誰に祈るわけでもないが、部屋にあるシマリリスには毎日指を組んでいる。そうすることで死んだハンターが救われるような気がするから。
我らの団のハンターが未知のウイルスの感染源を討伐した、と聞いた。黒蝕竜ゴア・マガラという、ギルドお抱えのハンターが極秘に追っていたモンスターらしい。初めての討伐例だがそれまでの調査も含めてある程度まとまった情報があるらしく、私は自宅でそれなりに厚い資料を読まなければならなかった。薄い資料よりはマシだが、集めた情報を一気に開示するのも考えものだと思う。
我らの団のハンターの快進撃は今朝の討伐報告のとき初めて耳にしたのだが、半年ほど前のダレン・モーランをパンツ一丁で撃退したとか、所属キャラバンの撃龍船上でそれまで存在すら知らなかった黒蝕竜を撃退したとか、かなり名が上がっているらしい。それなのに今まで私が知らなかったのは我らの団のハンターが酒場を訪れないからだろうか。
資料を読み終えてわかったのは黒蝕竜の生態や行動、変態や能力などのおよそハンター自身が知り得て対策を立てるであろうこと。それから、未知のウイルスの名前が正式に狂竜ウイルスと定められたこと、本当にくだらない、どうでもいいことだった。
きっとハンター用にもっと薄くもっと実用的な資料が作られるのだ。先輩や他のギルドガールはそれを読むのだと言っていた。
バルバレで唯一黒蝕竜の依頼を紹介する可能性がある私だけはすぐにでも読み切る必要がある、と思った。ギルドマスターはハンター用の資料ができるまで読まなくていいと言ったが、依頼が出れば確実に緊急依頼。狩場にあるハンターにとって情報は命だろう。
「なぜ」
夜なべして資料を読んだ日から二週間。思わず口から零れた憎悪の呟きは朝来て依頼書のリストを見たときのものだった。
情報の速度を考えれば黒蝕竜が倒されてからもう三週間近く経過しているはずで、その間に最優先で狂竜ウイルスに感染していると思われるモンスターの依頼をいくつも捌いたはずで、感染源が倒された以上は生態未確定の依頼は減っていくはずだった。しかし実際は増えている。天空山から周辺地域にかけてが特に。
ため息を堪え笑みだけを貼り付けてリストを捲れば目の前でガシャと鎧の音が聞こえた。
「ゴア・マガラの依頼はあるか」
続けて聞こえた声は壮年。顔を上げれば銃槍を担いだベテランのハンターだった。バルバレでもかなり手練れのハンターだが、私は彼が苦手だ。
彼は決まったパーティがなく、数合わせに他のパーティに同行したり、あるいは自分で依頼したクエストの同行者を募集したりしている。決まったパーティがないというのは上位にもなると珍しいことなのだと思う。少なくとも、バルバレでは。ミナガルデでは目の前の彼のような手合いは一定数いたが、ここではあまり喜ばれないらしい。お陰でクエストボードは下位のハンターばかりが使っている。
それでも彼がベテランとしての存在感を示し同行すると喜ばれるのは、身にまとう重甲虫の防具と背中で鈍く光る黒鎧竜の銃槍のお陰だろう。彼が酒場にいるときだけクエストボードを見るというパーティもあり、少なくとも私が配属された頃すでに彼は今と同じ格好で、ベテランだった。
「ありません」
「ないのか? まだ狂竜ウイルスの感染が広がっているようだが」
「感染したモンスターは天空山周辺に多いようですが、今のところ情報はありません」
「なら、天空山で一番危険度の高い依頼をくれ」
彼の美点は強いことだが、彼の汚点は冒険心の強いことだろう。黒蝕竜の依頼をやたらと探したり、かなりの頻度で未知の樹海の調査に赴いたり、亜種の依頼に飛びついたり。
「でしたら、天空山の蒼火竜を討伐する依頼があります」
難易度の高い依頼を快諾してくれるのは決して悪いことではない。今紹介している蒼火竜のクエストだって、達成できるパーティの数は限られていて、今街のどこかにいるはずのパーティをかき集めても蒼火竜を任せられるのは3組か4組程度。こうして自分から依頼を捌いてくれるのは助かる。しかし、
「亜種とタイマンか。望むところだ」
