パニッシャーが人類最後のマスターと共に戦うようです 作:ドレッジキング
「ここ……は……?」
「よかった!目を覚ましたんだね!」
ダ・ヴィンチは床に横たわるパニッシャーの顔を覗き込みつつ、嬉し涙をこぼす。そして傍では心配そうな表情を浮かべていたマシュの姿もあった。どうやら自分はあの後、意識を失っていたらしい。そう……藤丸を山羊頭の怪物に変えたモレーによって瀕死の重傷を負わされたのだ。周囲を見ると自分がいるのはカルデアの管制室だ。どうやらあの特異点を修正した後に戻ってこれたらしい。そして藤丸も意識を取り戻したパニッシャーに駆け寄り、彼の身体を抱き寄せる。
「よかったおじさん!無事で本当に良かった!!」
「心配するな……。そう簡単に俺は死にはしない」
藤丸もダ・ヴィンチと同じく目尻から涙をこぼして、安堵の声を漏らす。ふと、奥の方を見るとそこにはモレーが立っているではないか。彼女はパニッシャーが目を覚ましたのを見てあからさまに「げっ!?」という顔をしていた。そして全身に走る激痛を感じながらパニッシャーは立ち上がり、ふらふらとした足取りでモレーに近付いていく。
「モレー……!立香をあんな山羊の怪物にした償いをしてもらうぞ……!」
「えーと……心臓貫かれたのに生きてるってどゆこと?あたしの剣で確かに貫いたはずなんだけど……」
しかしモレーが喋っている最中にパニッシャーは拳で彼女の顔面を殴りつける。当然サーヴァントである彼女には一切通じていないが。
「パニッシャー君!落ち着いてくれ!」
「その……彼女が先輩を山羊頭の怪物にした事はエリザベートさんから聞いています!モレーさんはこれから退去するので、手を出す必要は……」
「退去?退去だと!?立香をあんな目に遭わせておいて、何の罰も受けずに退去するだと!?」
が、マシュの言葉はパニッシャーの怒りの炎にガソリンを注いだだけに終わった。パニッシャーは懐から軍用ナイフを取り出すと、それでモレーに斬り掛かる。
「うわっ!?」
咄嗟に回避したモレーだが、それでもパニッシャーの攻撃には一切の迷いがなかった。更に追撃しようとパニッシャーがモレーに襲いかかろうとした時、後ろから誰かが彼の身体を抑えたではないか。
「黒イヌ!もうやめなさい!相手はサーヴァントなのよ!」
「離せっ!!俺はあいつを殺す!!」
「落ち着きなさい!ここはカルデアよ!モレーはもう退去するんだから、これ以上攻撃する必要は……!」
エリザベートの言葉を聞き、パニッシャーは後ろにいるダ・ヴィンチ、マシュ、藤丸の顔を見る。三人ともモレーに対する罰を望んでいない様子だ。だが彼はそんな事など知った事ではないとばかりに、エリザベートの拘束を振りほどこうとする。だが、そんな彼の腕にそっと手を添えてくる者が現れた。
「おじさん……お願いだから、やめて下さい……。」
「何故だ?この女は特異点にある城でお前を深淵の聖母とやらに変えようとしたんだぞ?そのせいでお前はあんなバフォメットもどきの怪物にされたんだ」
パニッシャーはモレーを指差しつつ、彼女が藤丸に対してした仕打ちを告げる。それに対し、マシュとダ・ヴィンチは彼女に代わって謝罪するのだった。
「すまないね……。まさか君がそんなに怒るとは思わなかった。けどもうモレーはカルデアを退去する。これ以上責め立てる必要は……」
「立香はお前たちにとって大切な仲間じゃないのか!?下手をすれば永遠に山羊頭の怪物の状態から元に戻れなかったかもしれないんだぞ!!ダ・ヴィンチ、マシュ、お前たち二人は立香がやられて平気なのか!?」
パニッシャーの怒号が管制室に響き渡る。彼の言葉にマシュとダ・ヴィンチは申し訳なさそうに視線を下に向けた。
「あの……私は、先輩は大丈夫なのではないかと思っていました。確かにモレーさんのした事は許されません。しかし先輩はモレーさんに対する処罰は望んでいませんし、私も同じ気持ちです」
「自分の大切な人間が酷い目に遭わされて、それでよく冷静でいられるな……!」
パニッシャーは憤慨した様子でマシュとダ・ヴィンチに言う。確かに藤丸がモレーから受けた仕打ちを考えれば、彼女を赦せるはずがなかった。
「……確かに彼女は私達と敵対していたし、そもそも特異点を生み出した元凶でもあるからね。けど彼女が行おうとした深淵の聖母を降臨させる儀式は失敗した。彼女にとっての罰はそれだけで十分じゃないか」
ダ・ヴィンチの言葉に今度はエリザベートが口を開いた。
「そうよ黒イヌ。必要以上に処罰や制裁を加えるやり方はカルデアでは推奨されていないじゃない。子イヌも元に戻ったわけだし、これ以上責めても意味ないわ」
