Undead Of Fantasia―対不死兵魔法戦記― 作:スピオトフォズ
――夕刻 王城 地上一階層 エントランス――
「おーい、王様ご就寝だそうだー」
「りょうかーい。おい、城門閉めるぞ~」
「はいはーい。そういやさっきから下の方騒がしくないか? お前、見て来いよ」
城内勤務の衛兵達がやる気無さそうに言葉を交わす。
戦争中とはいえ、王都付近は表面上は平和なものなので、気が緩むのも無理はない。
城内には仕入れの業者や清掃中の使用人、手続きに来た民間人や王城の役人などが多くいて、間もなく日が暮れるという時間でありながら賑わっていた。
それぞれの身なりが良いのは、城への立ち入りが許されているのが貴族階級の者だけという事も示していた。
「え~下に行くのかよ。アイツら陰気臭いから嫌なんだよなー。どうせまた変な研究でもして――」
嫌と言いつつ、ちょっと覗いて終わりにしようと思った一人の衛兵が、地下への階段のあるドアに手を掛けようとした瞬間――
「――え」
ドアを喰い破って伸びてきた手が喉元を掴み、そのまま衛兵は肩辺りを噛みつかれた。
「うぎゃあああ痛ぇっ!! コイツら、なんっ――……がはっ!」
その衛兵はそのままドアから出た二体目、三体目に食いつかれ、強烈な顎の筋肉と強靭な歯が皮膚を裂き肉を抉る。
「ぎいぃぃぃぃぁぁぁぁっ、た、助け……がぁっ……」
体の各所、脇腹や喉元を噛まれる。
噴水の様に夥しい出血して、藻掻いていたその手足は、力なく垂れ下がった。
「なんだコイツら!? 地下の研究者か!?」
「人を喰ってる!? ひ、人を喰ってるぞ!! 正気じゃない!! 斬りかかれッ!」
それを見た他の衛兵は慌てた様子で一斉に剣を抜き、槍を構える。
土気色の皮膚をした、人肉喰らいの”狂人”は、死亡した衛兵を飽きたように血溜まり投げ捨て、武器を構える衛兵たちや、その奥の非武装の人間を狙って拡散する。
「離れて! 離れてください! 危険です!」
城の衛兵が大声で呼びかけ、事態に気付いた民間人や城の役員は喰われた衛兵と、喰った”狂人”を見てパニックになり、場を悲鳴と怒号が埋め尽くす。
衛兵は数体に剣で斬りかかるが、それ以上に抜けていった”狂人”が両手を前にして不格好に走る。
しかし、その速度は全力疾走の健全な人間以上である。
「うわあぁぁぁぁ!! ひ、人が、喰われてるぞ!!」
「に、逃げろぉぉーー!」
「おい! す、すぐ国王様にお知らせするんだ!」
エントランスにいた人々は、蜘蛛の子散らすように逃げていく。
同時に、地下室への扉から”狂人”が次々と現れる。
その数、地下研究者やその他の人員、延べ35人。
地下の全てが”狂人”と化していた。
対して、ここにいる衛兵はたった8人。
「ぎゃああぁぁぁぁッ!」
「くそッ! 地下にいる人間全員頭がおかしくなったのか!? なんて研究だ!」
「とにかく一体でも多く食い止めるんだッ! まだ避難が!!」
王城の衛兵は人数に圧倒されつつ、長剣を斜めに振り下ろし、一体一体”狂人”を袈裟斬りにして斬り捨てていく。
人間なら致死量の出血と肉体的損壊を与え、現場はどす黒い血溜まりと”狂人”の肉片や切り落とされた部位が散乱する地獄となった。
だが、背後はもっと恐ろしい。
「く、来るな、ぎゃあああ!」
「助けてくれ! 助けてくれ!! 衛兵さん、ひぃぃぃぃ!!」
「ぐああ!! 離せっ、離せぇッ!! くそ、なんて力――ぎゃぁぁぁぁ!!」
「やめてぇぇぇ!! 助けて、喰われる、喰われるぅぅぅッぎゃああぁぁぁぁ!!」
成すすべなく逃げ惑う非武装の人間に”狂人”が走って飛びつき、顎の力のみで肌を突き破る。
強靭な膂力で両手を拘束し、噛み付く。
尖った爪を振り回し、全身を斬り刻んだのち、露になった筋肉や内臓に喰らい付く。
この世のどんな惨劇より酷い光景が、エントランスを支配していた。