快諾は悪くないが、一人で行きたがるのは悪い。
「蒼火竜は今まで感染の確認されたことのないモンスターです。複数人で挑むことをおすすめします」
「こいつは感染してないらしいじゃないか」
「先々週から天空山は異様です。蒼火竜も狂竜化していないだけでウイルスは持っていると考えるのが自然でしょう。複数人での狩猟を強く推奨します」
「なら紹介してくれ。いいハンターを」
彼は私が一人で行かせられない理由を言えば半分くらいの確率で私にハンターの紹介をさせる。今日もそう、歯を出してにやけている。本当にタチが悪い。
はあ、と聞こえるようにため息をついて睨みつけて酒場を見回す。このハンターは受付嬢の仕事がハンターの斡旋だとでも思っているのだろうか。そんなことをわざわざするのは後にも先にもあなただけです、と嫌味を言ってやりたいと思った。
酒場を見回しても紹介できそうなパーティは見当たらない。朝なのだから数が少ないのはしょうのないことだが。
「昼過ぎになれば太刀、ハンマー、小剣のパーティが来ると思います。彼らを誘ってください」
そう言って仕事用の笑顔と共に礼をすると彼はわざとらしくおどけ驚き「なんと」と声を上げた。
「何か」
「いや驚いた。ハンターの武器種のみならず酒場を訪れる時間まで記憶しているのか」
そんなもの正確に覚えているわけがない。パーティ単位でメモを取って入り用なとき見るようにしているだけだ。それも必要最低限の識別ができる情報だけ。一々ハンターの死に心を砕いてしまう自分を守る最低限の知恵。受付嬢の仕事をこの先も続けるためには必要なことだった。
仕事用の笑顔は貼り付けたまま、早くどこかに行ってもらおうと答える。
「全て覚えることはできませんが、ある程度は覚えています。上位のハンターは多くありませんので」
「ならそのパーティはどんなやつらなんだ。俺が同行したことはあるか」
「天空山を主な狩場にするパーティです。亜種の狩猟は初めてですが土地勘があり火竜の狩猟を多くこなしているため適任かと」
あっちへ行け、あっちへ行け、と念じながら笑みを浮かべて言葉を並べた。
祈りが届いたのか「そうか、なら俺は酒でも飲んでるとしよう」と酒場の入り口にほど近い席に座って外を眺め始めた。
しばらく酒場を眺めていればまたカウンターをハンターが訪れる。今度は二人パーティ、それが終わればまた次、次、次とひっきりなしにハンターが訪れる。
一通り落ち着いた頃にはすでに日が高く、空腹の倦怠感を感じていた。
入口を見れば黒鎧竜の銃槍のハンターが紹介したパーティと合流して酒を飲んでいる。
20代から40代の男。ハンターとは本当にそういう年齢ばかりで、その中に女性はそれほど多くいない。10人に1人くらいだろう。
ぼうっと眺めていれば黒鎧竜の銃槍のハンターが近づいてきた。
「本当に来るとは、慧眼だな、さすが嬢だ。依頼をくれ」
「かしこまりました。本当にお気をつけて」
印を押す。今日紹介した依頼の中で最も危険度の高い依頼。それゆえなるべく早くにこなさなければならない依頼。
「次の依頼は古龍で頼む」
そう言って何がおかしいのか「ガハハ」と豪快に笑った。私が笑って礼をすると彼は酒場の入り口近い席に戻り、テーブルに置いてある兜を手にとった。同じテーブルについていた三人パーティも立ち上がり陽気な笑いと共に酒場から消えた。
私に用のあるハンターがいないのを見て、カウンターの下にある瓶を一本開ける。ハンターも飲むという液状の携帯食。味はひどいものだが、経費で落ちるから、それと健康によさそうだから、そんな理由で毎日飲んでいた。
チーズよりサラサラ、水よりドロドロ、そんな舌触り最悪の飲み物で味も名状しがたいひどい味。なぜこうなったのかは知らないが液体から匂うことはないので恐らく匂いを消そうとしてひどい味になったのだろう。
初めて飲んだのはミナガルデ。ミナガルデでも携帯食料は経費で落ちるから、だから飲んだがあまりのまずさに涙が出たのを覚えている。大袈裟に咳き込んで涙を浮かべる私に、見ていた酒場のハンター達が笑っていた。
