幸薄ギルドガール   作:dokosoko

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第二十三話 決戦ゴグマジオス

 初代撃龍槍は失われている。民衆に周知されるほどの事実ではないが、ギルド職員は皆これを知っている。研究者の中にはそれを研究する者もいて、そこには龍が絡んでいるとされている。倉庫から撃龍槍と大量の火薬を盗み出し誰にも見つかることなく消えたその龍が、いつかドンドルマを襲うというのは誰が予言しなくとも皆薄々わかっていることだった。そう言った意味では古文書の解読は無駄足だったかもしれない。そこには龍による被害と見た目の特徴くらいしか記されておらず、既に現れてしまった今となってはほとんど意味を為さない。

 巨戟龍ゴグマジオス。その龍はそう呼ばれた。大きさとしては蛇王龍ほどではないが、ドンドルマに襲来するとなれば話は別だ。戦闘街がいくら古龍決戦用の広さとはいえ、これほどの巨体の襲撃はほぼ想定されていない。おそらく老山龍や砦蟹が襲撃した数度くらいのもので、それらは巨戟龍に比べれば遥かに温厚だ。今度の迎撃戦は勝利しても戦闘街の大破は免れないだろうと予想される。

 

 

 

 自宅にギルドの使いが訪れた。それは大老殿の給仕をしている獣人だった。私が目を擦りながらドアを開けると同時に大銅鑼が鳴り響いた。古龍襲撃の合図だ。大慌てで家を出ようとすると、獣人は私を押し留めて「着替えてくださいにゃ」と言った。確かに寝巻きでは少々見苦しいだろう。私はなるべく早く着替えて家を出た。こんなときのために髪は短く切り揃えていて、冷たい風で首筋が寒かった。

 早歩きで大老殿に向かう途中、獣人は私に迎撃戦は我らの団のハンターに担当させることが決められていると伝えた。そして、同時にもう一つ緊急クエストが発行されていることも。あり得ない。と言いかけて、しかし言い留まった。あり得なくはない話だった。

 寒冷期に入って一ヶ月ほどが経過しているが、その間環境はそれほど不安定ではなかったにしろ、生体未確定依頼がかなり多かった。龍の気配はなく、ハンター達も積極的にそれらを捌いてくれていた。しかし生体未確定が多かった。私はてっきり、寒冷期の初めに黒蝕竜が現れた影響で感染がやや広がっているのだと思っていた。その討伐クエストに印を押した私が、そう思うことは自然だった。ちょうど感染拡大が起きている場所も遺跡平原で、黒蝕竜が倒された場所と同じだった。しかし黒蝕竜が無関係なのであれば。

「極限状態……」

 私が呟くと、獣人が首を横に振った。違うらしい。

 

 長い階段を登って大老殿に着くと、既に我らの団のハンターと筆頭オトモが待機していた。いつもの防具に、風牙竜の小剣。火属性なのは、巨戟龍の纏っているらしき重油という断片的な情報からだろうか。

「お待たせしました」

「いや全然、まだ戦闘街に来てないらしくて、今誘導してるんだって」

 迎撃戦の度に命懸けで龍を誘導する守護兵団には頭が上がらない。誘導人員の死者はここ五年で0だが、命懸けには変わらない。未知の古龍ともなれば恐怖も一入だろう。彼らはそもそもハンターではないのだから。

「巨戟龍ゴグマジオスの討伐、契約金は4600z、報酬金は45900zです」

「受ける」

 私は印を押した。巨戟龍は未だ足音さえ聞こえない。私は雑談程度に彼女に話しかける。

「火属性は、ソフィア嬢の指示ですか?」

「うん。重油を纏ってるらしいから、それを剥がさないと攻撃が通らないんじゃないかって。お姉さんはどう思う?」

「私は……」

 私、という意見は概ね不要だ。巨戟龍のことを何も知らないし、重油がどんなものなのかも見たことがない。ソフィア嬢に従うべきだとは思う。しかし、私の最も信頼するハンターなら、こういう場面で彼なら火属性武器を持っていても持ってこない。彼なら龍の力を使うだろう。彼は撃龍をそのように解釈していた。幻獣らしき相手でもそうするくらいに、龍には龍を用いただろう。

「天廻龍の小剣、を用意しておいても良いかもしれません。ソフィア嬢の言うことはもっともですし、あなたはそれを信じるべきですが、相手は龍ですから、どうしようもなく属性の通りが悪くなったときに、もし目を離しても大丈夫なら武器を変えられる状況を作っておくのも、悪くないのではないでしょうか。あなたは戦闘街で戦うのですから」

 普段のフィールドに二つも三つも貴重な武器を持っていくのは難しいが、戦闘街なら紛失の心配はないし、少し走ればベースキャンプで補給ができる。彼女は一人で戦うので実際に補給や装備変更ができるかは別問題として、用意しておくこと自体に意味はあるだろう。

