パニッシャーが人類最後のマスターと共に戦うようです   作:ドレッジキング

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実際に複数の聖杯を同時に使ったら不味い事態になりそう……。


第11話 ある普通の少女の願いと罪

警報装置が作動し、けたたましい警報音が鳴り響く中、立香は保管室から盗んだ聖杯をじっと見つめていた。

 

「これがあればパパとママが死ななかった事にできる……」

 

焦点の定まらない瞳の立香は呟きながら、手に持っている複数の聖杯を見比べる。どれも同じ形をしており、色も同じで区別はつかない。だが立香にとってはどうでもよい事だ。立香の顔には狂気的な笑みが浮かび上がり、これから行う行為を想像するだけで心の底から歓喜するのだ。

 

「これがあれば……これがあればパパとママがわたしを出迎えてくれる……!もう一度三人で暮らせるんだ……!」

 

既に正気を失っている立香は、自分が何をしようとしているのか理解していない。だがそんな彼女の脳裏には、両親との幸せな日々の記憶しか残っていないのだ。

 

カルデアに連れて行かれ、そこでの戦いの日々で立香は両親に会いたいと何度も願っていた。自分を愛してくれた父と母に再会する日を夢見て、特異点の修復、空想樹の切除をし続けた。およそ常人では耐えられないような環境の中で立香は両親の待つ家に帰る事を目標に戦い続けた結果が両親の無惨な死である。カルデアに連れていかれた一人娘の行方を追っていただけなのに、魔術協会の手の者によって命を奪われた。単に殺されるだけではない、魔術師の工房に研究材料として贈られたのだ。最愛の娘である立香の行方を追っていただけなのに、魔術協会の執行者によって始末され、死後の尊厳まで踏みにじられた。

 

「パパ……ママ……会いたい……会いたいよ……」

 

正気を失っている筈の立香の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。年頃の少女である立香にとって、両親と過ごす時間はかけがえの無いものだ。だが素人同然の立香は運命の悪戯か、カルデアという魔術師の組織にスカウトされ、そこで人類最後のマスターとしての戦いに身を投じなければならなかった。立香は手にした聖杯を見ながら両親との再会に心を躍らせる。が、その時保管室の扉からダヴィンチ、マシュ、ゴルドルフ、ホームズ、ネロが入ってきた。

 

「やめるんだ立香ちゃん!!聖杯を使うのは危険すぎる!!」

 

「お願いします先輩!!!やめて下さい!!」

 

「邪魔しないでよ……邪魔しないでよ……邪魔しないでよ……!!!」

 

マシュとダヴィンチが必死になって止めようとするが、今の立香に二人の声は届かない。

 

「パパとママに……会いたいの。お願いだから邪魔をしないでくれる?」

 

立香は虚ろな目でダヴィンチ達を見つめる。

 

「やめてくれ立香ちゃん……!君のご両親の事は本当に残念だ……だけど、こんな形で君が幸せになっても、きっと君は喜ばない……!そんなのはただの偽物だよ……!!」

 

「うるさい……!黙れ……!お前達なんかに何が分かる……!?わたしの気持ちなんて何も知らない癖に……!!」

 

立香は自分でも気付かない内に、憤怒の形相でダヴィンチ達を睨んでいた。自分がカルデアにスカウトされなければ、最愛の父と母は死なずに済んだかもしれないという思いから、これまで一緒に戦ってきたダヴィンチやマシュにまで怒りを露わにしている。

 

「騙されてカルデアに連れてこられ……右も左も分からないまま特異点修復に駆り出され……空想樹切除もようやく終盤かと思えばパパとママは殺されていて……二人が何をしたって言うのよ!?」

 

立香は目から涙を流しながら叫ぶ。

 

「わたしは……パパとママに"ただいま"も言う事ができなかった……!もう二度と会えないと思ったから……わたしは……わたしは……」

 

立香はその場に崩れ落ちる。

 

