「おはよう」
「おはようございます」
彼女と話したのは久しぶりだった。防具は、以前見たときからほとんど変わっていないが、武器は見たことのない片手剣に変わっていた。
白く、どこか禍々しいソレを私はよく知っているような気がしたが、記憶を探る前に推測がついた。天廻龍のものだろう。
龍の力は龍に効く。風翔龍とて例外ではなく、古龍の武器を古龍相手に使うのは実に正しい。問題は古龍の武器を持っているハンターがなかなかいないことだが。(厳密には龍の力を持つ武器が古龍のものに限られるわけではないが、それは極めて少なく、希少である)
古いハンターには浮岳龍や幻獣の武器を持つものも多少居るが、ハンターを守る為にほとんどのハンターズギルドとその支部で施行されたランク厳密化の波は、若く経験の浅いハンターが古龍と戦う機会を激減させた。
それまでは大勢のハンターが入れ替わり立ち替わりに出撃しては撤退してを繰り返していた古龍迎撃戦はより高位のハンターの少数名の役目となり、下位のハンターは老山龍撃退に挑むのがせいぜいとなった。この状況を本当に必要な力を育てるに不十分な環境と考えることはできるが、その厳密化によって若く経験の浅いハンターの生存率は飛躍的に向上した。さらにその中で我らの団のハンターのような突出した戦力がG級にまで上り詰めたのだから正しいのだとも言える。
「いい天気だね」
目の前のハンターは穏やかに笑いながら言った。
「そうですね」
適当に相槌を打つとハンターは苦笑いで言う。
「いや、冗談のつもりなんだけど」
「すみません」
確かに、いい天気とは言い難いかもしれない。嵐が今まさに街を襲っているのだから。
「でも絶好の狩猟日和」
「そうですか」
彼女はいやにのんびりとした様子だが、あまり話している時間はないはずだ。私はすぐに依頼書を取り出してカウンターに置いた。
「風翔龍クシャルダオラの討伐。契約金は3300z、報酬金は30300zです」
「受ける」
少しの間もなくそう言って、ハンターは契約金をカウンターに置いた。
「無事を祈っています」
私はこのクエストのためだけに随分と早く出勤したが、出来ることはこのハンターと少し話すことだけだった。街を守るというのはそういうことだが、このやり取りが必要なのかは果たして疑問だ。すぐにでも戦闘街に向かってもらった方がいいように思う。けれど事実としてこの儀式的なやり取りが存在する以上は、せめて意味を持たせるために、ハンターのための発言を心がける。
ハンターは穏やかな笑みを崩さず、私にいつものように聞いた。
「ねえ、あたしの代わりは居る?」
「います」
「そうなんだ。でもいらないよ。あたし、強いから」
我らの団のハンターは、何かが吹っ切れたような顔をしていた。どこまでも穏やかで、挑戦的で、目は輝いていて、恐怖さえ感じた。
「わかりました。一考しておきます」
話したのはそれだけだった。
風翔龍がついに街を襲ったのはある日の早朝、まだ日も昇っていない時間で、混沌に呻くゴアマガラが倒されてから2週間ほどが過ぎた後だった。新型防衛兵器とやらはつい先週完成し、試運転もまだの状態だった。
しかし街にはドンドルマ最強のパーティと最強のハンターがいて──そもそも我らの団のハンターと筆頭ハンター達が風翔龍ごときに負けるとは到底思えないが──もし何かあっても代わりが居るということだけははっきりしていた。私は筆頭ハンターたちをよく知らないが、ギルドの命で秘密裏に天廻龍を追っていた(結局その任は我らの団のハンターに引き継がれたが)ことを考えればG級程度の実力はあると考えるのが自然だろう。
「なんで俺じゃないんだろうな」
ぶつぶつと文句を言ってはカウンターにもたれかかってくるのは操虫棍のハンターだ。風翔龍と戦いたくてしょうがないらしく、我らの団のハンターがずるいだのなんだのと言って私に相槌を求めてきていた。私はため息を堪えて声をかける。
「どうしてそれほど古龍を狩りたいのですか?」
「お、それ聞いちゃう?」
「ええ、とても興味があります」
