やたら天空山に行かされ、しかもそれが高確率で感染したモンスター、そんな状態が続けば私であれば別のギルドに籍を移したくなるだろうが、天空山の異変に関してハンター達の反応は逞しいものだった。
「祭りの前に一攫千金」「天空金山だなこりゃ、金の山だ」
みなそんな言葉を吐いて、あるいはそんな理由で感染モンスターの依頼を快諾するのだ。曰く、感染モンスターの体内に埋まる結晶の市場価値が極めて高いかららしい。ウイルスの結晶が高価とは市場の流れはわからないものだが高いモチベーションで依頼に臨んでくれることはいいことだと思う。
当然のように死者は出た。しかし、天空山の異変の原因が判明した今日になるまでに死んだのが一人で済んだのはまさに狂竜結晶の価格高騰のお陰だろう。訳のわからないものを手元に置きたがる金持ちに感謝をしたい気分だった。
「天廻龍シャガルマガラの討伐、報酬金は15600zです。お気をつけて」
虚空に向かって依頼文を読み上げながら私は手元の依頼書に印を押した。これを“禁足地”という場所に隣接した村にいる我らの団のハンターに届ければあとは天廻龍を狩って天空山の異変も解決する、という手筈らしい。また、相手が古龍ということで我らの団の出張受付嬢では依頼を出すことも依頼を紹介することもできないらしい。
馬鹿げていると思った。ギルドお抱えのハンターがギルドマスターに頭を下げて伝令役を任せて欲しいと頼んでいるのを見た。ギルドお抱えの、“筆頭”などという枕詞を用いられる彼は恐らく腕利きのハンターだろうに、なんと天廻龍の依頼は我らの団のハンター1人で受けるらしい。依頼は複数で行えば成功率はある程度の人数までは比例して高まり、生存率は4、5人までなら人数が多いほど飛躍的に上昇する。金のために1人で狩るという奇特なハンターがいるのは確かだが、我らの団のハンターはそういうタイプではないのだろう。
私は印を押した依頼書を眺めた。もうしばらくすれば筆頭ハンターがこの紙を取りに来る。ビリビリに引き裂いて隠してしまいたい衝動に駆られたが、それをしても意味がないことはわかっている。ギルドが正式に発行した依頼書なのだからたとえ灰にしても代わりがある。
『死ぬくらいなら撤退を』
印の下にそう書いた。さらに、インクを薄めて備考欄に書き足す。
『失敗すればあなたより優秀な代わりを送ります』
我らの団のハンターが天廻龍に挑むことはもう決まっているのだから最低限死なないようにしてもらわなければならない。そう思って書いたのに、読んでみれば悪い言葉の使い方だと思った。きっと依頼を放り出して逃げてくれればどんなに嬉しいかという内心が滲み出ているのだろう。
多分、我らの団のハンターと私は面識がない。私が依頼書にサインすると言うことは上位なのだろうけど、何せ我らの団のハンターは酒場に来ないから。ただ、見たことはあるのだと思う。
獣人族のハンター、バルバレの屋台に居た。おそらく彼が旦那さんと呼んでいた変わった装備のハンターが我らの団のハンターなのだ。
「お気をつけて」
虚空に呟いて依頼書を書簡筒に詰め込んだ。
願わくば、いつか私にご馳走してくれた獣人族のハンターが無事でありますように。彼が旦那さんと呼ぶハンターが帰ってきますように。
心で祈る言葉はどこか無感情だった。
「天空山の依頼あるか。生態未確定がいい」
いつかに相棒を私が殺した氷刃のハンター。彼は腕を上げていくらかのパーティを行き来する“半野良”のような狩りをしていた。その性質上ハンターランクは上がりにくいが、数字以上の実力を持つハンターの1人だった。特に、地底火山が活性化する時期には彼は結構重宝されている。
私はリストを見ずに答えた。
「天空山は現在立ち入り禁止です」
「んだと?」
天空山周辺の感染モンスターは未だ少なくないが、古龍討伐作戦に影響を出すと思われるモンスターはあらかた狩猟してもらって、今は天空山は立ち入り禁止になっていた。
「天空山以外の生態未確定依頼でしたら二つほどありますが」
彼は少し考える仕草をした。たくらみというわけではないのかもしれないが、金以外の目的で生態未確定依頼を受ける理由はあまり多くない。おそらく金以外のもの、名声か信頼が欲しいのだろうとあたりをつけて話す。
