「おめでとうございます」
私は笑顔で彼らに祝福を送った。
目の前のハンター達はG1許可証を眺めていくぶん静かに喜んだ。
クソ寒いとこに行った甲斐があったな、と盾斧を背負ったハンターが言うと、ああ俺も二度といきたくないね、と彼らのリーダーらしきマテンロウを背負ったハンターが言った。
崩竜と相対し、成し遂げて戻ってきた例は歴史上に数えるほどしかない。その最初の一人がポッケ村の特命狩人であり、最も新しい例がバルバレのトップパーティであるマテンロウのハンター一党ということになる。
討伐か撃退かという違いはあれどとんでもない偉業であり、だからこそ、死と相対してなお成し遂げる力があると証明したからこそG級クエストの受注を許可されたのである。
しかしながら、大老殿で仕事をするほとんどのハンターが同じようにG級になったのだ。崩竜に限らなければ死などそこらじゅうにあるのだろう。
G級のパーティが一つ増えたところで仕事内容に変化はない。
操虫棍のハンターは相変わらず難易度の高い依頼に執心しており、最も精力的に活動するハンターの一人である。私は今のところ彼の防具が破損しているのを一度も見ていない。
マテンロウのパーティはバルバレとスタンスを変えず、達成可能な依頼の中で可能な限り不確定要素が少なく、しかし難易度はなるべく高いものを選ぶ。またこれは私がバルバレにいたときからそうだったのだが、彼らはクエストを自分で見て選ぶ。私が紹介することはほとんどない。
操虫棍のハンターに桜火竜と鳥竜の狩猟のクエストを紹介して、送り出す。天空山、生態未確定。鳥竜の縄張りを凶暴化した桜火竜が荒らしているような状態らしい。
「はあ」
誰も近くにいないのを確認して小さくため息をつく。吐きたくもなるだろう。
天廻龍は出現していないにも関わらず何処からか広まる狂竜ウイルス、それに伴いどんどん増えるクエスト。G2以上の依頼はもうほとんどが生態未確定で、私の存在意義はどんどん高まる。
黒蝕竜はドンドルマ管轄地域に現れた場合、弱い個体は上位の、ある程度強い個体であればG2以上のハンターに向けてクエストが発行されるが、その数は他の竜に比べてずっと少ない。つまり、感染拡大の直接的な原因は黒蝕竜ではないということだ。書士隊では樹海から飛来するモンスターがウイルスを運んでいるなどという考察もされているが、調査は遅々として進んでいないようだった。
件の狂竜ウイルス研究所が何かしたという報せも聞かず、古龍観測所の報せによると風翔龍は相変わらず警戒中。街は危険とまでは行かないが防衛を任せられるハンターを置いておきたい状態だった。
夕になり、家に戻って着替える。すぐ市場に出かけて買取商に釣ったゼニマスを売り払っていると、マテンロウのパーティが大量の使い捨て砥石を抱えて歩いてくるのが見えた。私はかなりしっかり彼らを視認したが、目は合わない。昼に盛えて夕には人のめっきり減る、つまり今は人が少ない市場なのだが、彼らが私服の私に気付くことはない。
私はなるべく目を向けないように買取商から金を受け取ると足早にその場を後にした。
食材を買い集めながら砥石が安かったのなら買っておこうかと思うが、あれはハンターや漁師でもなければそうたくさん使うものではない。外で刃物を研ぐ必要がある場面はギルドガールには訪れない。
面倒がってギルドストアでばかり購入するハンターも多い中、マテンロウのパーティがああして市場を訪れ安売りだからと買い込むのはハンターらしくないと感じた。異常だとは言わないが、ドンドルマでは集会所で活動するハンターばかりだからこそ違和感を感じる。もしくはバルバレのハンターは皆ああして市場で買い物をしていたのだろうか。そうであれば新人のギルドストア職員が釣り銭の受け渡しに慌てふためくことは無かっただろう。
そんなハンターの事情など知りたくもないが他に考えることもなくて、ついハンターについて思考してしまう。天職だ、と自嘲気味に思うほどには私は四六時中ハンターのことを考えている。
街で一生懸命に生きる人々よりも私はたぶん暇だ。彼らは生業を続けるために奔走していて、私のように暇を潰そうとする必要がない。
あるいは、変わらないのかもしれない。商人がきっとずっと商品の売り方を考えているみたいに、鍛冶屋が新しい武器を考えているみたいに、私もハンターのことをずっと考えている。私がただ考えている時間、つまり日暮れから夜明けまでの仕事をしていない時間を、私以外の人々は実際に働いていて───やめよう。こんなくだらない思考は1zの得にもならない。ハンター用品の安売りを記憶する方がまだ有意義だろう。
蛇王龍ダラ・アマデュラが出現した。
天空山を有する巨大連峰の頂上、千剣山で。
随分と暴れているため、もし蛇王龍が千剣山から移動した場合、非常に危険である。依頼書にはそう書いてあった。
蛇王龍とはなんなのか。一応、そういう龍が存在する可能性が天空山の成り立ちに示唆されていることは知っていた。信じる信じないではなく、知識としてだ。