実際には微塵も興味が湧かないが、彼の話を聞く他にすべき事がない。荒天の影響でクエストに出発するのは難しいため大老殿に操虫棍のハンター以外おらず、私自身も防衛戦が終わるまでは暇があった。操虫棍のハンターは私が頼んで防衛戦が終わるまでの間だけ大老殿に滞在してもらっている。彼は快諾し、我らの団のハンターが失敗することさえ望んでいる風ではあったが、どうあれ貴重な時間を私の意思で奪っていることに変わりはない。彼の機嫌を取るのは当然のことだろう。
「ってもなぁ、強くなるために決まってるじゃねぇか」
「私はあなたより強いハンターを知りません」
相対的な強さだけではない。彼であれば私の知るどんなモンスターも問題なく殺すだろう。蛇王龍だろうが、天廻龍だろうが、彼にとって大した違いはないのかもしれないと思える。
「いや、俺より強いやつはそこそこいると思うぜ」
「そうでしょうか」
「少なくとも一人は見たことがあるな。ネコ連れてる放浪のハンターだ。あんま有名じゃないっぽいから知らねぇと思うけど、そのネコが可愛くてさぁ。それをタダでもふらしてくれるってんだから、器もデケェし腕もいいってもんだ。あーあ、俺もネコ連れて狩りに行きテェよマジでなぁ」
「連れて行けばいいのではないでしょうか」
「馬鹿、そんなんしたら死んじまうじゃねぇか」
死んじまう、とはネコが死んでしまうと言うことか。確かに彼の普段の依頼難易度を考えればよほど手練れの獣人を連れても足手纏いになる可能性がある。というか手練れの獣人などほぼ存在しないと言っていい。全ての獣人が筆頭オトモのように強いわけではないのだから。アレはアレで、我らの団のハンターと同様に別格だ。
「まあでもそういうことだ。俺が強かったらネコも連れていけるだろ」
操虫棍のハンターは少し遠い目をして私に言った。
「そうですね」
私は静かに返事をして、それからしばらく会話がなかった。外では大風が吹き荒れているだろう。それなのに、大老殿は非常に穏やかな時間が流れていた。
資料によると巨龍砲(我らの団のハンターの協力で設置した新型撃龍兵器の仮呼称のこと。正式名称はまだ決まっていないらしい)は古龍襲撃警報から四時間以内に準備が完了するらしい。風翔龍の襲撃警報が出たのが四時間前なので、そろそろ発射されてもいい時間だが、上手くいっただろうか。暴発はあり得ないと思いたいが、未だ一度も撃ったことがないというのは大変に危うい。成功を願うばかりだ。
「あなたはどうしてハンターになったのですか?」
沈黙に耐えかねたわけではないが、少し彼のことを知ろうと思った。受付嬢はそうあるべきだと近頃はずっと考えていて、しかしほとんど行動できていなかった。こんな機会にハンターのことを知るのは、悪いことではないはずだ。少なくとも彼らのためになる。
「ん? そりゃあれだ、金が欲しかったんだ。ちょっくら上位くらいまで行って、そのあとは商人でもやるつもりだった。元ハンターの商人って、なんかいいだろ?」
「今は、商人ではありませんよね」
「それなぁ、俺もマジでビビってる。俺が天才すぎたせいでこんなとこまで来ちまったよ」
「なぜ続けているんですか。辞めることも、できたはずです」
「商人になるよりもずっと儲かるからだよ。今から商売始めてもな、今より儲かるのは何年後かわかんねぇし」
強くて若いハンターにはこんなハンターしかいないのだろうか。思えば我らの団のハンターもひょんなことからハンターになって大老殿まで登ってきた。そこに大きな夢はなく、小さな目標の積み重ねが彼女をこんな場所まで導いた。
ハンターには様々に目的を持つ人々がいて、それは故郷を襲った竜種への復讐であったり、未知なる存在との遭遇であったり、過去の英雄への憧憬であったりする。
例えばヘルブラザーズは明らかに目的がある。彼らは常に何かを探していて、そのために非常に鋭利な洞察力を持っている。のらりくらりと依頼をこなし、その実なにか重大なものを探し続けている。老山龍迎撃によく関わろうとするのも目的達成の一部なのだろうと思っている。私はヘルブラザーズとの個人的な会話をした経験がほとんどないが、話してみれば時折、未知に関して目の覚めるような鋭い意見を述べることがある、と研究員や書士隊からの噂を耳にすることがある。
