極限状態の雷狼竜のクエストはすぐに発行された。それを受注する角竜の大剣のパーティに十分な準備の時間はあったと思う。
彼らは「自信がない」と言って受注した。なんの自信がないのか、と訊くと「勝てる自信だ」と答えた。私はそれでいいと言った。勝てなくとも、全員が帰ってくるのであれば強くなれる、と。
彼らはカチワリ紅蓮隊のように、ガンハンマのパーティのように、強くなりたいと願っていた。彼らが───ガンハンマのパーティほどならともかく───カチワリ紅蓮隊よりも強くなれるかは未知数だが、以前に私は「時間の止まったパーティを追い続けるのであれば、生きてハンターを続ける限り必ず可能性はある」というようなことを述べたはずだ。私はそのとき本気でそのように思って発言していたし、彼らも一定の納得を示していた。しかし今、私の発言は嘘になろうとしている。否、既に嘘となったのだ。
そうなったのは角竜の大剣のパーティが出発して1日後のことだった。大老殿に四人組のハンターが訪れた。私は目を疑った。なぜならそのハンター四人組は、カチワリ紅蓮隊だったからだ。ただし、病気で引退したリーダーは居らず、元メンバー3人と、見たことのない若いハンター1人が最後尾を歩いていた。
「いつも通り、一番面倒なのをくれ」
以前二番手だったハンターがそう言った。
「あの、引退したのでは」
この質問をすることで私がどういう説明を受けるのかはなんとなく理解していたが、私はそう尋ねた。
「俺が隊長としてカチワリ紅蓮隊は再結成する。新入りはタンジアで拾った。許可証もある。見せるか?」
「いえ、結構です。……一点、不躾な質問であることは承知の上でお聞きしますが、依頼の難易度を落とす必要はありますか? つまり、あなた方は以前のカチワリ紅蓮隊と同程度の強さでしょうか」
「全盛期と同程度……いや、流石にそれよりは弱いな。だが前隊長はあんたがこの街に来たとき既にかなり弱っていた」
既にかなり弱っていた、というのは彼の言う前隊長、つまりカチワリ紅蓮隊の元リーダーの持病の話だろう。
私は言葉の意味をよく理解していなかったのだろう。前隊長が罹患したのは一体いつの話なのか。持病とは慢性的に再発の可能性のある病気を指す。現隊長の言葉を元に考えれば罹患してから5年程度は経っているということだ。そして持病に苦しみながらも他の追随を許さない強さを発揮していた。私は他の例外と比べてカチワリ紅蓮隊を過小評価気味に見ている傾向があったのだが、真実を知ってしまえば彼らは恐るべき化け物だ。
「つまりは、より高難易度な依頼を紹介しても構わない、ということでしょうか」
「そういうことだ」
彼はそう言って依頼書の束を顎で示した。私は慌ててその中から一枚を抜き取り、見せた。
「時期が時期ですからそれほど重大なものはありませんが、天空山の火竜二頭の狩猟、こちらはどうでしょう」
「なんでもいい」
彼は本当にどうでも良さそうだった。クエストの内容がどうでもいいとすれば、彼はむしろ何に関心を向けるのだろうか。
私は押印して彼らを送り出したが、頼もしい背中は確かにカチワリ紅蓮隊だと思った。そして同時に、私のギリギリの見通しを変更しても良いのだと気づいた。
つまりは、操虫棍のハンターを殺した何かを相手するのに彼らもかなり適切な選択肢の一つだということだ。当初の見通し通りに我らの団のハンターが相手をするとしても他の面倒な厄災をある程度カチワリ紅蓮隊に引き受けさせられるということでもある。どちらにしても私にとって、この街にとって、とてもいいことだ。私はこの街に来て初めて喜びや安らぎを感じたような気さえした。同時に、彼らが、もしくは我らの団のハンターが突然いなくなったときのことを考えなければならないとも思った。以前のカチワリ紅蓮隊解散は回り回って大老殿に甚大な被害をもたらしている。次に同じことが起きたとき、どんな被害も出ないようにしておかなければならない。最悪の場合、彼らと彼女が同時に消えることも、あり得ないとは言えない。
「驚いたな。まさかカチワリ紅蓮隊が復活なんて」
カチワリ紅蓮隊が完全に去ってから話しかけてきたのは豪山龍の剣斧のパーティだった。
