パニッシャーが人類最後のマスターと共に戦うようです 作:ドレッジキング
マシュはベッドで眠る藤丸の顔を覗き込んだまま心配そうな面持ちで彼の手を握っていた。その顔色は非常に悪く、大量の汗を流しているのがわかる。マシュだけではない。藤丸の様子を見に来た他のメンバーも沈痛な面持ちをしており、その表情を見れば事態がどれだけ深刻なのか容易にわかるだろう。
「やっぱり……藤丸君は無理をしていたのかな……。私としてはもう少し休むべきだと思ったんだけど……」
ここ最近は精神的に疲弊していた藤丸だが、今日は見違える程の意思の強さと決意に満ちた表情をしたカルデアのマスターに相応しいものだったが、マシュとの会話の最中に突然倒れてしまったのだ。マシュは藤丸に対して"何故パニッシャーの事を『おじさん』と呼んでいるのか?"という何気ない質問をして、この前のハロウィンの日にパニッシャーと共に特異点に行き、そこでモレーの手によって二つに切り離された際にパニッシャーを呼び捨てで呼んでいたのだ。一緒に行動していたエリザベートはその事が気になったらしく、マシュに伝えたらしい。本当に何気ない疑問だったのだが、藤丸にとっては地雷だったようだ。
「パニッシャーさんは以前にこのカルデアがある世界とは別の並行世界に存在する冬木で行われた第五次聖杯戦争にアベンジャーズの皆さんと一緒に介入したと仰っていましたよね?そこで幼少期の先輩と会ったと言っていましたが……」
「あぁ、確かに俺は幼い日の立香と会った。あ、男の方の立香だぞ?それで俺は子供の立香と一緒に行動していたんだが……。あの子は……」
パニッシャーの表情が暗くなる。恐らく子供の立香の身に何かがあったのだろう。
「だが今ベッドで寝ている立香が俺と過ごした記憶を持っている筈がない。並行世界の幼少期の記憶を持っている事になるからな」
「そうですね……。ですが先輩は時折コフィンを使わずにレイシフトする事があります。その際に並行世界の冬木にいる幼少期の自分と融合してしまい、そこでパニッシャーさんと過ごした事で記憶を持ってしまったのでは?」
可能性としては多いに考えられる。だが藤丸は今まで並行世界の冬木の聖杯戦争にレイシフトした事をマシュ達に話していない。彼の性格を考えれば隠すような事はしないし、だからこの線は正直信憑性に乏しいと言える。
「やっぱり無理が祟ったのかな……。キミはここ最近本当に辛い思いをしていたからね」
ダ・ヴィンチは両親の死を聞き、動揺して涙を流していた時の藤丸を思い出し、悲痛な表情になる。
「私としては彼には立ち直って欲しいと思っているんだけど、それはやはり難しい事なのかな」
ダ・ヴィンチは溜息をつく。彼女の言う通り、こればかりは時間が解決してくれるまで待つしかないだろう。しかし藤丸が改めてカルデアのマスターとして戦う決意を示した矢先にこんな事になるとは誰も予想していなかった事だ。そんな時、寝ていた藤丸が瞼を開ける。
「よかった!先輩、目を覚ましたんですね!」
マシュは喜びながら言う。
「……あれ、ここは?」
彼は周囲を見渡している。まだ意識が朦朧としているようだ。
「君は倒れたんだよ。もう大丈夫なのかい?」
心配そうな面持ちでダ・ヴィンチは言う。
「先輩、どこか痛いところはありませんか?吐き気とかありませんか?」
「えっと……お姉ちゃん誰?」
藤丸の言葉にマシュは愕然とした。まさか記憶喪失?目の前にいる自分の事を忘れてしまっているのだろうか?マシュの思考は藤丸の一言で混乱している。そして藤丸は周囲を見回すと、パニッシャーを目にする。
「あ!おじさん!」
パニッシャーを見つけた藤丸は目を輝かせてパニッシャーの胸に飛び込む。その光景を見たダ・ヴィンチとマシュは目をまん丸とさせた。今の藤丸はまるで幼い男の子のような雰囲気である。
「え、ええ!?」
