第八話 天才タイラントロッド
随分と荒れている。
初めて訪れた街に抱いた率直な感想はそれだった。大風や竜巻にでも見舞われたかのように。大風にも竜巻にも見舞われたことは既に知っているのだが、しかしそんな感想が反芻するほどに散らかっていた。
私の配属は希望していた大衆酒場ではなくて大老殿で、希望していた下位の受付ではなくて、ハンターの最高峰であるG級の受付で、ずっと昔に夢みた酒場で元気に声を出す華やかなギルドガールではなく、たいてい竜人の博識なギルドガールが担当するような厳かな、私以外の命の価値がめっぽう重い場所で。酷い気分だった。今更ギルドガールの職務に幻想など抱いていない。下位ハンターの死亡率は十分に高く、平時では上位ハンターの死亡率を上回ることは知っている。それでも私はG級の受付になりたくなどなかった。本当ならギルドストアの店員をしたかったし、ハンターの生死に責任なんて負いたくないのに。
「過分でございます。私のような知識も経験もない者に担当させるべきではありません」
守護兵団の視線に怯えながら大長老に申し立てたのはつい昨日のことだ。初めて訪れる大老殿の広間を眺めれば、私の配属は一週間も後だというのにクエストカウンターに立つ人が居ないのが奇妙に思えた記憶がある。
「希望に反する結果になったのを謝罪する。しかし今はウイルスや古龍でゴタゴタしておっての、優秀で経験もあるお主に今の間だけでも頼みたい」
大長老は最高権力者らしからぬ丁寧な物言いだった。あるいはそれこそが権力の象徴なのかもしれないが
まあ、どうせ断れないと思っていた。古龍の、もしくは大型モンスターの、という問題だけであればミナガルデやドンドルマが一番優れている。しかし狂竜ウイルスについて一番詳しいギルドはバルバレなのだから、バルバレ所属のギルドガールが最前線に配属されるなどというのは不可抗力に近い。私だけではなく他のギルドの職員も、ウイルスに詳しくて転属による支障がない数名はタンジアやミナガルデに配属だという。
ドンドルマに近々完成する予定の狂竜ウイルス研究所でもバルバレ所属の狂竜ウイルスに聡いハンターが研究に協力するらしく、最も重要な大老殿にそういった人間が配属されない方がおかしいというものだ。
私の、大衆酒場の下位受付を希望しても上位受付に配属されるだろうという甘い予想は嫌な方に大きく外れたが、大老殿が嫌だからといって配置替えを無理に敢行させるなどすれば失職してもおかしくはない。短期間とはいえミナガルデでG級の受付をしていた経験もある私の大老殿配属は最適解の一つだろう。「過分でございます」などといったかしこまった謙遜は半分は本気だったが半分は挨拶でしかなかった。
引っ越しの期間と名のついた一週間程度の休暇を終えての出勤日。バルバレの制服よりもかっちりとした服に袖を通して出勤した私に特筆して仕事はなかった。バルバレやミナガルデのギルドハウスと違って大老殿は本来酒場ではないし(似たような機能が一角にあるが)恐らくG級ハンターが上位ハンターほどいるわけではない。この分では誰もいない日もあるのだろう。前任者の引き継ぎが完璧だったこともあって本当にやることがなく、カウンターのそばにある椅子に座って資料を眺めていた。
初日は街の資料を、二日目は地図を、三日目にハンターの名簿でも読もうかとしたところでようやく一人ハンターが訪れた。
「うお、新しい人来てんじゃん! 明日からって話じゃなかったか?」
大きな声を出してカウンターに駆け寄るハンター。私が最初に目に入ったのはオオシナトだった。甲虫とも見紛いかねない巨大な蝶。それでいて思わず目を惹かれる美しい羽。バルバレでは操虫棍を使うハンターがそもそも少なかったことに加えて猟虫はマルドローン系統の特にザミールビートルが人気だったこともあり、実物は一度も見なかった。
「まあいいや一番乗りだぜ! なあなんかいいクエストある? てかお姉さん竜人じゃねぇな! 竜人じゃない受付さんとか久しぶりに見たなぁ」
私が挨拶もできないうちに一人で話し続けるハンターに微笑みかけながらクエストを確認する。大老殿のクエストリストはバルバレと遜色ないほどの種類、お世辞にも少ないとは言えないほどの数はある。
