どこまで続くかは未定ですがまだ続きます
第二十九話 観察ギルドガール
「天文学は何の役に立つんでしょうか」
私の後輩だという受付嬢はそう言った。
ココット村に来て一ヶ月が経ち、私の仕事は上位の受付と、下位受付である彼女のサポートの兼業ということになっていた。実際にギルドマネージャーからそのように指令を受けたため、私は彼女と話すことを余儀なくされた。
しかしそれはあまり問題ではなかった。ココット村ではほとんど仕事がなかったからだ。下位受付は確かにハンターが訪れるようだが、そもそもクエストが少ない状態だ。上位受付に関して言えば、ヘルブラザーズがクエストを一度受けに来て以来誰も来ていない。この村はあまりにも平和で、上位と下位の受付を分ける意味すら、わからなかった。外にある龍歴院受付には多少人がいるようだが、電竜騒ぎが収まって以来はやはり人が少ないと聞いた。
「生物学は当然必要ですよね。地質学や植生学ももちろんです。でも、天文学はなんの役に立つんでしょうか。今でも後悔しています。天文学がこの仕事の役に立ったことがなくて、だからってわけじゃないとは思うんですが、こんなに寂れた村で私は仕事しているんです」
後輩は饒舌にもそう述べた。彼女が持つ私に対する前提知識として、まず彼女は私のおおまかな経歴を知っていた。それから、私が学生時代に学んでいた学問も、彼女に聞かれて全て答えた。つまり彼女はこう思っている。
〝天文学を修めた先輩が大老殿の受付をしていたなら、同じく天文学で優秀な成績を修めた自分だってもっと活躍できるはずだ、であれば先輩はどのように天文学を役立てたのか〟
正直に言うなら、私が仕事をしていく上で役に立った知識は生物学と地質学程度だ。他が必須だとは思えない。
「私も特に天文を仕事に役立てたことも、役立てようと思ったこともありません」
「ですよね〜」
天文はそもそも基礎研究の分野であり、実用性がないのは当然だ。ハンターは星を見て狩りをするわけではないのだから。狩猟分野における応用可能性もないわけではないのだろうが、私は今のところ考えたこともない。
「あーあ、私ももっとすごい集会所で働きたいな。どうすればいいですかね」
彼女は大役を賜ったことのある私が羨ましいようだったが、むしろ私は彼女が羨ましかった。彼女は底なしに明るく、裏表がないように見える。それでいてハンターへの責任感は私よりも遥かに希薄だ。
実際に、彼女が送り出したハンターが大怪我をして指を一本失っていても、彼女は少し悲しそうな顔をして、それから私にしていた新大陸に関する話を続けた。意気消沈していたハンターは彼女を見て少し元気を取り戻したのか、仕事中に雑談する彼女を咎めた。
彼女がもつ言いようのないそれはかつて私が渇望していた下位受付への高い適性なのだと思う。もはや私が下位受付を担当することはあり得ないため、彼女に学んで私の振る舞いを彼女に近づけることはほとんど意味をなさないだろう。とはいえある意味で私は彼女に元気付けられていた。彼女と話す間は紅き雷に関する一切を考えなくて済むからだ。
「私が大老殿に居たのは、当時その必要があったからです。ただの、運ですよ」
運が良かったとも、運が悪かったとも、いえなかった。
「それだって先輩にその力があるからじゃないですか。運が良かっただけなんてそんなわけありません、あ、そうだ、先輩じゃあちょっと今日一日私の代わりにやってみてくださいよ、ここの受付。私、先輩を観察します。きっと何か違うはずです」
「ハンターが混乱するでしょう」
「一年目の新人がやってるよりもずっと良いに決まってるじゃないですか」
そう言って私は半ば強引に下位受付に立たされた。特に問題はなかった。ハンターの絶対数が少ないことと上位受付での仕事がないことが原因で、私は下位ハンターをほぼ記憶していたし、彼女の仕事を見ていたため概ねの状況も理解できている。私の仕事を見たところで彼女と何ら違いがなく、学ぶべき点は一つもないということが考えられたが、たった一日、たいした問題ではない。