「うぅっ……ひく……わたしは……パパとママに……パパとママに……あいたかったのに……」

 

泣きじゃくる立香を見て、一同は胸を痛める。

 

「だから……わたしの邪魔をしないでよ!!!パパとママが死ななかった事にするだけでしょ!!??それの何がいけないのよ!!!答えなさい……!答えろぉぉぉ!!!」

 

立香は心からの叫びを吐き出す。溢れ出す激情は止まらない。そんな立香の姿を見て、ダヴィンチは目から涙を流しががら地面にへたり込んだ。

 

「すまない……すまない……普通の女の子だった君を戦いに巻き込んでしまって……すまなかった……!」

 

「先輩……私は……先輩が苦しんでいる事に気付いてあげられませんでした……先輩が辛い思いをしていたのに……私は何もできなくて……」

 

マシュは涙を流しながら、膝をついて頭を下げる。

 

「やめるのだマスター!!聖杯を使えば貴様は二度と……二度と後戻りはできなくなるぞ……!!!」

 

「もういいの……わたしはパパとママに……逢いたいの……わたしは……わたしは……わたしはぁ……あああ……ッ……!!!」

 

立香は虚空に向かって手を伸ばす。まるでそこに両親がいるかのように。絶望に満ちた立香は、聖杯という一筋の希望に縋り付く一人の少女に過ぎなかった。そんな立香を見て、ダヴィンチは唇を噛み締める。

 

「ダメだ立香ちゃん……。聖杯を使ってはならない……!カルデアのマスターとしてそれだけは認められない……!」

 

「どうして……なんで分かってくれないの……!みんなして……私の事を馬鹿にして……!私だって……!頑張ってるのに……!」

 

立香は聖杯を握りしめながら、血走った目をダヴィンチに向ける。その瞳には憎悪が宿っていた。

 

「私を戦いに放り込んで、管制室から高見の見物と洒落こんでいる貴女には分からないんでしょうね……!」

 

それは、以前の立香であれば決して言わなかったであろう言葉。だが今の立香にとって、このカルデアにいる者達は敵以外の何でもなかった。自分の両親を死に追いやった原因であり、自分が特異点の修復や空想樹の切除に身を投じる事になった元凶である。そして憎悪の目はマシュにも向けられる。

 

「いつもいつもわたしの事を先輩先輩って呼んで本当に鬱陶しいのよ!!!!わたしはアンタの保護者じゃないでしょうが!!」

 

立香は聖杯を手にしながら、憎々しげに吐き捨てる。それは特異点と異聞帯を共に駆け抜けてきた信頼できる後輩であるマシュに対する言葉ではなかった。

 

「せん……ぱい……?」

 

立香の言葉に、マシュは震えた声で反応した。

 

「なんでわたしの邪魔をするの……!わたしが何をしようと勝手でしょ……!わたしは……わたしは……!もう……もう……!」

 

立香は目に涙を浮かべながらマシュに訴える。

 

「先輩……落ち着いてください……お願いですから……」

 

マシュは悲痛な表情で立香に語りかけた。

 

「うるさい……!黙れ……!アンタに何が分かるの……!?」

 

だがマシュの言葉も空しく立香は激昂する。

 

「嫌なの……!パパとママがいない世界なんて……!だから……だから……!!」

 

立香は虚ろな目で聖杯を掲げる。

 

「よさぬか!!本当に取返しのつかない事になるのだぞ……!!」

 

「立香ちゃん!今ならまだ間に合うんだ!だから考え直すんだよ……!!」

 

ダヴィンチとネロは必死になって立香を止めようとするが、二人の声は届かない。

 

「うるさい……!!!わたしを戦いに放り込んだ癖に偉そうに説教なんかしないでよ……!!あんたらが余計なことしなければ……!!」

 

「済まない……!済まない……!普通の女の子である君を戦いに巻き込んでしまって……!!」

 

ダヴィンチは涙を流しながら、地面に座り込む。戦いとは無縁の生活をしていた立香は、運命の悪戯によって世界の命運を背負わされてしまった。ごく普通の女子高生であった立香にとって余りにも過酷な戦いの日々。だがそれでも人理を取り戻して両親のいる家に帰れるのならと必死で頑張ってきたというのにその結末がこれだというのだろうか?