「お前の意見などどうでもいい!だが、俺は納得しないぞ……!こいつは俺達が守るべき人間を傷つけたんだ……!」
パニッシャーはモレーの方に向き直る。
「血の気多過ぎませんか?というよりあたしは特異点であなたに身ぐるみ剝がされて全裸にされたんですからねー!」
そう、パニッシャーは協力を申し出たモレーに対して首輪を付けて犬のように四つん這いで歩かせたり、彼女に対して霊衣を全て脱いで全裸になるように強要したりしたのだ。
「何だって?それは本当かい?」
「えぇ、そうですよ。あたしはこの方に全裸になる事を強要された挙句、犬のような扱いをされましたとも」
そう言ってモレーは両手を上げて降参したかのように振る舞う。
「……パニッシャー君」
ダ・ヴィンチは悲しそうな表情でパニッシャーを見つめている。事実なので仕方ないにしても、マシュとダ・ヴィンチにバレるのは何とも気まずい。
「その……全裸にした挙句に犬のように四つん這いでの歩行を強要するのはどうかと……」
「まぁ……あたしも同じ事をするかもしれないけど」
「二人共、少し静かにしてくれ」
二人の会話をダ・ヴィンチが遮る。ダ・ヴィンチの表情はいつもの飄々とした感じが消え失せていた。代わりに無表情でパニッシャーをじっと見ている。
「パニッシャー君、幾ら敵とはいえ女性に対してあまり手荒な真似は良くないんじゃないかな?裸にひん剥いて無理やりに犬の真似をさせるなんて、人として最低だよ?」
「はい、そうですね。私も同じ意見です」
そしてモレーは泣き落とし作戦に出たのか、涙を流しながらマシュとダ・ヴィンチに対してパニッシャーから性的な辱めを受けていた時の屈辱と悔しさを語り始める。
「あたしは犬のように歩かされ、人間の言葉を喋る事さえ禁じられました。犬のように"ワン!"とだけ吠えさせられて、人間の言葉を喋れば罰を与えられます。まるで犬になった気分でしたよ」
「ふむふむ……。パニッシャー君がそんな事をねぇ。私にはとても信じられないけどなぁ」
「……にわかには信じられないのですが……えっと……パニッシャーさんなら何となくやりそうな雰囲気があるなぁ……と」
「確かに女性にそういった事を強制する行為は褒められたものではないね。それは私でも分かる事だ」
「ダ・ヴィンチちゃんの真顔が怖い……」
藤丸は冷や汗をかきつつ苦笑いをしている。モレーに対してのパニッシャーなりの罰なのであるが、当然ながらマシュやダ・ヴィンチには受けが非常に悪い。サーヴァントとはいえ女性に対する仕打ちにしてはあまりにも非道な行為だった。
「彼女が許せないのは分かるけど、人として最低な行為だけはしちゃいけないよ?君は男性なんだからちゃんと理性を持って行動してほしい」
ダ・ヴィンチが優しく言い聞かせるように語るが、それに対してエリザベートが横から割り込んでくる。
「ええと……私も黒イヌがモレーをスッパにひん剥く事に賛成しちゃったのよね……。だから黒イヌだけ責めるのは筋違いよ。私にも責任があるから」
「やれやれ、君まで加担していたとは……。君も立派な共犯者の一人だね」
ダ・ヴィンチは溜息をつきながらパニッシャーとエリザベートの二人を見る。
「捕虜に対する酷~い仕打ちはカルデアの主義じゃないでしょう?あたしはこの二人から性的な辱めを受けていましたからね~」
ドヤ顔で語るモレー。
「君の場合は自業自得な気もするけどね……」
「ですが私は先輩が元に戻られて良かったと思います!」
「……」
マシュは藤丸の隣に立つと、彼の手を優しく握り、藤丸もマシュに微笑み返す。
「ありがとうマシュ。心配かけてごめんね」
「まぁ何にせよ、無事で何よりだよ。一時はどうなる事かと思ったさ」
ダ・ヴィンチが安堵の表情で話すが、パニッシャーは未だに納得できない様子だった。目の前のモレーに対する殺意は針を振り切る程に高まるばかりである。そしてこっそりとモレーに近付き、銃で頭部を射抜こうとするが、それに気付いたダ・ヴィンチがパニッシャーの横に立つと、彼の腕に手を添えながら首を振った。
「気持ちは分かるけど落ち着いてくれ。モレーのした事は許されないけど、彼女はカルデアから退去する。それでいいじゃないか?」
ダ・ヴィンチがそう告げるが、それでもまだ怒りが収まらないパニッシャー。
「すぐ怒りに身を任せようとするのは君の悪い癖だよパニッシャー君。君はもっと理性的にならないとね」
