パニッシャーが人類最後のマスターと共に戦うようです   作:ドレッジキング

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黒いローブの男の正体に気付く人はいるかな……?


番外編⑫ ジェヴォーダンの獣⑥

マリーは、黒いローブに身を包んだ魔術師に連れられ、深い森の中を歩いていた。彼女の両手首と両足首には、黒い鎖が絡みついている。その鎖は、単なる拘束具ではないようだった。マリーは、自分の魔力や身体能力が抑えつけられているのを感じていた。サーヴァントとしての力を発揮できず、一瞬で纏えるはずの霊衣も、今は身に着けることができない。しかし、そんな状況下でも、マリーは決して動揺を見せなかった。彼女は王妃としての矜持を胸に、凛とした態度で魔術師に向き合うのだ。

 

「どうして、あなたは村の人々を襲うの?」

 

静かに、しかし強い口調で、マリーは問いかける。

 

「あの人たちは、何も悪いことはしていないはず。無辜の民を手にかけるなんて、許されない行いよ」

 

真っ直ぐに魔術師を見据えながら、マリーは言葉を紡ぐ。その瞳には、揺るぎない意志の光が宿っている。

 

「お願い。今すぐ、その蛮行を止めて。あなたには、まだ心があるはずよ」

 

懇願の言葉を、魔術師に投げかける。けれど、黒衣の人物は終始無言を貫いていた。ただ、不気味な笑みを浮かべながら、マリーを引きずるように歩み続ける。

深い森の中を進むにつれ、周囲の景色が徐々に変わっていく。木々の間から漏れる月明かりが、不気味な影を作り出す。まるで、現世とは異なる異界に迷い込んでしまったかのような錯覚すら覚える。そんな不穏な雰囲気の中でも、マリーは毅然とした態度を崩さない。彼女は、魔術師との対話を諦めてはいなかった。

 

「私はあなたの目的が分からないけれど、きっと何か理由があるのでしょう?だったら、話し合いで解決できるはずよ」

 

冷静に、丁寧な言葉を選びながら、マリーは語り掛ける。

 

「暴力に訴えるのは、何の解決にもならない。平和な方法で、問題に向き合うべきだわ」

 

それは、王妃としての彼女の信念でもあった。民衆を守るためなら、どんな困難にも立ち向かう。たとえ、自らが犠牲になろうとも。だが、そんなマリーの言葉も、魔術師の心を動かすことはなかった。黒衣の人物は、一切の反応を見せずに、ただ森の奥へと歩みを進めるばかりだ。まるで、マリーの存在すら認識していないかのように。

 

(どうしよう……。この人、まるで人形みたい。感情がないわ……)

 

内心では焦りを覚えながらも、マリーは努めて平静を装う。王族たるもの、どんな時も威厳を失ってはならない。そう自分に言い聞かせるように、彼女は顎を引き上げるのだった。鎖に繋がれ、自由を奪われた状態でも、マリーの佇まいは凛としている。白く輝く肌に、凜とした表情。まるで、女神のような気高さを感じさせた。魔術師に連れられ、果てしない森の中をさまよい続けるマリー。彼女の行く末に、どのような運命が待ち受けているのか。誘拐された王妃は、無言の魔術師を相手に、言葉の力で説得を試みる。けれど、その試みが実を結ぶことはないだろう。ただ、彼女の心は揺るがない。たとえ絶望的な状況に置かれようとも、民のために戦い抜く決意だけは、決して失わないと誓うのだ。

 

マリーは、黒衣の魔術師に導かれるまま、深い森の中を進んでいった。木々の間から漏れる月明かりが、不気味な影を作り出し、まるで異界に迷い込んだかのような錯覚すら覚える。そんな不穏な雰囲気の中、彼女の前に突如として巨大な洞窟が姿を現した。魔術師は無言のまま、その洞窟の入り口へとマリーを連れていく。岩肌に反射する淡い光が、洞窟の中へと吸い込まれていくかのようだ。マリーは思わず身震いしたが、黒い鎖に繋がれた身では抵抗することもできない。重苦しい空気に包まれながら、二人は洞窟の奥へと足を踏み入れた。途端に、冷たく湿った空気が全身を包み込む。マリーは息苦しさを感じながらも、必死に平静を装った。王妃たるもの、どんな状況下でも威厳を失ってはならないのだ。洞窟の中を進むにつれ、不気味な気配がますます強くなっていく。壁に掛かった松明の灯りが、歪んだ影を生み出す。まるで、悪夢の中に迷い込んでしまったかのような錯覚に襲われる。やがて、魔術師はある部屋の前で立ち止まった。重厚な木製の扉が、不吉な雰囲気を醸し出している。黒衣の人物は、無言のままその扉を開け、マリーを中へと引きずり込んだ。部屋の中は、想像以上に広く、天井も高かった。だが、その空間を支配していたのは、冷たく暗い空気だけだ。魔術師は、マリーの足首に繋がれた鎖を解除すると、彼女を部屋の中央へと連れていく。そこには、天井から伸びる分厚い鎖があり、魔術師はマリーの手首の鎖をそれと繋げた。