 

(どうしてこうなったんだ?)

 

ダヴィンチの心の中で何度も繰り返される疑問の言葉。ダヴィンチだけではない、その場にいた誰もが同じ気持ちだっただろう。この場にいる全員の目的は一つしかないはずだ。それは自分達の世界を取り戻す事であるはずなのに、愛する両親の命が奪われ、自暴自棄となり聖杯に手を出す立香の姿は、最早人類最後のマスターではなかった。愛する両親との再会を望む一人の少女でしかなかったのだ。その光景を見てしまったダヴィンチ達は必死になり止めようとするものの、全ては遅かった。

 

「先輩! やめてください!」

 

「馬鹿者っ!! 正気に戻れ!!」

 

「お主は余が認めたマスターなのだ!!勝手に死ぬことは許さぬ!!」

 

マシュ達の言葉に苛立った立香は慟哭の叫びを上げる。

 

「わたしは……わたしは望んで人類最後のマスターになったんじゃない……!!世界を取り戻す為に必死で戦って……その結果がパパとママの死なの……?全部お前らのせいだ……全部お前らが悪いんだぁぁぁ!!!!!」

 

立香は保管庫から盗んだ聖杯を持てるだけ持ち、自分の願いを言おうとする。

 

「よすんだ立香ちゃん!!そんなに沢山の聖杯を使って願い事をすればどんな事態を引き起こすか分からない!!大変なことになるかもしれないんだぞ!?」

 

一つの聖杯を使っても特異点が発生するのだとすれば、複数の聖杯を同時に使えばどんな事が起きるのだろうか?冷静に考えれば恐ろしく危険な行為なのだが、両親の死を無かった事にしようとする今の立香にとっては関係なかった。寧ろ両親と再会する為に必要な代償だとすら思っている。

 

立香は両手に聖杯を持ち、自分の望みを口にする。

 

立香は聖杯の力を使い、「パパとママが生きている時間軸に戻す」「自分が生まれ育った家に帰れるようにする」という二つの願望を叶えようとした。

 

「先輩!!!やめてください!!!!」

 

マシュの叫び声が響く中、立香は聖杯を使った。その瞬間、眩い光が聖杯から溢れ、立香のみならずマシュやダ・ヴィンチまで光に飲み込まれて消えてしまう。

 

マシュ達が消えた直後だった。立香は自分の意識が遠くなっていく感覚に襲われる。まるで夢でも見ているかのような気分だった。目の前に広がるのは懐かしく思える我が家の玄関前。そして扉の向こう側には、立香の父と母がいたのだった……。

 

「パパ……!ママ……!!会いたかった……!」

 

立香は嬉しさのあまり涙を流しながら、両親の下へ走っていく。だがその瞬間、立香は意識を取り戻した。

 

「あれ……?何でここに……?」

 

気が付けば先ほど聖杯を起動させた保管室で気を失っていたようだ。

 

「そんな……!?あれだけ聖杯を起動させたのに……!?」

 

どう考えても聖杯の力が発動したようにしか見えない。そして肝心の使用した聖杯はどこを探しても見当たらなかった。あれだけあった聖杯が一つも無いのだ。

 

「どこにあるの……!?聖杯が……聖杯がないとパパとママが生き返らないのに……!」

 

立香は再び聖杯を探すべく、部屋を出ていく。だが廊下には誰もおらず、不気味な程に静まり返っているではないか。

 

「どういうこと……?」

 

そういえば聖杯の保管室に侵入した自分を止める為に来ていたマシュ、ダ・ヴィンチ、ホームズ、ゴルドルフ、ネロの姿が一切見えない。何処に行ったのであろうか……?その時、立香の脳裏に嫌なものが過る。もしやマシュ達は自分が聖杯を使用した事で、特異点が発生してしまい、別の世界線に飛ばされたのではないか……と。