目の前のやけにハイテンションなハンターのことは分からないが、角竜素材のような操虫棍や身に纏う氷牙竜の防具らしきものを見るに、極限環境地域のクエストをよく受けているのだろうか。どちらもバルバレでは馴染みがなかったもので鑑定は恐らく正確でないが、ミナガルデギルドに勤めていた記憶によれば少なくとも角竜素材は見間違いではないだろう。実力のほどは定かでないがG級である以上決して低いものではないはずだ。
微笑みを浮かべて待っていればようやく息継ぎを始めたハンターを見て、口を開く。
「先日より大老殿のクエスト受付担当となりました。よろしくお願いします。つきましては、G級許可証を拝見してもよろしいでしょうか」
私が話す間にクエストリストを「これとかいいな」などと言って眺めていたハンターはポーチから許可証を取り出して「すげぇだろ?」と言いながら私に提示し、私は実際に「すげぇ」それに多少目を丸くすることになった。
G3許可証。見間違えではない、G級における最高のランクだ。
「なあ古龍はないか? 俺がいない間に来てたらしいじゃん、クシャ」
「クシャ?」
「クシャルダオラ、違うのか?」
「いえ、その通りだと思いますが」
撃退された風翔龍はフラヒヤ山脈で観測が途絶えて以来姿を見せないらしく、当然ながらクエストは出ていない。
「ないみたいだな。んじゃあ、一番めんどくさいのはどれだ? 就任祝いに天才の俺が捌いてやろうじゃねぇの」
自信満々といった風に肩を回すハンターに現状最も危険度が高いと思われる、のクエストを見せながら尋ねる。
「何人での出発ですか?」
「一人だ」
「一人?」
「はっはっは、驚くなよ、俺はソロだぜ。なぁ?」
言いながら、ハンターが雑貨屋の竜人に手を振ると竜人は静かに頷いた。声は聞こえないが、お一人です、と口が動く。嘘ではないのだろう。常にソロ。そんなハンターはバルバレに珍しく、ミナガルデには幾人か居た。大老殿にそういったハンターがいるのは何もおかしなことではない。
依頼内容はデデ砂漠の人喰い轟竜の狩猟、生態未確定。クロガネのついた腕を思い出して、込み上げる吐き気を笑顔で誤魔化す。
「分かりました。お気をつけて」
依頼書に印を押した。本人が大丈夫というのなら大丈夫だろう。この若さで一人でG3許可証を手に入れることがどんなに難しいか想像もつかないが、それ相応の実力があるのは確かなことだ。そういう狂った人間はきっと死にはしない。
操虫棍のハンターを送り出した次の朝、急に多くのハンターが大老殿に押し寄せた。
装備、パーティの組み合わせ、声、様々な要素を結び付けながら会話の中で強さを探る。ミナガルデ所属だったはずのヘルブラザーズがなぜかドンドルマ所属になっていた以外におかしな点はなく、なんの滞りもなく進んだ。「竜人じゃない」というのはハンター達にとって不思議なことらしいと知ることができた。それから、生態未確定の、つまり狂竜ウイルスの説明を求められたときに私のいる意義がほんの少しだけ有るものだと思えた。それだけだ。
クエストを受けに来ていたハンターは全体の七割程度で、残りの一割は買い物、二割は一角にあるテーブルで食事をとって、酒を飲んでいた。なるほど大老殿も他のギルドハウスと何ら違いがないのがわかる。昼間から酒を飲むハンターが居てクエストを取りに来るハンターが居て、誰も訪れなかった昨日までが私の研修期間で、これが本来の姿なのだろう。むしろ昨日までの暇な時間のおかげで今日の仕事に問題が出なかったのだとも思える。
二日。三日。何日経っても同じように仕事は進む。
「ねぇな」
依頼書を見てずっと悩んでいるのは大剣使い。彼は、先日仲間が死んだらしい。本人から聞いたわけではないが名簿にはそのように書かれている。書類には残酷にも、仲間のハンターの最期の項目には骸蜘蛛に砂に引き摺り込まれ行方不明と書かれている。死体も残らない最悪の死に方だ。
彼は一昨々日から酒場スペースで酒をずっと飲んでいたが、思い立ったように、クエストを受けに来た。それから何かを探すみたいにかれこれ十数分は悩んでいるが、後ろに並んでいるハンターがいるわけでもないからゆっくり選ばせている。G2の彼であれば、雌火竜あたりを任せたい。しかし彼は依頼書の束を見て別のものを探している。
「何をお探しですか?」
もしかして、生態未確定依頼でもお探しですか?
