ときおり、夢を見る。私がミナガルデで受付嬢をしていた頃の夢。クロガネのハンターが草食竜の卵を納品するクエストを受けるその瞬間のことだ。私はあのとき確かに「お気をつけて」とだけ言って送り出した。そして彼女は死んだ。私が初めてハンターを殺したのはそのときだ。そのときからずっと後悔していた。死なせてしまったことを、受付嬢になったことを。
今の私ならそんな無意味な言葉だけをかけて送り出したりしない。きっと、こう言うだろう。
「モンスターが現れたら生存を最優先に行動を。それから、クーラードリンクをお忘れなく」
たったこれだけを口に出せば何かが変わったのかもしれない。
他にも私のできることはあったはずだ。例えば、フラヒヤ山脈の状態を調べておけば彼女の死因である轟竜の襲来を予知できたかもしれない。きっと私が知ろうとしなかっただけでフラヒヤ山脈では何か異変が起こっていたはずだ。時期を考えれば鋼龍の出現なんかは、十分にあり得た話で。あのときの私はなんて無能で無知だったのだろう。情報があればきっと誰も死なずに済んだのに。
バルバレに来てからの私もそうだった。クロガネのハンターの死から何も学ばずに、ハンターは存外あっさり死ぬものだと割り切って10人以上の死者数を本気で減らそうとしていなかった。私は苦しんでいるフリをしてハンターが何故死ぬのか考えもしなかった。
依頼の難易度を落とすことが重要なのではないとわかっていなかった。例えば手練のハンターが奇面猿を相手取ったとしても、未知のウイルスについて知らなければ命を落とす可能性すらある。未知のウイルスが発見される前であっても、死者数や死因から考察できる情報で注意喚起をすることが重要だったはずなのに。「決して油断しないで」と言うだけで何かが変わったかもしれないのに、そんなこともわからないで、馬鹿みたいに後悔ばかり繰り返す。
問題ばかり起こるのは私がこの街に居るせいでは無い。そんなことはわかっている。自然の中に起こる事件を予測することは困難だし、ましてや私ごときの行動が自然に大きな影響を与えられるはずがない。それでもときおり泣きたくなる。今日は特にそんな日だった。
金獅子というモンスターがいる。ドンドルマ、バルバレ、メゼポルタ、ミナガルデの管轄地域で狩猟される牙獣種。比較的弱いモンスターの多い牙獣種に分類されながらも並の飛竜より遥かに危険な存在。
一部では古龍級生物という見解をされる場合もあり、凶暴性や地域生態系に与える影響の大きさを見れば決して野放しには出来ない。そのため金獅子が遺跡平原に出現した場合はバルバレが、他の管轄地域では全てドンドルマが即座に対応する。バルバレでは毎回必ず緊急クエストが発行される。そのくらい危険なのだと私は認識していた。
金獅子を狩猟したという実績はハンターのランクアップにおいて大きな加点になり、バルバレのハンターの中には金獅子の狩猟でハンターランクが7になった者も少なけれど存在する。
そんな金獅子だが、発見報告をする際にいくつか確認される項目がある。一つは大きさ、一つは感染の有無、一つは周辺の大型モンスターの有無、そして最後に尻尾の有無。
尻尾のない金獅子を最初に狩猟したのはポッケ村の特命狩人だという。曰く、尻尾のない金獅子は通常の個体に比べて非常に危険らしい。私はどちらも見たことがないし、尻尾のない金獅子が現れたという話も聞いたことがない。とにかく情報が少ないため、それがどんなものなのか、どの程度危険なのか、私には分からない。ただ一つ言えるのは、私が今からその尻尾のない金獅子とやらに生贄を送る必要があるということ。
緊急クエスト、尻尾のない金獅子一頭の狩猟。場所はテロス密林。もしここに我らの団のハンターか操虫棍のハンターがいれば懇願して彼らのどちらかに任せただろう。しかし今前者は樹海で極限状態の千刃竜を狩猟中、後者は塔の蒼火竜を狩猟している。ヘルブラザーズは未知の樹海に行っていて、カチワリのパーティはしばらくドンドルマにいない。彼らは数日前にユクモ村に行ったらしい。