 

「マシュは……ダ・ヴィンチちゃんはどこにいるの……!?」

 

血相を変えてマシュを探し始める立香。だがマシュもダ・ヴィンチもゴルドルフもいない。誰一人としてノウム・カルデアにはいないのだ。あれだけいた他のサーヴァント達も忽然と姿を消してしまっている。

 

「みんなどこにいるのマシュ!?返事をして……!」

 

立香は泣きながらマシュの名前を呼ぶが、その声は誰にも届くことはなかった。

 

「ごめんなさい……!わたしが聖杯なんて使おうとするからこんな事に……!うぅ……!どうして……どうしてなの……!わたしはただ……パパとママに会いたいだけなのに……!」

 

立香はその場で膝を抱えながら涙を流す。自分が父と母と再会するべく複数の聖杯を同時に起動させてしまったせいで、立香以外の人間やサーヴァントは全て消えてしまったのだ。

 

「わたしは……本当にひとりぼっちになっちゃったんだ……」

 

立香は呆然自失となり、その場に座り込む事しかできなかった……。聖杯を用いて両親を蘇らせようとする自分を止めるマシュやダ・ヴィンチ達を傷つける言葉を吐き、あまつさえ彼等の言葉を無視して聖杯を無断で使った挙句、聖杯の力で両親を蘇生させようとした結果がこれである。立香は絶望に打ちひしがれながらも、どうにかしてマシュ達と連絡を取ろうとするのだが、通信機に反応はなかった。

 

ひょっとしたら何処かの特異点にマシュ達が飛ばされているのかもしれないと考えたのだが、無駄だった。ノウム・カルデアにいたムニエルを初めとするスタッフも全員消失した為、特異点の観測もできない。立香は完全に孤立無援になってしまったのだ。

 

(どうしてこうなったの……?)

 

自分を信頼し、支えてくれた仲間達の忠告を無視するばかりか、彼等との絆まで否定する言葉を吐いて聖杯を起動させた結果がこれである。後悔してもしきれない。

 

(もういい……疲れちゃったよ、何もかも。このまま眠りについてしまおうかな?)

 

立香は床の上に寝転がり、そのまま目を閉じる。いっそ死ねた方がどれだけ楽だっただろうか。両親の死をなかった事にする為に聖杯を使ってしまった自分は、生きる価値など無いのだ。だが寝た所で死寝る筈もないのでとりあえず起きる事にする。幸い食堂に貯蔵してあった食糧は無事だったので当分の間は食うに困らないだろう。それに設備関係が死んでないのがせめてもの救いだった。

 

(この彷徨海にいる人間はわたし一人だけ……。これからずっとここで暮らしていくしかないの……?いやだ……そんなのいやだよ……マシュ……ダヴィンチちゃん……!誰か助けてよぉ……!寂しいのはいやなの……!お願いだから帰ってきてよ……!)

 

孤独感に耐え切れなくなった立香は号泣する。これは聖杯を使おうとした自分に対する罰なのだろうか?このまま孤独に朽ち果てろというのか?

 

「そうだよね……。これはわたしへの罰なんだ。だったら甘んじて受け入れないと駄目なのかも」

 

立香は自嘲気味に笑う。この世界にいるのは立香ただ一人だけだ。当然マシュ達の姿はない。今頃マシュ達は別の場所で彷徨海の探索を続けているのだろう。そもそも生きているのかさえ怪しいが。

 

立香は自分が犯してしまった罪の大きさをマシュや他の仲間まで消失した事でようやく理解する事ができた。立香は今まで様々な苦難を乗り越えてきた。だがそれは全て自分の力だけで成し遂げたものじゃない。共に旅をしてきたマシュを始めとした多くの英霊達が力を貸してくれていたからだ。だが今の立香はたった一人で彷徨海に取り残され、孤独な生活を送っている。そんな生活が三か月間続いた。立香は食堂の調理場で自分が食べる料理をひたすら作り続けたのだ。