私がカウンターに立ってからは彼女は話しかけてこなかった。真剣に私を見ているらしい。
最初にハンターがカウンターに来たのは20分も待ってからだった。鉱石系の片手剣を持つハンターはソロで、前回向かったのは森丘の毒怪鳥だった。彼はどうやら突然変わった受付嬢に困惑しているらしい。
「本日は彼女の体調が悪いため、代わりに私が担当します」
「ああ、そうでしたか」
私の記憶が正しければ彼はまた毒怪鳥に行きたがるだろう。鉱石系の武器の幾つかは毒怪鳥の素材を使った武器に派生できる。片手剣はその最たるものだ。もしも素材が足りているなら彼は武器が完成するまでクエストに行こうとはしないはずだ。
「ゲリョス、ありますかね」
「ございます。森と丘で構いませんか?」
「あ、はい」
「では、ゲリョス一頭の狩猟、契約金は200z、報酬金は2800zです」
「あ、はい」
「解毒薬をお忘れなく。お気をつけて」
ハンターはやはり終始緊張していた。正直に言えば、私も少し緊張していた。下位のハンターと関わった経験はほとんどなく、彼らに対してどのようなことを話すべきかわからない。
次にハンターが訪れたのは1時間も後で、怪鳥の重弩のハンターと鉱石の大剣のハンターの二人組だった。重弩のハンターが「首になったんですか?」と軽口を叩いたので「体調が悪い」ということを返答しておいた。嘘だが、どうでもいいことだ。彼女をチラリと見ると何か言いたげだったが、私は無視して彼らとの対話を続ける。
「沼地の奇怪竜のクエストがございます」
私がそう言った瞬間、彼らは言葉を失っていた。何かを間違えたのか。訂正の言葉を考えている間に大剣のハンターが口を開いた。
「なんでわかったんですか」
「なぜ、とは?」
「俺らは何も言ってないのに、フルフルって……」
なぜも何も、他に選択肢がない。まず、彼らは防具がかなりしっかりしている。ミナガルデ管轄における下位の高級防具を一式身につけていて、これを変更するとは考えにくい。さらに、下位ハンターは武器を新しく生産することはほとんどない。時間がかかりすぎるし、慣れない武器は生存率の低下にもつながる。そのため手持ちの武器を強化するのが基本だ。
怪鳥の重弩はそれ以上強くするには補強くらいしかない。補強などせずとも十分に強い武器で、この先もほぼ通用するだろう。
一方で、鉱石の大剣、おそらくバスターソードだが、強化は多くの鍛冶屋で二種類ある。一つは名剣、ブレイズブレイドだ。これは輝竜石を使用する鉱石系大剣の顔とも言える存在で、古くから今に至るまで非常に人気が高い。
しかし、輝竜石はミナガルデ管轄では火山に赴かなければまず手に入らない。昔は密林の奥地の洞窟で手に入ったらしいが、しばらく地質情報は更新されておらず、当てにならない情報だ。
であればもう一つの強化先である、奇怪竜の大剣しかありえない。ブレイズブレイドほどの汎用性はないが、十分な業物であるため、選択肢としてこれ以上はない。
このハンター二人にそれをどこまで説明すべきか少し迷ったが、私はこう伝えることにした。
「前回、雌火竜相手に撤退していました。再挑戦するなら装備を整えてからの方が良いと思ったからです。出過ぎた提案でした」
ついでに言えば、雷は雌火竜に有効な属性で、逆に怪鳥の重弩に装填可能な火炎弾は全く有効ではない。
「いやいいんです。驚いただけなんで」
実際のところ、これからもこの村でハンターを続けるのであれば雷属性の武器はおすすめできない。流行りの電竜に有効でないからだ。
とはいえ武器の強化自体は属性を付加することだけが目的ではないため、属性が有効でない相手に対しても一定の効果はある。彼らが装備を更新すべきだと考えるなら、まずは大剣を強化すべきという点は同意だ。
そうして彼らは奇怪竜の狩猟に赴いた。
その日最後に訪れたのは水竜の銃槍を背負ったソロのハンターだった。彼は常に密林(ドンドルマ管轄のテロス密林のことではなく、ミナガルデ管轄のメタぺ密林のこと)のクエストに熱心で、記録を見る限りでは最近までは迅竜の増加に対処していた。下位では非常に珍しい、武具や金のため以外の理由で動いているハンターだ。