一方で金のためにハンターをするものもいる。それが大成しないわけでないというのは操虫棍のハンターが証明している。
残酷だと思う。才能と運がほとんどの世界で、自分がのし上がれたことを不思議に思う者と、大志を抱くまま何も成せず消えていく者がいる。上位とG級の受付しかしたことのない私はその消えゆく者の大半を知らず、力ある少数のために働いている。
「──じゃなきゃ俺みたいのは一生現れねぇよ」
「今なんと?」
考え込むうちに会話を忘れていた。
「いや、独り言だ。忘れてくれ」
操虫棍のハンターのような人間が一生現れないなんて、当然のことだろう。彼の実力は才能によるものだ。我らの団のハンターも、カチワリのパーティも、結局は才能だろう。彼らが強いからこそ才能は信用できるものだ。運に左右されない例外的存在こそがいつだって人々を、私を救ってきた。今だって、我らの団のハンターは街を救っていて、もうじきに涼しい顔で帰ってくるに違いない。
私はそれを信じている。私は信用すると決めている。少なくとも、我らの団のハンターとカチワリのパーティと操虫棍のハンターに関して私は全面的に信頼している。けれど私は我らの団のハンターのバックアップを置いておきたくて仕方がなかった。例えそれが操虫棍のハンターのわずかな休暇を奪うことになったとしても必要だと思った。
決して我らの団のハンターが負けると思っているわけではない。負けるわけがないと思っているし、彼女自身、バックアップは不要だと言い切っている。しかし絶対ではない。彼女は化け物じみた狩りの才を持ってはいるが、人である以上は傷を負えば血を流すし、不覚を取られ死ぬこともある。私はそれを忘れてはならない。
ハンターはすぐに死ぬ。私の得た最初の教訓は今や私の不安の一因にさえ成り下がっていたが、その不安が悪いことだなんて一度だって思ったことはない。
「終わっちまったなぁ」
突然、操虫棍のハンターがそう言って立ち上がった。彼はとうとう何もやることがなくて、大老殿の床に寝転がっていたが、眠っているわけではなかったらしい。
「何がですか?」
「何って、クシャが死んだんだろ。静かになったじゃねぇか」
「わかりません」
「……普通はわかんねぇもんなのか」
そもそも大老殿にいては外の気候はほとんどわからない。わかったとしても少し寒い、少し暑い、くらいのものだ。天気の変化まで聞き取れるのは彼の超人的な狩りの才の賜物なのだろうか。あるいはハンターなら普通のことなのかもしれない。
「まあじゃあ俺帰るわ」
「ありがとうございました。本当に」
「いいさ、どうせ休暇だったしな」
そうして操虫棍のハンターが姿を消した。彼は残念そうだったが、私はよかったと思う。
その何十分か後になって我らの団のハンターが現れる。彼女は早足で私のところまで来て、にぃ、と悪戯らしい笑みを浮かべて言った。
「ねえ、一緒にご飯食べにいこう」
私はほぼ反射的に断ろうとした。今までこの手の誘いは我らの団のハンター以外からも何度も貰ったが、実際に食事をしたのはミナガルデにいた頃の十数回だけだった。バルバレ配属以降の私は仕事があると言って全ての誘いを断っていて、実際にほとんど仕事をしていた。バルバレはやはり大変な職場だったのだと大老殿に来てからわかる。ここにきてからハンターが死んだのは一回だけだし、おかげで私は余裕がある。ミナガルデにいた頃に近い。仕事の感覚のようなものは鈍ったと言っていいだろう。それでも平和なのはいいことだと思うが。
「……いえ、私は仕事がありますので」
少し考えて私は結局断ることにした。迎撃戦の後始末が厄介な可能性があるし、彼女の「バックアップ不要」の言葉を無視して操虫棍のハンターを待機させたのが少し後ろめたかった。
「でもあたしたぶん一個もバリスタとか壊させなかったから、仕事少ないと思うよ。巨龍砲も大成功だったし、忙しいなら明日でもいいから」
