第十六話 退身ギザミヘッド
「あんたに少し謝りたいことがある」
その男はよく晴れた昼下がりの、つまり大老殿のカウンターが比較的空いている時間に私の元を訪れた。
風翔龍が討伐されてから大して過ぎないうちに火山での炎王龍の出現が報告されて、私はイライラしながら名簿を眺めていた。
火山の奥部かつ静かな個体であるため、急を要するわけではないが、予測を裏切って砂漠などに移動されたら人的被害が出る可能性が高くなる。緊急性の低い脅威も早いうちに対処しておくに越したことはない。それが古龍ならなおのことだ。
ちょうどそうして考えていたところに彼が現れた。
彼は私の挨拶する声を遮って話を始めた。私は彼をよく知っていた。ここ三週間ほど見かけなかったが、私が忘れるはずもないハンターで、大老殿で最強のハンターの一人。
「あんたの要請に応じられなかったことを、カチワリ紅蓮隊のリーダーとして、そして一人のハンターとして、どうか謝罪させてくれ」
「はあ」
そう言ってカチワリ紅蓮隊のリーダーは私に頭を下げたが、なんのことだかわからなかった。一瞬考えてすぐに思い当たったが、しかし彼が謝る理由はなかった。
激昂した金獅子の件について、カチワリのパーティが緊急クエストを拒否したのは私とて驚いたが、そうする権利はハンターにあり、それを行使しただけに過ぎない。私はそのことを恨みに思ったことはないし、トップパーティがそこにいないだけで簡単に大老殿の平和が脅かされるのは私自身にも問題があるのだろうと反省もした。
「言い訳をするわけじゃねぇが、あのときは持病が酷くて、クエストに行ける状態じゃなかった」
「謝る必要はありません」
「いや、ケジメはつける。今日をもってカチワリ紅蓮隊は解散する」
「……つまり、あなたはハンターを辞めるということですか?」
「そうだ。このまま続けてもみっともなく死ぬだけだからな」
よくわからなかった。カチワリのパーティはちょうど一ヶ月前には砕竜と鎧竜の同時狩猟をたった一週間でこなして帰ってきてみせた。操虫棍のハンターには絶対にできない速さだ。普段の彼らであれば帰ってきてすぐに次のクエストに向かっていたが、リーダーが「休暇をとる」と言ってしばらく大老殿で見かけなくなった。
「持病」
彼の言葉を咀嚼するように呟いて理解しようと試みるが、よくわからない。ハンターが持病?こんなにも元気そうに見えるのに?
「もう二十年はしぶとく生きるつもりだ、すぐ死ぬってわけじゃねぇ。だが血を吐いてまで狩りに行ってクソ竜どものエサになるくらいなら、ハンターはやめた方がマシだ」
「やめて、どうするんですか」
「どうもしねぇだろう。金だけはある。俺の話はそれだけだ」
彼はそう言ってごく僅かに口角を上げた。私は彼が去ろうとするのを引き止めるように「あの」と声を出した。
「ほんとうにありがとうございました」
何に対しての礼かは自分でもわからない。ただ、彼が、いや彼らカチワリ紅蓮隊があったからこそ守られた命があった。彼らがいたからこそ救われた私がいた。
彼らの最後の偉業は蛇王龍の討伐かもしれない。極限状態の千刃竜、混沌に呻く黒蝕竜、激昂した金獅子、風翔龍。ドンドルマという街は簡単に列挙するだけでもこんなにも多くの危機をハンターの力で乗り越えていて、そこにカチワリのパーティは含まれない。
しかし、彼らは街にとっては小規模の危機からとはいえ大変に多くの人々を救っている。私だって、彼らの存在に救われていた。操虫棍のハンターとヘルブラザーズと、それからカチワリ紅蓮隊は、私がこの街に来た当初から最強で、絶対的な存在だった。バルバレでハンターの死に怯えていた頃に本当に欲しかった安らぎだった。私の、そしてハンターの、大敵へ挑戦の背後にはいつも彼らがいた。彼らがいるからこそ私は挑戦を許容できた。
「なあおい、俺はハンターだ」
彼はそう言って言葉を区切り、少し考え込むように眉間に皺を寄せた。
「そうですね」
わけがわからないのでひとまず同意すると、彼は私をより強く睨みながら口を開いた。あまりにも鋭い視線に気圧される。
「あんたは、気負うなよ。自殺した受付嬢がいることくらい、知ってんだろう」
「……ありがとうございます」
所詮私は替えの効く存在だ。自殺したところで、すぐに人員は補充されて私の自殺は転属ということになる。まさか彼が私の自殺を心配していたとは知らなかったが、呆気に取られたまま礼を言うと彼は小さくため息をついた。
「俺は三回仲間を失った。カチワリ紅蓮隊は今じゃ初期のメンバーは俺だけだ」