近頃の密林の状況から考えれば現在対処すべき脅威は眠鳥だと考えられる。しかしこればかりは彼の裁量次第だろう。彼が上位ハンターになりたいと思っているのであれば眠鳥を狩っている場合ではなく、電竜や黒狼鳥などの狩猟経験のないモンスターに挑戦して経験を積むべきだと思うが、密林に何か思い入れがあるならそれもまた重要なことだ。
「密林がいい。無いなら森丘で」
「密林でしたら、眠鳥のクエストが一つありますが、緊急性は非常に低いです」
「それでいい」
彼は何かに急ぐようにクエストを受注した。
「お気をつけて、元気ドリンコをお忘れなく」
ソロでの眠気覚ましは無ければ命に関わるものだ。パーティでは大きな問題にならない場合も多いが、ソロであれば麻痺毒や遅行毒よりも遥かに危険になる。
彼が行ってしばらくして勤務終了時刻になり、彼女はようやく口を開いた。私はおしゃべり好きなこの後輩が今になるまで黙って私を見ていたことが驚きだった。素晴らしい集中力だと思う。
「先輩、すごかったです──」
彼女は私の何がすごかったかをたっぷり解説してくれた。それらをまとめると、私は情報の網羅性が素晴らしいらしかった。クエストやハンターについてどの程度記憶するのか、という点は学習することがなかったし、私はなるべく全て記憶することを心がけていた。武器の強化状況やある程度の身体的特性、得意、苦手な環境などだ。
彼女にとってそれはすごいことらしかったが、私にとっては当然のことだった。大きな街での受付を担当したことがあるからだ。大きな街ではカウンターに行列ができることは珍しくない。行列になるべく早く対応するために努力をするのは当然といえる。
そしてこの努力はココット村ではほとんど意味がない。多少時間がかかっても導き出す答えは同じだからだ。私が何も言わなくても最初のハンターは毒怪鳥に向かったし、二番目のパーティは奇怪竜に向かった。三番目のハンターも同様だ。
そのように後輩に伝えると、彼女は微妙な顔で頷いて、それからこう言った。
「私にはできないことですよ。先輩は謙遜しすぎです」
「そうであれば、あなたと私の違いは行列の対応速度でしかないということになる。私はそう思います。あなたが大きな街に異動になることも十分あり得るでしょう」
それよりも私は、私がハンターを萎縮させていたことの方が問題だと考えていた。後輩であればそうはならなかった。上位のハンターが萎縮している姿はほぼ見たことがない、という経験から考えると、どうやら私の態度は経験の浅いハンターを萎縮させることがある、ということになる。致命的ではないが彼らの話をきちんと聞けない可能性があり、良いことではない。
後輩は少し考えてから言った。
「先輩は本気でそう思ってるんですか?」
「はい」
後輩は黙り込んだ。
私は帰宅の準備を進め、私たちは並んで集会所を出た。外は暗くどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。少し歩いてから彼女は言った。
「私、実は人事に来ないかと言われていたんです」
「そうですか。それはとても、光栄なことでしょう」
一般的に、同じギルドガールの中でも、暗黙的ではあるが格がある。例えば、大老殿は最上級、人事と大銅鑼がその次くらいにあって、出張受付は他の受付嬢よりも格が高い、などだ。当然、人事に誘われるというのはかなり珍しいことだ。それも、一年目というのは相当なことだろう。
「そうなんですけど、でも私はここにいます」
「そうですね」
そう、彼女はそのありがたい誘いを断ったのだ。一年目で誘われるほどに人事部に期待される人材の彼女ならもちろん断ったところで保留にされている可能性はあるが、ともあれ断ったということだ。
ぽつり、と雲から落ちた雫が鼻先に触れた。雨が降り出したのだ。彼女は傘をさしながら言った。
「先輩は、わかってくれますか」
嗚呼、もちろんわかるとも。
私も彼女も同じなのだから、理解できて当然だ。どれだけ私と彼女の性格や信条が違っても、私たちがギルドガールである以上、それは決して変わらない。
