冬虫夏草   作:西風 そら

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最終話です


市場にて・next

 

 

 

 波模様の砂の上、大海原の笹舟の如く、二頭の騎馬が行く。

 

「ねぇ、まだ? ねぇ、あとどのくらい? ダンナ様」

 後ろからひっきりなしに喋り掛けるのは、チョコレット色のキノコ頭のカーリ。

 

「ダンナ様はよせって言ってんだろ」

 前でつっけんドンに返事をするのは、漆黒のハトゥン。

「お前は一応親父の養女になったんだから、お兄さまとか兄貴って呼べや」

 

「オニィサマトカアニキ……長い……」

「…………」

 

 程なく、地平に大きな街が見えた。

 カラフルな旗が立ち、大小の商隊が賑やかに行き交っている。月に一度の大市の立つ日だ。

 

「わあ!」

 レモン色の瞳を一杯に見開いて、カーリは顔を輝かせた。

 

 とりどりの布、積み上がった肉、色付きハッカ水、甘い匂い、酸っぱい匂い、辻音楽、大道芸。

 モノトーンの静止した清宮(せいみや)で育った娘には、現実とは思えない夢世界。

 

「面白いか?」

「うん! うん!」

 

 馬上でパタパタはしゃぐ娘を眺めて、ハトゥンは眉を下げた。

 出掛け際、親父に「連れて行ってやれ」と押し付けられてうんざりしたが、まぁこれだけ嬉しそうにして貰えるのならいいか。

 

「ね、そうりょ……父上様が、欲しい物があったら買って貰えって言ってた」

「ああ、ただし、あの印度の怪獣は駄目だぞ」

 ハトゥンは、先程からカーリが目をキラキラさせて凝視している鼻の長い巨大動物から目を滑らせながら言った。

「うう~~」

 心底残念そうなキノコ娘。本気だったのかよ。

 

 

「今日はシドとエノシラへの祝儀の品を選びに来たんだ。お前はオマケだからな。手間掛けるんじゃないぞ」

「・・・・」

 後ろから返事がない。

 振り返ると、キノコ頭が馬上でグラグラ揺れている。

 

「お、おぃ、どうした?」

「はぁ、何だか、目が回る・・」

 

 おいおい? ハトゥンは慌てて下馬して、カーリを助け下ろした。

 真っ青でぐったりしている。

「さっきまでの元気はどうしたよ?」

 広場の花壇の縁に腰掛けさせ、水筒の水を飲ませる。

 

「はしゃぎ過ぎるからだ。馬に乗るのも初めてな癖に」

「うぅ……」

 カーリは行き交う人々の足の動きにすら酔っている感じで、ちょっとやそっとでは回復しそうにない。

 

「しょうがねぇな、休める所を確保して来る。動くんじゃねぇぞ」

 ハトゥンは二頭の馬を引いて、人混みに入って行った。

 

 

 カーリは大人しくチンマリと座ってハトゥンを待った。

 雛壇になった大きな花壇には肉茎植物の花が植えられ、眺めていると少し具合が治まって来た。

 

「ダンナ様、優しくなった……」

 ルウシェルの言った通りだった。

 ダンナ様と話す時間を沢山作って、清宮での日々を喋った。

 そうしたら、最初半分腰を浮かせていたダンナ様が、だんだん長い時間話を聞いてくれるようになった。

 声を掛けると立ち止まって待ってくれるようにもなった。

 

 その優しさがどういう種類の物かは、あまり考えないようにしている。

 ただ、自分の人生でずっと想っていたヒトが、目の前に居て自分の存在を認めてくれる。

 その事実が単純に嬉しかった。

 

 

 

   ***

 

 

 

 ハトゥンは木賃宿の部屋を取って、馬を預けた。

 急いで広場へ戻る道、ふと道端の縁台に目が行った。

 細工屋のキラキラした装飾品の中に、レモン色の櫛。カーリの瞳とそっくりな色だ。

 

