「プライベートな質問をしてもいいか」とハンターに問われ、私は「構いません。答えられる範囲で答えます」と言った。
「何故金を貯めているんだ?」
ハンターは依頼を吟味しながら世間話のように私にそう問うた。
この鬼蛙の大剣を背負うハンターとそれほど親しいつもりはなかったが、彼がそういう疑問を私に抱いたのはそれなりの理由があるのだろう。例えば彼は、というか彼らは私が市場でゼニマスを売り払っているのを目撃した。多分釣り糸を垂らす姿も見たことがあるはずだ。
私の行動範囲は広くない。大老殿と、自宅と、それから市場を行き来するだけの生活だ。必然的に大老殿の近くで動いていることが多い。ドンドルマに根を張る彼らの生活圏が私のそれと多く一致していることはこの街に来てしばらく経った頃には気づいていたし、彼らも気づいていただろう。多分自宅が近いのだ。今までこうした世間話のようなことを彼らとしなかったのは彼らが私にそうした雑談をしかけなかったからだ。
彼らのことを私は、G1のハンターには力がないと思っているパーティである、と認識していた。実際にはG1ですら凄まじく力のあるハンターなのだが、彼らは自分たちを過小評価していた。あるいは相対的な評価を重視する性格だった。だからこそ少なからず、彼らが最近G2になったことと私に話しかけてきたことは無関係ではないのだと思う。
「安心して日々を暮らすためです」
私は努めて正直に答えた。
「ドンドルマは不安なのか? 君はバルバレから来たらしいが、まあそこも故郷じゃないだろう。ここより安全な街はそうないと思うけどな」
「安全ですが、お金がかかります」
ドンドルマはバルバレと比べれば物価も土地代もやや高い。最前線ではあるが、やはり大きな街であるが故だろう。
「この街で君より稼いでいるのはハンターと歌姫くらいじゃないか?」
「それはそうかもしれません」
「もしかして隠居の費用でも貯めてるのか」
「それもあります」
将来仕事を辞めるなら、何処か遠くの竜と縁のない小さな村で暮らしたいと思っていた。そんな村があるとは思えないが。
「俺は君が受付嬢に向いてると思うよ。今すぐ辞めるって言うなら考え直して欲しいと思うくらいには、なんて言うか、有能でさ。多分俺以外もそう思ってるさ」
「ありがとうございます。今すぐ辞めるということは絶対にありません。任期はまだありますから」
「そりゃ助かる。なるべく長く続けてくれよ。俺ら竜人は苦手なんだ。ちょっと怖くてさ」
「善処します」
有能と言われたのは初めてだった。よく考えてみれば自分の仕事を他人に評価されたことはほとんどない。しかし配属のとき、希望をギルドショップにしても受付嬢になったのは、私が受付嬢に向いていると判断されたからだろう。こんなにも精神的に不安定な人間が受付嬢に向いているとは到底思えないが、それも有能の証明と言えるのかもしれない。
あるいは彼らの雑談は私に対する励ましの言葉だったのかもしれない。
今度の霞龍は最悪に狡猾だった。
クロスボウガンのパーティはあっさりと、二人とも死んだ。ただし、霞龍の尻尾は切断されていたので霞龍はその後ミナガルデのハンターが討伐した。
龍頭琴のパーティも二人死んだ。龍頭琴のハンターは、というか彼女らはやはり霞龍に出会っていた。
彼女らは森丘のキャンプの一つで合流して火竜に挑んだ。問題なく倒せるはずだったが、龍頭琴のハンター以外の三人はやや疲弊しており思うように狩猟が進まなかった。幸いにも期限は長かったので彼女らは大事をとって野営し、現地で準備を整えた。後から駆けつけた龍頭琴のハンターも急いでいたせいか大した道具もなく、そういう意味では正しい選択をしていた。罠を張り、待ち伏せする伝統的な狩猟を彼女らはしようとしていて、それは概ね成功したはずだった。実際には罠の一つ程度で狩猟が終わるほどG級のモンスターは弱くはないのでそうした準備は狩猟をある程度楽にするにとどまる。