 

「今日もご飯を作るのに飽きてきました……」

 

立香は独り言を言いつつ、作ったばかりの朝食を食べる。食事は自分で作っているものの、味気のない日々を過ごしており、毎日のように同じメニューを食べ続けている。食堂の厨房担当であったエミヤ、ブーディカ、タマモキャット、紅閻魔はもういない。立香は孤独に苛まれつつも、どうにか生きている。自殺など単なる逃げに過ぎない。死んだところで両親の事を無かったことにはできないのだ。ならば生きて償わなくてはならない。

 

「けどどうやって償わなきゃいけないの……。ここでただじっと死人同然に生きていくのが正しいの……?」

 

立香は自分の部屋に戻り、ベッドの上に横になる。マシュ達がいなくなったことで、立香の生活は大きく変わってしまった。そして立香はマイルームに備え付けられているシャワー室に入るべく服を全部脱ぎ捨てた。立香は浴室に入り、蛇口を捻る。すると冷たい水が勢いよく飛び出し、全身ずぶ濡れになった。立香は水を浴びたまま目を閉じて物思いに耽る。マシュ達がいなくなってからというもの、まともに眠れていない。眠ろうとしても罪悪感で胸を押し潰されそうになるのだ。立香はそんな状態のまま一日を過ごす事になる。立香はシャワー室から出ると、バスタオルで身体を拭き、全裸のままマイルームから出た。自分以外に人がいないのなら、恰好など気にする必要もない。下着を穿くのも面倒なので裸のままでいる事にした。

 

(すっぽんぽんで外に出るのはやっぱり恥ずかしいなぁ……。誰もいないのは分かってはいるけど癖になっちゃってるみたいだし……)

 

毎日刺激のない生活を続けるのが苦痛な立香は、たまに気分転換の為に外出をする。衣服を着ずに生まれたままの姿で動き回る光景をサーヴァントやマシュに見られたらと思うと恥ずかしい気持ちで一杯になる。だが今の彷徨海には立香以外いない。

 

(シミュレータールームで時間を潰すのもアリだけど、こうして外を露出徘徊するのもいいかも……。何かスリルがあって楽しいし……)

 

立香の顔は紅潮しており、息遣いが荒くなっている。普段の立香からは想像がつかない姿だが、これも一種のストレス発散方法なのかもしれない。立香はしばらく歩き続け、彷徨海の中を散策する。だが途中で疲れた立香は近くの部屋に忍び込み、そこで休憩を取ることにした。

 

「ふぅ~、疲れた……」

 

立香は部屋の中にあったソファーに腰かける。立香はしばらくの間休むと、部屋から出ようとする。が、その時部屋の入口に立っている人影を目にした。

 

「アビー……?」

 

部屋の入口に立っているのはアビゲイル・ウィリアムズだった。アビーはソファから立ち上がった立香の姿を目を丸くしながら見ていた。

 

「アビー!!よかった!戻ってきたのね……!」

 

立香は嬉しさのあまり涙を流し、彼女に近づこうとする。が、アビーの口から思いもよらぬ言葉が出てきた。

 

「えっと……お姉さんは誰?ここは関係者以外は立ち入り禁止よ……?」

 

立香はその言葉を耳にし、思わず足を止めてしまう。

 

「え……?アビー、わたしが分からないの……?」

 

そんな筈がない。だって目の前にいるのは間違いなく立香の知っているアビゲイル・ウィリアムズなのだ。彼女はいつも立香と一緒にいたではないか。なのに何故知らないふりをしたのか? 混乱する立香に対して、アビーは困惑の表情を浮かべるだけだった。そんな彼女の反応を見て立香の頭の中で嫌な予感が生まれる。

 

「あの……どうして私の名前を……?それにどうしてそんな格好なの……?」

 

アビーの言葉に立香の心臓が大きく跳ね上がる。今の自分は素っ裸なのだという事を思い出し、慌てて両手で胸と股間を隠した。

 

立香は顔を真っ赤にしてその場にしゃがみ込む。

 

(うそ……!どうして!?どうしてわたしの事を覚えてないの……?)

