幸薄ギルドガール   作:dokosoko

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第三十話 安寧ギルドガール

 私の疑問の一つは偶然に消えた。紅き雷の結末について、我らの団のハンターはおそらく生きているということがわかったのだ。そして生きているということは、成功したことを意味するだろう。もっと詳しいことを知りたかったがひとまずは十分だった。

「先輩、何見てるんです?」

 後輩は勤務時間外であってもまるで草食竜の子供のように私の後ろをつけ回し、あるいは突然消えることもあった。彼女が何を考えているのかさっぱりわからなかった。私の知らない間に彼女は多くの村人と親交を深めていて、人間関係における立ち回りが遥かに上手いことがわかった。

 私は、挨拶程度で済ませている。彼女の人懐っこさを見た後に自分を俯瞰すると、どうにも落ち着かなかった。村人から「お高くとまっている」などと思われていそうで、客観的に見ればそれは事実だった。

 後輩の質問に私は答えあぐねたが、彼女は私の視線から見ているものを理解したようだった。

「竜人と人間ですね。知ってる人たちですか?」

「いえ、見たことがあるだけです」

 ドンドルマで、バルバレで。彼と彼女は一団の中であまり目立つ存在ではなかったが、私の記憶する限りでは我らの団の加工担当だった。船もないのにこの村に来たのは休暇だろうか。龍歴院の飛行船はココット村に来る主要な移動手段の一つだ。おそらくそれを使ったのだろう。

「ドンドルマで?」

「ええ、まあ」

 私はそう言って彼らから目を離し、帰路についた。

 

 

 ココット村は時間の流れが大変に遅く感じられた。静かな村であることは原因として考えられたが、それ以上に仕事の少なさによる退屈がそう感じさせているのだろう。上位クエストは相変わらず無く、下位も多くはなかった。こんなにも楽な仕事があるのならこちらの人員を削って大老殿の受付嬢を増やしてやるべきだと思った。

 輸送技術が発達した現代において、ミナガルデなどの前線に近い集落に多くの人員を配置する意味は少ない。もしこの村に危機が訪れてもミナガルデへの救援要請は確実に間に合うし、そもそもこの村のハンターのランクを見ればそうせざるを得ないことは明白だ。

 加えて今日起きることも明日や明後日に起きることも、私はそのほとんどを正確に予測できた。少ないハンター達をより良いクエストに導くこはとても簡単だ。必要なクエストがじきに発行されることをハンターに伝える。たったそれだけでいいのだから。そしてそれすら意味がない。私が何もしなくとも彼らはそこに向かうし、勝手に強くなる。

 受付嬢に休日はほぼ存在しないが、夕になれば家に帰るため時間はそれなりにある。私は後輩といくらか話してから家に帰り、雑貨屋で購入した学術書や古い雑誌を読むことに時間を費やしている。

 一方で後輩は私と全く別の時間の使い方をしているようだ。彼女はハンター含む村人と食事や酒盛りを通じて交流しているらしい。それを知ったのは後輩から直接聞いたのではなく、雑貨屋の店主に話しかけられたからだ。

「そういや、あの子から聞いたよ、嬢ちゃん。前は大老殿に居たんだって? こんだけ勉強熱心なのに飛ばされて来ちまうなんてなんかあったのかい?」

 雑貨屋の店主は私が話したことのある村人の中では最も親しい一人だった。

「飛ばされたというわけではありません。休暇のようなものです」

「ええ、そうなのか? あの子は『先輩は左遷されたんです!陰謀です!』なんて言ってたんだが」

「左遷であったとしても陰謀ではありませんよ」

「そうなのか。しかしドンドルマからこんな村なんて退屈じゃないかい? ここは小さい村だし、アリーナなんかもないし。俺も一生に一度くらいはアリーナに行きたいもんだがなぁ。ミナガルデにはないから、ドンドルマが羨ましいよ」

「そう、ですね」

「嬢ちゃんはアリーナ、どうだったんだい」

「どうというか、すみませんが行ったことがありません」

「おいおいそりゃ勿体無い。何で行かなかったんだ。俺は行ったことないけど、ドンドルマからのお客さんはみんな良かったって言ってたぞ」

 何故行かなかったのかと聞かれれば明確な理由はない。行く理由がなかったから行かなかったのだ。行きたいと思えなかったし、それをするくらいなら自分の身体を休めるべきだと思った。時間があるわけでもなかったから、なおさらそう考えた。結果として、贔屓の雑貨屋の店主に話題を提供することすらできない人間になった。