「生態未確定依頼を探している。骸蜘蛛のものだ」
ああ、やはり。そういうハンターは、少ないが居るものだ。特に、二人組のハンターはそうした傾向がある。
「それでしたら今朝、あるパーティが受注して向かわれましたよ」
「そうか」
諦めたように、しかし諦めていない目で旧砂漠の大鳥竜の依頼を取り出してきた。私はそれを依頼書の束に戻して口を開く。
「申し訳ありません、デデ砂漠は、現在千刃竜が目撃されているので、お一人では立ち入り禁止となっております」
本当は、もしまだ依頼があったとしてもあなたには任せられません。そう言おうとした。しかし出たのは私の知識経験が裏付けする言い訳に最適の嘘の言葉。はたと、仕事が上手くなったものだと思う。
私は敵討ちに行きたがるハンターが嫌いだ。それをしようとするハンターは死者を冒涜し、生命を愚弄している。二人で勝てないものを一人で勝てるはずがないし、よしんば勝つ気で作戦を立ててある程度の勝算があるならば、そいつのせいで仲間は死んだということだ。そいつが手を抜いたせいで。
死ぬ気で行くハンターはもっと酷い。一人で死ねばいいのに、私や、竜車の御者、尻拭いをするハンター達や周辺地域の住民に多大な迷惑をかけている。
自殺志願なら首を吊るといいでしょうね。舌打ちをして去っていく背中にそう呪いをかけた。
印を押す人間の気持ちを考えたことがあるハンターはどれくらいいるだろう。半数未満の受付嬢が心から笑っていないことを知っているハンターがどれくらいいるだろう。バルバレの先輩が、死んだハンターの仲間を慰めるために使った金額を想像できるハンターが一体どれくらいいるだろう。「お気をつけて」がただの定型文でないことを知っているハンターがどれくらいいるだろう。
ハンターになれば良かった。何度も思う。
村を失って唯1人生き残った命以外何もない私が、お金をなるべく沢山貯めるための道は何かのとてつもない幸運でもない限り二つしかなかった。ハンターか、ギルドガールか。私は飛竜が怖かったから必死に勉強して、ギルドガールになる道に決めた。とても華やかで夢のある仕事だと思っていた。
ハンターだってやはり私には想像もできない苦労があるのだろうが、気力に満ち満ちた表情でクエストに赴くハンター達を見ればどうしても羨ましく思う。思ってしまう。私の隣の芝生は余りにも青過ぎるのだ。
夕になって、足早に大老殿を後にする。給仕のアイルーが手を振ってきたから笑って小さく振り返す。愛想は仕事。
家に帰って、私服に着替えれば私はただの人になる。私を知っている人はいない。釣り竿を持って家を出る。路地裏を少し歩くと街の外と内を隔てる水路がある。そこは石を積んで整備されているものの清流と繋がっていて、魚がよく泳いでいる。誰もいないのを見て釣り糸を垂らした。安物の竿、釣れないことは知っていて、暇つぶしに釣竿を弄んでいる。上等なルアーを使えばまた釣果は変わるのかもしれないが、試そうとは思わない。
「いやぁ、余裕だったぜ。はっきり言って、役不足ってヤツ? まあ俺にかかれば当然っちゃあ当然なんだけどな」
操虫棍のハンターは不気味なほどに身綺麗なままで帰ってきた。洗っていないらしい操虫棍の刃だけが凝固した血に塗れていて、純白の氷牙竜のコートには傷の一つもなく、返り血らしき細かな血痕が散っているのみ。
「おめでとうございます」
多分彼は街に戻って身を清めずそのまま大老殿に来たのだろう。清める必要もないほど完璧に狩猟を終えて、怪我のひとつもせず。
「明日も来るからなんかムズイの頼むわ。ちょっと今回のはぬるすぎって感じだ」
彼はそう言うと走って出ていった。
もしかすると、天才なのかもしれない。期待はしないが、我らの団のハンターと同じ匂いがすることもまた確かで、彼からは並大抵の相手では傷ひとつつかないような余裕が感じられた。
夕になって、足早に大老殿を後にする。家に帰って服を着替えれば私を知る人は誰もいない。部屋に飾ってある落陽草の花瓶から蕾の大きなものを一本抜き取って、墓地に向かった。
ドンドルマには墓がある。バルバレにはない。ドンドルマの土の下には人間がたくさん眠っている。
無縁墓の一つに新鮮なシマリリスが一輪横たわっていた。名前も知らない、死体もない、骸蜘蛛に殺されたハンターの墓だろう。私は落陽草を置いて目を瞑り、指を組んだ。心で哀悼の祈りを捧げることなどできない。私にそんな信心はなく、私にそんな慈悲はない。
私は私のために花を供えていて、そこに死んだハンターを想う気持ちなどないのかもしれない。ただ、この数日で見たハンター達がこんな悲しい場所に来ないことだけは祈っていた。きっと綺麗なままで沢山の人に囲まれて死ねることを、祈っていた。
目をそっと開けると、落陽草は大きな花を咲かせていた。
ダラダラと書いていたらデータがぜんぶ吹っ飛んだので書き直しになりました。すごく悲しくて別のものを書いてました。
タイラントロッドの兄さん書きながら筆頭ルーキーとキャラ被ってんなとか思ったんですけど既に結構飛躍した内容になってるので気にしないことにしました。
バルバレに墓がない妄想はあったのですがバルバレで描写できなかったのでドンドルマとの対比で。バルバレギルドのハンターは多分大砂漠に灰とか捨てて花供えてると思う。
ドンドルマに移ったせいでバルバレのハンターさんが今後出て来なくなる可能性はあります。プロットとか作らないので気分次第ですが。一応バルバレのトップパーティは出したいと思っている。