「そうですね。私も驚きました」
「ああいうパーティはリーダーが消えたら結構厳しいものだけど、さすがカチワリ紅蓮隊だよ」
カチワリ紅蓮隊はリーダーの指揮が絶対的である、というのは有名な話だ。その実態はパーティというよりも軍隊に近いと考えられる。リーダーの不在はその意味で壊滅的な打撃だっただろう。その意味で、誰もが再結成はあり得ないと思っていた。
しかし彼らは復活した。おそらく、以前からその準備はしていたのだろう。元隊長の病状を見れば引退が近いことくらいはわかる。となると、次の隊長を予め決定しておける可能性が高い。指揮について学ぶ時間も、教わる時間もあったはずだ。
「もしかすると、以前のカチワリ紅蓮隊もまた初代ではなかったのかもしれません」
前隊長は仲間を3人失ったことがあると言っていた。失った仲間が当時の隊長だったという可能性も十分考えられる。
「確かにそうかもしれないな。そうじゃないとちょっと若すぎるような気がするし」
「もしそのような仕組みがカチワリ紅蓮隊の中にあるのだとすれば、今のリーダーが引退したとしてもまた再結成できるでしょう」
「だとしたら彼らは不滅だな。ずっと現役でいてくれるんなら街は安泰だ」
彼らはこういう考え方をするハンターだ。多くのことに私と似た考えを示す。それは彼らが臆病者で慎重な性格だからこそのことだと思っている。臆病で、生きることに貪欲、ハンターにしては珍しくも過剰なほど死に怯え、不必要な挑戦を望まない。そんな彼らがここまで上がってこられたのは臆病ゆえの高い生存能力があるからだった。
「あなた方は、引退について考えたことはありますか?」
彼らはまだ引退には若すぎる年齢だが、私はひとつ聞いてみることにした。大した意味はない。ただの雑談だ。
「ない、少なくとも俺は」
彼は二人の仲間にも確認したが、二人とも首を横に振った。
「理由は色々あるけど、一番は俺が死ぬときに俺がいる場所は狩場だと考えてるってことだ。引退なんてできないと思っている」
仲間の二人も同意を示した。
「引退できない?」
「そうだ、できない。こう見えてハンター生活が好きだからな」
「意外です」
嫌々ハンターをしているとまでは思っていなかったが、稼業だと割り切っているのだと思っていた。
「意外だろ。辞める気がないから、貯金もしてない」
「貯金はしたほうがいいと思いますが……」
急病や大怪我もありうるのだから、突然金が必要になることもあるだろう。
「情けない話だが、俺は昔からサボり癖があるんだ。理由がないとすぐ休もうとするもんだから。金がなかったら仕事するしかないだろ? 言っとくがこいつらは違うぞ、サボるのはいつも俺だけだ」
彼はそう言って苦笑した。単なる自虐ということではなく、それなりに深刻な問題なのかもしれない、あるいはそれが原因で深刻な問題を引き起こしたことがあるか。どちらにしても、真面目そうな彼にサボり癖があるのは意外だった。というか彼は意外性の塊と言える。堂々とした見た目からは考えられないほど臆病だし(臆病なのは彼ら全員だが)臆病な割に狩人生活を気に入っているし、その割には自分を追い詰めないと仕事をサボるらしい。
「意外です」
「はは、よく言われる」
彼は少し笑って、それから火山に出没した砕竜の狩猟に向かった。環境安定、生態確定。危険だが安全なクエストだ。何も問題ない。
一週間ほど経ってカチワリ紅蓮隊が帰ってきた。角竜の大剣のパーティについて続報はないが、心配はしなかった。
「お疲れ様です。すぐに次のクエストを受注しますか?」
「……ああ」
「休息が必要であればそうしていただく方がいいのですが」
「いや、問題ない。カチワリ紅蓮隊はどこでも休める」
「そうですか。では───」
私は彼らにデデ砂漠の千刃竜を紹介した。環境不安定、生態確定。彼らにとっては問題のない依頼だ。隊長は受注した後に私をじっと見た。私は一瞬目を瞑った。彼は前隊長よりもずっと鋭い目つきだった。睨まれると敵意がないと思っても怯んでしまう。
「あんた、変わったな」
「そうでしょうか」
「ああ」
彼はそれだけ言って踵を返した。私は彼を前隊長よりも遥かに寡黙だと思った。
