幸薄ギルドガール   作:dokosoko

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第二十四話 出航ブルーウィング

 一際大きな咆哮で目が覚めた。その咆哮も遠くに聞こえていたが、どこか致命的で悲壮な叫びは龍の絶命を意味しているように感じられた。幼い頃に聞いた、草食竜の絶命時の鳴き声と少し似ている。

 絶えず聞こえていた爆発音はいつの間にか消えていた。少しの暖かさで、自分に毛布がかけられていることに気が付いた。誰の物とも知らない毛布を畳んで大老殿の中に入った。目元に触れたが、腫れている気はしなかった。

 迎撃戦は成功したのだろう。迎撃戦の成否と彼女の生存は相関しないが、おそらくそれも問題ない。彼女が死ぬなどと私は思っていない、どころか、彼女を送り出してから今までほとんど彼女のことを考えなかった。それは他に思考してしまうような事柄があったからでもあるだろう。

 

 

 

「お疲れ様でした」

 大老殿に訪れた彼女は怪我をしていた。左脚がどうにかなったらしく、左手に杖をついて体重を預けている。

「疲れたよ、ほんとに。鼻の奥に火薬の匂いが染み付いて取れないかと思った」

 これほどのクエストを達成しても彼女はG3であり、もうランクが上がることはない。G4というランクがあってもいいのかもしれない。あまりランクを細分化するのもどうかと思うが、それを目指す活力は狩りの助けになるだろう。

「筆頭オトモはどうなさいましたか」

 一緒には来ていないようだった。彼女と筆頭オトモが四六時中共に行動するわけではないと思うが、大仕事の後の報告くらい共にしそうなものだ。というか普段はそうだったように思う。

「師匠のとこ行ったよ。怪我のあたしに報告任せてさ。薄情だよねぇ」

「筆頭オトモには師がいるのですか」

「うん。筆頭ハンターのランサーさん、知らなかった?」

「ええ、あまり聞かない話ですから」

 筆頭ハンターはリーダーとしか話したことがないし、メンバーの情報としてはルーキーのことしか知らない。ルーキーが新大陸古龍調査団の推薦組であることしか。彼が新大陸に向かうことを選んだとき筆頭ハンターとしての任務がどうなるのかは少し興味があった。おそらく新大陸でも任務を続行するだけだと思うが。あるいは筆頭ハンターとはメンバーが入れ替わるものなのかもしれない。

「……今日、ご飯誘おうと思ってたんだけどね、なんか足折れちゃって」

「安静になさってください」

 懸念事項は考えないようにした。タイムリミットは最短でも一週間だ。救援依頼だって申請できるのだから、彼女が動けなくとも問題はないはずだ。

「だよね。じゃあ来週はどう? 一週間もあれば結構良くなると思うからさ」

 このハンターは迎撃戦後の私との食事を慣例にするつもりだろうか。誘われるのはいいがそれを毎回受け入れるのはやや厳しいだろう。彼女自身の体調もそうだし、私の仕事もそうだが、どうなるかわからない。

「来週は、忙しいかもしれません」

「そうなの?」

「はい。ですが、予定というものが厳密に有る職業ではないので、また誘ってください」

「わかった。じゃあもう今日は帰るね」

 彼女は大老殿から去った。私は防衛設備の破損に関するいくつかの書類を眺めた。バリスタ一基大破、巨龍砲は軽度の破損、いくつかの壁と最下の地面が爆発で抉れている、とのことだ。

 よくもまあこれほど軽微な被害で龍を殺したものだ。感心どころか恐ろしさすら覚える。私の想定するハンターは迎撃戦で戦闘街の被害を抑える努力をしない。もちろん街を守る目的上、戦闘街が完全に破壊されては迎撃失敗と言わざるを得ないが、何も軽微に済ませる必要はない。

 ……しかし。私はどうもハンターの気持ちが分かるのかもしれない。あるいは人として当然の思考か。考えてみればハンターが、彼女が戦闘街の被害を抑えることに尽力するのは当然に思える。以前そのことで彼女を責めたが、私はむしろ非常識で酷いことを彼女に言ったのだろう。

「戦闘街の被害は抑えなくていい」

 私の、ギルド職員としての〝街〟という存在は戦闘街を含まない。戦闘街の一部にドンドルマ中央広場が含まれていることを知っていながら、そのように考える。そういう教育を受けたし、私は建造物よりもハンターの生命を重視する(そんな教育は受けていないし正しいとも思わないが)からだ。私にとって戦闘街は街の前にある砦であり、街ではない。

