幸薄ギルドガール   作:dokosoko

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第十七話 落雷タナトスロッド

 塔で雷が観測され、幻獣のクエストが発行された。幻獣は他の古龍よりも僅かに低いランクのハンターでもクエストを受けられる。だからといってこぞって受けたがるハンターがいるかといえば全くそんなことはないが、現在は繁殖期の始まりかつカチワリのパーティの引退で人手が全く足りない。ただの幻獣であれば多少低いランクのハンターに受けさせたかった。しかしそうするには問題があった。それは、落雷が激しく観測気球が近づけないが、おそらく幻獣は二頭いるはずだという情報があることだった。二頭の幻獣など聞いたこともないが、観測隊の情報ではそのようにしか考えられないという。信じ難いが、情報の真偽を疑うのは無意味だ。

 如何に幻獣といえど二頭では全く話が変わってくる。はっきり言って未知のクエストであり、それを私が任せたいと感じられるハンターは大老殿には二人しかいない。

 とはいえ出現位置は塔であり、つまりはそれほど急ぐ必要がない。定期的に観測して、一頭になったタイミングでハンターを送り込むという方法もある。放っておいても被害が出る可能性は低いだろう。……しばらく塔には近寄れないが。

 それよりも炎王龍の方が問題だ。そろそろ片付けないと危険な状況に陥りかねないが、このクエストを問題なく捌けるハンターは軒並み大連続狩猟クエストに向かっている。一つの方法として、休暇中の我らの団のハンターか操虫棍のハンターを呼び戻すというものがあるが、これは最後の手段にしたい。ハンターがハンターでない瞬間を蔑ろにするような真似はなるべくすべきではないと思っている。

 そうなると、ある程度低いランクのハンターに任せざるを得ないということになる。あるいは、他のギルドに助けを求めるか。といっても今の時期ならタンジアに頼む以外あり得ないが、タンジア管轄のハンターは炎王龍の知識を持っていない場合が多い。やはり、ドンドルマの問題はドンドルマで片付けるべきだろう。

 今頃氷海にいるだろうが、龍頭琴のパーティなら炎王龍を相手にして可能性があったかもしれない。炎王龍であれば彼らと相性がいいはずだ。

 豪山龍の剣斧のパーティならどうだ。彼らも、炎王龍に有効な属性を持っている。龍頭琴のパーティに僅かに遅れをとっているという印象はあるが、過去の経歴から見て、炎王龍に関しては龍頭琴のパーティよりも可能性があるといえるだろう。おそらく今は街に滞在しているはずだ。悪くない選択肢に思えるが、ややリスキーではある。生き残れる保証が全くと言っていいほどにない。

 予定では操虫棍のハンターが休暇を終えてそろそろ戻ってくるはずなのだが、不確実な予定に縋るのは悪いことだ。選択肢を考慮しておくべきだろう。といっても、今この状況では豪山龍の剣斧のパーティしかあり得ないが。できれば別の、より高位のパーティに任せたいとは思う。

 

 

 三日が経過して、しかし状況は何も変わっていなかった。悪化してはいないが、好転もしない。炎王龍を問題なく倒せるハンターは未だ街におらず、豪山龍の剣斧のパーティに関して、時間が経つほどに私は臆病で後ろ向きな考えを拗らせていく。

 理性的に考えれば彼らにとって炎王龍というのは全く倒せない相手でもないはずなのだが、彼らを送り出せば確実に一人は死ぬという考えが取り憑いて離れなくなっていた。

 カチワリのパーティはもういない。それを踏まえてクエストを一覧で見れば明らかに人手不足だ。彼らがどれだけ優秀だったかがよくわかる。

 それに、我らの団のハンターがドンドルマから離れていることも大きな問題だった。彼女は操虫棍のハンターよりもやや危なっかしい印象はあれど、クエストに行って帰ってくるまでが早い。単純な狩りの腕の差というよりは、筆頭オトモの有無や飛行船の性能などで差がつくのだろう。我らの団は海と空を移動するのが大変速いと聞く。とすれば、ギルドの竜車や気球よりは速くに移動できるのだろう。カチワリのパーティ引退による人手不足の解消に最適のハンターだったはずだが、いなければ緊急の呼び出しにも応じられないということだ。