パニッシャーは自警団員として怒りに身を任せながら犯罪者や悪党を殺戮し続けていたが、このカルデアでマスターとして所属している以上は、自警団をしていた時のようにはいかない事はパニッシャー自身も十分に承知している。しかし藤丸を深淵の聖母とやらに変えた事はカルデアにとっても看過できない所業の筈だ。にも拘わらずモレーを大人しく退去させてあげているのはマシュとダ・ヴィンチなりの温情だろうか?二人は良くも悪くも優しい性格なので、藤丸に手を出したサーヴァントでも過剰な制裁を咥えたりはしないのだが、一歩間違えれば藤丸は元に戻らなかったかもしれないのだ。それを考えればモレーの所業は許せないし、このままアッサリ退去させるだけで済ませるというのは納得しがたい。藤丸本人はそこまで怒っておらず、マシュとダ・ヴィンチもモレーが藤丸にした仕打ちを理解しつつも、彼女の退去を認めているが、パニッシャーは納得できない。
「マシュ、ダ・ヴィンチ。お前たちの優しさは俺も理解しているつもりだが、今のお前たちが見せているのはモレーに対する優しさ"じゃなく"甘さ"だ。温情を与えるのは時と場合にしてくれ」
パニッシャーはモレ―に対する罰を下そうとせず、彼女の退去を認めているマシュとダ・ヴィンチを非難する。それに対してマシュが口を開く。
「パニッシャーさん……。私は確かに甘く考えているかもしれません。ですが、カルデアは過ちを犯したサーヴァントを糾弾したり裁いたりする組織ではありません」
「マシュの言う通りだよ。これが私たちカルデアの方針なのさ。……納得できないのは分かるけど、彼女は……モレーはこれ以上暴れず、素直に英霊の座に退去してくれる。それならそれで良しとして、私たちは彼女を送り出してあげればいいんだよ」
どうやらパニッシャーが何を言っても、結局はモレーへの処遇を変える気はないらしい。二人の頑固な意思を感じ取ったパニッシャーは溜息をつく。マシュとダ・ヴィンチの優しさはこの先で枷になってしまうだろう。それにモレーはいずれ再びカルデアの前に現れる可能性が高い。その時になって後悔しても遅いというのに、お人好しな奴らだと呆れたのだ。そしてそんなパニッシャーに藤丸が寄り添う。
「おじさん、俺は気にしてないから彼女の退去を認めてあげて?おじさんだって酷い怪我を負ってまで頑張ってくれたんだから……」
そう言いつつ、まだ傷が癒えていないであろうパニッシャーの身体を支える藤丸。パニッシャーは自分を支えてくれた藤丸の頭を優しく撫でる。
「えへへっ♪ありがとね、おじさん♪」
藤丸はパニッシャーに撫でられて嬉しそうに笑う。そんな二人を見て、ダ・ヴィンチとマシュも安心したように笑った。
「おやおや~?パニッシャー君は藤丸君のお父さんみたいだね~?」
ニヤニヤしながら茶化すように言うダ・ヴィンチ。マシュもクスクスと笑う。二人の様子を見たエリザベートも微笑ましそうに見つめていた。
「黒イヌ、アンタがお父さんなら悪い事はしちゃいけないって口酸っぱく教えてきそう。仮に私のパパがアンタなら、悪事なんてやれそうもないわね」
エリザベートもそう言って、笑いながらパニッシャーをからかう。確かにパニッシャーであれば自分の子供に対して人一倍モラルや道徳の重要性を学ばせるに違いない。
「黒イヌって子イヌの事を本当に大事にしているのねぇ」
エリザベートはパニッシャーの隣に立つと、肘を用いて彼の身体をウリウリと突っつく。そしてパニッシャーもエリザベートの頭を優しく撫でた。
「な、なによ……。私の頭を撫でたって何も出ないわよ……」
そう言うエリザベートは顔を赤らめながら照れていた。
「それよりエリザベート、デッドプールの野郎はどうした?アイツはサーヴァントじゃないからあのまま特異点に残ったんだとは思うが……」
「ん?あの赤いタイツなら私や子イヌ、アンタが退去する前にどこかに転移しちゃったわよ?」
デッドプールがなぜあのメルヘンな特異点にいたのかは不明だが、どの道またどこかの特異点で顔を合わせる事になるだろう。久しぶりに会って相変わらず賑やかでお喋りだったが、恐らくあの調子ならどんな特異点でも生きていけるだろう。
「それじゃあたしはそろそろ退去しますね~。私は今回の特異点での記憶を引き継げないので、このカルデアで召喚されればあなた達の事は覚えていません」
「今度は味方として会えるといいね」
自分を深淵の聖母に変えた張本人であるモレーに対して怒りの言葉も出さず、"次は味方として会いたい"と言えるのは流石人類最後のマスターともいうべきか。こういった部分があるからこそ、これまで多くの特異点の修正をこなしてこれたのだろう。
