幸薄ギルドガール   作:dokosoko

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第四話 相棒コイルドサーベル

 未知のウイルスは正体も原理も未だ謎だから未知と呼ばれているのだろう。ニャルの屋台に行った日から大体二週間が経ったある日に、突然依頼書に生態未確定なる項目が追加されて、既存の依頼書には私が手書きで書き足した。それから未知のウイルスに関するあまりに薄い資料を読まされた。資料に書かれているのは未知のウイルスに感染したモンスターの特徴及び注意事項、それから人に感染した場合の対策のみ。

 ハンターや商人が読んでも容易に理解できる程度のことしかわかっていないウイルスなど未知という他ないのだろう。

 ともかく、生態未確定が追記された依頼書は周辺モンスターが未知のウイルスに感染している危険あり、とのことらしい。定型文のようにそんなマニュアルに書かれていることをハンターに説明しなければならない。非常に面倒だった。説明より何よりも多くのハンターから同じ質問をされるのが。

「感染源はどこなのか、又は感染源を狩猟することはできるか。できるならクエストを受注したい」

 これが最も多い質問。感染源など私が知るはずがないのだが、ギルドの上層部だか暗部だかでは何かを掴んでいるのだろう。特に正義感や冒険心の強いハンターがそれを察すると強い言い方で質問をされる。見たこともないウイルスを使うモンスターを好んで殺したいという彼らのことは頭がおかしいとしか思えなかったが、今のところ私は存じ上げませんと頭を下げるしかない。

「何故そんな大事なことを今まで公表しなかったのか」

 これも多い質問だが、主に今までに未知のウイルスに感染したらしきモンスターと戦ったことのあるハンターから言われることが多かった。正直にいえば私もギルドに同じ質問をしてやりたいと思う。だが変に公表して誤った情報が広がるのを避けるべきだとも思う。

 そんな風に他人事のように考えられるのは私が関係ないと線をひけるようになってしまったからで。私がバルバレに配属されて二年間の死者数が多いのは未知のウイルスのせいだと知ってしまったからで。それでも今私の目の前で叫ぶハンターを見てしばらく忘れていた吐き気がまた蘇ってきた。

「おい!なんとか言えよ!」

 大変申し訳ございません。

「お前がちゃんと言ってたらなんとかなったことだろ!」

 すみません、先週の私はそのことを存じ上げませんでした。

「なんでっ!なんで死ぬんだよ...!」

 カウンターにもたれて嗚咽を上げ始めた大人の男に、あなたの相棒が死んだのは未知のウイルスのせいです、とは言えない。

 輝竜石を鍛えた金属の防具に身を包み絞蛇竜の太刀を持つハンターは、同じ防具に身を包んだ氷刃のハンターと二人で狩りをしていた。珍しくもダレン・モーランの狩猟をせずに上位までよじ登ってこられた新進気鋭のパーティだった。それが先週、奇面猿の狩猟に送り出したら、成功はしたものの氷刃のハンターしか帰って来なかった。翌週の先日になって初めて未知のウイルスの情報が出た。

 客観的に、他人事のように捉えれば絞蛇竜の太刀のハンターの死因は“タイミングが悪かった“ということになるのだが、それだけでは済まされない、済ましたくないこともある。

 目の前のハンターの嘆きや嗚咽はきっとそういったやりきれない感情なのだろう。理解はできる。その上で私にできることはなかったと考えてしまって、逆流する胃液とは裏腹に、思考はやけに冷静だった。

「大変申し訳ございません」

 嗚咽がようやくおさまってきた頃に氷刃のハンターにそう声をかけた。仕事用の笑顔を取り外して、無感情なまま言葉を繋ぐ。

「お仲間さんの武器はギルドで検分している最中ですが、終わり次第なるべく早くにお返しさせていただきます」

 それが私の言わなければならない定型文だった。その検分さえも、未知のウイルスが公表されて初めての実物ということもあり、返すのが遅くなるのだろうがそれを伝えるのは不誠実だろう。

「......悪い」

 一言そう言って彼は酒場を出た。彼が泣いている間時が止まったかのように静かだった酒場は、彼がカウンターから離れると急にいつものざわめきを取り戻したように思えた。

 私は仕事用の笑顔を貼り付けてカウンターに歩いてきたパーティに依頼書を読み上げた。

 

 絞蛇竜の太刀の検分は私の予想よりも遥かに早く終わり、あとはそれを氷刃のハンターに渡すだけになった、というところで問題が発生した。職員が武器に触りたがらなかったのだ。ウイルスが触ると感染する可能性があるからだろう。人や獣人は感染しても数日と待たずに治るらしいのだが、そういう問題でないことはわかる。そもそも現段階での調査が確実だという保証はない。恐れるのも仕方ないだろう。結果として、私が運ぶことになったのだった。

 死んだハンターの後始末、ビビった職員の尻拭い、というのは悪い言い方だろうが、私が振るには重いだろう大太刀を背負ってハンターの家を訪ねるのはどう考えても受付嬢の仕事ではないだろうと思った。それでも本来それをする予定だった人間が拒否したのだから、次点で責任のある私が運ぶべきなのだろうが。

 十数分歩いて目的のドアの前に立つ。一呼吸。殴られる覚悟はないが、何を言われても大丈夫な心持ちはある。

「こんにちは、ギルドの者です」

 声を張ってドアに向かって声をかけて、しばらくすると中から半袖の男が顔を出す。氷刃のハンターだ。仕事用の笑顔はいらない、ただ無表情に、しかし何かを言われる前にそのまま続ける。