「余計なことをしないで」
「え?」
反射的に声が出た。調子を戻してすぐに訂正する。
「いえ、迎撃兵器などの被害は気にしないでください」
「なんで?」
「重要ではないからです」
こんなに簡単なことを説明する必要が本当にあるのだろうか。砦の損壊は、守るべき無力の民の命に比べればよほど重要ではない。そして迎撃戦を行うハンターは守護兵団や街や無力の民を差し置いても自分の生命を最優先して守る義務がある。ハンターは死ぬべきではない。なぜなら、ハンターは龍を討つ役目があるからだ。その為にあらゆる手段を講じることをギルドは許可していて、だからこそ有事のドンドルマは戦闘街となる。少なくとも迎撃兵器を守る必要はない。
極めて簡潔にそのようなことを説明すると、我らの団のハンターは納得したふうに頷き「でも」と言った。
「でも、あたしなら全部守れる」
「そのためにあなたが労力を割くべきではない」
「違うよ、全然違う。労力とかじゃない。あたしはできるし、やりたいの。街には知り合いがいっぱいいて、いつもよくしてくれる雑貨屋さんも、気難しい調合屋さんも、アリーナも、食材屋さんも、防衛設備の整備士さんも、技術者さんも、もちろんお姉さんのことも。それから、その人たちの仕事も、全部守りたい。あたしはそれを苦労してやってるんじゃなくて、できるんだ、いつもと同じように」
「私はそんなことを望んでいません」
「あたしの自由を奪わないで」
突然の恐ろしい声色に息を呑んだ。頭が冷え、考えが平坦になる。そうだ、私如きにハンターの行動を縛る権利はない。私はただの、受付嬢なのだから。
「申し訳ありません」
「ごめんね、謝らせたいわけじゃないんだ。ただ、あたしは絶対死なないから、信じてよ」
そう言って不敵に笑う彼女は怪我一つなくて、防具もほとんど傷ついていなかった。
「わかりました」
「じゃあさ、あたしニャルの屋台にいるから、気が向いたら来てよ」
「……わかりました」
そうして仕事が終わったのは二時間後だった。迎撃戦の始末はあまり進んでいないが、今日できることはおおかた終わらせた。巨龍砲に関する書類がまだ一枚も提出されていないのは新兵器ゆえに点検に不慣れな部分があるからだろうか。
風翔龍の影響による荒天は未だ続いていて、この分だと陸路でさえ今日中の出発は危険だろうと思った。全くもってクエストを紹介したくない日ではあるし、ハンターとしてもこんな日に出発したいという奇特な人間はそういないだろう。緊急や急ぎのクエストはなく、風翔龍が倒された今ドンドルマは全く平和で、勤務終了まで暇を持て余そうとしていたところ、ショップ店員の竜人が私に声をかけた。
「あなたも、今日くらいは早く帰ってもいいんですのよ」
「え」
「もうハンターさんも来ないでしょうし、今日はおめでたい日なんですから」
竜人はもう帰り支度を済ませていた。勤務終了まであと一時間以上ある。確かに彼女の言う通りハンターは来ないだろうと思うし、そういう意味ではあと一時間は無意味な勤務時間ともいえる。しかしだからといって帰るという選択肢があるだろうか。あるいはベテランの彼女なりに私にアドバイスをよこしたのかもしれない。
見上げて大長老の様子を伺ったが、目を閉じたまま動いていない。寝ているようだった。視線を竜人に戻すと彼女は私に優しく微笑んだ。たぶん、問題ないのだろう。
「そうですね、私も帰ります」
大老殿から出れば、無意味な勤務時間をハンターのために使えると思った。今回の迎撃戦の立役者と少し話をするのは悪いことではないはずだ。
傘をさしてニャルの屋台に向かうと、我らの団のハンターがレインコートを着て雨ざらしのテーブルに腰掛けていた。近づいて「こんにちは」と声をかけるとひどく驚いた顔で私を見た。その様子に無性に腹が立ったが、表情に出ないように心がける。
「この雨だからね、屋台はやってられないみたい」
「そのようですね」
当たり前といえば当たり前だ。屋台を荒天で開く意味はないだろう。
ハンターはぬらりと立ち上がって歩き出した。十数歩で振り向いて私を見て、笑った。私はその後ろを歩いて着いていって、最終的に一軒の小さな飲食店に入った。