蒼火竜討伐報告は予想より遥かに遅い、15日後の夕方だった。どんな予想外があってこうも遅くなったのか、なぜ受注者である黒鎧竜の銃槍のハンターではなく同行者であるパーティが報告に来たのか。
どれもこれも私が聞いていいことではなかったが、少なくとも誰も死んでいないのが救いだった。
黒鎧竜の銃槍のハンターは酒場の隅の席で一人で水を飲んでいた。
私は彼らのギルドカードを見て確認し、それをカウンターの引き出しにしまって彼らの名前が刻まれた真新しいカードを三枚取り出した。
「ハンターランクアップです。おめでとうございます」
仕事用最大級の笑みで三人のハンターに賛辞を送った。ハンターランク7、バルバレ指折りのハンターの領域に足を踏み入れさせたことを心から謝罪したいと思った。とはいえランクアップは私の権限ではないのだが。
目の前の三人は突然ランクが上がったことに喜び、新しいギルドカードの色に興奮し、雄叫びを上げていた。
「更新作業がありますので、しばらくギルドカードをお預かりします。明日にでもお返ししますのでゆっくりお休みください」
そう言ってカードを取り上げて三人にお辞儀をした。
黒鎧竜の銃槍のハンターはまだ水を飲んでいた。
私は夜番の給仕と入れ替わるように更衣室に行き、着替えた。
三人のハンターが酒場から去ったのを見計らって私服で黒鎧竜の銃槍のハンターに話しかける。
「ギルドの人間だったんですね」
今日のランクアップを見て確信があった。彼は査定や監視をするのが仕事なのだろう。バルバレでわざわざ”野良“を続けるのはその方が仕事がしやすいから。
彼は私の方を見ていつもの顔で口を開いた。が、声を出さず、代わりに水でテーブルに文字を書き始めた。
『情けないが、ナイトなのに守られてしまった』『お陰で喉が焼けるだけで済んだがな』
書いたあとに鎧の袖口から取り出した診断書らしき紙を手渡される。いらないが、読んだ。
「はい」
私は診断書を返すと無感情に言った。顔から体内にかけての怪我は四肢などの外傷に比べて治りが明らかに遅い。診断書の怪我の状態によればきちんと治療してリハビリすればまた同じように声を出せるようになる。しかし今みたく声が出せない状態では二人以上で狩りには行かせられない。それなのに死んでないなら問題ないと思えた。
彼は文字で濡れたテーブルを拭いてから、私の顔を見て『最高だな』と書いた。
何が最高なのかはわからない。しかし彼は歯を見せて笑っていた。
なんとはなしに、彼は近いうちに死ぬかもしれないと思った。私が彼を蒼火竜生態未確定クラスの依頼に放り出すことは喉が完全に治るまで絶対にないことだが、バルバレに大銅鑼が鳴る日まであと一年もない。そうなれば彼も祭りに出るのだ。
彼は出発直前に「次の依頼は古龍で頼む」と言ったが、それが現実になり、またそれが最後になる気がした。
彼と個人的に会話をすることは今後ないだろう。彼はギルドの人間、恐らくギルドナイトだが、それ以前にハンターなのだから。
「好きな花はなんですか」
彼は『最高だな』を消さずに下に『土の下に妻がいる。プロポーズは受けられんな』と書いた。
「プロポーズはしませんが」
彼は『最高だな』を消さないようテーブルを拭ってから『ドスビスカス』と書き、続けて『俺も娘も好きな花だ』と書いた。
「娘さんがいらっしゃるのですね」
彼は『最高だな』『ドスビスカス』を消さずにテーブルを拭って『今年で21だ。どこぞの開拓村にいるらしい』と書いてからすぐにテーブルを全て拭った。文字は全て消えて、湿った布巾が彼の手にある。
「ありがとうございました。失礼します」
これ以上話さないとみて立ち去ろうとすると彼はトントンとテーブルを指でノックして『できればサンドローズにしてくれ』と書き、意地悪そうなにやけ顔を見せた。
私はため息をついて口を開く。
「サンドローズは花ではありません」
モノブローズが花じゃないと思ってました。調べたら花だったので代打のサンドローズ後輩に出てもらってます。