一方で、訓練された衛兵たちも、混乱度はで言うならそう変わらない。
「クソ、クソ! 一体何人いるんだコイツら!」
「落ち着け! こいつらは武器を持っていない! 数に惑わされるなッ!」
衛兵に槍で心臓を突かれて倒れた”狂人”は、致命傷を負ったにもかかわらず、衛兵の足首に噛みついた。
「ぐああぁ!? なにっ!?」
信じられなかった。
彼らは致命傷を負いながら、這いつくばって兵士の足首を貪り始めたのだ。
あっという間に足首は無くなって、両手だけで倒れた衛兵を這うようにして上ってくる。
「ぐあああ!! 痛いっ! やめろ、やめてくれ……! くわっ、喰われるっ!? ぎゃあああぁぁぁ!!」
剣を振り回し、何度も”狂人”を剣で突き刺すが、それは止まることなく、衛兵を貪り始めた。
「やめ――ぎゃあぁぁぁぁ……」
内臓を喰らい、頭を激しく動かして噛み千切る度、辺りに鮮血が吹き飛ぶ。
「こいつらぁ!! 不死身かよクソっ! おい誰か! 城門を閉めろッ! 城から出すなッ、上にも昇らせるなッ――くそォッ!! 何がどうなってやがる!!」
「聞いた事がある! 確か地下の第三室が、不死の兵を生み出す薬を研究してたとか! 名前は確か――アンデッド!」
「不死の兵だって!? コイツら全員、事故かなんかでそのアンデッドとやらになっちまったのか!? 強すぎるぞ!!」
もう一人の兵士は、掴もうとしてくるアンデッドを躱しつつ槍で突き刺していた。
奴らは理性を失っているらしく、武器を持たず素手で襲い掛かってくる。
が、斬れども突けども
それどころか。
「ん!? おいお前、無事だった――ぎゃあぁぁぁ!? なに、して――がはッ!」
「おい見ろ! 倒れた民間人が起き上がってアンデッドに……」
「後ろだ! 後ろにいるぞォーー!」
「なに!? ぐはぁッ!」
アンデッドに殺された仲間は、如何なる原理かアンデッドと化して仲間を襲い始めたのだ。
衛兵が減り、アンデッドが増える状況に絶望感を覚える。
「衛兵ェー! とにかくコイツらを何とかしろ! 我々で城門を閉める!」
城の役員が叫ぶ。
「このアンデッドを城外に出したら被害は計り知れない! とにかく無事な民間人を早く逃がすんだぁーー!」
城の役員は命がけでアンデッド達の元に飛び入り、城門を下げる両端の滑車を回して城門を下げる。
今アンデッドは城内を蹂躙するだけにとどまっているが、噛まれた死体がアンデッドと化すのが事実なら、一体でも城外に出せば地獄絵図となるのは間違いない。
だが現場は既にアンデッドだらけで、一直線に城門へと逃げられない混乱状態だ。
「助かる! 早く城門を閉めないと! 皆急いで! ここから逃げるんだ!」
「バケモノめ、こっちに来るな!! いったいなんでこんな地獄が! クソ!!」
衛兵二人がその役員を庇うように迎撃する。
「来るぞ!! 斬り伏せろ!!」
両手を前に突き出し、不格好な走りで迫るアンデッドを斬り捨てる。
だがその背後から二体目が走って迫り、衛兵を押し倒す形で体当たりする。
「ぐッ! どけ、ろ……! ぐぁぁッ、痛ぇッ!」
掴もうとしてくるアンデッドを躱しつつ斬り続ける。
奴らは理性を失っているらしく、武器を持たず素手で襲い掛かってくる。
が、斬れども突けども
「これならッ!!」
長剣で渾身の一薙ぎ、見事頭を切り落とす。
「さすがにこれで――う、ウソだろッ!? ぐああ、痛ェッ!!」
だがソレは、頭が無い状態でも向かって来て、爪を喰い込ませて衛兵を攻撃した。
「くっそぉ、一体どうなって――しまった! がぁぁッ!!」
更に、先ほど最初に死んだはずの兵士が起き上がり、戦闘を仕切っていた彼に文字通り食いついた。
腹部が破れて、猛烈に痛みを感じる。
「だすけて、くれ……――」
その衛兵もついに倒れた。
「くそ、離せ離せぇぇーー!」
「城門が、まだ――ぐあああぁぁぁ!!」