「あぁ、伝え忘れていましたが、私はあの特異点そのものを作り上げたわけではありません。あの特異点を創造した張本人は別に存在します」
「……何だって?」
「もう時間がありませんので、ここらでお別れですね。それじゃあ皆さん、縁があればまた会いましょう」
そう言い残すとモレーは笑顔で手を振ってその場から消失した。彼女の言葉をそのまま受け取るならば、今回の黒幕が別の所に潜んでいるらしい。今はまだ戦う機会がなくとも、いずれ必ず会う事になるだろう。
「それにしてもあの特異点で会った王子様って誰だったんだろ……。顔ぐらい見ておきたかったわ」
そう、迷妄の森やチェイテシンデレラ城で助言をくれた王子様が誰なのかサッパリ分からなかった。王子様の存在が謎のまま今回の特異点の騒動は幕を閉じる事となる。
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パニッシャーはノウム・カルデアの廊下をダ・ヴィンチ、藤丸と共に歩いていた。途中、ドクター・ストレンジに会い、彼の魔法で身体に異常がないかどうか調べてもらったが、特に問題はないと言われた。その際にパニッシャーは頭の中にモヤが掛かったかのような感覚を覚えたが気にしない事にした。特異点でモレーの剣で胸を貫かれたにも関わらず、こうして生きている事自体が不思議なのだ。ストレンジから問題無いと言われたとはいえ医務室に向かい、適切な診査を受けるに越した事はない。廊下を歩き、もうすぐ医務室へと辿り着く時に廊下に取り付けられている手摺に捕まりながらリハビリしている銀髪の青年と会った。病衣を着た銀髪の青年は目に隈ができてはいるものの、顔立ちは整っており美男子の部類に入るだろう。ダ・ヴィンチは銀髪の青年に近付きながら声を掛ける。
「やぁカドック。調子はどうだい?」
どうやら彼はカドックというらしい。カドックはダ・ヴィンチを見ながら呟いた。
「最悪だよ」
彼の言葉を聞いたダ・ヴィンチは苦笑いをしながら話しかける。
「まだ怪我の調子が良くないんだね。だけどしっかりと休息とリハビリに専念したまえ。時間はかかるかもしれないが君なら乗り越えられるさ」
そう言いながらダ・ヴィンチはカドックの肩を軽く叩いた。それに対してカドックは素っ気ない態度を取る。
「フン。他人事みたいに言うんだな」
ふと、カドックとパニッシャーの視線が合う。それを見たダ・ヴィンチはパニッシャーに対してカドックの紹介をした。
「そういえばパニッシャー君は彼に会うのは初めてだったね。彼はカドック・ゼムルプス。私たちと同じカルデアのメンバーで、藤丸君と一緒に人理修復をしているんだ。こちらはパニッシャー君といって、新しくカルデアに入る事になった新米のマスターなのさ」
ダ・ヴィンチはパニッシャーに対してカドックを紹介し、カドックに対してもパニッシャーをカルデアに参加することになった新米のマスターだと伝えた。
「……パニッシャー。本名はフランク・キャッスルだ」
パニッシャーはカドックに対して手短に自己紹介をした。
「ああ……よろしく……」
カドックはどこか歯切れの悪い返事で答える。藤丸以外にもカルデアに所属しているマスターがいるとは初耳だが、とりあえずカドックもこれから共に戦うマスターとして肩を並べて戦場に立つ事になるだろう。藤丸とパニッシャーは先に医務室に向かい、その場にはダ・ヴィンチとカドックだけが残された。
「……何で僕がカルデアに所属しているマスターなんて嘘を付いた?」
カドックは遠ざかっていくパニッシャーと藤丸の背中を見ながら、隣にいるダ・ヴィンチに言う。
「何でって……それは君の身の安全を守るためだよカドック」
ダ・ヴィンチも去っていくパニッシャーの背中をじっと見つめながら呟いた。
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藤丸がパニッシャーと共に医務室に向かっているのと同時刻、消灯され誰もいない彼のマイルームの机に置かれたソーから貰った通信機から酷く取り乱した声の救援要請が入った。
「――――聞こえる!?――――こち――ら――――ヘイムのヒルド!――――に襲撃されてるの!お姉さま――――やられ――――ヘイムは奴の軍隊に襲撃を受けています――――――!このままでは女王陛下が奴に――――ゴッドブッチャーに殺――さ――――れ――――」
通信機からの救援要請はそれで途切れてしまい、再び藤丸のマイルームは静寂に包まれる事となった。
次回から新章に突入。