「未知の樹海の黒狼鳥の狩猟依頼があります」
彼は驚いた顔でこちらを見て口を開いた。
「なんだそりゃ、やれってことか?」
「いえ」
未知の樹海という危険な場所かつ黒狼鳥という危険なモンスター、ギルドからの信頼という意味ではかなりいい条件だが、ピンと来ていないなら私の予想が違うのだろう。
「いや、やる」
彼がそう決断したときにふと気づいたが、そもそも氷刃のハンターをあまり遠くに出すべきではない。私は咄嗟に手を振って否定を促した。
「今言ったことは是非忘れてください。それから、一週間ほどバルバレに滞在していただけると助かります」
「はあ? 何言ってんだ?」
「天空山は今古龍討伐のため立ち入り禁止になっていますが、我らの団のハンターが失敗した場合の代行はあなたに回ってくる可能性が高いので」
そう説明すると彼は少し不機嫌そうな顔で言った。
「失敗すると思ってんのか」
「そういう可能性もあるということです」
即答すれば彼は恐ろしい目でこちらを睨んだ。いつかに彼が私を怒鳴りつけたときに見た眼だった。
実のところ私には、呆気なく成功するのではないかという楽観が胸中にあった。書記官のいるキャラバンの後ろ盾や筆頭ハンターの推薦があったとはいえ異例の速度でギルドからの信頼を勝ち得た快進のハンターだ。全く期待するなというのは無理があると思う。
同時に、どうせ死ぬという悲観もあった。それは悲観ではないかもしれないが。
「信じようとか思わねぇのか」
私の悲観を見抜いたのかあるいは悲観的に捉えたのか、ため息混じりの呆れ声。私はまた即答する。
「信頼しようにも話したこともないハンターです」
彼はまたため息を吐いたが今度はすぐに口を開かず、一呼吸おいてから「そうかよ」と言って私の手元の依頼書のリストから一枚、原生林の桃毛獣の狩猟依頼を抜き取って私に渡した。
「俺は祭り以外で古龍なんざごめんだ。ブラックキャノンのおっさんにでも頼め」
そう言って彼は契約金をカウンターに乗せた。
私は彼の取り出した依頼書に印を押してから言った。
「狩猟環境は安定していますが黒蝕竜の爪痕がないとも限りません、お気をつけて」
彼は何に驚いたのか、少し放心してからすぐ私に笑いかけて言った。
「一人で行っていいのか?」
彼は意地の悪そうな笑い方だった。普段の私が口うるさく複数人で行けと言うからその意趣返しだろう。私は少し息を吸い、彼に無表情に言った。
「信頼できるハンターですから」
そう言って彼を見送った私は自分が少しホッとしていることに気づいて、同時に我らの団のハンターを顧みない自分にゾッとした。天廻龍などどこかで勝手に死ねばいいと思った。
「一番難しいやつくれ」
我らの団のハンターに書簡を出して二日。天空山の封鎖は既にバルバレによく知られていた。地底火山が活性化していない時期であること、あるいは天空山の不安定の煽りを逆に受けて他の狩場がほぼ安定していることなど様々な原因があり、二週間くらいなら休もうというパーティと別の場所にいつも通り狩りに行くというパーティとに分かれていた。と言っても未知の樹海以外にこれというような依頼はないのだが。
バルバレのトップパーティ様はクエストに行くらしく、いつも通りに依頼を取りに来た。
「特別危険度の高いものは未知の樹海ばかりです」
私がそう答えると依頼を取りに来ていたパーティのリーダーは顔をしかめて少し考えて「ならいい」とカウンターから離れた。
彼は、というか彼らは未知の樹海に行くことを喜ばないハンター達だった。ベテランにしては若いハンターの集まりで、メンバーはランス、大剣、盾斧というどれも使いようによっては堅実な武器を持っている。一見すれば地味なパーティとも言えるが、依頼が予定通りに成功する割合の高さや怪我をほとんどしない点、あるいはリーダーの使うランスが非常に珍しい古代の武器である点などが彼らの評価を大きくしていた。
私は思いがけず彼を「あの」と呼び止めて、同時に手元から素早く氷海の白兎獣の狩猟依頼を取り出していた。振り向いた彼は依頼書を手に取り眺める。