城門を下ろしていた役員二人は、ついにその任を果たすことなく息絶えた。
「くそくそくそ! 来るな来るなッ!」
最後の一人が、10体以上のアンデッドに襲われる。
剣で斬撃を与えれば、倒れさせることぐらいはできるが、決定打にはならない。
「クソ、もうだめだ! 終わりだぁーー!!」
迎撃を諦め、上階に逃げようとするが、背を向けた瞬間に飛び掛かったアンデッドに組み付かれ、後ろから首筋を噛まれる。
「ぎゃあああッ、い、いでぇッ――!」
抵抗するも、尋常ではない力に手も足も出ない。
やがてそのほかのアンデッドも群がっていく。
「放てぇぇーーッ!!」
号令が聞こえた。
上階から駆け付けた援軍が、エントランスを見渡せる踊り場から弓矢の一斉射撃を行う。
首を噛まれた兵士に群がっていたアンデッドが、突き刺さった弓によって一時的に怯む。
「ガリス隊突撃! 城門の閉鎖を最優先! エルザ、治癒魔法で彼を! ノックス、パドーラ、彼女の援護! バロード隊はそのまま射続けろ!」
一人の騎士が迅速に指示を出す。
早口でありながら、理知的な冷静さが伺える青年の声だ。
「「了解ッ!」」
騒ぎを聞いて駆け付けた王城防衛に残された近衛兵団の騎士たちが辿り着く。
全身を包む白銀の兜鎧と、大型の盾と長剣で武装した騎士達が踊り場から飛び降り、アンデッドの群れに突入する。
「これは……! なんという騒ぎだ! レイナード隊長! 負傷者の手当と弓による援護は任せました! こちらは一階層、大広間前を防衛します!」
「コサール卿、そちらは任せた!」
近衛兵のもう一隊が一階大広間から到着し、正面の大扉を防衛する。
「こいつら、地下の研究者か!? 正気じゃない!」
「城の使用人や衛兵も狂ってる! とにかく全て叩き斬れ!」
「ガリス隊を援護しろ! 手を止めず放て! 頭を狙うんだ!」
それぞれの騎士が、アンデッドの攻撃を盾で受け、長剣で斬り伏せていく。
その合間に、弓の射手たちが正確に頭部を射抜いてゆく。
鮮血が舞う中、一人の騎士が噛まれた警備の兵士を抱え、無事二階にいる隊長、レイナードの元へ戻る。
「隊長! 負傷した衛兵を連れてきました! まだ息があります!」
「エルザ、治癒魔法を!」
「了解! 光よ! 彼の者に聖なる活性を――エイド!」
治癒術士が彼の傷を治す。
首元の見るに堪えない程抉れた噛み傷が、徐々に治っていった。
「れ、レイナード卿……? だっ、だめです……オレを、今すぐ殺してください……!」
「なにを言う? しっかりするんだ。何が起こったか、可能な限り話してくれ」
レイナードと呼ばれた近衛兵小隊の隊長は、飽くまで状況を聞き出そうと落ち着いた口調で語りかけた。
「や、やつらは、
瞬間、傷付いた衛兵の目つきが変わった。
血を失って白くなった肌がみるみる土気色になる。
「どうした!?」
ついに理性を失い、アンデッドと化した彼は暴れ出し、レイナードに噛みこうとするが、
「離れろッ!」
「きゃあ!」
レイナードは勘に近い予感で咄嗟に身を引くと同時、治癒術士の女性も庇って後ろに下がる。
「くッ! これは、下の彼らと同じ――ッ!?」
盾を構え、アンデッドと化した衛兵の突進を阻むが、アンデッドは怪力でレイナードの構えた盾を掴み、放り投げた。
「凄まじい力だ……!」
盾を失ったレイナードは、右手に構えた長剣の他に、腰に差してあったレイピアを左手で抜き、
「すまない。君を助けることが出来なかった」
正気を失った衛兵に一言呟くと、周囲の誰の目にも止まらぬ速さで、アンデッドの心臓を突き刺した。
だがアンデッドは変わらず活動を続け、レイピアを強い力で掴んだ。
「何っ!? これはしぶとい。で、あれば――」
アンデッドは、刺さったレイピアを捻り潰す程の力で掴んだが、レイナードは右手の長剣で腕を切り落とし、レイピアを引く抜くと、
「――息絶えるまで、貫かせて頂く」