遺体によれば。龍頭琴のハンターは声帯が麻痺していた。人にだけ効果があるわけでもないその毒は霞龍の使ういくつもの危険の中でも最悪なもので、火竜を討伐しておそらく疲れていたであろう彼女らを容赦なく霞龍は襲った。実力だけ見れば決して太刀打ち出来ない相手ではなかった。少なくとも、他のパーティなら声帯麻痺は致命的な問題にならなかっただろう。しかし、司令塔の伝達能力の一切を失った龍頭琴のパーティはほとんど壊滅状態でその龍から逃げ出して、分断された。
クロスボウガンのパーティが霞龍と交戦を開始したのはそのすぐ後の話だ。分断された龍頭琴のパーティのうち、リーダーを含まない二人は獣人の巣に逃げ込んで一命を取り留めた。リーダーを含む二人は霞龍に追い回されながらクロスボウガンのパーティと合流した。この先のことは観測データに無いが、現場の状況を見るにクロスボウガンのパーティはこの二人のハンターを逃して霞龍と交戦を始めたらしい。
そして、クロスボウガンのパーティはあっさりと霞龍に敗北した。これにはいくつかの理由が考えられるが、一番重大だったのは彼らと霞龍の交戦が二度目だったことだろう。霞龍は非常に知能が高い。記憶力もよく、彼らは二度目の交戦でほとんど手の内を把握されてしまっていた。例えば、ガンナーにとって弾は武器そのものだ。クロスボウガン系統を順当に強化すると幾つかの弾が速射に対応する。火炎弾、斬裂弾、徹甲榴弾。全て霞龍に極めて有効だ。
───奪われたのは徹甲榴弾だったろう。彼らは前回の交戦で角を破壊していた。目眩を起こすのにも使えるこの弾は主力だったはずだ。重量故に持ち込める数は多くない。もし奪われれば戦闘は困難になる。それと、拡散弾も使っただろう。必殺の威力を持つこの弾も奪われればどうにもならない。ランパートのハンターが居るとはいえ、主力が奪われたクロスボウガンのパーティは苦戦を強いられ、死んだ。あるいは瀕死になった。彼らに逃がされた龍頭琴のハンターともう一人は仲間と合流できないままクロスボウガンのパーティの救出を試み、返り討ちにあった。
私の失敗で四人が死んだ。
言い訳をするつもりはないが、その相手すらいなかった。生き残った二人は未だドンドルマに戻らず、ミナガルデにいるらしい。少しずつ聴取は受けているらしい。もう一度ハンターとして活動出来るかはわからないが、パーティの半数を失った彼らはもはや大老殿に顔を出す意味もない。大老殿のクエストを達成できるかすら怪しいのだから。
私は大きな目で見て成功することを考えていた。一つの区切りは操虫棍のハンターを殺した龍だと考えられるが、それを成功させるために他のハンターの犠牲を鑑みないつもりは当然なかった。
ハンターズギルドは素晴らしくも恐ろしい組織だ。G級ハンター四人死亡という惨事をうけてなお私に責任を取らせない。私の失敗は罪にならず、責任ですらない。どうか私を罰して欲しい。殺して欲しい。愚かなこの女を。
「おめでとうございます」
G級のハンターが減って、新たなG級ハンターが生まれた。今度のハンターは覇竜をソロで撃退したらしい。ソロ且つ撃退ということで昇格が保留にされていたが、この度の惨劇で晴れてG1に昇格した。ボーンロッド系の操虫棍を背負うその輪郭は、かの天才とは似ても似つかぬ姿で、つまりそのハンターは女性だった。
「ありがとうございます。私がこれを受け取ったということは、席が空いたのかな。大老殿の」
ハンターは大老殿をチラと見渡して、納得したように小さく頷いた。
「思ったよりも、厳粛そうな場所じゃ無くてよかった。階段を登ってるときはもう緊張で息が詰まりそうで」
「ここはハンターのための場所です。ご自由にお使いください」
「ええそうですね。早速、何かクエストを受けようかな。緊張はしてたけど、楽しみでもありましたから。慣らしにいいクエストはあります?」
「それでしたら、絞蛇竜の依頼があります」
原生林はしばらく安定していた。火竜の産卵の時期を通り過ぎたこととあの忌まわしき黒蝕竜が現れていないことが理由の一端にあるだろう。