 ハンターにとってはそんなことは知った理屈ではないだろう。巨龍砲は彼女が手がけた仕事だし、中央広場は我らの団が駐留する場所も含まれている。それに彼女は普段中央広場のバザーで買い物をしているだろう。というか、ほとんどの大老殿や大衆酒場のハンターは街を出るときに中央広場を通るし、バザーで買い物もするだろう。そのために格安でハンター用品を売る出店がある。

 それを「守らなくていい」と断ずるのはおよそ人道的ではなく、ハンターとしての存在の否定とも取れる。彼女には悪いことを言った。

 

 

 

 タンジアから届いた手紙には「こちらから救援を送ることができないが、現在ドンドルマにはタンジア最高位のハンターの一人が滞在しており、必要であればそのハンターに協力を要請されたし」という旨が簡潔に記されていた。私はそのタンジア最高位のハンターがすぐに誰だかわかった。彼だ、放浪のハンターだろう。タンジアのハンターだったらしい。

 しかしこれは通達ミスだろう。彼は今は使えない。というより、今後彼をクエストに出すことはできない。何故なら、彼は一ヶ月後にドンドルマを発つからだ。その際彼の体調は万全である必要があり、後遺症の残る可能性さえある古龍戦など任せようもない。この情報は彼から聞いたわけではないが、確かなものだ。古龍観測所の職員に聞いたもので、来月に古龍渡りなる現象が起きるらしい。私はそれがなんなのか知らないしおそらく知る必要もないが、要するに新大陸古龍調査団の五期団が新大陸に向け出航するということだ。

 彼は推薦組だった。ドンドルマに来たのは友人と会うためだったのだろうが、同時に合流するためでもあったし、さらに言えばドンドルマは外海の港へ直通する飛行船が出ているのでそれ目当ての滞在でもあるだろう。

 もちろん私が彼の体調を気遣う必要はないが、しかし新大陸に出航する前に重傷を負わせるわけにはいかない。五期団の欠員を今更埋められはしないだろう。

 タンジアから救援が無理な以上はミナガルデからの救援を待つしかない。しかしこれは無理だ。現在ミナガルデは管轄外の飛竜の対処に追われており、最高位のハンターに街を離れさせるわけにはいかない。頼みの綱のヘルブラザーズもこんなときに限って何処かを放り歩いている。

 タンジアにもう一度手紙を送るしかないだろう。あと四日はある。いい返事を期待したいが。

 

 

 

「面倒な古龍の対処に追われてるんだって?」

 手紙の返事は否だった。どうやらミナガルデと同じく、未解明の竜の対処で手が離せないらしい。手紙が届いた六日目の朝、どこからかダラアマデュラ亜種の話を聞きつけた放浪のハンターが大老殿を訪れていた。

「そうですね」

「僕が受けようか。そのクエスト」

「結構です」

 なんとなく申し出がありそうな気はしていた。彼はお人好しだ。どこか我らの団のハンターに似ている。

「多分僕ならやれるだろう」

「いいえ」

「どうして断るんだ。渡りに船だろう」

「あなたが五期団だからです」

「それは君が気にすることじゃない」

「気にします」

「僕じゃなきゃ誰がやるんだ」

 言葉に詰まった。誰が。そんなの、誰もいない。いるわけがない。我らの団のハンター?否。彼女は怪我をしている。角竜の大剣のパーティ?否。彼らが死ぬとその後が危うい。老山龍の双剣のパーティ?否。彼らには達成できない可能性が高い。

 そもそも、死んでもいいハンターなど一人たりとも存在しない。してはならない。しかし強いて言えば。ドンドルマにとって、あるいは私にとって、この放浪のハンターは死んでもいいハンターの一人だろう。恐ろしいことに、私はその手を取るしかないのだ。逃げ続けた私に残された選択肢はそれしかない。