ダ・ヴィンチは思わず驚愕の声を漏らす。マシュに至っては完全に言葉を失っているようだ。そんな中、パニッシャーは落ち着いた様子で答える。
「立香……なんだな?俺の事を覚えているのか……?」
「うん、あの桃色の髪の毛のお姉ちゃんはどこにいるの?あのお姉ちゃんの尻尾をまた触ってみたい」
「アイツはもういない。だから俺だけだ」
パニッシャーの前ではまるで無邪気な子供のようにはしゃぐ藤丸。そんな彼の行動にダ・ヴィンチ、マシュ、立香も流石に困惑していた。
「え、えっと……先輩、私はここにいますよ?」
マシュは恐る恐る言うと、藤丸が反応する。
「違うよ!僕が知ってるお姉さんだもん!僕の事を守ってくれるって約束したもん!なのに何でそんな嘘をつくの?」
「……ッ!?」
その言葉に2人は絶句する。一体彼の身に何が起きたというのか。
「並行世界の冬木で俺と過ごしていた時の記憶が蘇ってるのか……?だがこの世界の立香は冬木で会った立香とは別人の筈だ。一体何が起きているのか俺もてんで分からん……」
パニッシャー自身も今の藤丸の言動には困惑しているようだ。すると病室の扉が開き、部屋にモルガンが入って来る。恐らく藤丸を心配して来たのだろう。
「我が夫よ、目が覚めたようですね。安心しました」
彼女は目を覚ました藤丸の姿を見て安堵した表情を浮かべる。が、当の藤丸はモルガンを見ても首を傾げるだけであった。そしてモルガンは藤丸に近付き、彼の頬に自分の手を添える。
「あまり無理をしないように。貴方はもう、十分過ぎる程頑張りました」
「えっと……お姉さんは誰?」
モルガンは藤丸の言葉に一瞬呆気に取られた。そんなモルガンの様子を藤丸はキョトンとした目で見ている。
「あの……私の事を覚えていないのでしょうか?」
動揺するモルガンに対し、マシュが説明する。
「えっと……先輩は今、記憶喪失になっているんです。ですから先輩の記憶は子供の頃に戻ってしまっていて……」
「記憶喪失……記憶が無い……そうですか……」
モルガンは少しショックを受けた様子であった。それを見たパニッシャーが言う。
「正確に言えば今の立香は俺と会った時の事を覚えている。並行世界の冬木で俺と会った時の記憶をな。だからカルデアにいるサーヴァントやマシュ、ダ・ヴィンチの事は覚えていないだろう」
パニッシャーの言葉にモルガンやマシュは納得したようだった。しかし、その一方ダ・ヴィンチは怪訝な表情を浮かべていた。
「単なる記憶喪失とは違うようだけど……並行世界の自分の記憶と人格が入れ替わるなんて事があるのかな?」
「私も初めて見ましたが……先輩の意識が回復した事で、一時的にそのような状態になってしまっているのではないでしょうか?」
「けど幾らなんでも並行世界の幼少期の自分の記憶だけでなく人格まで入れ替わるなんて前例は聞いた事がない」
もし仮に何らかの要因で並行世界からの記憶が混ざり合ったというのなら、その記憶の主である本来の自分はどうなってしまうのだろうか?今の藤丸は並行世界の冬木市でパニッシャーと会い、彼と過ごした際の記憶を持っているが、それならカルデアのマスターとしてマシュやサーヴァントたちと過ごした本来の記憶はどこに行ったのか?考えれば考えるほど謎が深まる。
「私としてもこの状況については判断しかねます……」
「並行世界の冬木市で会った時の立香はまだ5歳で、両親の他には姉がいた。この世界……つまり俺達が今居る世界の立香には姉はいるか?」
「いや、藤丸君に兄弟姉妹はいない。いるのは両親だけだ」
並行世界なのだから家族構成も違っているのだろう。何にせよ今の目の前の藤丸は並行世界の冬木で会った時の人格と記憶を有している。藤丸はベッドから降りるとパニッシャーの近くに行って彼にしがみつく。今の藤丸は5歳の精神年齢なので仕方ないのかもしれないが、それでも肉体が17歳の彼が子供のようにパニッシャーに甘える光景は中々シュールだった。その光景に戸惑う一同であったが、その中でも一番衝撃を受けていたのはモルガンだった。彼女は藤丸がパニッシャーにしがみついている様子を見て目を丸くしている。