「買って行ってやるかな。しかし……」

 こんな物をくれてやって、下手に期待を持たせたら逆に可哀想だ。

 自分はあの娘に憐れみしか抱いていない。

 

 同い年のルウシェルが、旅をしたり留学したり充実した青春を送っている間、灰色の清宮で気の遠くなる無機な時間を重ねていたのだ。

 彼女の話す清宮の日常は、何の変化もない退屈な物だった。

 退屈な話を延々聞いてやる事が、存在すら知ってやれなかった自分の罪滅ぼしのような気がした。

 

「これから楽しい人生を送らせてやらなきゃな」

 その内、歳の近い気のいい連中を選んで紹介してやろう。

 同い年の中でつるんで馬鹿やって喧嘩して、そして健全な恋愛の一つでもして欲しい。

「父親かよ、俺」

 ハトゥンは苦笑いして、小さな櫛を買い求めた。

 

 

 

「あれ?」

 花壇の縁で大人しく待っているカーリは、覚えのある匂いに気付いた。

 甘くて香ばしい、生姜の混じった香り。

 立ち上がってそちらへ歩くと、派手な縞模様に装飾された屋台に、見覚えのある豆板が並んでいる。

「これだ、これ!」

 ルウシェルに貰った豆菓子。

 自分が全部食べちゃって、ルウシェルが悲しそうにしていたっけ。

「良かった、これをあげたら、ルウシェルきっと笑う」

 

 カーリは豆板を一つ取って、店主を見た。

「これ、頂いても宜しいか」

「ああ、まいど! お嬢ちゃん」

「有り難うございます」

 

 キノコ頭がペコリとお辞儀をして、そのまま立ち去ろうとした。

「お、お――い、お嬢ちゃん、代金」

 店主は慌てて屋台から出て来て、カーリを追い掛けた。

 

「はい?」

「はいじゃねぇ、金、お金、銅貨!」

「神の恵みの命の糧にお金が要るのか?」

 キョトンとする娘の手首を、店主は掴んで吊り上げた。

「ふざけるな! 盗人がどうなるか教えてやる!」

「ヒ・・」

 ダンナ様以外の男性に触れられる事など人生に想定していないカーリは、声も出せずに硬直する。

 

「まぁ、ちょっと待って」

 店主の肩に誰かが後ろから手を置いた。

 店主は驚いたが、カーリはもっと仰天した。

 

 真っ白いヒト! 髪も肌も真っ白!

 エノシラに、この世には色んな髪や肌の色が存在する事を教えて貰った。

 でもこんな真っ白なヒトもいるなんて思わなかった。まるで経典の挿し絵にあった天使。

 掴まれている恐怖も忘れて、カーリはその少年をマジマジと見た。

 

「その子、泥棒する気はなかったみたいじゃん。物知らずなだけでしょ。何処かの山出しか、深窓のお嬢様じゃないの?」

「どうだか! 最近は堂々とした食い逃げが流行ってるっていうからな!」

 

「とにかく僕が代金を払うから、離してあげてよ」

「坊っちゃん、この手の輩に甘くすると、後々良くはありませんぜ」

「うん、もちろん代金分は返して貰うさ」

「ほぉ・・」

 

 店主はニヤニヤして、掴んでいた娘の手首を、銅貨と引き換えに白い少年に渡した。

「豆板一枚とは安い娘だ」

 

 

 ***

 

 

 取って返した広場の花壇にカーリが居なくて、周囲の目撃者に話を聞いて、ハトゥンは飛び上がった。

 豆菓子ひとつで知らない男に着いて行ったって!?