 そういった娯楽やそれに関する話題は重要なことではないかもしれないが、長い目で見れば無駄ではない。つまらない人間よりも面白い人間の方がハンターも接しやすいだろう。

 嗚呼、これではダメだ。結局私は全部を仕事に、ハンターに結びつけようとするから駄目で、つまらない人間なのだ。そもそも娯楽は休息の一種であり、適度に嗜むことによって仕事でも精神的な安定を───これも違う。

 もしギルドが情報統制を理由に私をこの村に異動させたとしても、それだけが目的ではないなように感じる。私はどこかおかしいのだ。仕事にしか自分の生に価値を見出せないなど、人としてどうかしている。趣味に興じることも、友人と交流することも、誰かを愛することもなく、生きている。

 

 

 もし突然仕事が消えたら私も消えるのか?

 消えはしないが生きる理由を失うだろう。そのときが私の終わりかもしれない。仕事以外での自分の価値を示す、それこそが私がこの村ですべきことなのだろう。

 しかしそれすらも私の妄想に過ぎない。ハンターズギルドが私を治療するためにこの村にとばしただなんて、荒唐無稽だ。私は気を病んでいるつもりはないし、そもそも私のことを真に知っている者などいるはずがない。

 私は昔に、とても幼い頃に、火竜の襲撃に対応できる応援を呼ぶため、一頭の草食竜と森を越えた。町に着いて、故郷が消え、ギルドに保護され、草食竜と別れた。私はこの草食竜がどうなったか知っている。彼は私の唯一の財産で、あるいは、人類種ですらない彼に対してこのようなことを思うのはおかしな話だが、私の唯一の身寄りだった。

 彼は私が生きていくために金銭に替えられた。彼との別れは強制的だったが決して不当なものではなかった。私が生きるために必要なことだった。

 私はハンターズギルドの用意した狭い部屋の柔らかい寝床で一人の夜を過ごした。朝目が覚めても彼に会うことはなく、代わりにいくらかの金銭を受け取った。私は彼が死んだのだと思った。

 子供とはいえ小さな村の出身であるため、屠殺を見たことくらいあった。私はぼんやりと彼に感謝をしながら、しかしそのとき私は故郷が消えたという知らせで頭がいっぱいだった。

 落ち着いて彼のことを考えたのは何年もあとのことだ。私は、彼が私の故郷と共に消えた多くの人間と同じ運命を辿ったのだと思った。彼の家族(この場合は村で飼っている何頭かの草食竜を指す)は火竜に殺された。そして彼も、直接的ではないが火竜に殺されたのだ、と。

 今にして思えばずいぶん他責的な思考だが、当時の私はまだ故郷が消えた傷が風化していなかった。それゆえの防衛本能による思考なのだろうと考えられる。私はこの時期には夜寝る前によく泣いていた。

 結局、私はずっと一人なのだ。私は誰にも自分を見せたことはない。誰にも言ったことがない。

 〝家に帰りたい〟

 こんなことを誰に言えるだろう。年月が経ち、目印も、正確な座標も、名前すらも失われ、私の故郷があったということ以外に人間的意味のないただの土地。

 自分に起きたそれはきっとありふれた悲劇だろう。一人も残らなかった集落が存在する中で、私一人が生き残ってしまったことを不幸だとは思いたくなかった。不幸なのは失われた者たちであって残された者はただ幸運なだけだ。

 幼い私は貯金をして故郷を再び興そうと考えていたが、愚かでしかない。今となっては私の故郷だった場所に繋がる道など一つもなく、それゆえ私がそこに辿り着ける保証すらなく、そして何よりも不可能だ。

 もし長期休暇が取れて護衛に熟練のハンターを雇って、私の記憶から正確な座標を割り出して帰郷できたとして、けれどもその場所は既に広大な森林の中のわずかなギャップに過ぎない。それでも私はそうしたいと思った。この村に来るまではそれができるという淡い期待を抱いていた。

 この村に来て調べて初めてわかったことだが、あのあたりは現在火竜の繁殖地となっている。いくつのクエストを発行すれば繁殖地を制圧できるのか検討もつかないし、調和の観点では繁殖地を潰すなど許されるはずがないことは明白だ。