 

立香は泣き出しそうになりながらも、必死になって考える。

 

(もしかしたら記憶喪失……?聖杯を使ったんだからそうなってもおかしくはないよね……)

 

そう、三か月前に複数の聖杯を用いて両親の死を無かった事にしようとした結果、マシュや他の仲間達はノウム・カルデアから消失したのだ。聖杯の影響でアビーの記憶が無くなっていてもおかしくはない。そう思った立香はアビーに声をかける。

 

「聞いてアビー!わたしはあなたのマスターである藤丸立香よ!!覚えてないかもしれないけど、わたしはあなたのマスターなの!」

 

が、立香の言葉を聞いてアビーは首を傾げる。

 

「確かに私のマスターは藤丸立香だけど彼は……」

 

その言葉と同時にアビーは忽然と姿を消した。

 

「え!?アビー、どこ?どこにいるの?」

 

立香は突然消えたアビーを探すが、彼女はどこにもいない。まるで幽霊のように消えてしまったのだ。

 

「どうしよう……。このままじゃわたしはまた一人ぼっちになっちゃう……」

 

立香は不安に押しつぶされそうになった。

 

それから数日後、立香は再びサーヴァントに遭遇する事となる。ある日、いつものように廊下での露出徘徊を楽しんでいると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「……お主は何者だ?ここで何をしておる?」

 

立香は振り返り、そこに立っていた女性の姿を見て驚く。それは紛れもなく影の国の女王であり、ケルト神話の英雄スカサハだった。立香は驚きのあまりに悲鳴を上げてしまう。立香は咄嵯に両手で自分の胸と下半身を隠した。

 

「見ない顔だが、どうやってこの彷徨海に来たのだ?まさかあのアベンジャーズとかいう別世界から来た連中の仲間か?」

 

(アベンジャーズ……?何の事を言ってるのかさっぱりだけど、スカサハ師匠もわたしの事を覚えてないみたい)

 

数日前のアビーと同じく、スカサハも自分の事を覚えていないようだ。立香は何とか誤魔化そうとする。

 

「あ、あなたは一体誰なんですか……?私はただの一般人です……。ここに迷い込んだだけです……!」

 

だが、そんな立香の反応を見たスカサハは怪訝な顔つきで立香を見てる。明らかに怪しまれているではないか。

 

「怪しい奴め……。もしや、例のアベンジャーズの一員なのか……?」

 

(やばい……。どうにかしないと……。でも、どうやってごまかすの……?)

 

焦った立香は何も考えずにその場から離れようとした。だが、スカサハによって腕を掴まれて引き寄せられる。

 

「そんな恰好で彷徨海を歩き回るとはいい度胸をしてるな……」

 

立香は抵抗するが、所詮は人間に過ぎない。いくら暴れても振りほどく事ができない。

 

(まずい……。殺されるかも……!!)

 

だがその瞬間、立香の腕を掴んでいたスカサハは消失した。数日前のアビーの時と同様に忽然と姿を消したのだ。

 

「あれ……?また消えた……?何がどうなってるの……?」

 

立香は訳が分からず呆然となるが、すぐに我に返る。

 

(とにかく逃げないと!)

 

立香は一目散に逃げ出し、マイルームに閉じこもる。

 

「意味が分からないけど、ここなら安全かな……?」

 

立香はベッドの中に潜り込んで震えていた。

 

(わたしが見たスカサハ師匠とアビーはただの幻だったの……?)