「おお、藤丸がパニッシャーのおじ様に抱き着いてる!?これはもしかしてひょっとするかもしれないぞー!?」
「り、立香先輩……あの、今はあまり興奮しない方が……」
「うーん、この調子だとしばらくは藤丸君はこのままっぽいね……」
パニッシャーは自分に抱き着く藤丸の頭を優しく撫でてやる。すると藤丸は嬉しそうな表情を浮かべた。モルガンは藤丸がパニッシャーに甘える様子をジト目で見ている。
「モルガンさんの視線が怖いです……」
「ま、まあ彼女も内心複雑なんじゃないかな?でもここは堪えてほしい」
「……私は怒ってなどいません。別に怒ってなんか……」
そう言うモルガンだが明らかに機嫌が悪い。それを見たマシュたちは冷や汗を流した。
「できる事なら我が夫は私に甘え……頼って欲しかったのですが。仕方ありません」
そう言うとモルガンは藤丸に近付いていき、彼の頭を撫でてやる。
「あ、ありがとうお姉さん」
藤丸はモルガンに対してもそう悪くない反応を見せる。どうやら彼女には警戒心を抱いていないようだ。
「うん、実に不思議な光景だね」
「ええ、本当に……」
マシュとダ・ヴィンチが小声でそんな事を言っている間にモルガンは話を続ける。
「恐れる必要はありませんよ我が夫。必ず貴方の本来の人格と記憶を取り戻してあげます」
そう言ってモルガンは優しく藤丸を抱き寄せる。
あ、お姉さんの胸って結構大きいんだね……」
藤丸はモルガンの胸の感触を確かめながらそう呟く。それを聞いたマシュが慌てて止めに入る。
「せ、先輩!?そ、そういう事を言うのは良くないと思います!」
「ははは、さすがの私もモルガン女王の前でそれを言う勇気はないなぁ」
モルガンは藤丸にそう言われて、若干赤面している。
「……そうですか。私に対してそういう言葉を口にする者は、今までいませんでした」
妖精國の女王であったモルガンに対して誉め言葉だとしても"胸が大きい"などと面と向かって口にする者などいなかっただろう。最も、トネリコとして活動していた頃に彼女の仲間であったハベトロットなら言っていたかもしれないが。
「私は気にしてはいませんよ我が夫。貴方がどのような性癖を持っていようと、私には関係ありませんから」
モルガンはそう言って微笑んだ。彼女が怒るのではないかと不安だったが杞憂だったようだ。が、藤丸はモルガンの胸に興味を抱いたのか、彼女の胸の谷間に顔を埋めてみた。
「……!?」
流石に驚いたようでモルガンは少し仰け反ったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……ふふ、可愛らしい事ですね。そんなに甘えなくても、私はどこにも行きませんから安心しなさい」
「も、モルガンさんが藤丸先輩のお母さんに見えます……!」
「あはは、確かにそうだね!あのモルガンがすっかり母親の顔だ」
ダ・ヴィンチの言葉にその場にいた全員が頷いた。しかし当のモルガン本人はというと、かなり困惑した表情を浮かべている。モルガンとしては藤丸の妻として支えているつもりだろうが、母親として扱われるのは複雑だろう。
「という事はパニッシャーのおじ様は藤丸のパパだね」
立香の言葉にパニッシャーとモルガンは思わず顔を見合わせる。
「立香先輩!いくら何でも失礼ですよ!」
「ははは、まあそうかもしれないね!」
そう言って笑うダ・ヴィンチ。だが藤丸をこのままの状態にしておくわけにもいかないだろう。どうにかして彼を人類最後のマスターとして戦っている彼本来の記憶と人格に戻さなければならない。そう思っていると、医務室の扉が開いて人が入って来た。至高の魔術師でありアベンジャーズと共にカルデアに滞在しているドクター・ストレンジだ。
「どうやらお困りのようだね。私の協力が必要かな?」