言うと、レイナードは一瞬の間に10や20も刺し傷を作る程、アンデッドに連続の突きを放った。
頭部や心臓を含む体の至る所を瞬時に破壊された元衛兵のアンデッドは、全身の傷から血を吹き出し倒れると、ピクリとも動かなくなった。
シルヴィス・フォン・レイナードは近衛騎士として剣術にも優れていたが、凄腕のレイピア使いでもある。
双方レイナードを上回る達人は世界に幾らでもいるが、彼の特色は長剣とレイピアの二刀使いという所だろう。
意図せず盾を捨て去ることになったが、二刀となった彼に一対一で敵う騎士はそう居ない。
ただし、相手が人であればの話だ。
「ふう。どうやら彼らも、不死身という訳ではないらしい。が、」
振り向くと、一階エントランスから這い上がってきたアンデッドが複数、姿を現した。
同時に、弓が一斉に射られバランスを崩したアンデッドはエントランスへ落ちていくが、それ以上に這い上がってくる。
「れ、レイナード隊長……! 奴らは一体……?」
隣の治癒術士エルザが言葉を震わせながら聞く。
「衛兵の彼の言葉を借りて、アンデッドと呼ばせていただこう。理由は不明だが、名前からして恐らく地下の研究室から出てきたのだろうね。先の状態を鑑みるに、彼らの攻撃を受けた者、或いは噛まれた者は、同じアンデッドとなって理性を失い、我々を襲う。これは、少々厄介だな……ッ!」
言葉の最後で、接近してきたアンデッドの腕を長剣で叩き斬る。
これで少なくとも掴まれる事は無くなるが、しかし下階から這い上がるアンデッドの数は増える一方だ。
服装を見るに、先ほど降下した騎士の一部も含まれている。
「ピエール、アナンド……。せめて安らぎを」
ピエールの装着している鎧の間を縫うように腕の付け根にレイピアを突き刺し、腱を切る。
長剣で鎧の留め具を叩き割り、心臓にレイピアを突き刺す。
腕を伸ばすアナンドの、肘辺りを長剣で一薙ぎし、無防備の喉をレイピアで刺した後、捻りを加えて首ごと両断する。
心臓を刺されたはずのピエールが動き出すが、飛んできた矢に頭を射抜かれ、下階に落ちてゆく。
「ありがとう。助かったよ」
「隊長!! もう矢が……!」
「分かった! 仕方がない、総員抜剣! ここを通す訳にはいかない!」
「「了解!!」」
射手達がそろって弓を捨て、剣を鞘から抜き放つ。
「エルザ、待機させた魔導士を呼び戻してくれ!」
レイナードが治癒術士の方を向かず、声をかける。
迫りくるアンデッドの頭を突き刺し、そのまま下階へ突き落す。
両端からレイナードを掴もうとする腕を長剣で切り裂き後退する。
「了解! ですが城内での魔法使用の許可は!」
攻撃魔法は強力だが、城内で使えば当然城をも破壊する。
そう簡単にやっていい事ではない。
「非常事態だ、王も分かってくれるだろう。とにかく門を封鎖する事だけを考えるんだ! エルベール、そっちは後何人残ってる!?」
レイナードは合図で治癒術士を下がらせて、城門の閉鎖を任せていた小隊の隊長に声を投げかける。
「こちらは、もう6人やられました! 倒れた仲間も襲ってきます!」
「やはりな……。城門の閉鎖はいい、とにかくアンデッドを城から出すな!」
「了解ッ! ですが……ッ!」
「レイナード隊長! 魔導士メンディー、カルウェス戻りました!」
魔法使用の許可が出ていない為下がらせていた二人の魔導士が合流した。
黒のローブを着込み、先端にクリスタルを組み込んだ木製の杖を持っている
「よし。対人魔法で城門の鎖を壊して扉を落とすんだ」
「それは……」
「了解! 迷ってる暇はないぞ! 魔法を放つ、詠唱を!」
「……わかった! タイミングを合わせて!」
一人は迷ったが、もう一人は状況の緊急性を考え即座に詠唱の準備を行う。
「蒼穹の水よ――アクエス!」
「疾風の刃よ――ブリューク!」
言葉を唱えると同時、地面に突き立てた魔法の杖を中心に魔法陣が構築され、発動名と同時に杖を振ると、先端のクリスタルから魔法が発動した。