 

「あの馬鹿! アホタレ! 世間知らず!」

 

 勝手知ったる市中を全力で駆け抜ける。

 目立たない狭い路地に飛び込んで、何回か角を曲がると、すれ違う商人の風体が変わって来た。

 最後の路地を抜けると、一段下がった薄暗い通路に湿っぽい商店街。

 表の市場と明らかに客層が違う。一つ一つの屋台が天幕で覆われ、ランタンの妖しい灯りが揺れる。

 

 目の下に大きな隈を作った男が、骨と皮だけの腕を挙げた。

「よぉお! ハトゥン、久し振りだな。髙地産の葉っぱのイイのが入荷したぞ」

「またにする。奴隷商の元締めは何処に居る?」

「蜜蜂館のマダムん所。今行っても取り込み中だと思うぞ。どうした?」

「捜しビトだ」

「オンナか? やめとけ、オンナは厄介の原材料だ」

「重々承知している」

 

 狭い天幕の間をヒトにぶつかった数だけの怒号を浴びながら、ハトゥンは走り抜けた。

 表の市場は健全だが、ちゃんと暗黙のアンダーグラウンドがある。ヒトが集まれば、ボーダーな商売やアウトな商品だって需要がある。ガスを抜く穴は必要だ。

 だけれど、やっとお日様の下に出られた修道女には無縁であって欲しい。

 

「レモン色の瞳の娘を知らないか?」

「よっ、砂の民の坊っちゃん、女の子をお探しなら、目の色七色取り揃えますぜ」

「俺は今、史上最低にイラ付いてんだ! 聞かれた事だけに答えろ!」

 

 そんなやり取りを何十回も繰り返し、殴られそうになったり、殴られたり、殴ったり……

 半日大立回りをして、カーリは見付からなかった。

 

「こうなったら門で張って、街を出る馬車をしらみ潰しに調べてやる。畜生、カーリ、絶対に見付けてやるからな!」

 

 ブツブツ言いながら、最初の広場を駆け抜けた時、目の端でチョコレット色の髪がフワッと揺れた。

 

「!!?」

 

 そこは元の花壇だった。

 雛壇の周りに人垣が出来、中央の高くなっている所に、妙な形の人影がある。

 

 カーリだ。まごう事なきキノコ頭。

 そのカーリが、両手を広げて爪先立ち、柳の枝のようにしなやかに踊っているのだ。

 片足を後ろに上げて上体を反らすと、くるぶしまでに頭が届く。滑らかにゆっくりと力強く、火喰い鳥の求愛ダンスを彷彿させる、妖艶な踊り。

 群衆は、乙女の描く見事な曲線に見惚れて集まっていたのだ。

 

「ダンナ様!」

 群衆の後ろにハトゥンを見付けて、カーリはそこから一気に飛び降りた。一瞬ヒヤッとしたが、まるで羽根が降りるような軽さだった。

 ギャラリーは舞踏が終了したと取って、称賛の拍手を上げた。

 

「ダンナ様、良かった、居た!」

 

 ハトゥンは怒るのを通り越して、空気が抜けた風船のように脱力した。

「居なかったのはお前だろ……」

 

「あ、ちょっとだけ離れました。あれを運ぶのを手伝ったのです」

 カーリの指差す花壇の中頃の壇に、もう一人誰か立っている。

 違う……よく見ると作り物だ。

 サボテンの花に囲まれて微笑む、羽根のある女性の像。

 

「・・・・」

「彫刻家さんに豆菓子を貰って、モデルになってくれって頼まれました。ここを離れられないって言うと、ではここで制作しましょ、って。それで、作りかけの天使さんを運ぶのを手伝ったのです。彫刻家さんは足が悪いみたいで、ちょっと引き摺っていたので」

「…………」

 

 縞模様の派手な前掛けの菓子屋の店主が、にこやかに話し掛けて来た。

「見事な物だったぞ、あの白い兄ちゃん。ここで粘土を練って、あっという間に作り上げちまった。いいねぇ、本物の天使さんが降りて来たみたいだ」

 

「お陰で満足の行く出来になったって喜んで貰えた。ダンナ様、わらわは良い事をしたか?」

「…………」

「いけなかったか?」

「いや……」

 ハトゥンは肩を下ろして、カーリの頭に手を置いた。

 