「手負いの龍だろう? そんなに気に病むことじゃない。僕は無傷で達成するさ」

「あなたは彼ではない。無傷など不可能です」

「やってみなきゃわからない。それに怪我をしたって新大陸には行くつもりだ」

「行って死ぬつもりですか」

「なあ君、今苛立ってるだろう。冷静になれよ。君は普段どうやって物事を考えてる。何をとって、何を切り捨てる」

「だから、あなたに傷を負わせるのは、損失であり、私は別の方法を……」

 五期団の、しかも推薦組の欠員は、ハンターズギルドにとって重大な損失となりえる。彼は確かに優秀だろう。だが新大陸への航海はそれだけで危険を伴う。出発時点で彼が大怪我をしていたら。船で傷が膿んだら。あるいは何か船自体にトラブルが起きて別の移動手段に頼らざるを得なくなったとき、まともに動けなければ話にならない。

「いいや違う。君の目線で考えるんだ。僕と、この街の人と、どっちが大事だ? 君は受付嬢だろう」

「あなたはこの街の人間です」

「まだ一年も滞在してないよ」

「期間が重要ですか」

「重要じゃないな、確かに。しかし君の心構えはいいが、僕の経験上、こういうのは損得でバシッと決めなきゃいけない。ハンターズギルドも僕自身の事情も考えるな、君の目線と君の立場だけで考えるんだ。いいか、聞くぞ。───切り捨てるべきは、誰だ?」

 目の前のハンター、彼を切り捨てるべきだ。

 このハンターはおそらく凄腕で、蛇帝龍の討伐を引き継ぐに十分な人物だ。加えて、消えてもドンドルマに損害が少ない。何故なら彼はドンドルマギルドにとってG1のハンター以上の何者でもないからだ。そもそも彼が死んだとしても、ドンドルマは困らない。なぜなら彼は一ヶ月後の出航を最後おそらく二度とドンドルマには帰らない。遅かれ早かれ居なくなるのだから死のうが消えようが同じだ。

「……あなたです」

 まるで神にでもなったかのようだ。人を選定し、人を切り捨てるなど。とても人のすることではない。

「依頼書を」

 まだ少し時間はあるはずだが、クエスト自体は既に発行されていた。私はその意味を知っている。ガンハンマのパーティは死んだのだ。蛇帝龍の勢力下で死体の回収など出来まい。不正確な観測の下、しかし失敗したという情報だけが早期に到着したのだろう。

「蛇帝龍、ダラ・アマデュラ亜種の討伐。契約金は3600z、報酬金は35400zです」

「先に言っておくが、このクエストが成功しても僕はこの街に戻らない。シナトかそこらの村で装備の補修をして新大陸に行く」

「承知しました」

「そういえば、彼のことで少し話したいことがあってね」

「……聞きましょう」

「彼は以前僕と狩りに行ったとき、機構を持つ武器は信用ならないと言っていた。だから僕は最近スラッシュアックスをやめて、大剣を使うようにしている」

 確かに、少し前から放浪のハンターは蒼火竜の大剣を使っていたが、そんな理由で使用していたとは知らなかった。

「操虫棍は機構を持つ武器では?」

「僕もそう言ったさ。そうしたら、俺は虫なんかいなくても棒一本で戦えるぜ、ってね。操虫棍の虫がいなくてもいいというのは正直どうかと思うが、まあ一理ある。工房を馬鹿にするわけじゃないが、全ての環境で機構が狂わないとは限らないからな。もしこれからハンターを始める奴がいたら、機構武器以外を勧めてやってくれ。特にスラッシュアックスはお勧めできないと。あれの手入れから解放されてからよく眠れるようになったんだ」

「わかりました」

「まあそんな感じだ。次に会うときは僕が古龍渡りの謎を解明したあとだ。また会おう」

「お気を付けて。決して油断しないでください」

 私がそう言うと、彼は振り向いてニヤリと笑った。彼の青い瞳がきらりと光り、そして消えた。

 しかし、放浪のハンターが消える実感はなかった。彼はもともといてもいなくても同じような存在だったし、実のところ私は彼とまともに話したことが少なかった。記憶にある数回を除けば彼はいつでも手短で、急いでいるように見えた。

 実際、彼にはあまり時間がなかったのかもしれない。新大陸に行けば二度と戻れない可能性が高い。彼にとって現大陸での狩猟は今しかできないことだ。タンジアを拠点にしていたなら尚更ドンドルマ管轄の狩場は刺激的だっただろう。

 

 

 

 八日目の夕。大老殿に報せが届いた。それがいい報せであることなど期待していなかったし、実際にいいとはいえない報せだった。しかし最悪よりはマシな報せだったと言えるだろう。ガンハンマのパーティは六日目に全滅した、と。