 

そう思うしか他になかった。そして翌日、立香はもう一度廊下を徘徊していた。流石に全裸で歩き回るの危険すぎると判断したのか、今回はちゃんと服を着た状態で徘徊する。

 

(今度は大丈夫……。もうあんな事は起きないだろうし……)

 

そして立香は自分の目の前でガレスと酒呑童子が廊下で戦っている光景を目撃する。酒呑童子が持つパワーはガレスを完全に圧倒しており、戦いはほぼ一方的だった。

 

(え……!?何で二人は争ってるの!?)

 

二人の争いを目にした立香は困惑する。何故二人が喧嘩をするのか理解できなかったからだ。そして廊下の壁にもたれかかる黒いコートと防弾チョッキを着た白人の男が目に入る。腹から血を流しており、このままでは出血多量で死ぬだろう。立香は目の前で倒れている男の元へと近づく。

 

「大丈夫ですか?」

 

立香は腹から血を流して倒れている男に肩を貸し、医務室まで運ぼうとする。

 

「しっかりしてください!わたしが医務室にまで運びますから」

 

立香は男の肩を貸しつつ、医務室へと移動する。

 

「パニッシャー殿!おひとりで動かれては危険です!このガレスが肩を貸すので今しばしお待ちを!」

 

ガレスの叫びを無視して、立香はパニッシャーと呼ばれたこの男と共に医務室へと向かう。

 

「嬢ちゃん、名前は……?」

 

「わたしですか?わたしの名は藤丸立香です」

 

「おい、冗談言うな。そんな筈ないだろう……」

 

パニッシャーは立香の言葉が信じられないというような顔をしていた。そして立香はパニッシャーを医務室の入口前に降ろした。

 

「すみません、もう時間なのでわたしはこれで……」

 

そう言って立香はその場を立ち去った。立香はガレスと酒呑童子が争っていた現場に向かうと、既に二人はいなくなっていた。戦いの痕跡も綺麗さっぱり消えている。

 

「これってやっぱり……わたしが並行世界のカルデアに転移しているって事なの……?」

 

立香自身が自分でも気づかない内に、並行世界のカルデアにレイシフトしているのだとすれば、スカサハやアビーが自分の事を覚えていないのも納得できる。これも複数の聖杯を起動させた事による影響なのだろうか?

 

(とにかく今は状況を把握しよう……。どうしてこうなったのか調べる必要があるよね……)

 

そう思いながら立香はマイルームに戻る。それから数時間後、マイルームの外へと出た立香は廊下を徘徊し始めた。

 

(並行世界でも……マシュやダ・ヴィンチちゃんにまた会えるとすれば……)

 

自分が複数の聖杯を起動させた事で、自分が知るマシュとダ・ヴィンチは消失してしまった。だが並行世界には自分を知らないマシュとダ・ヴィンチがいる。例え自分の事を知らないマシュやダ・ヴィンチでも今は二人に会いたかった。

 

(……マシュに会ったらなんて言おうかな?久しぶり?それとも初めまして?どっちがいいんだろ……)

 

そもそも並行世界のマシュが自分の事を知っている筈がない。自分が知るマシュはもういないのだから……。その事実に胸が締め付けられる立香の目からは涙が溢れ出す。

 

(ダメ……泣いたら……。まだ泣くわけにはいかない……。だって、これからもっと辛い事が起きるかもしれないし……)

 

だが立香はその場に蹲り、とめどなく溢れる涙を床に滴らせる。

 

(ゴメン……マシュ……ダ・ヴィンチちゃん……!わたしが自分勝手な願いで聖杯をたくさん使ったせいで……!!)

 

罪悪感と自責の念から立香は嗚咽を漏らす。こんな状況に陥ったのは両親を死から救おうとした自分の責任だと立香は思った。今日まで何度涙を流しただろう。だが悲しみに底などない。立香の目からは涙が止まらなかった。

 

「うぅ……グスッ……!」

 

そしてそんな立香に、声をかける存在がいた。




ぐだ子を全裸徘徊させているのはリヨぐだ子のオマージュです(オイ)

そもそも精神がかなり病んでる状態なんで、正常な判断が付かなくなっているんですが
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