パニッシャーが人類最後のマスターと共に戦うようです 作:ドレッジキング
パニッシャーにとっては2回目の微小特異点修正任務となる。平原に吹き付ける風がパニッシャーの身体や顔を撫で、髪を靡かせる。そんな中でも彼は無表情を貫いていた。そんな彼とは対照的にマリーは軽い足取りで先頭を歩いている。特異点の修正任務は遊びではないというのにまるでピクニックにでも来たかのような呑気さである。良い言い方をすれば気負わずに肩の力を抜いている、悪い言い方であれば緊張感に欠けている。しかしこれこそがマリーの持つ取柄と言えるだろう。無駄に気を張らずに自然体で振る舞う事で相手の警戒心を解きほぐすのだ。鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いているマリーを見つめるパニッシャーはやや呆れ気味言う。
「まるでハイキングにでも来たみたいに楽しそうだな、王妃さん」
「ええ!だって楽しいんですもの!」
満面の笑みを浮かべると再びスキップを始める。確か自分達がレイシフトしたのは西暦1766年のフランス中南部だ。この時代であればマリーは既に11歳になっているだろう。まだ彼女が存命の頃の時代であり、後30年もしない内にフランス革命が勃発する。それを考えると生前の彼女が生きている時代にレイシフトさせるのは彼女自身、内心穏やかではない筈。が、そんな心配は杞憂だったようだ。明るく振る舞うマリーはかなり芯の強い女性だ。彼女は自分の置かれた境遇を受け入れて尚且つ前向きに生きようとしているのだ。
「王妃さんはいつもあんな感じなのか?」
パニッシャーは隣を歩くジャンヌ・オルタに尋ねる。
「えぇ、あの性格は天性のものね。そういうアンタのその仏頂面と不愛想さも天性のものかしらね?」
皮肉交じりに返答する彼女に、パニッシャーは特に気に障った様子もなく答える。
「……フッ、そうかい。なら俺も生まれつきって事だな」
「んじゃコミュニケーションが壊滅的なのも生まれつき?これまで何人のサーヴァントに喧嘩売ってきたか覚えてないでしょ?」
カルデアに来た当初はサーヴァント達との衝突は頻繁に起きていた。藤丸のような愛想の良さもコミュ力も寛容性も無いパニッシャーは事ある毎にサーヴァントの誰かと揉め事を起こす。アベンジャーズのようなヒーローとは違い悪人も大勢いるカルデアではパニッシャーにとっては最悪の環境と言う他ないだろう。しかし悪属性のサーヴァントとの接触を極力避けるようにする事でどうにかマスターとしての任務を行う事ができていた。……今同行しているジャンヌ・オルタとて混沌・悪のサーヴァントではあるが。
「人間の身でサーヴァントに喧嘩売るとかどんだけ命知らずなのよ。しかもガチ目に命を落としかけた事もあるんでしょ?」
呆れた口調で話す彼女に対して、パニッシャーは何も答えずにただ肩を竦めるだけだった。それを見たジャンヌ・オルタはフンッと鼻を鳴らす。
「……まぁでも人間って事は私たちサーヴァントでも取り押さえるのは簡単って意味よ。アンタが最初の任務で向かった刑務所特異点でやらかしたような事はさせないからね」
「やってみろ。お前に止められるもんならな」
そうしている内にカルデアのダ・ヴィンチから通信が入った。
『あー、テステス。うん、通信状態は良好だね!パニッシャー君、ジャンヌ・オルタ、マリー、そっちはどうだい?』
通信機の映像にダ・ヴィンチの可愛らしい姿が映される。彼女の姿を見たパニッシャーの表情がほんの微かに綻んだ。
「こっちは特に問題ない。それでこれからどうすればいいんだ?」
「私も大丈夫よ」
マリーの言葉に続いて彼女も頷く。するとそれを聞いたダ・ヴィンチは満足そうに頷いた。
「よし、それじゃ予定通り作戦を開始しよう」
その言葉を聞いた3人は表情を引き締める。
「今君たちがいるフランスのジェヴォーダン地方のどこかに聖杯がある。今の所目に見えるような異常は特にないようだけど油断しないで」
聖杯の力は時に特異点の環境を激変させる事もある。それ以外でもモンスターが徘徊したり、あり得ないような建物が出現していたりと多種多様な異常が現れる。今のところそういった異常事態は目にしてはいないものの、特異点ではどのような事が起きるか予想が付かない。警戒するに越した事はないだろう。
「言われなくても分かってるわよ。そんでもって私とマリーがこの駄々っ子マスターの子守りをするから」
そう言ってジャンヌ・オルタはニヤついた顔でパニッシャーを見る。
