とうとう我らの団のハンターが帰ってきたが、そこには拍子抜けするような素晴らしい結果のみがあって、つまり死者重傷者共にゼロだった。極限状態の千刃竜の体内からは特殊な狂竜結晶が発見され、それもまた狂竜ウイルスの研究に役立てられた。今後も群れとしてデデ砂漠という餌場を覚えた千刃竜が飛来してくることはあるだろうが、その数は格段に減るはずだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう? なんか一回ここでクエスト受けてるのに変な感じだけど」
我らの団のハンターはG級ハンターになった。功績を考えれば当然のことだ。もっとも、このタイミングでのランクアップには些か思うところがあるのだが。
というのも、我らの団のハンターは極限状態などというわけのわからないものが現れたせいで随分遠回りをしたが、本来彼女はドンドルマの復興に動いている。
ドンドルマというのは本来なら我らの団のハンターが手を出さずとも1年か2年も経てば勝手に復興している街だ。それをわざわざ復興に尽力するのは以前ドンドルマに襲来した古龍が風翔龍だったからだ。鋼龍ではなく。(今は風翔龍ではなく錆鋼龍と呼ばれることも多いようだ)
以前より鋼龍であれ風翔龍であれドンドルマに襲来することは(未知の古龍が出現する確率に比べれば)珍しいものではなかったが、昔の風翔龍の扱いは鋼龍の亜種だった。
これに関して自論を展開する気はないが、少なくともかのドンドルマの英雄は脱皮直前の個体だろうと述べていた記録がある。とはいえ当時、風翔龍と対峙した数多くのハンターの意見はほとんど真っ二つに分かれるものだった。
襲来が珍しくないとはいえやはり鋼龍は古龍であり、そのほとんどは謎で、人間はそれと戦い、あわよくば討つ程度の力しか持っていなかった。
当時も今も、学者が事実と認めた生態のほとんどは鋼龍並びに風翔龍の恐るべき戦闘能力が大半であり、ハンター達にはもちろんそれが必要ではあったのだが、その学術的価値は謎に包まれた生態に勝るものではない。その鋼の翼が大風を起こすことを知っていても、全身が鋼の龍鱗に包まれている合理性を学者達は推測することしかできなかったし、毒怪鳥や雌火竜の有する生物的な遅行毒を通せばその風が弱まることを知っていても、その根本的な原理や理由を学者達は予想することさえできなかった。物的証拠のない推測以外に論ずる方法のない以上、その意見が一枚岩になり得るはずもない。
しかし今は『同一形状の古龍の亜種が同じ地域に生息している』よりは『脱皮直前の個体故に気が立っている。確認された個体が概ね凶暴なのもそれが理由』という意見が主流である。これについて前者の意見が否定されがちな理由の大半は実際に風翔龍と対峙したハンター達の直感的な意見あるいは論理的且つ経験に基づく推測が、徐々に後者に寄ったからだった。学者たちは未だ熾烈な論争を行なっているが、ハンターズギルドとしてはいつのまにかできていた特殊個体という区別をもってひとまず後者の意見を支持する形をとっている。
結局のところ昔に前者の意見が支持されていたのは特殊個体が珍しかった時代の名残のようなもので、金獅子を尻尾の有無で区別せず、観測データに基づく覇竜の危険度の区別や長く生きた恐暴竜の区別さえ存在しなかった時分には姿の違う同形状のモンスターは亜種とする他なかった。それが今では黒狼鳥を体表の傷の多さで区別しその危険度を上げるほどには、ハンターズギルドもそこに関係する人々も柔軟な思考を持つようになったということだ。それに関しては全く、喜ぶべきだろう。
話を戻そう。つまり我らの団のハンターは、というか我らの団に復興の助力を要請した筆頭とかいうハンター達は風翔龍が風翔龍であるが故にただの鋼龍と違って近いうちにまた襲撃に来ると考えているということだ。
そしてその復興の内容は主に戦闘街の防衛設備の修理及び新型防衛兵器の設置。我らの団のハンターの働きは狂竜ウイルス研究所から街外れの雑貨屋の復興まで多岐に渡ったが、主な仕事はこの新型防衛兵器に関わるものだった。
察するにギルド上層部は我らの団のハンターを対風翔龍決戦要員として使うつもりなのだ。これに関してはさすがに筆頭ハンター達も決戦に参加するだろうが、新型防衛兵器の設置に関する仕事を我らの団のハンターが請け負う以上はその稼働も彼女が行う可能性が高い。