「俺たちが行ってやろうか」

 そう言ったのはクロスボウガンのパーティだった。幸運かつ一流の彼らは、すでに二人ともがG2まで昇格していて、黒轟竜や黒蝕竜、火竜夫婦などを倒すという快進撃を見せていた。G級への昇格を嫌がっていた割にはかなり意欲的にクエストを受注している。

「何をですか」

「テオ・テスカトル」

「許可できません」

「なぜだ? いや聞くまでもないか」

 彼らは確かに強いハンターだが、炎王龍を倒せるほどだとは思えなかった。上位での実績を見る限りでも老山龍以外の古龍との交戦経験が皆無だ。そんな彼らをいきなりG級の炎王龍に放り出すなど許容できない。

「まあテオ・テスカトルは冗談だが、俺たちが受注できるクエストの中で一番厄介なのをくれ」

「でしたら原生林の雌火竜の連続狩猟があります」

 繁殖期のモンスターは数の多さと凶暴性を兼ね備えているが、強いモンスターになるにつれてその傾向は薄れていく。逆に弱いモンスターほど多産の傾向があり、繁殖期の始まりには多く狩る必要がある。G1やG2のハンターは連続狩猟を受ける場合が多かった。

「おいおい、リオレイアなんか上位でもできるぜ」

「そうだな、もう少し難しいクエストはないのか?」

 連続狩猟クエストとて簡単ではないと思うが、同じモンスターを連続で狩るという以外は普通のクエストと変わらない。そのためG級ハンターには、物資さえあればそれほど難しいものではない、という見方をされる場合が多いようだった。

「ありますが、このクエストを受注していただけると助かります」

「……本当に人手不足なんだな」

「すみません」

 彼らにおあつらえ向きのクエストとしては樹海の黒蝕竜が考えられるが、いま樹海に行かれても困る。雌火竜の連続狩猟とてなるべく成功率の高いハンターに任せたいのだ。

「まあしょうがないことか。上位のときの方が強いモンスターと戦っていたような気がするよ」

 否定はできない。上位の上澄のハンターはG級でない古龍やその他危険なモンスターを相手にすることもある。G級クエストにはG級クエストなりの難易度があるが、単純なモンスターの強さは前者の方が上だろう。

「絞蛇竜が乱入する可能性があります。お気を付けて」

 

 

 

「おいおい、なんだこりゃ、古龍が二つもあるじゃねぇか」

 操虫棍のハンターが休暇から戻ったのは二日後だった。カウンターに身を乗り出してクエストを見てやや驚いた声を上げた。

「どちらか受注していただけるととても助かります」

 炎王龍か幻獣か、どちらかというと幻獣の方が助かるが、この際炎王龍でも構わない。どちらもなるべく早く対処しなければならない。

「キリンもテオも苦手なんだよな。けどキリンの方が面白そうだな。二頭なんて聞いたこともねぇよ」

「幻獣のクエストの場合は、現在、気球で塔に近づくのが困難なため竜車で麓のベースキャンプまで移動して、そこから徒歩になるかと思います」

 ───雷が天を裂き、塔の頂上は荒れ狂う嵐のようだ。一頭の幻獣や雷狼竜にこの現象を起こすのは不可能であり、二頭の幻獣としか考えられない。討伐に向かうハンターは十分注意されたし。

 あまりに情報が不確定だがこの忙しい時期に調査のためのハンターを大老殿から出すのは不可能であり、観測隊が幻獣というなら幻獣ということでクエストに向かってもらう他ない。操虫棍のハンターが幻獣に向かうということは炎王龍には豪山龍の剣斧のパーティに向かってもらわなければならないが、それもある意味では予定調和と言えなくもない。