私が訂正のために声を上げようとすると彼は依頼書をカウンターに置いて親指で後ろを指差した。
「あっちに頼んでくれ。俺は休むよ」
図体の大きな彼がカウンターから退くと二人のハンターが居て、カウンターに歩いてきていた。私は彼らをよく知っていた。バルバレの上位ハンターだからというわけではなく、つい先週に彼らを強く意識する機会があったからだ。
「何でもいいからクエストください」
大顎とも呼ばれる大剣を背負ったハンターがそう言った。
私は驚きからかそれとも別の理由からか、上手く発音できないまま白兎獣の依頼書をカウンターに出した。
彼らはしばらく依頼書を眺めてから、小剣を持った方のハンターが口を開いた。
「これあれじゃね?」
続けて大剣が口を開く。
「あれだな、うん。これ受けます」
私は彼らの妙な様子と私の動揺からか、静かに頷いて印を押すことしか出来なかった。ハンターランク5のハンターなのだから、恐らく問題はない。環境安定、生態安定。今更になってそんな当たり前の言葉が頭に浮かぶ。印はもう押したのだから、と動揺を振り払って今度こそ彼らに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
口から出たのはそんな関係ない言葉。「あ、いえ」とすぐに訂正しようとすると大剣の方が口を開いた。
「まあそういう仕事なんで。あいつもわかってたと思うし」
嘘みたいに淡白だった。私が今まで見たパーティは一人死ねば二週間は暗い顔をしていたというのに。大剣のハンターは後ろ頭をボリボリと掻いて恥ずかしそうに目を逸らしている。
「まあアホだったな」
小剣がそう言った。雌火竜の狩猟に向かって黒焦げになって死んだ仲間にかける言葉ではないと思ったが、彼らなりの弔いなのか。それとも本当に阿呆だと思っているのか。彼らの仲間の、鋼鉄の盾斧を使っていたハンターは別段酷い人間ではなかったと思う。それなのに、それだからこそ彼らはどこか笑って仲間の死を受け入れていた。
私は力が抜けたような感覚で彼らにいつも通りに台詞を言った。
「環境も生態も安定しているため同行者は募らなくても大丈夫です。ホットドリンクを忘れないようにお気をつけください」
彼らが向かった後に私は氷海の資料をとった。中身を見るが、やはり安定している。
息を吐いて安心して、それから太陽の随分高くに登っているのを見て携帯食料を一気にあおった。
天廻龍討伐の結末は呆気ないものだった。我らの団のハンターと筆頭オトモが無事なまま成功、晴れて天空山の異変は解決。予想よりも早くに成功の知らせが届き、その次の日、つまり今日には我らの団のハンターはバルバレに来ているらしい。竜人族の村を敢えて離れるということは大きな怪我もないのだろう。
事実として私は我らの団のハンターをすぐに見分けることができたし、彼女の半歩後ろを歩く獣人族のハンターを見て心底ホッとしたのだった。
「おめでとうございます、ハンターランクアップです」
古龍依頼の後の私の仕事は本来であればクエストの成功処理や損耗した防衛設備の費用計算などだが、禁域は村の中にある上に防衛設備などは何もなく、というより地面があるだけの場所ゆえに何も損耗していないから、私の仕事はランクアップの手続きだけだった。
目の前の女性、我らの団のハンターは以前一目見たときの装備とほとんど変わっていなかった。青を基調にした防具とも服とも取れない不思議な装備に、腰に携えた剣は雷狼竜のそれに変わっていたが、そのほかの違いといえばハチマキを付けていないくらいだった。それから、よく見ればとんでもなく若いハンターだった。年老いていれば強いわけではないが、私よりも数年上という年齢に見えた。
ただ、どこか不思議に遠くを見ているように、ランクアップと聞いて眉ひとつ動かさないのはイメージと違った。
「引き継ぎ作業がありますので、しばらくカードは預からせていただきます」
何も話さない我らの団のハンターを放って言葉を連ねるが、彼女はただ少し頷いたのみで、しばらくカウンターから動かなかった。