「ほんとに来てくれると思ってなかった」
「時間がありましたから」
ハンターは湿った髪先をいじりながらメニューを眺めていた。なんだか、実感が湧かなかった。こうして見てみると彼女が古龍を殺したとは到底思えなくてむしろその明るい性格は典型的な受付嬢のようですらあった。
しかし表面的な性格が我らの団のハンターの全てだとしたら、彼女は致命的に受付嬢から遠い存在だろう。私の知る受付嬢は皆どこかスレている。
例えば、バルバレに研修に来ていたロックラックギルドの下位受付は(直接話したわけではないが、先輩やギルドマネージャーと話しているのを見る限りでは)ハンターの生死を本気でどうでもいいと考えているようだった。
例えば、ミナガルデで私にことわざを教えた下位受付は、ハンターを本気で人間以外の何者かのように捉えていて、ハンターと話すときには定型句以外を発するのを見たことがなかった。
私はこういう人々を知るたびに、ハンターズギルドの人事は実に合理的だと感じた。私には上位やG級の受付としての適性しかないのだろう。何度志願しても通らないギルドショップの店員だって、向いていないから通らないのだ。
そういう意味では我らの団のハンターは脆いのかもしれない。何かを失ったときに彼女が折れてしまうのが容易に想像できる。
「ねえ、お姉さんはあたしのこと、どう思ってる?」
「優秀なハンターだと思っています」
「それってどれくらい?」
「大老殿で、現在3番目に優秀だと」
ヘルブラザーズがいたなら4番目だった。
「じゃあさ、1番はどんな人なの?」
我らの団のハンターはなんでもないようにそう尋ねた。1番は、どっちだろうか。カチワリのパーティか、操虫棍のハンターか。ここに我らの団のハンターを加えたとしても、優劣がつくものではないのかもしれない。しかし強いていえば操虫棍のハンターだろうか。
「一人でクエストに向かう、年若い、操虫棍を扱うハンターです。彼が怪我を負っているのを見たことがありません」
「一人で? 寂しくないのかな」
「獣人とクエストに行きたいと言っていましたよ」
「あたしはたまには人間ともクエストに行きたいけどね」
彼女は、筆頭オトモは口うるさいことがある、と話した。口うるさいと感じるほど踏み入った発言ができるのは心を許している証拠だと思うが、そんなのは言及するまでもないだろう。
「2番はどんな人?」
「四人とも同じ武器を使うハンマー使いのパーティです」
「ええ? 何それ、属性とか大丈夫なのかな」
「高位のハンターほど火山依頼がよく回ってきますから、全員水属性なのは都合が良いことも多いようです」
火山地帯の生物は水属性を通す場合が多い。彼らのパーティ結成当初にそんなつもりはなかったのかもしれないが、実際に属性が全く無意味ということは稀で、私からも優先的に水属性が有効なモンスターをよく斡旋するようにしている。
「あたしはいろんな属性の武器持ってるんだけど、もしかしてそういうのって普通じゃないのかな」
「多少珍しいかと」
大抵のハンターは武器を一つ二つに絞っている。手入れの手間や強化の費用などを考慮すればそれが限界だからだろう。我らの団のハンターが様々な武器を使い分けるのだとしたらそれこそが彼女の強さの一因でもあるのだろう。
私の知る限り、多くの剣士は属性を持たない武器を主力としていて、属性が必要な場合にはガンナーに任せるという方法をとっている。パーティとしてはそれが最も合理的だろう。
「じゃあ3番はどんな人?」
……一瞬何を言っているのかわからなくて思考が止まった。彼女はニヤニヤと笑いながら私を見ている。
「3番は、獣人とクエストに向かう、とても若い、片手剣を扱うハンターです」
「獣人とクエストに行くんだ、珍しいね。もっと詳しく教えてよ」
「未知のウイルスの対処方法の解明、未知の古龍の討伐、新型防衛兵器の開発支援、極限化状態の千刃竜の討伐、風翔龍の討伐、主な業績はこんなところでしょうか。ここ数年で何度も大きな活躍をしているハンターです」