ハンターの中には意外にも(ハンターを志す動機を考慮すれば意外ではないのかもしれないが)そういった眉唾話を好む連中が多くいるため、学術的価値の低い噂話ですら私の耳に入る。例えば、黒い幻獣が存在する、例えばロックラックとタンジア管轄地域で発見された神域が移動している、例えば、かの天空山の起源であるとされている龍は星を落とす力を持つ、など。なるほど実に馬鹿らしい。しかし全てがまるっきり嘘だとは思えない。
伝承学は概ね竜人学者の専売特許ではあるが、文献に依らない都市伝説の類いはジャーナリストを名乗るごく一部の書士隊の手で暴かれることもある。ハンターはどちらかというと都市伝説のような荒唐無稽で千あるうちの数個に真実が隠されているようなものを好むため、狂竜ウイルスが流行しても古龍出現を予期するものはいなかったが、天空山で落石が増え始めた頃に蛇王龍の出現、凶暴化を予期するものはいくらかいた。
その可能性しか存在しなかった龍の生態調査にドンドルマ最新鋭の飛行船が向かった。これ以上の飛行船はメゼポルタにある大型探査船くらいのものだというほどの、デッキで火竜が暴れても壊れないほどの頑丈さを持つ飛行船だった。
それが、先日帰ってきたはいいものの飛べるのが不思議なほどボロボロで、信じるしかないのに信じたくない信じられない情報と共に絶望感ばかりが運ばれてきた。
一つは、蛇王龍はおそらく星を落とす特殊なエネルギーを操ること。風翔龍が嵐を起こすみたいに、霞龍が姿を消すみたいに、星を落とすということだろう。
もう一つ、こちらの方が信じられないが、豪山龍を遥かに上回る巨体だったらしい。
さらに、蛇王龍ではなく千剣山に関する悪い話が一つ、千剣山頂上部には高温高濃度の酸が至る所にあり、窪地は足の踏み場もないほどだそうだ。
ギルドは当然のように討伐令を出した。
私はこういう古龍出現から発令される討伐命令を聞くたびにそれが本当に必要なことなのかと疑ってしまう傾向にあった。政治的な言い方をするのであれば私はかなり保守的で、要するに怖がりだった。無論、討伐する必要があるかという判断は私より遥かに博識な学者が集って行うはずなので私のような人間が何か考えるのは無意味でしかない。
示された討伐隊の候補は五つ。私の判断で他のパーティを推薦しても構わないらしいが、候補を見る限りそうする理由はなかった。
マテンロウのパーティ───千剣山はバルバレ管轄にあり、元バルバレのトップパーティが受注するのが妥当だから。
操虫棍のハンター───大老殿で最も強いハンターだから。
ヘルブラザーズ───ミナガルデで最も強いパーティだったから。
カチワリのパーティ───大老殿で最も強いパーティだから。
我らの団のハンター───未知の古龍の討伐経験があり、現在ドンドルマを訪れているから。
どれを選ぶべきか。示された選択肢のハンターは皆十分に強いのだから、豪山龍撃退のように全員で行けばいいのではないかと思う。しかし、ギルドは1パーティでの討伐を要請している。これは1パーティでの討伐が可能であるという見込みがあるからだ。竜人の知恵か勘かそれとも古代の文献か、とにかく変に投入数を増やす必要はないのだろう。
マテンロウのパーティに任せるのはあり得ない。彼らは迎撃戦に向いているが、おそらく未知のフィールドではあまり強くない。そもそも安定志向の彼らがこの依頼を受諾するとは思えない。さらに言えばまだG1ランクの彼らには倒せない可能性すらある。
我らの団のハンターもあり得ない。彼女はそもそもG級ハンターではないし、狂竜ウイルス研究所の援助に走り回っているらしいので敢えてその役目を遮ってまで依頼する必要はない。蛇王龍は脅威だが狂竜ウイルスも十分に脅威なので早いうちに対処してもらいたい。
残った三つの中では、カチワリのパーティがいいように思った。カチワリのパーティは壮年に差し掛かったリーダーから最も若い四人目に至るまで全員がギザミヘッドアクス形状のハンマーを持っており、本人たちはカチワリ紅蓮隊と名乗っている。荒っぽくて声が大きく、ある意味絵に描いたような荒くれハンターの集団だがその実クエストには真摯な信頼のおけるG級ハンターだった。
未知の古龍。考えるだけで胃液が逆流しそうになるが、何もしない選択肢はない。私は頼んで印を押すのが役割だから。
私が印を押して一週間もしないうちにカチワリのパーティは帰ってきた。酸で防具がやや溶けている箇所があるものの、五体満足だった。
彼らからの報告は非常に簡潔なものだった。蛇王龍は持ち込んだ設置型バリスタ四門を計95発撃ち込んだ時点で地を這うのをやめて動きを止め、その後頭部をいくらか攻撃すれば完全に沈黙した、と。要するに蛇王龍は最初からかなり弱っていたらしい。
「お疲れ様です」
安堵のため息を漏らさぬよう注意を払いながらカチワリのパーティのギルドカードを更新した。彼らは多少不服そうにしながらもギルドカードを受け取り、大老殿から消えた。
蛇王龍の話題は一週間もすればハンター達から忘れ去られ、私も蛇王龍討伐による天空山の環境変化を警戒してはいたが、二週間もすれば気にも留めなくなった。何もなかった。ああ、なんて素晴らしいことなのだろう。カチワリのパーティは蛇王龍の討伐報酬で一部装備が新しくなっていて、また彼らが強くなったことに感謝した。
ダラアマデュラ忘れてたのでぶっ込みました。亜種がいるので薄めではありますが。