 

「きゃっ……!」

 

鎖を引き上げられ、マリーの両腕が宙吊りにされる。足先は床に着くものの、自由を完全に奪われた状態だ。

 

「一体、どういうつもりなの……?」

 

困惑と恐怖に震える声で、マリーは問いかける。だが、魔術師は答えない。ただ、不敵な笑みを浮かべるばかりだ。

 

「私を、こんな風に縛り上げて……。一体何を企んでいるの?」

 

凛とした眼差しで、マリーは詰め寄る。すると、魔術師は部屋の片隅に置かれた机に歩み寄ると、何かを書き始めた。ペンを走らせる音だけが、不気味に部屋に響く。やがて、魔術師はペンを置くと、書いた紙を手に取ってマリーの前に立った。そして、そっと彼女に差し出したのだ。マリーは怯えながらも、その紙に目を向ける。そこには、フランス語で綴られた一文があった。

 

『最初からお前が目的』

 

その文字を見た瞬間、マリーの背筋に冷たいものが走った。

 

(私が、目的……?一体どういうこと……?)

 

疑問と恐怖が入り混じる中、マリーは魔術師の顔を見上げる。しかし、黒衣に隠されたその表情からは、何も読み取ることはできない。ただ、不気味な笑みだけが、浮かんでいるように見えた。マリーは、魔術師から差し出された紙に目を通すと、その内容に愕然とした。そこには、彼女の現在の状況を揶揄するかのような一文が記されていたのだ。

 

『ドレスもアクセサリーも何も身に付けず、全てを晒された状態でいる気分はどうだ?』

 

その言葉を読んだ瞬間、マリーの頬が熱く火照るのを感じた。確かに今の彼女は、文字通り何も身に付けていない。しかし、それは自らの意思で行ったことではない。あくまで、村人を救うための行動の結果なのだ。そんなマリーの心情など、魔術師には欠片も理解できていないのだろう。ただ、彼女の窮地を愉しむかのように、不敵な笑みを浮かべているばかりだ。

 

「私を……どうするつもりなの……?」

 

魔術師は答えない。ただ、妖しい笑みを浮かべるだけだ。

 

(この魔術師の目的は一体……?)

 

不安と恐怖が彼女の心を支配していく。だが、ここで屈するわけにはいかない。彼女は王妃としての誇りを胸に秘めながら、毅然とした態度を取り続けるのだった。「私は……王家の者よ。たとえ、こんな姿でも……誇りは失わないわ」

凛とした眼差しで、マリーは言い切る。その瞳には、揺るぎない決意の炎が宿っている。たとえ全裸で鎖に繋がれようとも、彼女の内なる強さまでは奪えはしない。マリーは、魔術師が差し出した新たな紙切れに目を向けた。そこには、彼女の心を深く揺さぶる言葉が記されていた。

 

『"我々"は最初からそんな権利など与えられていなかった。"お前等"に人としての尊厳も奪われた』

 

その文字を読んだ瞬間、マリーの瞳が見開かれる。

 

「"我々"って……一体誰のことを言っているの……?」

 

震える声で、マリーは問いかける。しかし、魔術師はただ不気味な笑みを浮かべるだけで、答えようとはしない。

 

だが、その言葉の端々から、マリーは何かを感じ取っていた。魔術師の言う"我々"とは、恐らく自分と同じような境遇の者たちのことを指しているのだろう。そして、"お前等"とは、マリーのような特権階級の者たちのことを意味しているのかもしれない。つまり、この魔術師は、身分の低い者たちの代弁者として、マリーに復讐をしようとしているのだ。その事実に、マリーの心は大きく揺れ動いた。確かに、彼女は王妃として、民よりも恵まれた環境で育ってきた。けれど、だからといって、自分が民を見下していたつもりはない。むしろ、民のために尽くすことこそが、王族の務めだと信じてきたのだ。

 

「私は……民を愛しているわ。だから、あなたのような考えは受け入れられない」

 

凛とした口調で、マリーは言葉を紡ぐ

 

「身分の差があろうとなかろうと、全ての人には平等に尊厳が与えられているはずよ」

 