 撤退の提案をしなかったのは私だ。敢えて言うまいと思ったわけではない。撤退は許可できなかった。撤退するハンターの回収を行う飛行船が危険だからだ。かの龍の星を落とす力は影響範囲が非常に広く、ハンターの投下ですら大変な危険を伴う。回収などもってのほかだ。

 職務上、そのようなフィールドにおいてハンターの撤退は許可されない。だから私は拒否権について話す以外の抵抗手段を持たなかった。どちらにしても彼らはそれを選択しなかっただろうから同じことだが、逃げ道がないのは苦しい。彼らにしても、きっとそうだろう。

「お姉さん、何してるの?」

「見ての通り、墓参りです。あなたこそ何を?」

 私は頻繁に無縁墓地を訪れるわけではない。平均すると月に一度くらいは訪れているが、暇だから来るわけでもないし、大老殿で死んだハンターの殆どは死体が残らないのでこの場所に埋まっていない場合が多い。思い起こされる後悔は私を容赦なく傷つけるし、加えていうならこの場所はあまり衛生的ではない。よって、あまり来たい場所ではない。だがしかし、私がこの場所を訪れられる日もいつまでかわからない。

 いつか私が異動になったとき、ここに訪れることは二度とないかもしれない。ギルドガールというのは旅行ができるほどまとまった休暇の取れる職業ではない。休暇のために自分の仕事を誰かに替わって貰うなど私は絶対にしないだろうし、そんな知り合いもいない。誰かが死んだなら、その直後に少なくとも一度はここに黙祷を捧げるくらいのことをすべきだと思っている。

「あたしは散歩。こんなところにお墓があったんだね」

 散歩で訪れる場所では無さそうだが。

「縁なき者たちの墓です。ハンターにはそういう人間が多い」

「へえ。あたしは実家に帰れば両親に会えるから、あんまりそういうの気にしたことなかったな」

 彼女は死から遠いハンターの一人だろう。彼女の知り合いの知り合いのハンターといえば筆頭達だろうが、彼らはそう簡単に死ぬようなハンターではない。彼女自身も死なない。そう考えると、墓参りなどする機会がないのかもしれない。このような場所では尚更そうだろう。

「良いことですね」

「お姉さんは、違うの?」

「……ええ、縁ある者は全て、故郷ごと消えました」

 二十年前の辺境はそうだった。

「そうなんだ」

 彼女は慰めもせず、ぼんやりと返答した。其れが彼女なりの気遣いなのかもしれなかった。あるいは、彼女自身が傷ついていて、故に私を気遣う余裕がないのかもしれなかった。もしそうだったとして、私にはその原因は一つしか思い当たらなかった。

「先月」

「なに?」

 明らかに過剰な反応だ。

「大老殿の四人のハンターが亡くなりました。そのうち二人はおそらくあなたと話したことがあったと思います。ちょうどそこに、彼らが居ます」

 私が指し示した紅蓮石の小さな欠片。彼らの墓標はそれだった。私が置いたものだ。

 彼らの解剖が済み、私は埋葬に立ち会った。その時点で彼らは灰でしかなかったため、少し深めに穴を掘ってその灰を入れて埋めた。

 私の記憶では、彼らは自分たちの武器が好きだった。互いの武器を何よりも信用していて、そして強化することを楽しみにしていた。といっても彼らの武器はいつからか工房製の最新鋭であったため、それ以上の強化は開発を待たない限り不安定な試作か一時的な補強に留まっただろう。彼らはおそらくハンターを始めた直後からずっと同じ武器を使っていた。彼らの武器は彼らがハンターとして歩んできた道と等価なのだと私は思った。だからこそ私は彼らの武器の象徴的な素材の一つである紅蓮石を墓石の代わりとした。

 彼女が何を感じたのかはわからなかった。喜んでいないことだけは確かだが、特別悲しんでいる様子にも見えない。正直なところ、私は彼女と彼らがそれほど親しかったとは思っていなかった。