「確かに。なら全部置いとこうかな。もしかしたら水が通るかもしれないしね」

 彼女はそう言ってぼんやりと高い天井を眺めていた。私は彼女を見ていた。しばらくして彼女は「もう行こうかな」と言って歩き出した。

「お気をつけて」

 咄嗟に声をかけた。

「最後まで決して油断しないでください」

 言わずにはいられなかった。

「うん、わかった」

 彼女と筆頭オトモが私に小さく手を振った。私は振り返せなかった。

 ……感傷に浸る時間はない。もう一枚の依頼書を取り出してカウンターに置いた。依頼書によれば場所は千剣山。現れたのは観測史上最大の龍。名を蛇帝龍と言う。たったの数時間前に発行された、もう一つの緊急クエストだ。

 予兆はなかったと思う。そもそも千剣山やその周辺の連峰は継続的な観測が困難なため、予測はしづらい。突然現れたわけではないだろうが、結果として十分な準備がないままにハンターを送り込むことになるのだから似たようなものだ。大老殿にはこれを十分に達成しうるハンターがいなかった。厳密には居ないではないが、命を落とさずに達成できる可能性はほとんど無かった。

 ガンハンマのパーティ、重甲虫の小剣のパーティ、豪山龍の剣斧のパーティ、角竜の大剣のパーティ、老山龍の双剣のパーティ、ランゴスタの笛のパーティ。活動中のG3のパーティはこれだけ居て、その中で現在ドンドルマに滞在しているのは2パーティのみだった。ガンハンマのパーティと、角竜の大剣のパーティ。彼らを殺すことはドンドルマの今後を殺すことに等しい。特にガンハンマのパーティは致命的に今の大老殿を支えている。角竜の大剣のパーティも高頻度で厄介なクエストを捌いてくれる。

 どうしようもなく彼らを殺さなければならない状況なら角竜の大剣のパーティを選ばざるを得ないが、そんなことが許されていいはずがない。蛇帝龍はどう考えても彼らに任せられる相手ではない。

 私にはもう一つの選択肢があった。それは待つことだ。今、我らの団のハンターが、最強のハンターがこの街にいる。巨戟龍迎撃戦は長くとも12時間程度で大老殿に戻るだろう。戻った彼女に任せれば確実性は高い。

 そうだ、そうすれば、そうすれば、そうすれば───。

 そんな、そんなわけがない、そんな選択が通るわけがない。古龍を連戦させるなど、それこそ死に向かわせることと同義だ。私は何を考えている。どうせ選択肢は一つなのに、一つしかないのに、せめて誠実になることさえ心が拒んでいる。私はどうしてこうも愚かで醜いのだ。

 

 ガンハンマのパーティが大老殿を訪れた。あくびをしながら、あるいは表情を強張らせて、あるいは興味なさげに。

「おはようございます」

 挨拶をするとリーダーが答えた。

「ダラ・アマデュラが出たって」

「亜種です」

「受ける」

「まだ何も言っていません」

「わかってんだよ、俺らがこの場所でどんな立場にいるかなんて。それでも行くしかねーから行く。なんかおかしい?」

 ガンハンマのハンターは基本的に無口で、感情的になるのを見たことがなかった。いつでも冷静で無駄口を叩かず、どこか気怠そうに見えるのが彼であり、金獅子や渾沌に呻く黒蝕竜に挑むときでさえ彼はそのスタンスを崩したことはなかった。

 一年で多くの龍がこのドンドルマに巡ったが、彼らに巡ったのはこれが初めてだった。G3のパーティとして、未知の巨龍を討つことは正しい。だが彼らの実力はそうではない。彼らは鋼龍を倒せてもそれより強い相手はやや無理がある。例外を除くG3の全てのハンターがそうだ。巨戟龍や蛇帝龍など論外なのだ。

 角竜の大剣のパーティという選択肢だけは無い。ガンハンマのパーティに劣るパーティは選ぶ意味がない。未知でありながら強大な相手である以上、こちらは持てる最大戦力を送り込む。私は当然のことをしなければならない。

 事態は、一刻を争うのだ。

「かしこまりました。蛇帝龍、ダラ・アマデュラ亜種の討伐。契約金は3600z、報酬金は35400zです」

「早く印押せよ」

「あなた方には拒否権があります」

「拒否ると思ってんの?」

「……いえ」

 彼らは断らないし、断れない。ハンターで一括りにする気はないが、少なくとも彼らはそうだろう。感情的になるほど苛立っていながら、使命感も正義感も持ち合わせている。断ると何が起きるか知っている。

「ならいいだろ、もう」

 彼らはそう言って私に背を向けた。私は彼らを呼び止めた。

「少し、話しませんか。まだ時間はあります」

 まだ大銅鑼から二時間も経っていない。最初の巨龍砲までは、つまりあと二時間はどうせ飛行船はこの街から出られない。このあと彼らが死ぬことが予見されるなら、私は彼らを記憶する努力をしたかった。私の願望だ。彼らを知りたい。