マントをなびかせつつ颯爽と医務室に入ってきたストレンジを見て、思わず唖然とする一同。だが彼の姿を見て何か閃いたのか、すぐさまマシュは彼の元へと向かった。そして今の藤丸の状況を細かく説明する。それを聞いたストレンジはふむふむと頷いて納得した様子を見せた。
「要するに彼の記憶と人格を人類最後のマスターとしての物に戻したいわけだね?」
「はい、その通りです。どうすれば良いでしょうか……?」
「私の魔術を用いれば彼の精神の中へと入り込めるが……果たして上手く行くかどうかは分からない。だがやれるだけの事はやってみよう。至高の魔術師として、困っている人は見過ごせないからね」
が、ストレンジが言っている傍から藤丸はモルガンの腹に顔を埋めて彼女の肌を堪能していた。モルガンの霊衣は彼女のお腹の部分が露出しているのだが、藤丸は彼女のスベスベとした肌の感触を楽しんでいるようである。その仕草を見て流石のストレンジも絶句していた。
「……こほん、流石に事態は深刻なようだね」
「ええ、私としても非常に困惑していますが、私はこのままでも別に構いません」
そう言うと彼女はゆっくりと自分の腹を舐めるかのように頬ずりしている少年の頭を優しく撫でた。その様子を見ていた他の者達は完全に言葉を失ってしまっている。
「ど、どうしてモルガンさんはそこまで冷静なんですか!?」
「お?藤丸って結構スケベじゃん。お姉さんそういう人嫌いじゃないよ?」
「マシュ、立香ちゃん、綺麗なお姉さんの身体が嫌いな男の子なんていないよ。いや、むしろ大好きだろうね」
流石に今の状態が特殊なだけで、普段からモルガンや他の女性サーヴァントに対してこのような行為をしているわけではない。そして藤丸はモルガンの腹を堪能すると、次は彼女のスカートをたくしあげる。これにはマシュとダ・ヴィンチが全力で止めに入ったが。
「ま、待ってください先輩!落ち着いてください!」
「藤丸君!それは流石に駄目だよ!」
だが2人の制止も虚しく、モルガンは自身の太ももを見せつけるように足を曲げて椅子に座った。それを見た藤丸の顔が綻ぶ。
「どうですか?これが我が夫の望みです。満足ですか?」
モルガンの言葉を受け、藤丸は再び彼女の胸に飛び込んだ。モルガンは彼の身体を受け止めてあげるが、ふと、彼が小声で何かを喋っているのを耳にする。
「パパ……ママ……お姉ちゃん……会いたいよ……」
「藤丸……」
藤丸の発した言葉に思わず涙ぐむ立香。彼女もまた家族を失っている身であり、肉親を喪う事の痛みと辛さを知っている。だからこそ藤丸の想いが理解できるのだ。そして立香はモルガンに抱き着いている彼の傍に近付き、彼の頭を撫でる。
「……ほら、藤丸。こっちに来て」
藤丸は立香を見て何かを感じ取ったのか、彼女に連れられて医務室のベッドの上に寝かされた。そして立香は藤丸の手を握りながら彼の顔を見つめる。
「家族を喪うのって……辛いよね……」
目から一筋の涙を流しつつ、藤丸の目をじっと見つめる立香。
「お姉ちゃん……」
暫く見つめ合った後、立香は藤丸が寝ているベッドから離れ、代わりにストレンジが来た。魔術を用いて彼の精神世界へと入り込む為だ。
「藤丸少年、少しばかり辛くなるかもしれないが、我慢できるかね?」
「辛いのは……嫌だけど……何だか今の僕は僕じゃない気がしていたんだ……」
どうやら今の藤丸も自分の状況に違和感を覚えていたらしい。肉体そのものはマシュやダ・ヴィンチと共に戦ってきた藤丸のものであり、記憶と人格は並行世界の冬木にいた幼い頃のものである。そうしてストレンジは彼に優しく語りかける。
「心配しなくていい。すぐに終わらせよう」
そしてストレンジは座禅を組んで宙に浮かび上がり、藤丸の精神世界へと入り込んでいく。その様子をパニッシャーやマシュは食い入るように見つめていた。
余談ですがマーベル世界にもモルガン・ル・フェイはいるんですよ~。Dr.ドゥームに魔術を教えた彼の師匠という設定です。