「そうですか」
「だがな、俺も、俺の仲間の誰も、あんたみたいなやつのせいで死んだなんて甘ったれたことは思ってねぇ。なあ、舐めんなよ、俺たちは、ハンターなんだ」
「もちろん、わかっているつもりです」
「──そうか。じゃあな、世話になった」
彼はそう言ってあっさり大老殿から消えた。私は少しの喪失感を感じながら、炎王龍のことを考えた。
カチワリのパーティはリーダーの引退と同時に他のメンバーも大老殿に顔を出さなくなり、つまりは事実上の引退になった。大老殿は四人の非常に強力なハンターを失ったことになり、そしてその影響が出始めたのが三週間ほど経った今日だった。
炎王龍はギルドの判断で一度上位クエストになった後に、またG級クエストとして帰ってきた。上位ハンターが一度手を出したせいで警戒が強くなっており、危険度は以前よりも上昇している。ここに操虫棍のハンターがいたなら彼に任せたかもしれないが、彼は二日前に黒鎧竜と桜火竜を狩りにクルプティオス湿地帯に向かってしばらくはいない。そもそも炎王龍自体は未だ火山奥部から動く気配がないため緊急性は低く、目下の問題は別のところにあった。
「狩猟時間、滞在時間が長くなると考えられます。油断せず、物資を多く持ちこんでください」
「ククク、どうやら〝来た〟ようだな、俺の戦場が」
大連続狩猟クエスト。その依頼数自体は、決して多くはない。多くはないが、それをこなせる者も多くはいない。パーティの人数が少ないと大変に時間がかかり、その分ハンターが疲弊し、成功率はグッと下がる。人数をクリアした上で考える必要があるのは、地形適応、狩猟経験、長期戦適性。条件を満たすパーティは驚くほど少ない。
不敵に笑うこの重甲虫の片手剣を持つハンター、その所属するパーティは、大連続狩猟クエストを初めて受注する。
カチワリのパーティがいなくなって最も影響が出ていたのは大連続狩猟の滞りだった。なんとかしようにも、大連続狩猟に向かわせた二つのパーティは何かしらの奇跡が何度も起きて狩猟速度が劇的に上がったとしても、単純に遠い場所にいるためにあと一週間は帰ってこない。繁殖期が始まりかけている今、大連続狩猟クエストは生態系維持のための最優先すべきクエストの一つであり、現在動けるパーティで最も成功率が高いのが彼らだった。
「貴様、伝えるべき情報があるなら早めに言っておくのが身のためだぞ?」
このパーティもとい、このハンターは大変コミュニケーションが取りづらい。四人パーティで毎回このハンターがクエストを受注しにくるし、最もランクが高いのもこのハンターなのだからおそらくリーダーではあるのだろうが、できれば代役を立てて欲しいと毎回のように思っている。
とはいえ、ドンドルマに来てからそれなりに時間が経った今であれば、婉曲的で訳のわからない台詞回しも意味を理解できる。慣れればそれほど難しいことではない。慣れたいとは一度も思わなかったが。
「遺跡平原でゴア・マガラの出現が確認されています。上位のパーティが狩猟に向かったそうですが、天空山に影響が出ていないとも限りません。注意してください」
「蝕みの竜か。大した問題ではない……が、覚えておいてやろう」
「お気を付けて。危険な場合は撤退も考慮してください」
G3一人、G2二人、G1一人。彼らはパーティ内で経験値に大きな差がある。送り出すべきパーティを誤ったのではないか。ぼんやりそんなことを思った。天空山での狩猟経験、雷狼竜や火竜の狩猟実績、複数狩猟クエストへの慣れ。それぞれを考慮すれば彼らが適任であることは明白だが、ランク差はやはりネックになる。今更考えても無意味ではあるが、悪いことが起きなければいいと思う。
次のパーティは龍頭琴のパーティだった。
「そろそろ雪山の封鎖は解除されました?」
「そうですね、G級ハンター向けにいくつかクエストが発行されています」
寒冷期の終わりはフラヒヤ山脈に行きたいパーティのために簡単なクエストが発行されることがある。大猪、白兎獣、雪獅子。どれも緊急性は皆無なので出来れば他のクエストにして欲しい気持ちはあるが、ハンターが雪山に用があるというならそれを止めることはできない。
「それなら何か雪山で良さげなクエストを……ああでも、テオ・テスカトルが出たとも聞きました。もし私たちに協力できることがあるなら、何か別のクエストを紹介していただいてもいいですよ。さすがにG級の古龍を倒せるほど強いつもりもありませんが、カチワリ紅蓮隊さんがやめてからなにかと人手不足でしょうから」