下級魔法で発動したのは、純粋な属性魔力の砲弾だ。
水と風の属性を持った砲弾は、鎖を見事圧壊・切断し城門の鋼鉄の扉を下ろした。
「よし! 城門は閉鎖した! エルベール、急いでこちらに下がるんだ!」
レイナードが下の騎士達に指示を出す。
「行くぞ! エルベール隊、二階踊り場まで下がれぇーーー!」
下の騎士たちを纏める隊長エルベールが、盾でアンデッドを突き飛ばし、二階まで駆け上がろうとする。
足首を掴む元部下のアンデッドを、一瞬の躊躇いの後に長剣で突き刺し、動きを止める。
「待ってくれ! 隊長、奴らが……うわああぁぁぁ!」
部下の一人は2、3人に組み付かれ、怪力で鎧を剥がされたのちに体の各所を噛まれ、夥しい量の出血で息絶える。
「くそ! また一人……!」
「エルベール構うな! とにかく早くこちらまで下がるんだ! ここももう持たない!」
一方レイナードの方も這い上がってきたアンデッドたちに手一杯だった。
剣で心臓の辺りを突き刺し、そのまま横一線に切り裂く。
右から迫るアンデッドに一歩引き、レイピアの突きを頭と心臓に二度、瞬時に繰り出す。
今度は左から。
突進するアンデッドに、剣を振り上げて迎撃するが、
「浅いか!?」
焦りか、疲労か、剣の摩耗か、或いはアンデッドが屈強だったのか、
思ったより切り口が浅く、アンデッドは接近し、レイナードを攻撃する。
それは”殴る”と言う程人間的な動きではなく、腕をまるで鞭のようにしならせての打撃だった。
骨格を無視し、体全体を使ったその一撃は鎧越しでも衝撃を通し、レイナードを仰け反らせる。
「ぐっ!? やれやれ、無茶苦茶だな……!」
言いながら、追撃をかけるアンデッドを、今度は冷静に剣とレイピアで微塵に斬り刻む。
しかし単体なら敵ではないものの、次々と不死身の如く押し寄せ続けるアンデッドに、徐々に体力や集中力、或いは武器の切れ味も落ちて劣勢になる。
「なにッ!? くッ!」
レイナードは再び、突進したアンデッドに右手を押さえつけられ、もう片手で脇腹辺りを強く掴まれ、鎧の隙間から鋭い爪が食い込む。
同時に鋭い歯でレイナードの首元に喰らい付こうとするが、その大口目掛けてレイピアを突き刺す。
「そう、簡単に!」
だが、一人では形勢は覆せない。
それを覆したのは、部下の剣撃だった。
「うおおおぉぉぉ!!」
レイナードを拘束するアンデッドの脇腹を貫き、そのまま抉り取るように剣を振るった。
致命的損傷を負ったアンデッドは一時的に力を緩め、レイナードは血をまともにかぶりながらもなんとか抜け出した。
「隊長! ご無事ですか!?」
「礼を言う、助かったよ」
徐々にレイナードや他の騎士達も負傷し、疲弊していく。
「はぁッ!」
向かうアンデッドを長剣で首筋に斬り込み、それでも伸ばしてくる手をレイピアで瞬時に斬り刻み、下階に蹴り落とす。
脇を素通りして魔導士や治癒術士を狙うアンデッドも逃さず、長剣で足を斬りつけて転倒させたのち、胴体を切断する勢いで長剣を薙ぐ。
背後から襲うアンデッドにはレイピアの突きを急所に数撃お見舞いするが、別方向から突進する個体に対処できず頭部と右腕を掴まれる。
強烈な握力で、右腕に爪を立てられ、兜が軋む音を立てる。
「ぐ、うぅ、やはり兜は、視界が悪いなっ!」
レイナードは掴まれる力に任せて兜を脱ぎ棄て、自由だった左手のレイピアでアンデッドの左腕根元を貫き、捻りを加えた斬撃で左腕を切り裂く。
鮮血が噴水の様に舞う。
「せっかくだ、兜は君に差し上げよう。遠慮なく持っていくと良い。聞こえてはいないだろうが、ね」
露になった薄闇が如き紫の髪をなびかせ、水面を思わす碧眼でアンデッドを見据えると、レイナードは自由になった右手で長剣を掬い上げるように、斜め下から上へ切り裂いた。
相手もいないのに気取った態度で声をかけてしまうのは性分らしい。