昼はとうに過ぎもうそろそろ依頼を受けようというハンターもいない時間。だからこそ私は彼女の放心とも取れる状態を嬉し過ぎたのだと解釈して様子を見ることにした。こうして邂逅したところでなんとも理解し難いが目の前の彼女は単独で、いやたった二人で、天廻龍を討伐して天空山を救ったハンターであり、それは嵐龍を討ったというユクモ村の派遣狩人などにも並べられる偉業であるはずだ。
私はただ笑顔を崩さず彼女を見ていた。
しばらくして、彼女が右肩から一瞬崩れ、すぐに立て直したと思ったら「先に戻るにゃ」と声が聞こえた。カウンターの角度で見えないが獣人族のハンター、筆頭オトモの声だと思った。
彼女は「あ、うん」とあやふやな返事をしてから私に向き直ってようやく口を開いた。
「なんか、感動してぼーっとしてた。ごめん」
嬉しくて放心、なんて違うだろうと思いながら決めつけた仮説だがどうも合っているらしい。私は笑顔を崩さずに言う。
「おめでとうございます」
彼女は私を少し眺めてからまた口を開いた。
「イメージと違うね」
彼女は言いながら私の手元右側にある依頼書リストを指差した。私は古龍討伐後にあるあなたを休暇も挟まずクエストに行かせることはできないと言う意味を込め、あるいはそれは伝わっていないと思うが、手で制して言った。
「何か御用でしょうか」
彼女はリストを指さしたままで答えた。
「メッセージみたいのって毎回書いてるの?」
何の話だ。
首を傾げると彼女は慌てて言葉を重ねた。
「撤退してとか代わりがいるとかって紙に書いてあったんだけど、お姉さんが書いたんじゃないの?」
「それでしたら、私が書きました。口頭で伝えることができない状況でしたので」
私がそう言うと彼女は何でもない風に表情を変えなかった。
私は彼女が怒っているのだとふと思ったが、すぐにそうではないのだと思った。彼女は穏和と疑問の二つを平均したような表情で、そこに怒りや哀しみは微塵も見当たらなかった。
「あたし死にそうだったかな」
「いえ、他の依頼であっても同じことをハンターに伝えます」
半分は嘘だ。私は死ぬかもしれないクエストはそもそも受けさせない。どんなに高難度でも失敗しても生き残れる程度のものを紹介する。だからそんな文言を使う必要はない。少なくともこれまでのバルバレはそれで十分回っていた。
天廻龍討伐はおそらく誰に紹介しても死の危険しかなかったが、それは我らの団のハンターが片付けた。だから私のスタンスは変わらない。
彼女は少し考えてからポーチを開き、小さな紙を一枚取り出した。どこかで見覚えのあるそれは、ニャルの屋台のお食事券だった。
我らの団のハンターがナグリ村周辺の海域で遭難した時分からニャルの屋台は数ヶ月もの間バルバレを訪れていなかったのを思い出した。鍋を背負ったアイルーも我らの団の一員なのだから当然だが。
「奢るからさ、仕事終わったら一緒に行かない?」
彼女はさっきまでの穏やかな表情から一変、目を輝かせて私を見た。私はなんでもない風に「いえ、仕事がありますので」と言った。これは嘘ではなく実際に我らの団のハンターのギルドカードの更新は手間のかかりそうな作業だった。
「じゃそれ終わったら」
「そうすれば遅くになります。早めに休むのがよろしいでしょう」
彼女は少し不機嫌な顔をして、筆頭オトモとは食事したのに、というようなことを話したが、私は結局彼女の言葉に耳を傾けず食事を断った。
その晩、遅くまで残ってカードの更新作業をしていれば職員の会話から興味深い話を聞くことができた。曰く、三週間前の雌火竜の依頼で死んだハンターは爆弾の調合に失敗して命を落としたらしい。防具があれば大怪我はすれど死にはしないはずだったが、野営地で防具を外して調合していたそうだ。なるほどパーティメンバーが阿呆と呼ぶ意味がよくわかった。同時に、ハンターがモンスターや環境以外の原因で命を落としたのが不思議だった。
次の朝に商人から火薬草と鉢植えを購入して家に置いた。
たくさんハンターが居るのだから阿呆な死因のハンターが一人くらい居てもいいのではないでしょうか。それが爆弾なのかは不明ですが爆弾の調合失敗で引退って話がオラージュにあったので多分アリだと思いました。
誤字修正感謝します