 要するに。帰郷は不可能だ。なぜなら既にないから。危険だから。場所を思い出せないから。記録にないから。

 実にくだらないことをくどくどと考えながら手元の本を読み進める。この村に来るまで読む機会も入手する機会もなかったが、ハンター向けの情報誌にはなかなか興味深いことが書いてある。自身の手で自宅を改築する方法や肉を焼き上げるコツ。フィールドにおける特産品の具体的な採取場所はかなり有用だ。

 読み始めて驚いたのは、ハンター向けの情報誌なのにハンター以外が寄稿した記事の方が多いということだ。フィールドや生態に関する情報の多くは書士隊やその他の学者の手によって書かれていることが多い。これらの原稿料は彼らの収入源の一つなのだろうか。

 とはいえハンターの寄稿もそれなりにあり、特に春に刊行されるものではハンターが新人に向けた情報を寄稿することが多いようだ。こんなところでヘルブラザーズの名前を見ることになるとは思わなかったが、彼らは有名かつ優秀なハンターで、単なる天才ではなく、経験も豊富だ。彼らのようなハンターがこういった情報を発信することには大きな意義があるだろう。

 

 

 

「慣れてみるとこの村もいいですね。仕事は暇ですけど」

「そうですね」

 後輩はこの頃になって転属の話をめっきりしなくなった。諦めているわけでもないのかもしれないが、仕事に関して明らかに不満という調子ではないように思える。

 私も暇ならその方がいいとは思っているし、本当に一生この危険のない村に居るのなら仕事のことなど一切考える必要はない。

 この村で誰の役にも立たずに生きているのは私には苦しいことかもしれないが、受付嬢として働くことで誰かの役に立つという考えも本来は思い上がりであるのだから、せめて肯定的に捉えるべきだろう。私は以前に十分働いて、その報酬を今受け取っているのだ、と。

 私の認識がどうであれ仕事はないし異動は能動的に行わない。要請があれば受けるが、申請してまで異動したい場所などどこにもない。

 そのように何もない日々を過ごしていると、ある日にハンターが観光に訪れた。私が彼を見てハンターだとわかった理由は彼を知っていたからだった。実際のところ観光かどうか定かでは無いが、まず間違いなく仕事のためではないだろう。この村には上位以上のハンター向けの仕事は存在しないと言っていいし、下位ハンターであったとしても仕事目当てならミナガルデに行くべきだ。

 雑貨屋の店主によれば「ドンドルマから来る客は皆アリーナが素晴らしかったと言う」らしい。この発言から、ドンドルマから一定数の客が来ることがわかる。しかしこの村にある観光資源と言うと、ヒーローブレイドの贋作くらいのものだと思われる。実際のところはそれが贋作であるかどうかは私には知り得ないことなのだが、かの武器の歴史を調べると今岩に刺さっているものが贋作である可能性が高いことはわかる。非常に有名な武器なので一眼見るために訪れることも考えられるのかもしれない。

 もしも観光目的ではなかったとしたら、彼は何のためにこの村を訪れただろうか。私はふとこのように考えた。

 

 〝彼は私を殺しに来たのだ〟

 

 あり得ないことだが、私が彼に恨まれる理由が全くないとは言い切れない。なぜなら彼は、龍頭琴のパーティの生き残った一人だったからだ。

 私の失策で龍頭琴のパーティの半分が死に、その中でもリーダーの死亡によって彼らは再起不能になった。それによって精神と肉体に深い傷を負った彼らはミナガルデで療養して、私が異動するまでについぞドンドルマに戻ることはなかった。だから私は、彼らがもうハンターを辞めたのかと思っていた。

 私は彼に声をかけるべきか大変に悩んだ。というのも、単なる観光ならともかく療養の一環でこの静かな村に訪れたのであれば話しかけることが害悪となる可能性がある。とはいえ、彼らは揃ってミナガルデで療養しているはずなので1人で行動しているのを見るに何か用があると見ていいだろう。明日にでも話しかけよう。

 

 

 

 と、そのように考えていたのだが、彼は朝一番で集会所を訪れた。G級ハンターが上位クエストに用事でもあるのか、それとも、私に用があるのか。私は彼の目的を想像して鼓動が高まった。