変わった、とはどういうことなのか。私は考えた。私は自分がどう変わったのかわかっているつもりだった。それは近頃の私の思考の主題の一つで、一つの仮説として、私は強くなった、ということが考えられた。ハンターを喪うことで感じる痛みに関して、心を痛めることを恐れなくなったのだ、と。
同時に、痛みを忘れたのだと考えることもできた。何年かの仕事で多くのハンターを知り、そして思考の資源から不要な痛みを排除した、という可能性は十分に考えられる。
結論がどちらであったとしても、私自身は前者で在ろうと思っていた。あって当たり前の痛みを受け入れないことは私の理想から遠い在り方だ。死はそこにあるものだし、仕事のためにも、失敗に対する戒めのためにも、逃げてばかりでいいはずがない。私が近頃になってハンターに立ち向かうことを決めたのはおそらくそういう理由だった。決意自体は衝動的なものだったが、理由を与えればそのように考えられた。私はその思考を非常に良好だと思った。
しかし客観的に見たときの私の変化はどうだろうか。カチワリ紅蓮隊の現隊長とはほとんど話したことがなかった。とすると、彼が見ているだけでわかるほど私の行動に変化が生じていたのだろう。とはいえ前隊長の引退は一年も前のことであり、それから今までには随分と苦労があった。私が何かしら変化していても不思議はない。
しばらくしてハンターがカウンターを訪れたことで私の思考は中断された。
角竜の大剣のパーティが帰還したのは彼らが出発してちょうど14日経ってからだった。
「久方ぶりの大敵だったが、いいもんだな」
彼は私にそう言った。私は彼らを見た。彼らの挑戦の結果は、想定よりもずっと悪いものになっていた。
「お疲れ様でした」
どのメンバーも身体のどこかしらを大怪我していた。治らないような怪我ではない。ハンターなら一年も経てば元通りだろう。しかしクエストに行けない間、彼らは停滞する。それは志をもつ彼らにとっては明確に悪いことだった。
「こんなになったが、間違いなく意義ある挑戦だった。わかるさ。俺たちは成長した」
「そうであったなら、幸いです」
「同じことの繰り返しだと戦う方法を忘れてしまう。考えることをやめたら鈍るだけだってのに、弱い相手だと考えなくても勝てるもんだから、難しいな」
それは彼らなりの反省なのだろう。同時に、私への教訓でもある。
狩りではなく戦い、ある程度以上の強敵の場合はそうなると言う。戦いとはおそらく相手と対等なのだ。命の取り合いと言ってもいい。それに慣れるのはいいことではないのかもしれないが、変化のない日常の中で彼らはその方法を忘れてしまうと言うのだ。それは多くのハンターに同じことが言えるはずだった。
「とにかく今はゆっくりと休んでください。きっとあなた方が完治するのに一年もかかりません」
「そうだな。早く治さないと。それに、せっかくだから休暇も楽しむとする。俺たちずっと休んでなかったからな」
彼らはそう言って笑い合いながら大老殿を後にした。
彼らは何も言わなかったが、カチワリ紅蓮隊が再結成したことはおそらく聞き及んでいるだろう。彼らがそれについて焦燥を感じていても不思議ではない。また、彼らが自分たちの目標に本気であればこそ、私は彼らに対して何の補償もできないのがもどかしかった。私が金銭を渡しても彼らが早く復帰できるわけではないし、そもそも彼らは私に対して補償を望まないだろうし、私も彼らを特別扱いをすることはできない。そうしたいとも思わない。矛盾しているが、どちらも本心だった。
それらは全て穏やかで無意味な思考だったが、有意味で切迫した思考よりはずっと良いものだと思った。精神が安定しているときの私は無意味な思考を繰り返すことが多かった。自分の存在意義だとか、仕事上の些細な矛盾だとか、あるいは自分がなぜ無力なのか、であるとか、そういった無意味な思考に意識を落としていた。
いくつかの困難を乗り越えたあとには「自分は何かすごい存在なのではないか」という錯覚に悩まされることが多く、自分を無力だと考えられる穏やかな時間は私の休息の時間でもあった。気分がいいときほど落差は激しくて、できることなら一定の精神状態を常に保っていたかった。