「お姉さんは悲しい?」

「多少」

「あたしは、自分が関わった人が死ぬのは初めてで、なんていうか、すごく苦しい。あたしが守れた命じゃないのはわかってるのにね。お姉さんは苦しくないの?」

「慣れました」

「なんで?」

「初めてではないからでしょう」

 私が端的に答えると彼女は黙り込んだ。

 実際に、昔に比べると私の感情は麻痺しているように思われた。昔はもっと悲しくて苦しかったように思う。誰かが死んでしばらく、食事が喉を通らないのは今も同じだが、そういう状態からの回復が早くなった。誰かの死が私の中で風化しやすくなっていた。一ヶ月も経つと、もう何も思わない。

「本当に慣れたの?」

「おそらく」

「ほんとうに悲しくないの?」

「悲しくないことはありませんが」

「あたしは苦しい」

 彼女は静かに涙を流していた。私はどこか他人事で、確かに私のハンターの墓に来たはずなのに冷静な自分がいた。彼女が何故これほど悲しむのかわからなかった。

「親しかったのですか、彼らと」

「二回話しただけ。でもあたしがもっと強かったら死ななかったのかもって思うと、苦しくて」

「あなたが強くても彼らは死んでいました」

「わかってるけど、でも……」

 何故なら彼らの死は私のミスによるものだ。私は彼女がどれだけ強くても可能な限り古龍戦は回避させるつもりだし、そうでなくとも霞龍くらいなら彼女以外のハンターに任せるべきだ。先週の迎撃戦に現れた破壊的な厄災より遥かに安全なのだから。

「……私は苦しいとき、眠ることにしています」

 意識がなければ苦しくもない。時が過ぎれば痛みは薄れる。私はどうしても辛いときそのようにしてきた。時間がなかったのでそうするしかなかったという面もある。たかが精神的苦痛で仕事に支障が出るのは大問題だ。私のミスはそれこそ更なる死者を出しかねない。

「なんでお姉さんがあたしを慰めるの?辛いのはお姉さんでしょ?」

「私は別に」

「そんなわけない」

「いえ、私は本当に辛くないんです」

「そんなわけないよ。だって、こんなところにあるお墓に来る人なんてお姉さんしかいない」

「そんなことはないと思いますよ。彼らは有望なG級ハンターでしたから、悼む人も多いはずです」

 彼らが救った命の数を数えればもっと豪華な墓でも良いくらいだ。流石に縁なき者のために豪華な墓を作る金はハンターズギルドにはないのかもしれないが、しかしそういう仕組みがあってもいい。いや、予算の関係で難しいのだろう。この無縁墓地はハンターズギルドが管理(していると言っていいかは怪しい状態だが)しているが、当然ながらこの土地は利益を発生させない。それなりに広い土地を赤字運営するのは決して軽くない負担となる。むしろこの墓が用意されている時点でよくやっていると考えるべきだろうか。

「あたしは、昨日聞いた。この人たちが死んだことを、昨日まで知らなかった。それでお墓参りしようと思ってお墓の場所を聞いたら誰も知らなかった。死んだことを知ってる人もお墓の場所は知らないし、行こうともしてなかった。ねえ、お姉さんが思うよりも人は薄情だよ」

「そんなことはありません」

「じゃあこのお墓を作ったのは誰?」

「私ですが、埋葬は職員数名で行いました」

「知ってるよ。給仕のアイルーと、力仕事のために守護兵団が一人。守護兵団の人に聞いたらね、話したことはないけどお姉さんに頼まれたからって。給仕のアイルーは食べ方が綺麗だって言ってたかな」

 数名というのはやや見栄だった。私含め三名。少ないと言っていいだろう。縁なきハンターの埋葬はいつもこうだ。バルバレにいた頃から(バルバレでは埋葬は行われないが)そうだった。私が遺体やそれを代替する遺品を持ち、一般的な手順に従って埋葬する。パーティが全滅しなければ遺された人々がそれを行うが、誰もいなければ私しかそれを行えない。大変な仕事をしていたハンターの最期がこれでは報われないと、彼女はそう思うのかもしれない。けれど彼女の言うように、少なくとも給仕の獣人は彼らを覚えている。私だってそうだし、私の知らない誰かの中にも彼らを覚えている者がいるだろう。

「十分ではありませんか。少なくとも二人は覚えていて、きっともっとたくさんの人が彼らに感謝しています」

「お姉さんは、みんながハンターをどう思ってるか知ってる?」

「みんな、とは」

「みんなはみんなだよ。街の人」

「知りません」

「あたしのことは、頼れるハンターだと思ってるみたい。だってあたしは我らの団のハンターで、基本的に自分で仕事を取りに行くから。でも普段大老殿で仕事をする人はそうじゃないよね」