「まあ問題ねぇ。ああでも、一旦帰るわ。流石に準備が足りてない。飯も食っとかねぇとだしな。昼過ぎにまた来るからそんときよろしく」

 操虫棍のハンターはそう言って大老殿から出ていった。

 それを見てカウンターに来たのは豪山龍の剣斧のパーティだった。彼らには二日前から炎王龍のクエストの受注を打診していた。

「十分話し合った。問題ない。テオ・テスカトル、俺たちならやれるはずだ」

 彼らに炎王龍を任せるのを躊躇っていた理由は単なる不確定性だけでなく、彼ら自身が炎王龍を討伐することに不安を覚えていたからだ。豪山龍とはいえ古龍の武器を持ち、リーダーのみとはいえG3ランクに到達し、上位かつ撃退とはいえ炎王龍との交戦経験もある彼らだが、そこはかとない不安を感じていたらしい。

 臆病は武器だ。彼らは死を過剰なまでに恐れることでこれまで生き残ってきたのだ。だからこそ炎王龍を恐れる。彼らが如何に炎王龍を恐れようと、彼らに任せるしかないことに変わりはないのだから、彼らがクエストを受注する限りはその達成を信じるしかない。

「炎王龍の討伐、契約金は3000zです」

「ああ、勝てる気がしない」

 嘆きながらリーダーが契約金を置いた。メンバーには落ち着き払った者が一名と、不安を隠そうとしない者が一名いる。問題ない。彼らは少なくとも炎王龍に殺されるようなパーティではない。

「お姉さんまで不安そうにしないでくれよ」

「すみません」

 そんな様子を見せたつもりはないが、不安なのはその通りだ。しかし、炎王龍に関して、事態が好転するまで待つという選択肢がこれ以上取れないために彼らを送り出す他に手段がないこともまた同様に確かなのだ。ハンターズギルドは今朝、このクエストを緊急クエストにした。塔の幻獣に関しても、いつまでも放置しては周辺生態系に影響が出かねないため可能な限り早く対処するよう通達が出ている。

 大丈夫だ、間違いなく死にはしない。本当に?彼らが無茶をして死ぬ可能性は?いいや問題はないはずだ。本当に?周辺環境に異常はないのか?

 何度も確認したことだ。火山奥部、溶岩島と呼ばれる非常に安定した環境に炎王龍はいる。数週間前から動きはなく、上位ハンターを一度返り討ちにしてからも動く様子はない。流れるマグマは非常に危険だが、基本的にクーラードリンクさえあれば戦いに集中できる環境であり、同じ場所で覇竜と交戦したという記録もある。

 問題ない。不安なのはいつものことだ。ハンターを送り出すとき、不安を全く感じなかったことなど、ただの一度もない。

「──情報は以上です。問題があれば、死ぬ前に撤退してください」

「もちろんそうする」

「それではお気を付けて、クーラードリンクをお忘れなく」

 彼らは静かに大老殿から消えた。

 

 

 

「いいだろ、これ。古龍にはこいつって決めてるんだよ」

 そう言いながら操虫棍のハンターは背中を向けて武器を私に見せた。普段彼が使っている角竜の操虫棍に形はよく似ているが、砂のような色をしている角竜の操虫棍とは色が全く違う、漆黒の風貌。黒角竜の操虫棍、確か名前は、タナトスロッドだ。黒角竜の武器には龍の力が発現する場合がある。詳しいことは知らないが、古龍相手にだけ武器を変えるというなら龍の力をあてにしているのだろう。

「幻獣は属性が有効ではありません」

「気分だよ気分。それにな、キリンじゃねぇかもしれねぇだろ」

「雷を操る龍は幻獣の他にいません」

「じゃ、新種ってことだ。だって考えてみろよ、キリンが二匹と新種が一匹、どっちの方があり得ると思う?」

 どちらもあり得ないと思うが、新種よりは観測隊の情報の方がよほど信憑性がある。しかし決めつけてイレギュラーが発生したときに対処ができないなどあってはならない。私の目の前にいるのは最高峰のハンターの一人だ。そんな彼の意見が全く参考にできないわけがない。