ほとんど上位のハンターが早急に対処したが、少し前までは遺跡平原と原生林を黒蝕竜が飛び回っていた。お陰でG級にも感染依頼が回ってくるほどで、”混沌に呻く“も一頭出現し、ガンハンマのパーティが対処した。その時点は黒蝕竜に思考時間を費やせるほど、精神的にも肉体的にも余裕のある状況ではなかったが、既に危機は脱したと見え、原生林及び遺跡平原は束の間の平穏を取り戻していた。
「……ガララアジャラか。今必要な素材はないけど、慣らしとしてはいいかな」
「受注しますか?」
「あっちょっと考えます。ごめんなさいなんか、一人で喋るの癖になってて」
「私は構いません」
しかし狩場では注意すべきだろう。耳のいいモンスターは大型小型問わず多種存在する。隠密はハンターの基本であり、僅かな声でさえ聞こえる可能性は無くしておくべきだ。G級に上がってくるハンターはそれくらい百も承知だろうとは思うが。
ハンターは依頼書を読んで小さく息を吐いた。それから小さくこう呟く。
「上位とあんまり変わらないのか。思ったより少ないな」
おそらく報酬金のことだろう。額面では最大でも上位クエストの3割増し程度と大差はないが、G級クエストでは二人以上のパーティに補助金が出るので実際に貰える合計報酬金額は1.5倍〜2倍程度になる傾向にある。ソロのハンターに補助金は無いが、契約金が2倍になって報酬金に加算される制度を利用して契約金の額を大きく引き上げることで報酬を多くする試みが非常に多くのクエストで見られる。そのためやはりこれも1.5倍〜2倍程度の報酬が期待できる。しかし額面を見たとき色少なく感じるのはこのハンターの言う通りだろう。
「契約金が1500zですから、報酬金は1500z増えるものと考えるとそれほど少なくはないかと」
「え、あ、確かに。まあ悩んでもしょうがないし、これにしようかな、受けます」
「かしこまりました」
そう言って私は印を押した。ハンターは「ご飯何食べようかな」と呟いた。
「それではお気を付けて、危険なら撤退を」
ハンターは小さく頷いて、私に背を向けた。遠ざかる背中から「やっぱ頼りなく見えるのかなぁ」とぼやく声が聞こえた。否定はできない。失礼だとは思うが、ソロのハンターであることも女性であることも不安材料ではある。それに、ソロハンターの使う操虫棍としてボーンロッド系統が適当かと聞かれると返答に困る。
ソロハンターこそ毒属性を持つ武器を使用するべきなのだという風潮はそれなりに的を射ていると思う。毒は非常に多くの相手に有効だし、足りない手数をある程度補う役割もある。二人以上のパーティで毒を使うべきでないのかと聞かれれば全くそんなことはないし、ソロハンターであったとしても相手に合わせて属性を変えられるほどに余裕があるのならそうすべきではある。
少なくとも絞蛇竜相手にソロで麻痺属性の操虫棍を使うのはあまり適切とはいえない。そういう意味で私はハンターを頼りなく思う。
私はそれから2つのパーティにクエストを紹介して仕事を終えた。
大老殿を出て路地を歩いていると、涼しい風が伸びた前髪を揺らした。温暖期の終わりが近いのだと思った。私は既にこのドンドルマで一年以上を数えたのだ。
ここに来てから七人殺した。バルバレでは最初の一年で六人殺した。大老殿のハンターの死亡率は知らない。その統計情報は私の手の届く場所に存在するが、とても恐ろしくて見ようとは思えなかった。たった一年で七人も死ぬのが正常であるはずがない。おそらく私はそれなりに無能なのだろう。それがわかっている以上は無意味に自分に傷をつけるべきではない。
温暖期が終わると寒冷期が訪れる。当たり前のことで、それでいてとても恨めしいことだった。寒冷期は古龍の季節だ。古龍が姿を見せる可能性が高く、観測困難な出現が非常に多くなる。寒冷期にだけ古龍が出るわけでもないが、やはり恨めしいものだった。
彼らが死んでまだ数日しか経っていなかった。私は一度も涙を流さず、ただときおり死にたくなった。今もそうだ。私を恨む人々が私を殺せばいいと思う。遺されたハンターですら私を恨まないことを知っていながら、そんなことを思って眠った。
ワイルズの情報を追わなさ過ぎて季節というシステムすら知らなかった。βテストは起動する前に詰んだし。