要するにギルドは近いうちに現れる風翔龍の対処のため我らの団のハンターをG級にしたのだろう。それは妥当だし、正当なランクアップとも言える。むしろ我らの団のハンターは天廻龍を討伐したことをもっと讃えられるべきだったのだ。彼女のハンター歴がもう少し長かったならその時点でG級になってもおかしくはなかったのだから。
とはいえ、どんな事情であっても私は彼女が風翔龍と対峙することを許容できない。
もちろん風翔龍の襲来に際して彼女以上の人材がいるとは思わない。風翔龍の襲来に誰よりも備えてきた私の管轄とするハンターの1人なのだから。しかし私は私の目の届くところでハンターが死ぬことを許容せず、また死の危険にさらされることをよしとしない。それは私の信条で、しばしば無視せざるを得ない理想でもある。
G1許可証を受け取った我らの団のハンターは何やら忙しいのか、ロクに話さず足早に大老殿から出て行った。筆頭オトモは私に何やら話そうとしていたが、彼女に急かされるようにその隣を歩いて消えた。私も、もうじきに仕事終わりの時間だ。特に急ぎの仕事はなく、また懸念事項もないため久しぶりに気楽に、明るい時間に帰ることができそうだった。
路地裏の水路に釣り糸を垂らすだけの暇つぶしは、一件が落着して直近の懸念事項があらかた片付いたような時期には大変重宝した。一切金を使わないし、人と話す必要もないというのが素晴らしいことだった。それに何より私はそれをしている時間の半分以上をハンターのことを考えずに過ごすことができた。
気付けばハンターが私の横に立っていた。いつからそこにいたのか、今来たばかりなのかもわからなかった。装備や顔を見て、大老殿のハンターでないことを認識する。明らかに私の知らないハンターだ。とても若く見えるし、狩猟笛を使うハンターは少ないため、会ったことがあるなら鮮明に記憶しているはずだ。背中の武器は岩竜の狩猟笛。気付けの旋律が重宝されているらしいが聴いたことがないのでどんな音色かは知らない。
「どうかなさいましたか」
黙ったままのハンターに話しかける。ハンターはもじもじと、遠慮がちに口を開いた。
「この間、グラビスカスを持っていたのをみたんですけど、その、どうやって手に入れたんですか?」
クロガネのハンターを思い出すような返答だ。手に入れる、という言葉遣いはとてもハンターらしくてクロガネのハンターが使わなかった表現だが。
「花屋で買ったものです」
本当は、グラビスカスを仕入れる花屋はなかったので商人に頼んで一輪だけ分けてもらったものだが。それを買って持ち歩いたのは一週間も前のことなのによくも私を見つけ出せたものだ。大老殿のハンターでないなら私を認識しているということもないだろうに。
「どこにも売ってなかったんです。たぶん、街の花屋は全部見たと思います」
グリムキャットのハンターを想起するような返答だ。
「グラビスカスでなければならないんですか?」
「妹が、誕生日なんです」
私の次の答えは最初から決めていて「無いということは売り切れていたのだろう、またの機会を待つ他ない」という内容だった。そうする予定で会話をしていたし、食い下がるようであれば「ハンターなら採取に行けばいい」と言う準備もあった。けれどハンターは妹の誕生日などと宣った。あまりにも状況が一致していて、既視感があった。動揺したつもりはなかったが、私の発した言語は想定とはずいぶん違っているものだった。
「妹さんは、ギルドガールですか?」
「え? いやまだ違うと思いますけど……知り合いですか?」
違う、という言葉に安心し、一瞬後に、まだ、という言葉に戦慄した。目が回りそうなほどにグリムキャットのハンターと全く同じ状況。ハンターは妹と私が知り合いかどうかを聞いてきたが、私はそれを無視するようにほとんど反射的に、質問を重ねた。
「妹さんはこの街に住んでいますか?」
「は、はい」
「誕生日はいつ」
「来週です、あの、知り合い、じゃないですよね」
困惑気味にハンターが私に質問して、私は正気に戻った。似ているが全く同じというわけではない。
「すみません、知り合いかと思いましたが、勘違いだったようです」
「あ、そうですか」
「グラビスカスを卸している商人に心当たりがあります。少しであれば売っていただけるかもしれません。よければ、案内しますよ」
私は極めて直感的に少し彼女と話してみたいと思った。私を知らないこのハンターと。
私が先導し、彼女はただ着いてきた。そこに会話はほとんどなく、思えば私はなぜグラビスカスが妹の誕生日に必要なのかすら聞いていなかった。
彼女は一輪のグラビスカスを鉢植えごと購入した。私は彼女を夕食に誘い、ハンターの少ない店に入った。
私が花を見ると彼女は茶化すように言う。