その言葉には、揺るぎない信念が込められていた。魔術師は、そんなマリーの姿を見下ろしながら、小さく首を振る。まるで、彼女の考えを愚かしく思っているかのようだ。

 

だが、マリーは負けない。たとえ、魔術師に理解されなくとも、自分の信念を貫く覚悟だ。

「お願い……あなたの怒りは、私にぶつけて。でも、どうか……村の人たちは巻き込まないで」

懇願の言葉を、マリーは魔術師に投げかける。自分が犠牲になることは厭わない。それが、民を守ることに繋がるのなら。そう、マリーは民のために尽くす王妃なのだ。たとえ、どんな屈辱を受けようとも、その心は変わらない。黒衣の魔術師は、目の前に鎖で拘束されたマリー・アントワネットの姿を、じっと見つめていた。銀色の髪を二つに結い上げ、白い肌が月明かりに照らされて輝いている。何も身に付けていない彼女の肢体は、まるで大理石で作られた彫刻のように美しく、その美しさは、この薄暗い洞窟の中でも失われることはない。だが、その美しさの中にも、揺るぎない強さが宿っているのを、魔術師は感じていた。全裸の姿で鎖に繋がれ、自由を奪われているにもかかわらず、マリーの瞳には怯えや屈服の色は微塵もない。

 

逆に、魔術師を見据える眼差しは凛としており、まるで自分の方が優位に立っているかのような気高さすら感じさせる。そう、彼女は未だに王妃としての誇りを失っていないのだ。たとえ、こんな屈辱的な状況に置かれようとも、その心は決して折れることはないのだろう。魔術師は、そんなマリーの在りようを、心の中で賞賛せずにはいられなかった。しかし、同時に激しい怒りの炎も、魔術師の胸の内で燃え上がっていた。自分と同じ、身分の低い者たちが、これまでどれほどの迫害と差別を受けてきたことか。そして、その不当な扱いを正当化してきたのが、マリーのような特権階級の者たちだったのだ。魔術師にとって、マリーは敵対すべき存在である。民を愛すると言いながらも、結局は自分たちの権力を守ることしか考えていない偽善者だと、魔術師は考えている。だからこそ、彼はマリーを辱め、屈服させることで、その偽善を暴き出そうとしているのだろう。

 

ただ、マリーはそんな魔術師の思惑を簡単には受け入れない。確かに、自分は特権階級に属してはいた。けれど、それは民を愛し、民のために尽くすためであって、決して民を見下すためではなかった。そう、王妃である前に、一人の人間なのだ。マリーのその言葉に、魔術師は小さく首を振る。彼女の考えは、あまりにも甘く、現実を知らなさすぎる。この世界には、生まれながらにして不当な扱いを受ける者たちが大勢いるのだ。マリーのような上流階級の者には、その苦しみが分かるはずがない。そんな魔術師の思いを察したのか、マリーは再び口を開く。自分を犠牲にしても構わないから、どうか村の人々だけは巻き込まないでほしいと。彼女の瞳には、揺るぎない決意の炎が宿っている。

 

 

魔術師は、再び紙に文字を書き連ねると、それをマリーに突きつけるように見せつけた。そこには、

 

『サーヴァントだからこそお前を捕らえた。サーヴァントならば簡単には死なないからな』

 

という、衝撃的な内容が記されていた。マリーは、その言葉の意味を理解すると、思わず息を呑んだ。つまり、この魔術師は最初からマリーがサーヴァントであることを知っていたのだ。しかも、彼女を捕らえた理由が、サーヴァントは人間よりも遥かに死ににくいからだと明かしているのだから。この特異点の時代には、まだ少女時代のマリーが存在している。だが、魔術師にとってそのような生身のマリーでは用が足りないのだろう。あくまで、自分の復讐心を満たすためには、死ににくいサーヴァントであるマリーが必要なのだろう。そんな魔術師の冷酷な思惑に、マリーは言葉を失う。自分が、こんなにも残酷な目的のために利用されようとは、夢にも思わなかった。だが、それと同時に、ある疑問も浮かんでくる。一体、この魔術師は何者なのだろうか。どうして、自分がサーヴァントだと知っているのだろうか。その疑問は、すぐに解消された。魔術師は、続けてもう一枚の紙を取り出すと、そこにも文字を書き連ねていく。そして、再びマリーに突きつけるのだった。

そこには、『お前が未来の世界から……カルデアという組織から来たのは知っている』と書かれていた。

 

 