 大老殿のクエストはギルドから依頼されるものが多い。しかしながら、便宜上の依頼者が存在する場合もある。上位依頼が繰り上げになる場合や、単に元から依頼内容が高難易度な場合、G級の依頼として出される。

「G級ハンターは頼れるハンターでしょう」

「そうだけど、でもね、ほとんどの人は知らないんだよ、自分のクエストをどのハンターが達成したかなんて」

 彼女の言いたいことがようやくわかった。彼女はつまり───彼らの偉業を誰も知らないと言っているのだ。

 例えばある人の故郷で頻繁に嵐が発生して、それを心配したその人はギルドに調査を依頼する。調査の結果そこに鋼龍が観測されたとする。そうなると依頼人ありきのクエストではなく、ギルドから大老殿への依頼となるだろう。その時点である人はクエストに関与していないことになる。とはいえ鋼龍を討つことは故郷を救うことになるのだからある人は感謝するだろう。素晴らしい偉業であり感謝されてしかるべきことであるそれは、しかしそれを誰が達成したのかわからない。ある人は一体誰に感謝するのか。私はその人ではないからわからないが、おそらくハンターズギルドという組織に感謝するだろう。

 結果として、彼らのことを誰も知らない。街の人にとって彼らはG級ハンターの二人組でしかなく、例えば彼らが霞龍を撃退することで仕入れルートが復活した商人は、それが彼らの偉業であることを知らない。

「彼らが惨めだとでも言いたいのですか」

「言わない。思わないよ、そんなこと」

「なら何故、こんな話を」

「お姉さんが一番悲しんでるんだって、知ってほしい」

「私が悲しんでいることが重要ですか」

「それが全てだって人もいると思う」

「どういう意味ですか」

「死んだときに、お姉さんしか悲しんでくれないハンターが、きっとたくさんいる」

「私はそうは思いません」

「あたしは多分、我らの団のみんなが泣いてくれるけど、この人たちはそうじゃない。あたしが言いたいのはね、喜んでるってこと。お姉さんが悲しんでくれてさ」

「私は泣くほど悲しんではいませんが」

「じゃあ泣いたらもっと喜ぶかも」

「そうでしょうか」

「きっとそうだよ」

 私はそうは思えない。私のせいで死んだハンターが、私がそれを嘆いて涙を流せば喜ぶなど、可笑しいことだ。彼女なりの慰めなのだろうか。自由に悲しめばいいと、暗にそう言っているのかもしれない。彼女がどう言おうが私はそうしないだろう。正しく悲しむことが彼らへの追悼となると信じているからだ。

 それとも、私が私の感情のままに悲しんで、苦しんで、その末に涙を流せば、彼らは喜ぶだろうか。私ならそんな私をこう思うだろう。

 

〝自分勝手な人だ〟

 

 クシュン、と隣からくしゃみをする声がした。

「もう帰って休まれては」

「そうだね」

 彼女は杖をついてゆっくりと歩き出し、そして私を振り返った。

「一緒に帰らない?」

「いえ、もう少しここにいます」

「そう。じゃあね」

 彼女はシュンと洟をすすって、また杖をついて歩き出した。今度は少し速く。

 私はガンハンマのパーティのことを考えた。彼らは私を恨むだろうか。そう思えなかったが、しかし私が彼らの立場であれば私は私に怒りをぶつけるだろうと思った。しかしそれでも名も知らぬ村落を人質に取られ、死しか見えないクエストに出発する。責任感と正義感を逆手に取った卑怯な脅迫だ。私は彼らにそれをやったのだ。それでもなお彼らが私を恨まないことなどわかりきっていた。

 私は彼らに恨んでいて欲しかった。そうであったなら、私は贖罪のためになんだってできる。彼らが望むならこの命さえ捨てられる。嗚呼、そうだ。是非とも私の死を望めばいい。そうして縁なき私はこの墓地に眠るだろう。私が殺した英雄たちの隣、冷たい土の中で永遠に眠るのだ。

 ふと、そんな未来を望んだ。

 あり得ないことだ。誰も私を恨まないのに。

 

 




すごくどうでもいいんですが、ガンハンマのパーティの武器はガンハンマとガンランスとギロチンかなと思っています。ガンランス、ワイルズに出ませんかね。
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