「こんにちは」

 彼は丁寧な言葉遣いで挨拶をした。

「おはようございます」

 私がそう言葉を返すと彼は少し黙り込んだ。後輩が何か口を挟むかと思ったが、彼女は珍しく(あるいはそのような気質なのかもしれないが)動かぬ彫像のように前を向いていた。実際そうしてくれた方が彼も話しやすいだろう。

「僕のことわかりますか」

「はい」

「大老殿の受付嬢がココット村にとばされたって、街で噂になっていました。時期から考えて、あなただと思った」

 とばされた、と聞いて私は後輩を横目で見たが反応はなかった。彼女の言葉による私の情報が街で話されているというのはどこかくすぐったいような心地もした。

「私を恨んでいるからここに来たのですか?」

 彼は一瞬固まった。

「とんでもない。あなたを恨んだことなんて一度もありません」

 どうやら、私をどうにかするためではないらしい。当たり前だ。私を罵倒したいのかとも思っていたが、それもどうやら違うようだ。となると、私に話しかけたのは何か別の用事のついでで、ただの挨拶なのだろうか。

「では、なぜ?」

 彼は何かを考えるように目を閉じた。しばらくしてこう言った。「姐さんと、あなたについて話したことがあります」

 

『最近の受付嬢さん、何だか元気がないと思わない?』

 皆で話していたけど、姐さんのその言葉に共感したのは僕だけで、他の二人はわからないみたいでした。

 僕と姐さんはちょうどその話をした日の夕方にあなたを見かけました。僕らが普段通る道をあなたが通っているというのは珍しい気がしました。宿に戻ってから、僕と姐さんはあなたについて話しました。なぜあなたがあの道を通っていたのか。

『僕は買い物かと思った』

『受付嬢さんはいつも市場で買い物しているよ。わざわざこっちまで来ないと思う。知り合いが居るとかでしょう』

『あの人が大老殿の外で誰かと話してるなんて見たことないけど。あでも知り合いというか、墓参り?』

 僕がそう言うと姐さんは納得したように言いました。

『多分それだ』

 僕らはそこでようやく、あなたの不調に合点がいったんです。数週間前に引退したパーティが居たな、と。

 

「あなたは僕らが想像もつかなかったほどに律儀で、つまりその、優しいんだと思いました。僕はミナガルデでは日銭を稼いで食べて寝るだけの生活をしていました。色々と考えることがあった───と言ってもほとんどは後悔ですが、ある日ふと思いました。なぜ僕が生きているのか、と」

「運が良かったからです」

「それもあるかもしれないが、あなたの功績も大いにありますよ」

「ありがとうございます」

 あなた方のリーダーが死んだのも私の功績だ。しかし彼はそういうことを言いたいわけではないだろう。

「それで、あなたに礼が言えたらよかった。それに、僕らのことを気に病んでいるのなら、その必要はありません。姐さんは死にましたが、僕はこの通り元気です」

「そういえば、もう一人は、どうしていますか?」

 龍頭琴のパーティの生き残りは二人だ。一人で行動しているのは多少違和感がある。

「ミナガルデで療養中です」

「そうですか。悪いのですか?」

「かなり。あいつも僕と同じものを見聞きしたはずですが、まあ僕が薄情ってことかな。もしあいつの様子を知りたいなら、あなたが興味本位でそれを尋ねてるんじゃないと信じて話しますが」

 私は断った。確かに知りたいと思ったし、それが興味本位であるつもりはなかった。知れば、彼らのためにできることを考えるだろう。実行できる案も浮かぶかもしれない。それが私自身のための贖罪のような行いであったとしても彼らにとって意味があるかもしれない。

 けれども私は、疲れていた。辛い話を聞きたくなかったし、それによって私の心が動くのが嫌だと思ってしまった。私は既に大老殿の受付嬢ではない。既に彼らとは関係のない存在であり、私自身の苦痛を押し切ってどこまでも彼らに尽くす合理的理由はどこにもない。

 彼は満足そうに頷いた。

 

 

 彼は今日のうちにミナガルデに帰るという。病身の仲間が心配なのだろう。

「いい村ですね。平和で。金が貯まったらここに住んでもいいな」

 私は何も言えなかった。金が貯まったら、と夢を語って、実際にそれを叶えたハンターを今まで見たことがなかった。例え十分な金が貯まっても、ハンターがハンターであることをやめられるとは思っていなかった。

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