マリーは、思わず目を見開く。この魔術師は、自分たちがカルデアからレイシフトしてきたことを知っているというのだ。いや、恐らくはパニッシャーやジャンヌ・オルタのことも把握しているのだろう。そう考えると、全てが繋がった。この特異点、そしてジェヴォーダンの獣の出現も、全ては魔術師の企てだったのだ。彼は、最初からカルデアの動向を探り、レイシフトしてくる者たちを待ち構えていたのかもしれない。だが、それならば一体何のために?魔術師の目的は、単なる個人的な復讐心だけではないのだろうか。もっと大きな陰謀が、この裏に隠されているのではないだろうか。

 

マリーの脳裏に、次から次へと疑問が浮かんでくる。しかし、それを口にする間もなく、魔術師は再び動き出した。彼は、不気味な笑みを浮かべながら、マリーに歩み寄ってくる。その姿に、マリーは背筋が凍りつくのを感じた。今の自分には、抵抗する術もない。このまま、魔術師の思うがままに弄ばれるしかないのだろうか。だが、そんな絶望的な状況でも、マリーは怯まない。彼女は、聖女ジャンヌのような凛々しさを見せ、まっすぐ魔術師を見据えるのだ。

 

「どんな理由であれ、あなたのしていることは間違っています。いえ、理由なんてあるはずがない。ただの、身勝手な復讐心でしょう?」

 

マリーの言葉に、魔術師は一瞬だけ動きを止める。だが、すぐにその表情を歪め、再び不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

「あなたは、一体誰なの?目的は何?」

 

魔術師は答えない。ただ、その口元に不気味な笑みを湛えるだけだ。そして、ゆっくりとマリーに歩み寄ると、彼女の頬に手を当てた。その手つきはまるで蛇のように冷たく、それでいてどこか官能的だった。まるで愛撫するかのように優しく頬を撫でられ、マリーは思わず身を強張らせた。そして黒いローブ姿の魔術師は再び紙に文字を書いてそれをマリーに見せつける。

 

『お前はこの俺が"生粋のフランス人"だと思うのか?』

 

その一文を目にしたマリーは、一瞬で息を呑んだ。まさか、彼がフランス人ではないというのだろうか。だとすれば、一体どういうことなのか。

マリーが驚きを隠せないでいると、魔術師は満足げに頷くと、次の行動に出た。するりと手を伸ばし、自らのフードに手をかける。そして、一気にそれを取り払ったのだ。次の瞬間、マリーの瞳が見開かれた。そこには、魔術師の素顔が現れていた。その風貌を見た途端、マリーは直感的に悟ったのだ。彼の境遇を、彼の抱える怒りの理由を。

 

「そう……あなたは……」

 

思わず、そんな言葉が口をついて出る。マリーは、男の名前を知らない。出身地も、生前に聞いた事がある程度。だが、その姿を見た瞬間に、全てを理解したのだ。恐らく、彼はフランスという国の被害者なのだ。そして、その不遇な境遇ゆえに、怒りと憎しみを抱いているのだろう。マリーにとって、そのような存在は、あまりにも遠い世界の出来事だった。自分が享受する豊かさの裏で、どれほどの人々が苦しんでいるのか、考えもしなかったのだ。その事実に、マリーは言葉を失う。自分は、民を愛すると言いながら、彼のような存在を見過ごしてきてしまった。王妃としての自覚が、まだまだ足りなかったのだ。俯いたマリーを見下ろしながら、魔術師は複雑な表情を浮かべる。そこには、怒りと悲しみ、そして何かを訴えかけるような熱意が入り混じっていた。声は発せられないが、その眼差しは雄弁に物語っている。自分がどれほど苦しんできたのか。そして、その苦しみを生んだ元凶が、他ならぬマリーたち王族だということを。

 

その無言の訴えに、マリーは小さく頷くしかなかった。

 

「……はい、あなたの怒りは、無理もありません。私は、あなたのような人々の苦しみに、気づけなかった。王妃として、未熟だった」

 

顔を上げ、マリーは魔術師を見据える。瞳には、悲しみと後悔の色が浮かんでいた。

 

「ですが、だからといって、あなたのやり方は間違っているわ。暴力では、何も生まれない。私は、あなたともう一度、向き合いたい。そして、互いに理解し合える道を、探したいの」

 

真摯に訴えるマリーに、魔術師は一瞬だけ表情を緩めた。どこか、寂しげな眼差しを見せる。だが、すぐにそれは怒りの形相へと変わっていく。歯を食いしばり、拳を握りしめる魔術師。その姿から、マリーは彼の怒りが、そう簡単には消えないことを悟った。長年の怨嗟の念は、ひとときの言葉で拭えるほど簡単なものではないのだ。重苦しい沈黙が、空間を支配する。互いの眼差しを交わしながら、二人は言葉なく対峙していた。魔術師は再び紙に文字を書きつけ、それをマリーに突きつけるように見せつける。

 

『俺は死ぬ前、お前等フランスの人を沢山殺した。自分でも何人手にかけたか分からん』

 

その衝撃的な告白に、マリーは息を呑んだ。彼は、フランス人を大勢殺したと言うのだ。それも、死ぬ前に。

 

(死ぬ前……?まさか、彼はサーヴァントなの……?)