「子守り?お前にお守りを頼んだ覚えはないぞ?」
「アンタはすーぐ"癇癪"と"我儘"起こしたりするじゃない。そうさせない為に私と王妃様が直々にあやしてあげるの」
"癇癪"と"我儘”というのは言うまでもなくパニッシャーが目にした悪党や罪人、下種、外道を躊躇なく殺害しようとする行為の事だ。レイシフト先で大量殺人でも起こされたらカルデアの沽券に係わる為、こうした監視役が必要なのである。幸いにしてパニッシャーは人間。鍛え抜かれているとはいえサーヴァントには簡単に制圧されてしまう。
「私はダ・ヴィンチとマシュからアンタが暴走したら止めるように言われてるの。だから大人しく言う事を聞きなさい」
彼女は悪っぽい笑顔で答える。パニッシャーは溜息交じりに小さく肩を竦めた。
「お前みたいな悪人面のベビーシッターがいてたまるか」
そう言うと彼は面倒臭そうに歩き始めた。
「貴方がやり過ぎてしまわないように、ちゃんと私が見ててあげる」
「良かったわね駄々っ子マスターちゃん。こんな綺麗なお姉さんたちに子守りをしてもらえるなんて」
冗談めいた口調で話す彼女達に対して、彼は舌打ちをして返した。
「すーぐそうやって悪い態度出すんだから。私も人の事は言えないけど、藤丸立香を少しは見習ったら?」
「俺は立香とは違う。俺はアイツほど優しくはないんでな」
ぶっきらぼうに言うとパニッシャーはさっさと歩き始める。そんな彼に呆れたような視線を向けつつ、二人は彼の後を追った。藤丸があそこまで多くのサーヴァントと縁を結べたのもひとえに彼自身の抜群のコミュニケーション能力や、善も悪も中立も受け入れる事のできる包容力ないし寛容の精神性にある。それを考えればパニッシャーはカルデアのマスターとして欠点だらけどころか論外の域である。悪を決して許さず、必ず息の根を止める事を信条としているパニッシャーとカルデアの理念は水と油どころではない。相性最悪なのだ。それでもこうしてカルデアにいる。
『パニッシャー君、くれぐれも行き過ぎないようにしてくれたまえ。君は今大事な時期なんだ』
通信越しにダ・ヴィンチが念を押してくる。自分のような男をここまで面倒を見てくれるのも彼女の優しさであり、長所なのだろう。アベンジャーズのみならず他の大抵のヒーローはパニッシャーを完全に突き放している。ヒーローとしてのルールである"悪人や犯罪者でも殺さない"を平然と破り、死の制裁を加え続けるパニッシャーのスタンスをスパイダーマンやデアデビル、キャプテン・アメリカは嫌悪していた。そんなパニッシャーに対して頭ごなしに否定したり拒絶したりせずに受け止めてくれている。パニッシャーの所業を全肯定しているというわけではないものの、否定もしないという態度で接してくれているのだ。
『キミのやり方は完全に否定するわけじゃないけど、特異点の修正は"殺せば解決"っていう単純な任務とは違う。悪人を許せないのは分かるけど、時に怒りを抑える事も必要なんだ。私達の使命はあくまで人理修復であって、人殺しじゃないからね』
そう言って説得するダ・ヴィンチに頷いて見せながら、パニッシャーは再び歩みを進める。そしてジャンヌ・オルタが小走りで横に来た。
「その様子だとまたダ・ヴィンチに注意されたんでしょ?相変わらず融通が利かないというかなんというか」
やれやれといった表情で言う彼女に、パニッシャーはフンと鼻を鳴らした。
「まったく、本当に可愛げのない男ね。少しは愛想良くしたらどうなの?」
「俺はダチ公作る為にカルデアにいるんじゃない」
友人と呼べるような人物なら昔はいたが今はもういない。元の世界で自警団として活動している時も独立独歩の姿勢を貫き、他のヒーローと馴れ合う事なく自分のやるべき事に邁進し続けた。ヒーローは殺しをしない。しかしパニッシャーはやる。そんな信条故に他のヒーローとの衝突が日常茶飯事なのだ。標的を始末する過程でスパイダーマンやデアデビルと何度衝突したか数えるのも嫌になる。カルデアにいるサーヴァント達はヒーローと違って殺人を禁忌としているわけではなく、そういった行為に抵抗を持たない者が大半だ。だがそうなると今度は別の問題が出てくる。カルデアのサーヴァント達がパニッシャーの標的になる危険があるからだ。蘆屋道満、ジル・ド・レェなどは真っ先に頭を撃ち抜かれるだろう。隣を歩くジャンヌ・オルタも属性は混沌・悪。とはいえ芯から邪悪な存在というわけでもない。悪は悪だがサーヴァントのアライメントは単純なものではない。
