接触してくるのを見越していた?入学間もなくして茶柱先生の性質を即座に見抜いて、その上で私というツテのある人間を引き寄せるための行動だったと?

 

私が絶賛してやまない心から惚れ込んだあの絵は、彼女にとっては報酬であるポイントのためどころか、片手間に手探りで描いた交渉の道具でしか無かったこと。それを知った今でも、私はまだ彼女の作品に魅入られたままだ。

 

彼女の作品をこれからは顧問と部員だなんて身近な距離で見続けることが出来る、そんな魔力に逆らえるはずがないだろう。この口振りからして恐らく理事長にも根回しが済んでいるか、それとも何らかの理由で承認するであろうことを確信している。

 

私は罪悪感と高揚感に見舞われながら、ゆっくりと首を縦に振った。




センス=知識量って言葉が大好きなので頭脳A+な千鶴ちゃんには絵の才もあって当然なんだなぁ。期間を置くことで更に自身の絵への渇望を強くさせる千鶴ちゃん、相変わらず姑息。ちなみに顧問は私の捏造キャラです。

次回は軽井沢視点。
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