挙げた4つのパーティもといハンター達は、我らの団のハンターを除けば皆トップハンターであり、基本的にそれ以下のハンターとは一線を画す実力があるとされている。実際に狩猟するところを見ることができないためその実力差がどの程度かはわからないが、受けるクエストの平均難易度が他の有望なパーティよりも高いことは知っている。
あるパーティに「私が紹介するクエストはあなた方にとって丁度いい難易度だろうか。もしかすると、簡単過ぎやしないか」という質問をしたことがある。龍頭の弓を背負う女性ハンターがリーダーを務める4人パーティだ。その答えはメンバー全員が否で、リーダーは「丁度良いとは言い難い、非常に緊張感のある狩猟を毎回行っています」と私に嫌味とも褒め言葉とも取れないことを言い、ハンマーを背負う最年少のハンターは「俺はいつも死にかけてます」と言った。
さてこのパーティは有望で、狩猟に対する意識も高く、いつか古龍を相手取るようなパーティになるかもしれないが、今現在、尻尾のない金獅子を相手にして成し遂げられるだろうか。……無理だと言うしかない。足止めがせいぜいだろう。
別にカチワリのパーティの次に強いパーティが龍頭琴のパーティというわけではない。ハンターの強さとは状況に応じて変化する物であり、火山の依頼であれば龍頭琴のパーティが有力であっても氷海だと別のパーティが有力な可能性もある。
最上位の3つのパーティにも得手不得手はあり、例えば操虫棍のハンターはどんな相手にも柔軟な対応ができるがタフな個体や複数の目標を相手にすると帰りが遅くなる。これは操虫棍のハンターが1人で狩猟している弊害だ。カチワリのパーティは絶対的な指揮権を持つリーダーが不調のときはパーティとして弱体化するし、ヘルブラザーズは年齢や慣れの問題で高低差のある地形をやや苦手としている。
現在クエストを受けられるパーティの中で尻尾のない金獅子への狩猟の適性が期待できるパーティは、おそらく存在しない。だから、ユクモ村に使いを送ってカチワリのパーティを呼びに行かせている。片道2日掛かることを考えればあまり期待はできないが、戻ってきたなら金獅子はなんとかなるはずだ。彼らなら金獅子を狩猟できる。……実質的にはその想定すらも希望的観測に過ぎないが、戻ってくれば状況が今より良くなることは間違いない。
だが彼らが戻るまでの4日間金獅子を放置するわけにはいかない。密林の生態系破壊、周辺村落への被害、これを防ぐためには最低限足止めが必要になる。およそ4日間金獅子を捕捉し、犠牲者なく戦い続けられるパーティ。これが存在しないからこそ私は悩んでいる。
自分の中であと1時間で決めると約束して、足止めをさせるパーティを考える。
私の中で最も重要なパーティの選定基準は生死だ。例え無茶なクエストであっても生きて達成するならハンターが望む限りそれを許可する、しかし達成したとしても死ぬなら行かせないという非常に基本的な一点のみ、必ず守るようにしている。
研修では受付嬢が最も優先すべきはハンターではなく、ハンターが救うべき人々だと習う。ハンターや受付嬢はその区別なくハンターズギルドという人々と自然の調和を目指す一つの組織であるべきだと考えられているからだ。
だからといってハンターを使い捨てる真似が許されるわけではないが、トリアージの一環としてそれをしなければならないこともある。それが今日だったとして、もしハンターが重傷を負ってそのハンターとしての活動が困難になったとしても、私はせめて誰も死なないように最善を選ぶ必要がある。
「名目上の目的は狩猟ですが、足止めで構いません。最低1日、最長一週間、なるべく長い時間金獅子を捕捉し、可能であれば水場や寝床も探ってください」
「倒してもいいの?」
「それができるのであればもちろん構いませんが……」
言葉を濁している時点でほとんど伝わってしまっているだろうが、不可能だと言うのは明確な侮辱にあたるから口には出さない。