「ハンターなら自分で取りに行けって話ですよね。分かってるんですけど」
「いえ、今の火山は少し危険ですので、おすすめはできません」
特にその装備なら、と言おうとして口をつぐんだ。ハンターの防具は寒冷地に生息する鳥竜の素材で揃えられていて、火山地帯を苦手とすることは一目瞭然だ。わざわざ言わずとも自分でわかっているだろう。
「そうなんですか? 私普通に火山が苦手で、暑いのとか。ていうか、お姉さんもハンターですか?」
「ギルド関係の仕事をしていますが、ハンターではありません」
「あっじゃあ学者さんとかですか」
「いえ、普段は大老殿で受付嬢をしています」
「ええ!? すごいですね!」
普通のハンターにとって、大老殿とはこのような反応を返す場所だ。ただ立ち入れず、高難易度のクエストのみがそこにある。私からすれば地獄のような場所だがドンドルマのハンターにとって憧れの場所だった。或いは、この仕事を地獄のようだと考えている私は極めて少数派なのだろうか。例えばギルドショップ店員しかしたことのないギルドガールにとって大老殿は憧れの場所かもしれない。
「あの、じゃあ、大老殿の受付嬢さんから見て、私ってどうですかね」
ハンターは声を潜めるようにしてそんな抽象的な質問をしてきた。私ってどうですかね、もちろん知らない。
「質問の意図が微妙にわかりません」
もちろん言わんとすることが伝わっていないことはないのだが、どう答えればいいのかがわからない。そもそも、答えるべきかも判別がつかない。
「あっいえ、私、ハンターランク2なんです。見ての通り笛使いで、まあ自分ではけっこうやれてるかと思うんですが、中々ランクが上がらなくて」
「つまり、どうすればランクが上がるのか知りたい、と」
「まあそうです」
ランクアップは受付嬢の仕事ではない。クエストの結果による加点も、或いはクエスト中の行動による評価も、受付嬢にその仔細は全く知らされない。ハンターと距離の近い受付嬢はそれに公正な採点を行えるか疑問があるため、秘密とされている。つまり──
「わからない、としか言えません。なにぶん私の管轄ではないので。ただ、受付嬢として相談に乗るくらいならできます、責任は取れませんが」
責任は取れませんが、の部分を強調したつもりだが、ハンターは目を輝かせて私に自分の現状について話し始めた。普段は野良で活動していること、クエストの成功率は99%(一度しか失敗したことがないらしい)であること、あまりパーティに貢献できていない気がすること、
「……大鳥竜の防具はほとんど低ランクのハンターが着用するもので、特に属性に対する耐性が低い。ひとまずそれを着替えることを目標にしてはいかがでしょう」
ミナガルデでもバルバレでも、そして大老殿であっても大鳥竜の防具を着用するハンターは私の管轄にはほぼ存在しない。その理由は至極単純で、素材そのものが飛竜などの素材よりも防御に長けていないからだ。軽量であるというメリットも身軽に動くことを目的とするハンターは例えば雷狼竜や白兎獣の毛皮の装備を着用するし、あるいは特定の耐性を意識するなら当該生態系でも上位のモンスターの素材を使った防具にすべきだろう。
そう説明するとハンターは驚いた。ええ、そうなんですか、と。
「じゃあどんな装備がいいんでしょうか」
「それは人によります」
私とてハンターがどんな理由で防具を選ぶのかなど知りはしない。私が寒冷地適応の防具をつけているハンターを寒冷地依頼に行かせようとするのはその合理性ゆえに違いないが、実際そのハンターが火山地帯の依頼を好むこともある。操虫棍のハンターがその良い例で、とりわけ難しいクエストに行きたがる彼は氷牙竜の防具を着けているがその実、火山地帯によく向かうのだから防具と環境が一致するとも限らない。
「まあそりゃ、防具ぐらい自分で選ぶべきですよね」
二人とも食べ終わったので会計をして店を出る。暖かい店内とは打って変わった気温の低さに少し震えた。
「でもランクアップって、なんなんですかね。1から2に上がったときはフルフルを倒したんですよ。それはフリーハントだったんですけど、雪山の方に用事あって。で、帰ったら突然上がったからなんでってなりましたし」
「ランク以上のモンスターを狩猟した際にランクアップすることが多いようですね」
大抵そのランク以上のモンスターは昇格試験という形で受注権利が与えられるが、フリーハントで上がる事例も低いランクでは少なくないと聞く。モンスター売却価格やフリーハント報酬の兼ね合いで、上位にもなるとフリーハントが割りに合わなくなるためにほとんど無くなるが、下位では報酬と売却価格の差がそれほど大きくないためフリーハントをするハンターも多いのだろう。