「話すことなんかあるか」

「好きな食べ物はなんですか?」

 ブッ、とリーダーの後ろの双剣のハンターが吹き出した。可笑しいことを聞いただろうか。ランスのハンターが「墓に供えるってことか……?」と呟いて、また双剣のハンターが吹き出した。

「墓にはこんがり肉供えとけよ」

「そういうつもりで聞いたわけではないのですが」

「じゃどういうつもりだ?」

「単なる興味です。もし良ければ、戻ったならあなた方の好物を御馳走しましょうか」

「マジでなんなんだよ」

「無茶な依頼をけしかけたので、そのお詫びです」

「生きて戻るわけねーだろ。頭イカれてんのか」

 それはそうだろう。生きて戻るわけがない。私とて、彼らの全滅を疑えない。死してなお死ぬ気で蛇帝龍を殺してもらわなければならない。その覚悟で戦ってなお、相討ちがいいところだ。

 そうなると、私は彼らの後任を考えなければならなかった。我らの団のハンターが問題なければそれが理想的だが、そうでないならミナガルデかタンジアに要請をかけるのも悪くない。時間はどんなに短くとも一週間はあって、彼らの命で稼いだ時間は決して無駄にはならないだろう。

 私は蛇王龍を知っている。カチワリのパーティが戦ったあの個体は極めて弱体化していたが、今度現れた亜種にその可能性はあり得ない。さりとて、彼らに「死ね」と直接指示するのはむしろ誠実ではない。私はそんなことを思わないし望まないからだ。

 彼ら一人にでも食事を御馳走出来ればいい。そういう部分を切り捨てるような考え方は好みではないが、私はいま本気でそう思っている。

「もし一人だけ生き残ったら、その方に三度御馳走します」

 双剣のハンターの笑みが引き攣った。ランスのハンターが笑いながら「二人生き残ったら何回奢ってくれるんだ?」と聞いた。

「二度、御馳走しましょう」

「三人なら?」

「それも二度」

 ランスのハンターが首を傾げた。

「計算がよくわからないな」

 言葉を偽りにするつもりはないが、ただの雑談に深い意味もない。

「三人とも生き残ったら三回奢れよ。そんでお前のこと破産させてやる」

 リーダーが挑発的にそう言った。

「たったの三度では無理でしょうね」

 私も言い返した。

「んだとこの野郎」

「貯金はそれなりにありますから、あなた方が全力で使っても三度の食事で使い切るのは不可能です」

 貯金どころか、私の一ヶ月の給料分さえ使いきれないだろう。食事とは安いものだ。

「ふざけやがって。覚えとけよ」

「約束を反故にはしません。戻れば三人分を三度、御馳走します」

 ガンハンマのパーティは去った。大老殿は静かになった。

 

 私は大老殿の外、階段まで出た。爆発のような音と火薬の匂いが微かにした。階段に腰掛けて目を閉じる。少しの時間が過ぎた。とても長い時間のようで、しかしとても短い時間のような気がした。灰か煙のような鼠色のもやがドンドルマの空を覆っていて、太陽の位置は不明だった。途中、何度も寒い風が吹き抜けて私の皮膚を冷やし、手が悴んだ。

 いくらか時間が経ったとき、カラカラ、ズドン、と音がして微かに咆哮が聞こえた。撃龍槍を使用したのだろう。効果があるようで、何よりだ。

 ぼんやりと微睡んだ。冷たい空気が私の肺を冷やしたが、それさえ心地よかった。目尻から僅かな水が流れているような気がした。

 ガンハンマのハンターはこんがり肉が好きと言った。彼らが戻ったとき、三人分のこんがり肉を三食分用意すれば彼らは怒るだろうか。そうだといい。そういう冗談があってもいい。次代のカチワリのパーティのような存在はきっと彼らになる。私は彼らに全幅の信頼を寄せるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「何してんだこいつ。風邪引くぞ」

「毛布かなんかかけるか?」

「約束前に嬢さんに死なれちゃかなわんよな」

 意識の遠くで巨龍砲が鳴った。

 

 

 

 




 ナズチの攻撃方法(声帯麻痺、盗み攻撃辺り)とか私が知ってるので当たり前に読者も知ってるものかと思っていましたが、恐らくそうでない方も居ますよね。
 声帯麻痺とかフレーバーテキストでした(少なくとも私はそう感じていました。ナズチとの戦闘中にチャット出来なくて困ることありませんでした)し、ライズのナズチが盗むのアイテムじゃなくてステータスですし。今後は話に無理の出ない範囲でそういう説明を入れようかなと思います。

 ところで季節についてですが、一年は温暖期→寒冷期→繁殖期の順でローテーションします。九ヶ月で一年というよりは一季節四ヶ月くらいなのかなと思っています。
 あと本作には無関係ですが、ドスのオンの季節のローテが25時間ごとだったのでこの世界は一日が25時間なんじゃないかと思っています。
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