選んだのはスノウツインズを使うハンターがリーダーを務める3人パーティ。リーダーともう1人の扱う武器が氷属性で、受ける依頼の半分は火山地域というわかりやすい特徴を持つ、金獅子の依頼を受けさせるにあたって最もマシといえるパーティの一つだった。
「まあ俺らラージャンは2回も倒してるし、なんとかなるでしょ」
楽観的過ぎる見通しを立てたリーダーにメンバーの1人が「激昂は倒したことねーだろ」と言って笑った。私は印を押して言う。
「環境は安定しています。お気をつけて。死ぬくらいなら撤退を」
リーダーが「はあい」とやけに間延びしたふざけたような口調で返事をして消えた。余裕そうだが、死ぬかもしれない。覚悟して次のパーティを見繕っておかなければ。
こんな話がある。タンジア管轄の、小さな村の話だ。その村では近年地震が続いていて、モンスターの活性化が問題視されていた。それをハンターズギルドに申し出たところ、専属ハンターが一人付くことになった。幸運にもその村には出張受付嬢としてすぐにでも働ける大変有能なギルドガールが一人いて、村はハンターに守られることになる。その村にはさらに幸運が続く。村に来た当初、ハンターはロックラックで登録を終えたばかりの全くの新人だったが、実のところ非常に才能のあるハンターだった。彼は後にモガの村のハンターとして古龍を討つ偉大な狩人になる。
さてモガの村は専属ハンターのおかげで交易船が訪れるようになり、ロックラックから来る商人も増えた。所詮は小村ゆえに観光客はあまり多くなかったが、いないわけでもなかった。
ある時モガの村の民は大海龍によって避難を余儀なくされることになった。当時大海龍を討伐した前例はなく、ハンターズギルドがモガの村の専属ハンターでは撃退さえできないと判断したためだった。幸いにも被害予想範囲の村落はモガの村のみで、避難さえすれば次なる被害を出さずにタンジアからG級ハンターが派遣される予定だった。ところが大変有能なギルドガールはハンターズギルドを欺きモガの村のハンターを単身討伐に向かわせた。その無謀とも言える試みは成功してモガの村の専属ハンターは英雄になる。
重要なのはここからだ。ギルドガールと専属ハンターの狙いは村を守ることであり、大海龍を討つことでそれは達成される。しかし、大海龍を討つために専属ハンターが一時的に村を離れるということは、その間村を守る手段がなくなるということだ。その間にモンスターが村を荒らせば意味がない。モガの森には海竜と水獣の群れが何かから逃げるように海から現れていた。
モガの村のギルドガールの真に有能だったのは当時村に観光に来ていたハンターに村を守らせたことだった。そのハンターはハンターランク2になったばかりで、水獣は倒せても海竜は倒せない。
だからギルドガールは水獣の討伐と海竜の足止めを依頼した。2日間、海竜を捕捉し村から遠ざける。しかしそのハンターからしてみれば海竜は1ランクも上の相手であり、普通に考えれば足止めでさえも難しい。ところがなぜかハンターは依頼を受諾し、海竜の足止めを引き受けた。ここでどういったやり取りがあったのかは記録にない。
ギルドガールは村の資産からなるべく多くの閃光玉と応急薬を支給し、そしてハンターは約74時間海竜を足止めし、その鱗に多少の傷をつけて後の任をモガの村の専属ハンターに任せた。
この話から学ぶべき教訓は、足止めは格上のモンスターに対して有効な可能性があるということだ。私のような木端は過去の事例から学ぶしかない。足止めなんてアイディアを私が思いつくことはなく、天廻龍のときにいくらか調べて知ったことだ。尻尾のない金獅子を含む古龍以外の危険なモンスターについてもそのときからなるべく知ろうとはしている。
それでも金獅子相手にこんな話を当てはめられる訳がないとはわかっている。スノウツインズのパーティに任せる判断は本当に正しかったのか。結果が出るのは4日後だ。もはや私に出来ることは何もない。
どうか彼らが救われますように。
涙を堪えて笑顔を作った。
「どのようなクエストをお探しですか。密林は現在封鎖中です」
ラーとかジョーとかは強すぎる可能性があります。