そう言うと我らの団のハンターは照れたように笑い、それから少し申し訳なさそうな顔をした。
「ウイルスのことは、あたしがすごいんじゃないんだけどね」
私が首を傾げると彼女は「ソフィアがすごいんだ」と説明を始めた。曰く、我らの団の看板娘であるソフィア嬢はモンスターに対する天才的な観察眼をもっていて、狂竜ウイルスの克服を咄嗟に思いついたらしい。ウイルスの影響が今よりもずっと小規模で、まだ未知のウイルスという言葉すらできていなかったときのことだ。
この話は撃龍船上で黒蝕竜を撃退した我らの団のハンターの戦闘能力についてよく取り沙汰されるが、他にも我らの団の船の頑丈さについて、あるいは黒蝕竜に体当たりを喰らわせたギルドの特命用の船の蛮勇なども多少話題に上がる。その中で私は狂竜ウイルスの克服を思いついた人間を我らの団のハンターと信じて疑わなかった。
彼女の名前が実際に売れ始めたのは黒蝕竜が倒されてからだが、ウイルスの情報はそれよりも少し前に公開されている。ではどうやってそれを発見したのか。もちろん我らの団のハンターの戦闘データや情報の提供がほとんどだ。ウイルスをウイルスと認識して戦っていたハンターは当時、筆頭ハンターを除けば彼女だけだったのだから。
「ソフィアはもともと出張受付嬢なんだけどね、いやまあ今もそうなんだけど、モンスターがすごく好きなんだ」
「そうですか」
「お姉さんはたぶん、モンスター好きじゃないよね」
「ええ、まあ……」
好きではないどころか憎いぐらいだが。その素材や循環が人々の生活の基盤になっているということを理解していても嫌いなものは嫌いだ。古龍は特に憎いが、別に古龍でないから嫌いでないわけでもない。轟竜も鎌蟹も黒狼鳥も等しく嫌いだし、恐ろしいと思っている。
「ソフィアはすごいんだよ。みんなが知らないモンスターの秘密をいっぱい知っててさ。あたしはそれで何回か助けられた。狂竜ウイルスのこともだけど、どっちかっていうとモンスターの動きを見抜くのがすごいんだよね」
彼女はそうしてひとしきりソフィア嬢の自慢を口にした後、目を伏せて言った。
「ソフィアってすごいし頭もいいけど、悩んでるみたい。ちょっと、聞いてくれない?」
これが本題なのだろうと思った。私を食事に誘う前から話したかったのはきっとこのことだったのだろう。
「どんな悩みですか?」
「何もできないのがもどかしいって」
「何も?」
「鍛冶屋さんは武器だけじゃなくていろんなものを鍛えたり直したりするでしょ、商人さんは物資を仕入れて売ってるでしょ、ニャルは料理をするし、団長は何やってるかわからないけど忙しそうで、ソフィアはあたしにクエストを紹介するの」
「何もできない、とは?」
「クエストの紹介しかできないのがもどかしいみたい」
「それが仕事だと思うのですが」
「マ、それはあたしも思ったけど。お姉さんはソフィアの気持ちわかったりしない?」
「……いえ」
そもそも出張受付嬢というのは優秀な人間にしかできない仕事だ。ギルド施設のない複数の集落を渡り歩く以上、生物学や環境学に関してそこのハンターを守れるだけの幅広い知識が必要になる。必然、優秀な受付嬢にのみ辺境への遠征が許される。
ソフィア嬢も話を聞く限り非常に聡明で、知識を応用する力もある。私のような凡庸な人間には何もしていないなどとは到底思えない。
「話を聞く限りでは立派に仕事をしていると思います」
むしろ私の方が何もできていないだろう。私は今までハンターに対してクエストやそこに出現するモンスターに関して生物学的な知識をもって注意事項を述べたことがあっただろうか。おそらく一度もない。私が述べた注意事項といえば「繁殖期で気が立っていることが予想されます」「先日雪崩があったようです」「現地に着いてしばらく後には雨が降っているかもしれません」のような環境的なものばかりだったように思う。しかもその情報を知らないハンターはいないだろうというものばかりで、述べることによる生存率の上昇はほとんどないと言っていいだろう。