……それが下位ハンターの死亡率を上げている原因のようにも思えるが、実際どうかは知らない。
「不透明性っていうんですかね、どうやったら上がるのかみたいなの教えてくれたらいいんですけど」
「明確な基準があるわけではないのかもしれません。悪用されて実力のないハンターをランクアップさせるのは問題ですから」
ハンターは私が釣りをしていた水路まで着いてきて「私こっちなんで」と言って私の家とは違う方向に歩き出した。私は後悔のないようにその背中に声をかける。
「あなたが妹のことを本当に想っているのなら、今すぐハンターをやめるべきです」
ハンターは足を止めて、振り向いた。そして嫌な顔もせず、苦笑して私に言う。
「やっぱり、才能ありませんかね」
それはわからない。狩猟笛を扱える、野良で活動できる、依頼成功率が高く向上心もある。これまでの情報を整理すれば大変理想的なハンターに見える。岩竜の武器はこのハンターの特徴だろう。これを持っているということは岩竜を、つまりは飛竜を狩る実力があるということでもある。少なくとも実力はあり、才能はないというわけではないはずだ。
もちろん私はこのハンター以上の才能を知っている。たった2年で上位の最高位になったハンター、どんな相手にも傷一つなく依頼を遂行するハンター、大抵の場合高速で依頼を終わらせるパーティ。だがそれと比べなければG級にはこのハンター程度の才能のハンターはいるかもしれない。少なくともいずれ上位にはなれるだろう、そういう力はあるように見える。ただ、私は才能について論ずることでハンターをやめろと言ったわけではない。ただ、言っておくべきだと思った。まだ若く、経験の浅いハンターであるからこそ、高みに至るまでにその多くが死んでしまうことを知らせておきたかった。
ハンターが減ること、いなくなること。それがどれだけ危ういことかはわかっている。この地で生きていくのに彼らは不可欠な存在だ。けれどそれを敢えて選ぶなど、どうかやめてほしいとも思う。
「妹は、私に才能ないっていうんです。2年も経つのに未だハンターランク2なんだからやめた方がいいって」
まあそんな酷い言い方はしませんけど、と言った。
下位のハンターの分布はハンターランク1か3のハンターが多いらしい。理由は不明だが、ハンターランク2での活動というものがほとんど無いままで3まで上がるという者も少なからずいると聞く。均等な分布にならないのはハンターズギルドのランク制の落ち度だが、ランクが上がらないのはハンターにも問題がある。このハンターの妹がどういうつもりで才能がないと言ったのかはわからないが、少なからず本当に才能がないという見方もできることはできる。私はこのハンターのことを何も知らないが、妹であれば私よりもずっと多くのことを知っているだろう。私と同意見の「辞めろ」というアドバイスが効果的な可能性は十分にあるだろう。
「妹さん以外の家族は、ご存命ですか?」
「え、いえ、もう……」
「そうですか」
ハンターとしては珍しくも無い境遇だ。老いれば死にやすく、子が若いうちに親が死ねばその子はハンターを目指すことも多い。誰もが防衛設備のある街で暮らせるわけではないのだから。
「であればなおさら、ハンターをやめるという選択肢も少し考えてみてください」
大きな街で、未だ風翔龍の爪痕が残っている以上、人手が足りているとは言い難いだろう。仕事は探せば見つかるはずだ。
「考えてみます」
ハンターは笑って私に他を振り、消えた。私はまた何かを間違えたようなごく不安な感覚に襲われた。適切なアドバイスはできたか、ハンターをやめろと言ったのは良かったのか。
いつの間にか私にとっての人と話すということがその人の死を恐れるということになっていた。昔の、バルバレに来てすぐの頃の私がノイローゼのようにハンターのことを考えて、あるいは考えまいとしていたことを思い出す。不安を抑えるために資料を読み込み、ハンターについて反芻する毎日を思えば、今の私は全くに冷静に話し合い理解すること自体を避けるように変わってしまった。彼らの生に大した執着をしなくなってしまったのだ。
このままではまた大きな失敗をするかもしれない。意識を変えていかなければ。
岩竜の笛のハンターと会うことは二度とないだろうが、今日はそれを思ういい機会となった。
間話のような何かです。毎話やべー古龍出てきても大変ですので。