「ふぅ。それにしても数が多いな。被害者が増えすぎたか……! エルベール、合流はまだか!? そろそろ持ちこたえられそうにない!」
迫りくるアンデッドに2、3歩後退し距離を取る。
周囲の騎士たちもかなり疲弊していた。
噛みつきはほぼ即死だが、レイナードを始め爪による攻撃や体を使った打撃で、騎士は全員が負傷していた。
今のところ傷だけでアンデッド化する様子はないが、安心はできない。
「ぐああ! レイナード隊長、だめです! 下の部隊はもう……ぐああぁぁぁぁッ!!」
隊を纏めていたエルベールも死亡した。
下の階の部隊はもう全滅と見ていいだろう。
「エルベール……すまない」
戦友を失い、悲痛な表情を一瞬浮かべるが、事態は悲嘆に沈むことを許さない。
「隊長! そんな、城門が!!」
「なに……!?」
下階、見える所では最後の生存者だったエルベールが喰われた事によって、アンデッドが一斉に閉鎖した城門に集った。
外にいる住民の気配を感じているのだろうか、怪力のアンデッドに一斉に集られた、鋼鉄の城門は軋みを見せ始め、城門を支える石材の壁面と鎖に負荷が掛かる。
「それはまずい! メンディー、カルウェス! アンデッドを吹き飛ばすんだ!」
レイナードは焦りを覚え魔導士二人に魔法攻撃の命令をするが、既に遅かった。
城門、鋼鉄の門はついに負荷に耐えきれず倒壊し、一階エントランスにいたアンデッドの大半が外へ走り出し拡散する。
「おのれ、アンデッドめ……! 追撃するぞ! 奴らを城外へ拡散させる訳には!!」
「待てぃレイナード卿!!」
今にも駆け出すレイナード卿を、背後の怒声が止める。
「バルトリー軍務卿!? どうしてここに……いえ、今はそれよりこの通り、城門が破られたのです! アンデッドが城下町に拡散したら、もう取り返しが!!」
レイナード卿を呼び止めたのは軍事部門のトップ、バルトリー軍務卿だった。
「なんだと!? 城下町が!? いや、それどころではない! 一階を防衛していた騎士小隊が全滅して城内の各所に例のアンデッドとやらが拡散しておるのだ! 魔法攻撃の許可も下りた! 一階、二階を放棄して上階への侵入を何としても防ぐのだ!! 国王様の身は絶対にお守りせねばならん!!」
ここの激戦だけで見落としていたが、一階大広間を防衛していた小隊が突破されたようだ。
アンデッドは城内で拡散し、数を増やしているという。
話している間に寄り付くアンデッドを、バルトリー軍務卿が長剣で叩き斬る。
豪奢な軍服を着ているが、剣の腕は確かだ。
「魔導士シャルディーよ、最後に魔法を叩き込め! 国王様から、対物魔法以下に限定した魔法使用の許可は出た! 発動後、すぐにここを離脱し、使用人室辺りの防衛に回れ!」
「了解! 対物魔法を放ちます! 灼熱の炎よ! 敵を焼き尽くせ――」
バルトリー軍務卿が命ずると、彼と共についてきた魔導士が詠唱を唱え、魔法を放つ。
詠唱によって構築された魔法陣は、魔導士シャルディーの足元と、一階エントランスの中心に現れる。
「――ブレイムヘルズ!!」
魔法名が叫ばれると魔法陣が光りだし、エントランスの魔法陣の上に火球が出来た。
火球は、一瞬のうちに周囲の魔素を吸収・膨張しやがて部屋全体を炎と轟音で覆う程の爆発を起こした。
通常の爆薬と違い、燃焼は数秒場に残り続け、爆心地に近いアンデッドは骨まで焼き尽くされ、炭化してゆく。
爆発はレイナード達がいる二階まで及び、爆発を僅かに逃れたアンデッドもレイナードを含む騎士たちに斬り伏せられていく。
「よし、移動するぞ! 二階層使用人室へ急げ! 私は各部隊に伝令した後玉座の間へ戻る!」
「「了解ッ!!」」
バルトリー軍務卿の命令で、生き残った騎士達は別の場所の防衛に回った。
――しかし、炎に巻かれたアンデッドもまた、一部が活動を停止していなかった。
ようやく主人公が戦いました!