「そうだよね。ソフィアがいなかったらあたしはここにいないんだし。でもそれ言ったって納得しないとも思うし」
ハンターはうんうんと頭を悩ませながら今しがたきた料理を頬張る。一般人の視点からは異常な量に思えて仕方ないが、大食らいはハンターとしてはそれほど珍しくもない。むしろ少食で大成したハンターなど聞いたこともないくらいなのだから食事は栄養価の高いものを多く摂るべきだろう。
「二つほど、方法を考えました」
「どんなの?」
「一つは、学術院の書記官あるいは学士になることです。あなたの話によればソフィアさんはモンスターの珍しい生態を知っているそうなので、それを解明、解析すれば学術院の人間として本を書けます。もしその内容が人々とモンスターの関わりに関連するものであれば、結果的に多くの人を救えるでしょう。険しい道でしょうが、能力を発揮するのには適した方法なのかもしれません」
学術院についてあまり詳しくないので大したことは言えないが、ソフィア嬢であればスカウトがあってもおかしくはないように思う。もしそうでなくとも、新しい見解は変革をもたらすもので、学術院のような場所に現場の(つまり、出張受付嬢のようなモンスターとの距離が一際近い人間からの)情報が持ち込まれることは悪いことではない。破天荒と噂のソフィア嬢が学者に向いているとは到底思えないが、それもやってみなければわからないことだろう。
「いい考えだね」
ハンターは全くそう思っていなさそうに頷いて続きを促した。
「もう一つは、このまま我らの団の看板娘として活動することです……ややこじつけ気味ではありますが。あなたが活動を続ける限り多くの人が救われるので、ソフィアさんがあなたの命を助けるようなことがあれば実質的には多くの人を救うことになる、とも考えられるということです」
「いい考えだけど、難しいかも」
「そもそも私のような部外者の浅い考えが受け入れられるほどソフィアさんの悩みは簡単なものではないでしょう」
私からすれば、分かりやすく偉大な功績を持っていて、しかもほとんど専属で我らの団のハンターの受付嬢をしている人間が「自分だけ何もできなくてもどかしい」なんて宣うのはいっそ腹立たしい。ソフィア嬢の手腕を思えば是非私の代わりに大老殿の受付嬢になっていただきたいくらいだが、それはソフィア嬢の悩みの解決にはそれほど繋がらないし、そもそも不向きな仕事だろう。
「部外者っていうのはあたしもかな」
「キャラバンの仲間なら、部外者というほど遠くないでしょう」
「うーん、我らの団は団長で繋がってるとこあるから、どうかな」
きっとこのハンターで繋がっている部分もあるだろうが、それをわざわざ口するつもりもない。「人望のある方なのですね」と言うと「カリスマって感じ」と返された。
「あのさ、考えてくれてありがとう。ソフィアに、っていうかみんなに話してみるよ」
「お役に立てたなら、良かったです」
そう言って、食事を続けるとハンターもそれ以上大した話はしなかった。
我らの団のハンターと別れて家に帰る途中に、屋台を直している大工を見た。よせばいいのに、わざわざ雨の中で鼻歌を歌いながらハンマーを振っている。笑いながら走っていく子供達とすれ違った。傘もささず、びしょびしょに濡れているが意にも介さない様子で戦闘街の方に消えていった。
ハンターが守った街。
ハンターがもたらした輝き。
ミナガルデやバルバレ、ドンドルマといった私の配属された街はハンターが多くいて、このような光景はありふれているはずだった。しかし私がこれを意識して見ることができたのは初めてのことだった。何年も同じ仕事をしていて、彼らの貴い役割を初めて知った。
未だ肌寒く外套の手放せない気候だが、風翔龍撃退という一つの区切りはドンドルマに春をもたらそうとしていた。
長かった寒冷期がようやく終わるのだろう。
ようやく本編村をクリアしたので、いくらかクッションを挟みつつもデカくて油っこいヤツを追う感じのお話になるかと思われます。
なお原作のストーリーを改変するつもりはないので我らの団のハンターと筆頭ハンターは今後も死ぬようなことはないです。