「もし文献も全くないような未発見種なら俺が名前をつけてやろうかな」

「そうしたモンスターの名称は殆どの場合学術院で考えられるそうですが、実際に使われる呼称などの実用名はあなたが考えたものが参考にされるかもしれません」

「おいおいマジかよ冗談だったのに、俺が名付け親になれちまうのか」

 奇妙な会話だった。私は彼と神妙に会話し始めて、幻獣の討伐に関して気をつけるべきことをいくらか話し、それから間も無く彼を送り出す予定だった。くだらない会話をするつもりは全くなく、というよりも考えておいた言葉以外をまともに話せる自信がなかった。

 彼には人を安心させる力があるのか、それとも彼が幻獣と戦うことに関して私が不安を何も感じていないのか。どちらも正しいのかもしれない。

 彼はそれから少し視線をあちこちにやって言いづらそうに後ろ頭を掻き、あーだとかうーだとかどうとも取れないうめきを漏らしたあとに言った。

「お姉さんな、俺が休暇中でもヤバくなったら俺を呼べよ。今回も、古龍がいるんなら俺を呼べばよかったんだ。俺なら、キリンだろうがテオだろうが楽勝なんだからな」

「少なくとも炎王龍に関してはあなたでなくとも対処可能な脅威だと認識しています」

「でも俺以外じゃあんま確実性がないだろ」

 彼の言い分は正しいように思える。彼が他のハンターとクエストに向かうのを見たことがないが、見るだけである程度実力がわかるものなのだろうか。

 確実性がないというのは全く私の思っている通りの不安だ。死ななければいいと私は思うが、だからといってクエストを失敗していいわけではない。可能であればクエストは達成すべきで、その上で生きて帰ってくるべきだ。それが確実にできるハンターが自分だけなのだと彼は言っている。

「あなただけに任せては他のハンターが成長しません」

「それもそうだ」

 万が一、彼が死んだなら、そのとき脅威に立ち向かえるのは我らの団のハンター以外にいなくなる。それは大変に危ういことだ。今でさえ人手不足なのにこれ以上となると、慢性的な街の危機に悩まされることになる。

「まあでもほんとに、遠慮せずに呼べよ。俺じゃなくても、お姉さんに呼ばれたら断らねぇよ」

「わかりました」

 今回彼を呼ばなかった理由の一端は、簡単にいえば遠慮したからだ。それを不要と言うのなら今度からは彼を呼べばいいし、むしろ最初から頭を下げて彼に頼むべきだった。非合理的な行動をとったことに関して反省すべきところはあるだろう。

「さて、そろそろいかねぇとな」

「お気を付けて。幻獣であれば苦戦はしないと思いますが、もし危険があったなら撤退してください」

「心配ねぇよ、なんたって俺は天才だからな」

 心配はあった。彼の言う新種もそうだし、塔周辺の環境に関して調査がなされていないことも何かしらのイレギュラーに繋がる可能性はある。

「くれぐれもお気を付けて」

 私に言えるのはそれだけだった。幻獣に関して私がこれ以上新たな情報を提供することはできない。新種ならなおのことだ。

 彼は口角を上げて親指を立て、静かに大老殿から出ていった。私は彼が見えなくなってすぐに炎王龍討伐に向かった豪山龍の剣斧のパーティが心配になった。わかっている。彼らなら死にはしない。撤退ができないパーティでないことは確認してある。

 不安など無意味だ、祈りなど気休めにもならない、私はただ機能たることだ。少し前の私はそう考えて不安を掻き消して、そして知らぬ間にハンターの命を奪っていた。

 けれども今度は大丈夫だ。私は可能な限り彼らに寄り添って、不安を取り除く手伝いをした。彼らが無茶をしないよう言ったし、炎王龍に関する情報はなるべく多く話した。きっと、大丈夫だ。

 

 十日後、大老殿に一つ報せが届いた。

 曰く、天を衝くような紅く鋭い雷と共に塔の異変は消え去った、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───操虫棍のハンターは死んだ。

 

 

 

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