「でしたら、氷海の砕竜のクエストを受注していただけると助かります」
わざわざ手伝いを申し出るのはこのパーティくらいだが、カチワリのパーティの穴を埋めるようにクエストを受注するパーティはいくらか居る。そのような行動にはとても助けられている。やはりカチワリのパーティは多くのG級ハンターにとって大きな存在だったのだろうか。
「了解です。っと、生態未確定か……」
龍頭琴のハンターが後ろを向いて目線でパーティメンバーに了解を取り始めた。二人はすぐに頷き、ハンマーを背負った若い一人は眉を顰めて嫌そうに数秒悩んでから渋々と言った様子で頷いた。
「砕竜一頭の狩猟、報酬金は17700z、契約金は1800zです」
龍頭琴のハンターは契約金をカウンターに置いて私をじっと見た。
「もし私たちが受注を拒否したら、このクエストは誰がやることになるんですか?」
「……そうですね、豪山龍の剣斧を使うパーティがドンドルマに滞在しているはずなので、彼らに任せることになるかと思います」
「そうですか」
龍頭琴のハンターはそれほど興味もなさそうに言った。
「お気を付けて。環境は安定しているようです」
「了解です」
ここ最近はずっと環境が安定していた。
「仕事が終わったら僕らと食事してくれないか?」
手の空いた夕前にそう話しかけてきたのはランゴスタの笛のハンターだった。後ろにパーティメンバー二人も控えている。何か用事があるのだと考えるのが妥当だが、近頃、彼らと私に関して特筆すべきことはなかった。つまりは理由がわからない。
「もちろんこっちの奢り」
と、桃毛獣の弓を背負ったハンターが付け加えるように言った。
「わかりました」
断る理由がなかった。思考すべきことも終わらせておくべき仕事もない。それに、パーティ単位で私に何か用があるのなら聞いておくべきだ。
「ありがとう、君の仕事が終わったように見えたらまた声をかけるよ」
そうして仕事終わりにレストランに連れて行かれ、彼らの第一声はランゴスタの笛のハンター(つまりはパーティのリーダー)だった。毒怪鳥の小剣のハンターを指差して、こう言った。
「もう単刀直入にいうけれど、交際して欲しいんだ、彼と」
「……はあ」
意味がわからなかった。その用事ならなぜパーティメンバーを連れて来たのか。そもそもなぜ自分で言わないのか、なぜさっきから一言も話さないのか。
「僕はパーティのリーダーを務めてるけど、実際パーティの要は彼なんだ。あんまり目立ってないけど、こう見えて3人の中で1番強い」
と笛のハンターが言うと畳み掛けるように弓のハンターが
「メインアタッカーなんだよ、こいつは。クールに見えるけど熱い男なんだ。ラッシュのときとか、やばい」
と言った。褒めているのはわかるが、当の毒怪鳥の小剣のハンターは表情の読み取りにくい顔を微妙に強張らせている。わけがわからない。
「君は彼のことをどう思う」
「どうというか……」
どうも思わないというのが正直なところだ。ある特定のハンターに関して、パーティリーダーでもなく、目立ったところも持たず、話もしたことのない場合には何もわからないと言って差し支えない。私はリーダーを除けばパーティ単位でハンターを認識していることもある。知りようのないハンターについてはそうするしかないからだ。
言い淀んでいると小剣のハンターが他二人に目配せをした。すると二人は立ち上がって爽やかな笑みを浮かべながら言った。
「ああ、そうだね。僕らは少し別の席で食べているよ。終わったら呼んでくれ」
「いい返事を期待してる」
……なるほど、大変にやりづらい。期待されてもいい返事ができないことはほとんど確定しているのだが。
二人きりになった席で彼は小さな用紙の束とペンを取り出して字を書き始めた。やや速筆で、端正な字を書くらしい。彼は十数秒で書き上げて用紙を束ごと私によこした。
『どうか気を悪くしないでほしい。僕は7年前から声を出すことができない。彼らに頼んだのはほんの通訳のつもりだったが、先走ってしまったようだ』
私が読み終えて顔を上げると彼は自分の口元を指差して「え、う、え」と声にならない小さな呻きを漏らした。話せない、というのは物理的な問題らしい。
「先走った、とは」
言いながら返すと彼はまた速筆で、今度はやや崩した字でより速く書いた。