「なかなかイケてる天使だ。制作者は何処に居る?」

「行っちゃったよ、もう」

「作品をおいて?」

「うん、旅をして、行く先々に天使を作って置いて来るんだって」

 

「置いて来るったって、粘土じゃ長持ちしないだろうに」

「別にずっと残らなくてもいいって」

「訳が分からない。何の為だ?」

「何の為って……?」

 

 カーリは左右をキョロキョロして、不思議そうにハトゥンを見た。

 ハトゥンもつられて周囲を見回す。

 天使像を眺める人々の、穏やかな顔、顔、顔……

 

「…………」

「ダンナ様?」

「ああ……うん」

「怖い顔。やっぱりわらわ、いけなかった?」

「いや、怖い顔だったか? すまん」

 ハトゥンは自分の両頬をパチンと挟んだ。

 

「そうだな、俺が早合点し過ぎだったんだ。世の中を知っているつもりで、まだまだ見えていない事がある」

 ハトゥンは改めて天使像を見た。

 純真無垢で、しかし芯の通った豊かな微笑み。

 確かにカーリだが、自分には見えていなかったカーリだ。

 

 

「ダンナ様、踊ったらお腹空いた」

「ああ、お前、大した身体能力だな。誰に習った?」

「清宮の主様に教えて貰った。いつも皆で踊ってた。皆で踊ると楽しいんだ、神サマに奉納する舞踏。天使さんにも奉納してた」

「へぇ」

 

 ハトゥンの頭にあった無彩色な清宮のイメージが、一気に塗り替わった。

 カーリの清宮での毎日は、決して無機な物では無かったんじゃないか? この娘の中身は、自分が思うような空っぽではない。

 

「お腹空いたってば」

「あ、ああ、そうだな。急いで買い物を済ませて……あ、そうだ」

 

 ハトゥンはポケットを探った。昼間買った櫛は、ポケットの中で折れていた。

 まぁ、あれだけ暴れればな。

 花壇に上がって、折れた櫛は天使の髪に差してやった。

 本物のキノコ頭には、いつか然るべき相手から貰えばいい。

 

「よっしゃ、先に腹ごしらえするか」

「ダンナ様、わらわは甘いお菓子がいい」

「菓子は飯じゃない。あとダンナ様はやめろ」

「オ、オニータマトカアニキ……」

「好きにしろ」

 

 

 

 波目模様の砂原を行く、少年二人の騎馬。

 四白流星に乗るのは、赤っぽい黒髪のヤン。

 黒砂糖色の栃栗毛には、白い髪のフウヤ。

 

「今日の天使像、いきなりクオリティ上がってない?」

「モデルをしてくれる女の子がいたんだ」

「わぉ、フウヤがモデルを使うなんて初めてじゃないか? なに? タイプだった?」

「そんなんじゃないよ、妙な親近感が湧いただけ。まぁ、どうせもう会う事も無いだろ」

 

「住んでいる所くらい聞けば良かったのに」

「聞けるかよっ」

「そんなだから彼女の一人も出来ないんだよ。いい加減シスコンから脱却したら?」

「うるさいなマザコン。それよか買い物は終わったのか?」

 

「うん、バッチリ。でかい花火と爆竹。シドさんとエノシラさん、僕らが婚礼祝いにいきなり乱入したらどんな顔をするだろうな」

「僕達に雨の中正座させた癖に、結局よろしく収まったんだから、やる事はやらせて貰わないとね!」

 

 少年二人は新郎新婦の度肝を抜くだろうが、思わぬ再会に魂を抜かれる羽目になるのを、白い少年は知るよしも無かった。

 

 

 

 

 

     ~市場にて next・了~

 

 

 

 

 

 

 

 





最後までお付き合い頂き、まことにありがとうございました

挿し絵:舞姫 
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挿し絵:天使 
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