私たちの誰もがそう──。
「受付嬢に憧れるのは、当然のことです」
初心は同じだ。私とて、最初はそうだったのだから。
私は傘をさした。雨は徐々に強まったが、とても静かだった。私たちの会話をほとんど邪魔しないほどに、静かだった。
ギルドガールのほとんどは気象学を修めていて、私も、彼女もそうなのだと思うが、雨が降る日に傘を用意しておくのは難しいことではなかった。
「……こんな小さい村でも、受付嬢になれて本当に嬉しいんです。そりゃ、本当は街が良かったですけどね」
ココット村は最初のハンターの村だ。ハンターの原点であり、人口は少ないものの森と丘に最も近い村として、一定の需要がある。集会所の需要は龍歴院のクエスト受付にほとんど取られてしまったが、それを合わせれば十分ハンターが多い方だろう。私はただ小さいだけの村だとは思わない。
しかし、私はそれに関して彼女に口出しする権利を持たない。最初の配属はミナガルデだし、異動もバルバレ、大老殿と大変に光栄な転属ばかりを賜っている。彼女から見た私がエリートであるということは理解しなければならないだろう。
彼女は大きな街に向けた抱負を語った。私の仕事の仕方には学ぶ点が多くあった、と。
「私からあなたにアドバイスできることはほとんどありません。あなたは私の仕事の方法を高く評価してくれているようですが、私は現時点でのあなたを高く評価していて、大きな街でも十分に仕事ができると思っています」
所詮、方法の差でしかない。今日の仕事を彼女が行っても結局ハンターは同じクエストに向かった。そして同様に、無事に帰ってくるだろう。
私は提案する。
「異動申請を出すべきです」
彼女は少し渋い顔をして言った。
「通るわけないと思いますけどねぇ」
私は何も言わなかった。正直に言えば、通ると思う。何が何でも彼女を人事に迎え入れたいのならきっとそうしているはずだし、彼女に受付嬢の職を与えないこともできたはずだ。そうしなかったということは少なからず才能があるということだろう。
ココット村に来てから二ヶ月が経った。彼女は相変わらずハンターと仲良さげに軽口を叩いていた。私はときおり彼女に頼まれて代わりに受付をするようになった。私を観察しても何かがわかるとは思えないが、問題があるわけでもない。好きにすればいい。
あまりにも平穏な日々に、私は自分がこの村で人生を終えるのではないかと思うようになった。そしてすぐに私自身がぼんやりと死を望んでいるのだと気がついた。
実際に、自宅の花瓶の前に座ると、誰かが私の首を絞めるような幻覚に襲われる。幻覚の原因はどう考えても私自身であり、私は私が関わったハンターに殺されることを望んでいた。おそらく私自身が最も許せないと感じているのは、私が穏やかに寿命をすり減らしていることだろう。私の命をいくらか死んだハンターたちにやれれば良かったと思っている。
どうすることもなく心地よい幻覚を放置して、私は日々をすりつぶしていた。私が死んでもいいと思っても、私はそれを決して許さない。不義をはたらくつもりは毛頭ない。それに自殺を画策しないことはカチワリ紅蓮隊元隊長との小さな約束でもある。
知りたいことは山のようにあった。紅き雷の結末、ドンドルマの変化、五期団の現状、ヘルブラザーズの目的、バルバレのハンターのこともそうだ。この村にそれらの情報を得る手段は全く無い。集会所勤務は檻のようなもので、情報を得るためにミナガルデに行って帰ってくるだけの時間を確保することもできない。
私の思考は徐々に無駄なことを考えるようになり、昨日になってついに天文学が役に立つ瞬間を考えついた。しかしとても馬鹿馬鹿しいものであるため後輩には伝えようと思わなかった。
〝空を翔ける紅い星をみたとき、天文学を学んでいればそれが本当に星かどうかがわかるはずだ〟
……何の役に立つのか。
Xはやりづらい設定が多くて大変です。とりあえずスタイルとか狩技とかは考えてません。二つ名も今のところは考えてません。獰猛化も考えてないです。つまり何も考えてません。
前話までの誤字修正感謝します