幸薄ギルドガール   作:dokosoko

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第三話 食券オトモアイルー

 バルバレに来て二年近く経ち、その間に私の押した印で死んだ人数は10に増えていた。私の言葉で船に乗った猫の剣斧のハンターを合わせれば11。御伽噺ならギルドナイト数名がかりに追われる犯罪者だ。

 パーティの一人が死ぬこともあれば、複数死ぬこともある。無駄な記憶力は死んだハンターの姿や声をよく覚えていて、酒場で通夜のように落ち込むパーティメンバーを尻目に私も胃をひっくり返すような吐き気に襲われる。

 本当に辛いのは死んだハンターと残されたパーティーメンバーだろうと分かったうえで、私は自分の辛さを優先して考えていた。結局ハンターが死ななければ私が最悪の気分を味わうこともないのだから、と内心で責めたこともあった。自分を最低な人間だと思う。

 それでも、最悪の気分を二度も味わうことになった今日はまさに厄日だと思った。

 ギルドマスターが「先週出たパーティ、ちと遅いの。またキミのとこの子が死ななけりゃいいんだがね」と私に話しかけてきた。私は思わず「また、とは?」と聞き返してしまった。

「この二年で上位のハンターがすごくたくさん死んでいるだろう。モンスターがね......まあ原因不明の凶暴化をしているんじゃ」

 すごくたくさん。ギルドマスターは10人をすごくたくさんと表現した。私はハンターがクエストにどの程度失敗してどの程度死ぬのかという統計を知らなかったが、竜人であるギルドマスターからすれば10という数字は異常らしい。

「私が来る前はどのくらいだったのですか?」

「上位も下位も二年でニ、三人ってとこじゃないかね。ここ二年で上位のハンターが減ってて不安だのう」

 吐き気がした。先週出たパーティは絞蛇竜の狩猟に原生林へ向かった。彼らなら問題なく帰って来られるはずの難易度の依頼だ。紹介する依頼の難易度はハンターが死ぬ度に落とすようにしていた。なるべくハンター希望通りの依頼にしなければならないが、なるべくそのハンターが死なないであろう難易度を紹介していた。

 結局、朝方には帰って来られるはずのパーティが帰ってきたのは昼過ぎで、四人いたメンバーは三人になっていた。

 吐き気がした。ついさっきまで酒を飲んでいたはずのギルドマスターは静かに手を合わせていた。三人になったパーティはテーブルを囲んで酒を飲みながら泣いていた。私は貼り付けた微笑で淡々とハンターに依頼を読み上げていた。少し時間をかけて二人組のハンターに依頼を紹介した私にギルドマスターは手招きをして言った。

「キミ、今日は帰りなさい。帰って、顔を洗ってきなさい。少しの時間だけ手を合わせて、それからご飯でも食べてきなさい。町の入り口の方に美味い屋台が来ているから」

 ギルドマスターは私を更衣室に押しやり、私は帰るしかなかった。今までどんなハンターの遺品を見ても、人数が二人減っているのを見ても、そんなふうに言われたことはなかった。相当ひどい顔だったのだろう。

 私服に着替えて街に出て、ギルドマスターの言う屋台を探したところすぐに見つかった。大きな鍋に肉球の意匠の看板。ニャルの屋台のことだろう。

 近頃名が上がっているキャラバンが来ていたのだ。そういえば活躍は耳にしたことがある。敏腕な商人と一級料理人が居るということで一時期話題になっていた。キャラバンはバルバレや他の街を行ったり来たりしているが、バルバレにいる間は酒場でご飯を食べる人が減るのを知っていた。今も昼過ぎなのにニャルの屋台は賑わっている。

「お嬢さん、どうされましたかにゃ? ニャルの屋台なら目の前の店だにゃ」

 不意に声をかけられたがそれは前方で大きな鍋を振る料理人からではなく、後ろからだった。

 振り向くと、真白い毛の獣人族が居る。緑の兜に胸当てもつけて、彼には大きいであろう槍を背負っている。獣人族のハンターという存在だろうか。たしかミナガルデに一匹、同じような獣人が居たはずだ。目の前の獣人はミナガルデに居た一匹よりももっと武器らしい武器を持っているが。