『彼らはああ言ったが、僕はあなたと交際したいわけではないということだ。なぜなら、あなたはおそらく僕に興味がない。もちろんあなたのことを好いているが、僕はあなたと交際できる身分ではない。それに僕は僕がこの先もハンターを続けていく上での心残りを片付けておきたかったからこうして会話する場を設けてもらったに過ぎない』
「心残りとはなんですか。何か病でも患っているのですか」
『病ではない。あなたも知っての通り、最近、カチワリ紅蓮隊が引退した。病気でだ。僕は彼らがあと10年はハンターをしていると思っていた。けれど、彼らは穏やかに消えた。僕にもそうする選択肢があると思った。7年前にはなかったが、金がある今ならハンターをやめても問題なく生きていける。仲間達はそうすべきだと言った。引退して、ハンターではない何者かとして生きていくべきだ、と』
彼は用紙の束を一枚捲った。
『けれど僕はハンターであることを選んだ。仲間達と狩りをするのは本当に楽しくて、何にも代え難いものだからね。するとリーダーが〝それなら休暇を取ろう、僕らの心残りを全部解消してから次の狩りに向かうんだ〟と言った。あなたに想いを伝えたのはそういう事情があってね、くだらないことに付き合わせたのを謝罪するよ』
「くだらないとは思いません。素晴らしい覚悟だと思います」
カチワリのパーティの引退がこんな形でハンターに影響を与えるとは思いもしなかったことだが、怪我をしてなおハンターを続けたいと願うその意志は、理解はできずとも尊重すべき類のものだ。もしも私の殺してきたハンター達が少なくともある程度の心残りを解消した上で死んでいたなら、多少は安らかに眠れるだろう。それは私にとっても望むべくもないことだ。深い苦しみの中で、せめて後悔がなければいいと思う。
『わかると思うが、この喉はハンターにとって致命的だ。4年ほど前から僕らは全くランクが上がることがなくて、緊急性の高いクエストや強大なモンスターへの挑戦も許されなかった。僕のせいだと思った。僕ら全員がこのまま停滞するようなら、僕だけでもハンターを辞めることを考えていた。けれど、あなたがこの街に来た。僕はあなたの姿を一目見て、もう少し頑張れると思ったんだ。実際に僕らは前よりも僅かに難しいクエストを受けるようになった。そして最近あなたが混沌に呻くゴア・マガラを任せてくれただろう。僕だけだが、あれでランクアップもした。あなたが僕らの停滞していた時間を動かしたんだ。どうか礼を言わせてほしい』
彼らにゴア・マガラを任せたことに関して、深いことは考えていなかった。彼らがそこに居たから私は彼らに頼んだだけに過ぎない。
ゴア・マガラとはいえ特殊個体だ。G2のパーティに任せるのはやや挑戦的という認識はあった。しかし当時、最強のハンターが全員ドンドルマにいて、誰かが失敗してもすぐに代わりを用意できる環境にあった。ハンターの成長の機会をむざむざ奪うような真似は流石にしようと思わないので、G2程度のパーティで最も早くクエストに出発できるパーティを選んだ。多少の不安はあれど、問題ないはずだという確信の方が大きかったと思う。
彼は席を立って席を離れていた二人を呼び戻した。どうやら目線やハンドサインだけである程度の意思疎通ができるらしく、頷きあって席に戻って来た。
「話は纏まったかな。まあフラれたんだろうけど」
「高嶺の花だからなぁ」
私は何も言えなかった。交際を断ったという自覚はないが、そういう状況ではあるだろう。ハンターに求婚されるのは久しぶりのことで、なかなか身の振り方を思い出せない。
「もう用事はないし、そろそろ解散しようか。来てくれてありがとう。僕らは少し長めに休暇を取るけど、今度大老殿に来たらまた難しいクエストを紹介してくれ」
「わかりました」
彼らは普通の、普通のG級ハンターだ。G級ハンターは世界に一握りしかいない。それでも彼らは普通のハンターだ。ハンターたることを重視し、その在り方自体に価値を見出す。私はそれを大変に高潔だと思う。
「いつでも、大老殿でお待ちしています」
私は、彼自身が辞退せずとも私が彼の告白に応じることはなかっただろうと思った。その理由に関して〝なぜなら彼がヘルブラザーズではないから〟などと宣うつもりは毛頭ない。
テオの話ですが、火山奥部だからって人的被害が出ないとは限らない(例;火の国)のですがまあ近くに集落はないということでお願いします。
かっこいい引退的な意味合いの二字熟語がわからず結局退身にしましたがよく調べてみるとこれは官職を退く的なニュアンスで使われると書かれています。でもG級ハンターなんて官職みたいなもんですよね。