「アンタ、友達とかいないタイプでしょ?」
「そういうお前は悪いお友達が山ほどいそうだな」
そんな風にやり取りをしていると、マリーがこちらに近付いてくる。
「それじゃ私が貴方のお友達になってあげましょう」
マリーはそう言ってパニッシャーの顔を覗き込む。身長差があるのでマリーがパニッシャーを見上げる形となつている。
「本気か王妃さん?俺はアンタの友達になれるような要素なんかねえぞ?」
困惑しながら言うと、マリーはクスクスと笑った。
「ふふ、貴方はそんな事気にしなくて良いのよ。貴方もカルデアのマスターである以上、私達の仲間。それにマスターとサーヴァントは一心同体、仲良くなって損はないと思うわ?」
そう言いながら微笑むマリー。そんな彼女を見て、パニッシャーは自分のペースが崩れていくのを感じた。善属性のサーヴァントはカルデアにもいるが、目の前のマリー・アントワネットはその中でも底抜けの善人だ。ルーラーのジャンヌと同様に、生前は処刑されるという末路を辿ってもそれでも尚国や民衆を恨む事をせずに天真爛漫な偶像として振舞う。その精神性はパニッシャーとは余りにも違い過ぎた。
「……俺には無理だ」
ボソッと呟くように言うと、マリーは不思議そうな顔をした。
「あら、どうしてかしら?」
「どうしても何も……」
そこで一度言葉を切り、それから意を決したように口を開く。
「俺みたいな人間と仲良くなるもんじゃない。俺は自分の怒りが抑えられない。善人を踏み躙る悪人を見ると血が湧き立つ、弱者を虐げる強者を見ると殺意が迸る、普通に生きている人間が悪党に殺されるのを見ると怒りが俺を突き動かす。俺はアンタのようにはできない。自分の親しい人間も身内も家族も殺されても尚、自分の内側に生まれる怒りを制御する事ができない」
パニッシャーは首を振りつつマリーを諭す。すると彼女は一瞬きょとんとした顔をした後、満面の笑みを見せた。
「私はそれでも全然構わないわ!だって私、悪い子だもの!」
そして、そう言って悪戯っぽくウインクするのだった。その反応に今度はパニッシャーの方が呆気に取られてしまう。そんな彼の様子を気にする事もなく、マリーは楽しそうに続ける。
「だって誰しもが自分の内側に黒い感情はあるものでしょう?私にだって貴方と同じ"怒り"はあるわ」
そう言うと、マリーは両手を胸の前で組み、そっと目を閉じた。
「例えばそうね……目の前で民達が苦しんでいるというのに手を差し伸べる事も出来ない無力感。或いは愛する家族が惨たらしい死を迎えた時の喪失感。他にも挙げればキリがないけれど、そういった感情を抱く度に思うの。もっと力があれば、自分に勇気さえあれば、こんな悲劇は起きなかったんじゃないかってね」
そう言う彼女の横顔はとても悲しげだった。それはきっと彼女が本当に心の底からそう思っているからだろう。そう思わせるだけの凄みがその表情からは感じられた。
「けどそれでも革命で私が死んだのは民衆がそう望んだから。国民が次の時代に進む為には必要な事だった。王妃であるなら、常に民を思いやらなければいけないから」
生まれながらの王族であるマリーと庶民の出であるパニッシャーとでは価値観が異なる。パニッシャーから見たマリーは異なる価値観を持つ別世界の住民にさえ思えた。自己犠牲的な精神はジャンヌにも通じるだろう。
「だけど私は……シャルルが殺されたことに関してだけは……」
が、ふと見せたマリーの悲し気な表情をパニッシャーは見ていた。民から慕われる偶像……王妃としてのマリーから、一人の母親としてのマリーの表情となったからだ。
「王妃さん、あんた……」
「あら?私暗い顔していたかしら?気にしないで、この通り普段の私よ!」
悲し気な表情を見せたのは僅かで、すぐに普段通りの明るさ、愛らしさを振りまく王妃としてのマリーの顔に戻った。パニッシャーから見たマリーはいささか眩しすぎた。
「けどこうして特異点修正任務に貴方と同行する事ができたのは何かの縁よ。これからよろしく、ムッシュパニッシャー」
王族らしい所作のお辞儀をするマリー。
「あらあら王妃サマから気に入られたじゃない」
ジャンヌ・オルタは肘でパニッシャーをグリグリしながらからかうように言う。
「サーヴァントとマスターの関係にまだ慣れていないとは思うけれど、これから宜しく!」
太陽のような笑顔を見せるマリーのお願いを無碍にするのも気が引けたので、パニッシャーはマリーとは仲良くする旨を伝えた。
ルイ17世の話を聞いたらパニッシャーさん曇りそう。