「いえ、なんでもありません。少し迷っているだけです」

「ニャルの屋台はバルバレいちの美味い店ですにゃ。迷うより食べるのがいいにゃ」

「ああいえ、気分が悪くて、帰ろうかと思っているんです」

 話しかけてきたのが人族のハンターならきっと咽せて嘔吐してしまっていただろうと思いながら会話を続けた。

「にゃらばなおさら食べるといいにゃ。美味い飯を食べると元気が出るにゃ」

 元々獣人は嫌いではなかった。見た目や、人に関わる獣人のやけに紳士的な態度が好きだった。加えて、狩人になりたいと言う獣人のことは好意的に見ていた。ミナガルデでハンターを自称する獣人を見たときは可愛らしいとも思ったが、草食竜の卵を運びに行って帰って来なかったクロガネのハンターと、シュレイド城に調査に出て無事帰ってきた獣人のハンターを比べてしまったからだろう。おかげで獣人のハンターは死なないものだと無意識で思っていた。無意識で思っていることをたった今自覚した。

 ハンターの集う屋台に近寄ることがどうしても憚られて、断りの返事をしようとすると、獣人が「少し待っているニャ」と言って私の前から離れ、通りの対岸、少し遠くに見える変わった装備のハンターらしき人影に何かを話しに行った。

 ハンターの防具は、見たことのないものだった。白と藍と基調にしたスーツのような服で、特徴的なのは鉢巻きについた赤い紋章だった。腰に下げている武器は恐らくドスバイトダガー、バルバレギルドの管轄地域ではあまり見かけないドスランポスの片手剣だ。

 しばらく獣人がハンターに何かを話すのを眺めていたら、獣人が小さな紙を一枚振り回しながら走ってきた。

「お食事券を貰ってきたから一緒に食べるニャ。旦那さんはあとで来るらしいニャ」

 私が食べることは確定しているらしい。私はその旦那さんとやらに鉢合わせないようになるべく早く食べることにした。

 旦那さんとやら、おそらくさっき見かけた変わった装備のハンターだが、集会所で私がよく覚えていないということは恐らく下位のハンターなのだろう。ならば多少強引でも断ってしまえば済むだろうか。しかし。身の振り方は難しい。

「いえ、それは申し訳ないです」

 結局口から出たそれは言葉ばかりの遠慮。本心から遠慮したいのだがどうせ断れない。無理に断ってギルドに悪評が立つのもいけない。この獣人や旦那さんらしきハンターが私を知っているかはともかく、受付嬢は愛想を振りまくのも仕事なのだから。

「気にすることはないニャ!」

 気にしないわけがないけれど、気にしない理由を言うことなどできるわけもない。

「ありがとうございます」

 私はそう言って量の少ないものを頼んだ。

 私服の女と武器を持った獣人が同席している異様な光景に視線が集まっているのがわかる。嫌だった。意味のない罪悪感に苛まれているのが。

 下位の受付をしているバルバレでの先輩は、自分が送り出したハンターが死んだら泣いているのに。パーティメンバーにハッピーテキーラを奢って彼女なりに励ましているのに。私は話しかけることもなければ手を合わせることもしない。10人も殺してすっかり慣れてしまった? いいやそもそも私は最初、クロガネのハンターが死んだときも泣かなかった。無感情に死を受け入れていた。亡骸の一部を見て吐き気を催した。私が殺したことに罪悪感を覚えていた。

 泣かないことに罪悪感を覚えているのではなくて、私の感覚では泣かないこと自体は正しいが悲しまないことは正解ではない。私より悲しい人間がいるから涙を堪えて、堪えて堪えて堪えて堪えて堪えきれなくて少し泣いてしまう。そういう段階を踏んで涙を流したいと思う。先輩はそれが出来ている。私は、泣くほど悲しんでいない。

「大丈夫にゃ?」

 私より早く食べ終わったらしい獣人が私を見ていた。きっと私よりも大きいだろう双眸が私を見ていた。無垢にも見透かしているようにも思えたが、人でないものの視線に安心した。

「大丈夫です。少し、体調が悪くなってきたので帰ります。ごちそうさまでした。ありがとうございました」

 少しだけ残っていた料理を戻さないよう無理矢理流し込んで、席を立った。見回すと、さっき見た変わった格好のハンターが見えたが、私は逃げるように人混みにまぎれて家に帰った。

 顔を洗い、手を洗い、嗚咽を堪えて寝具に倒れ込んだ。それから、起き上がって少し手を合わせた。竜人が死者を悼むときにする仕草だそうだ。

 

 私の仕事がいい加減だからハンターが死ぬのだとは思いたくない。しかしこの二年は死なないまでも目立つ怪我をして帰ってくるハンターが多い、らしい。そんなのは10人も殺す前に気づくべきだし、もっと私なりに注意すべきだったのだろう。結局、今更どうしようもないことだった。




未知のウイルスが感染拡大してきて筆頭達がゴアマガラ追ってるとき、一体どの程度ギルドもとい一般に情報公開されていたのかという謎。そこらのババコンガ如きが感染するんだから割と感染モンスターの発見報告はありそうです。
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