「検分が終わりましたので、こちらをお返しします。ご協力いただきまことにありがとうございました」

 言い切って太刀を差し出す。重い。早く受け取ってほしい。しかし男の顔は太刀ではなく私を見ている。

「あの」

 受け取ることを催促するように腕を揺らす。そのままグッと押しつけるように手を伸ばすと、強い力で押し返された。

「いらねぇ」

 予想していたパターンの一つだった。しかし予想していた中で唯一解決策の思い浮かんでいないパターンだった。

「受け取っていただかなくては困ります」

 誠意のある言葉を吐くか、仕事としての立場を貫くか、選んだのは後者だった。

「それは俺のじゃねぇ」

 数日前まではそうだったのでしょうね、なんて言ったら殺されそうなくらいに男の顔は悲壮だった。それでも仕事は仕事として終わらせなければならない。私の口から彼を懐柔する言葉を吐いても意味がないから。

「受け取ってください」

「いらねぇって」

 埒があかない。恨むみたいに睨みつける視線に口が乾くような気がする。

「受け取っていただけるまで私は帰れません」

 男は舌打ちをして顔を引っ込めて、ドアに鍵をかけた。私は太刀を持ったままドアの外。受け取っていただけるまで帰れないというのは脅しでもなんでもない事実で、ウイルスの付着した太刀をギルドに持って帰ることはできない。それに、研究対象でもないただの武具を置いておく場所もない。その辺りに捨てておくという選択肢もない。勝手に売り払うこともできない。八方塞がりだった。

 ずっとドアの前に立っているわけにも行かずに歩く。ぐるぐると同じ場所を。制服を着たままだからか、時折ハンターに声をかけられる。

「おーい」とか「受付嬢さんだ」とか「元気?」とか

 私は全てに質問に笑顔を貼り付けて返した。

歩いている途中、太刀を私の家に置いておけばとも考えた。が、今だって必死に具合の悪い顔色を隠そうとしている。この上まだ負荷をかければまともに生活できなくなるであろうことは確実だった。

 ハンターは仲間が死んでどう思うだろう。自分のせいだと思うだろうか。思うだろう。この太刀の持ち主がどんなふうに死んだか想像もつかないが、きっと氷刃のハンターの目の前で死んだことだと思う。そうなると、氷刃のハンターは私よりもずっと重い感情を背負うだろう。印を押して送り出すだけの笑いよりよほど重い感情を。

 そんな人間になんと声をかけようか。昼に氷刃のハンターが言ったとおり、私が気をつければ死ななかった命かもしれない。

 気づけば夜だった。このままではいけないと思ってもう一度ハンターの家を訪ねる。

「こんばんは、ギルドの者です」

 足を止めて初めて気づいた疲労に、それから胃液の逆流。最悪の気分だ。ハンターと会いたくないしこの太刀も手放したい。

 ドアの隙間から顔を出した男は幾分回復しているように見えた。立ち直ったというほどでもないが、何とかなりそうな顔。しかしそれが私を認識して悲壮に歪む。それを見て、届けに来たのが私でなければもっと早くに受け取ってくれただろうと思った。

「なんでお前なんだ」

「何がでしょうか」

「なんでお前が持ってくるんだって聞いてんだ」

 理解できないものを見る目。未知のウイルスの感染源を狩りたいと言うハンターや、古龍を探しているというヘルブラザーズに私が内心で向ける目と似ている。

「仕事、ですので」

 なんとか声を絞り出す。

「気まずいとか思わないんだな」

「思っています。申し訳ないとも。ですが、仕事ですので」

 しばらく黙っていれば男の悲壮な顔が徐々に和らいでいった。私は太刀を持ち上げた中少し屈んで、足元の落陽草を手にとる。ギルドから男の家までの通り道に花屋があったから、なんとなく買ったもの。落陽草を買ったのは薬にもなるからだが、予定外に時間がかかったおかげで花が咲いていた。

「よければ花を、どうぞ」

 供えさせてくれとは言えなかった。しかし男は表情に悲しみの断片を残しながらも口を開いた。

「ダセェことして悪かったな」

 そう言って花と太刀を左手に少し乱暴にとって、太刀をドアの横に立てかけた。私はお辞儀をして下がろうとしたが、男が私の腕を掴んで止めた。

「あいつは男のくせにシマリリスが好きだったんだ」

「そうですか」

 そうですかとしか言えないが、供えるならシマリリスにしろということなのだろうか。シマリリスなら家にある。縞模様が綺麗な花。確かに絞蛇竜の太刀のハンターはギルドに来るとき時折花を持っていた。私が思った以上に私は死人を覚えている。

「引き止めて悪かったな」

 男は不器用に笑っていた。

 私は暗くなった道を歩いて帰った。家に着いた頃には足が棒のようになっていた。空腹感も、眠気もあったが、無視してシマリリスの花瓶に向かって指を組んだ。目を瞑ると絞蛇竜の太刀のハンターを思い出してえずくように咳をした。






 バルバレの住居形態どうなってんの問題を解決するためオープニングムービーからエンディングムービーまで色々見ましたが、結論としてテントだろうということになりました。
 じゃあなんでドアとか言ってんのって思うかもしれないんですけど、ゲルって普通にドアついてるので。多分移動式集会所のバルバレも吹けば飛ぶようなテントじゃなくてゲル的な移住民族が使ってるようなしっかりしたものだろうなと。
 キャラバン付きのハンターが多そうだからみんな竜車を家にしてんじゃねとは思いましたがそうじゃないハンターもいるはずという捏造です。実際バルバレ歩いてるユクモくんとかキャラバン付きじゃなさそうだし。
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