 

そう直感したマリーは、思わず口に出して尋ねてしまう。

 

「あなたは、サーヴァントなのですか……?」

 

だが、その問いかけに、魔術師は静かに首を横に振った。サーヴァントではない、と告げるように。では一体、彼は何者なのか。死んだはずの人間が、どうしてここにいるというのだろう。そんな疑問を抱えたまま、マリーは魔術師から差し出された次の紙切れを受け取る。

 

『俺はお前等が死ぬのを見るだけで楽しい。苦しんで死ねば尚楽しい』

 

その残酷な言葉を目にした瞬間、マリーは愕然とした。彼の瞳に宿る狂気。歪んだ笑みを浮かべる唇。その全てが、彼が本気でそう思っていることを物語っていた。

 

「なんてことを……あなたは、人の心を忘れてしまったの……?」

 

魔術師は無言のまま答えない。ただ、その口元に不気味な笑みを湛えるだけだ。彼の表情は、もはや人間のそれではなかった。憎悪と怨嗟に塗れた、獣のような形相。マリーの背筋が、じっとりと冷たい汗で濡れていくのを感じる。この男の怒りは、尋常ではない。いや、もはや怒りなどという生易しいものではないのだ。

それは、狂気に近い、歪んだ感情。そして、その感情の矛先は、明らかにマリーたちに向けられている。

 

「あなたは、どうしてそこまで……」

 

魔術師は、無言のままマリーを見据えている。その眼差しからは、一切の感情が感じられなかった。まるで氷のように冷たい瞳だ。その瞳に見つめられるだけで、背筋が凍りついてしまいそうだった。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

「私はあなたを理解したい。そのために、あなたの言葉を聞かせてください」

その純粋な願いに、魔術師の瞳が、一瞬だけ揺らいだように見えた。しかし、それも一瞬のこと。次の瞬間には、彼は再び冷酷な表情に戻っていた。マリーの前で、魔術師は再び紙に文字を書き連ねる。そして、出来上がったその文章を、彼女に突きつけるように見せつけた。

 

『俺たちはお前等に"家畜"として扱われた。尊厳さえも誇りさえも踏みにじられ、ただフランス本国を豊かにするためだけの"道具"にされたのだ』

 

その言葉を目にした瞬間、マリーの胸に鋭い痛みが走った。彼らが、どれほど非人道的な扱いを受けてきたのか。そのあまりにも残酷な現実に、言葉を失ってしまう。だが、魔術師はそれだけでは飽き足らないと言わんばかりに、更に続けて文字を綴っていく。そして、再びマリーの前に、その紙切れを差し出すのだった。

 

『お前も心の奥底では俺たちを人間として見ていないのだろう?単に"人の形をしているだけの動物"だとな』

 

その一文を読んだ時、マリーは愕然とした。彼は、自分たちがそこまで蔑まれていると感じているというのだ。人間以下の存在として、見下されていると。

 

「違う、私は……」

 

マリーの反応を、魔術師は面白そうに眺めている。ニヤリと歪んだ笑みを浮かべながら、彼女の反応を待っているのだ。まるで、マリーが自分の思惑通りに動くことを、予め知っているかのように。マリーは、彼の笑顔に怒りを覚えた。しかし同時に、どこか悲しみにも似た感情が、胸の奥に生まれているのを感じていた。

魔術師が、どのような仕打ちを受けてきたのか。想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。自分は、彼のような人々の存在を、これまで意識したことがあっただろうか。豊かで平和な世界に生きながら、その影で苦しむ者たちのことを、考えてみようとしただろうか。いや、恐らくは見ないふりをしていただけなのだ。

自分の世界が、どれほど多くの犠牲の上に成り立っているか。そのことから、目を背けていたのかもしれない。そう気づいた時、マリーの心は、どうしようもない後悔に苛まれた。自分は、王妃として、民を守る立場にありながら、彼らを助けることができなかった。いや、助けようともしなかったのだ。

その事実に、マリーは言葉を失う。

 

「……私は……」

 

掠れた声で、そう紡ぐことしかできない。魔術師を見上げる瞳に、悲しみの色が滲んでいた。




黒いローブの男の正体は歴史上の人物でもあります。勘の良い人なら気付いたかも?
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