冬虫夏草   作:西風 そら

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 蜃気楼の向こう側、全四話

 2022・8・16 加筆

 シドとエノシラの話が中途半端だったので




蜃気楼の向こう側・Ⅰ

 

   

 

 

「そりゃエノシラ怒るよ、シドが悪い」

 

 西風の里を見渡せる丘上の修練所、旧棟の玄関前。

 たまたま行き合ったルウシェルに、エノシラの元気のない理由を訪ねられ、正直に答えただけなのにボロクソに言われて、さすがに反論したいシド。

 

「何が悪いって言うんです。僕はただ普通に、これからの生活の話をしただけなのに」

 

「エノシラの前で普通とか言わない方がいいよ、それでなくても最近過敏になってんだから」

 

「過敏って何を……」

 

「蒼の里との慣習の違いを気にし過ぎてんの。自分は新参者だから早く馴染まなきゃって、過剰に意識して何も喋れなくなってる」

 

「そんなに違いますかね」

 

「私はそこまで違うとは思わないんだけれど。ほら、診療所に来てお節介な長話をして行くのって、頭が前世紀な年寄りばっかだろ」

 

「なるほど」

 

「だからってさっきの話は別だぞ。120%シドが悪い」

 

「だからどこが……」

 

 言い合いをしている所へ、出張帰りの旅装のソラが、坂を登って来た。

 

「あっ、ソラぁ!」

 

「どうかしたんですか?」

 

「それが、エノシラが……」

 

「ダ――メ! ソラには相談するだけ時間の無駄! このヒトに女心の何が分かるっていうの」

 

「酷いです、分かる事もあるかもしれないのに」

 

「そんなのがあるんなら私に全フリして! シドは洗濯場のお姉さん達にでも聞いてくればいい。よっぽど正確に答えてくれるよ」

 

 シッシと追いたてられ、シドは渋々坂を下る。

 後ろでは声のトーンの変わった二人が改めて「ただいま」「おかえりなさい」を言い合って、不可侵空間を作り上げている。勝手にやっていてくれ。

 

 

 洗濯場のお姉さん達の所へなんて勿論行かない。

 聞ける訳ないだろ、一瞬で尾ひれ胸びれ生えまくって里中に広まるわ。

 

 悶々としながらシドは、建築中の住居へ向かう。

 花嫁を迎えるために頑張って建てている新居。基本大工に任せているが、自身も教官の仕事後にせっせと手伝いに来ている。

 

 この地域では『花嫁が生家を出て婚家に足を踏み入れる瞬間』が結構重要なイベントなのだ。

 皆が集まって祝福してくれる場所、それなりに見栄を張りたい。

 

 今日はもう大工は帰っているが、シドはカンテラを灯して、追加で始めた診療所部分に踏み入った。

 

 診療所の建築には特に神経を注いだ。壁材ひとつ取っても母屋より凝った物を使っている。

 何せシドは我が妻の医療技術に心酔している。この土地で思う存分その力を発揮して貰いたいのだ。

 外交で様々な土地へ行くソラに他所の診療所を見て来て貰ったり、蒼の里からあちらの医療施設の見取り図を貰ったり。

 

 そんなこんなとやっている内に完成が延び延びになっているのは確かだが、いいじゃないか、エノシラがここを見て大喜びする瞬間が楽しみなんだ。

 

 婚礼の儀が遅れている事に対して、エノシラは何も言わない。

 昨日会いに行った時だって、最初は嬉しそうにしていたし…………

 

 

「今日は煉瓦積みですか?」

 

 腕捲りしながらやって来るのは先輩教官のスオウ。

 以前エノシラを巡って勘違いで決闘を吹っ掛けて来た張本人。

 今ややこしい事になっている責任を感じて、度々手伝いに来てくれている。

 

「とっとと正式に儀式を挙げて下さい。私だってこれを期に身を固める事を考えたいのに、そちらが片付いてくれないと、周囲も縁談を持って来られないのですよ」

 

「どうして? 遠慮しなくていいのに」

 

「そりゃ嫌でしょう? 他の女性の退いた隙間に収まるみたいで。女性の側にも色々と体裁があるのですよ。あと女心って奴も」

 

「おんなごころ……」

 

 また出てきた。

 そう聞くと、この色男は自分よりはかなり女心が分かっていそうな気がして、シドはつい、昨日エノシラを不機嫌にさせたエピソードを語ってみた。

 

 

「えっ、そんな事で怒るんですか?」

 

「うん、そう、いきなり」

 

「申し訳ないけれど、私にはエノシラが怒る理由が分かりません。どういう心境なのでしょうね」

 

「本当にね」

 賛同者を得られて、シドは少しすっきりした顔になった。

 

 まぁ、スオウ教官にしたら、自分は完全に第三者。

 現場を見た訳でもなく、片方の言葉だけを鵜呑みにしてはいけない事くらい心得ている。

(喧嘩のひとつもすればいい。こちらは断腸の思いで諦めたのに)

 ちょっぴりの小気味良さが頭をもたげて、つい目の前のシドに同調してしまった。

 

「いやいやそうじゃろ、アンタはちっとも悪くない」

 ガサガサ音と共に、酒瓶を持った賛同者2が繁みから登場。

 近所に住む話好き爺さんだ。たまに差し入れを持って来てくれたりする。

 どうやら酒を調達に行った帰り道、シドの愚痴が聞こえて耳ダンボしていたらしい。

「ニョーボっなんてぇのは最初にガツンとキョーイクしてやらにゃあ。あいつらのワガママをいちいち真に受けとったら付け上がらせるだけだぞぉ。うちのカミサンだって昔はとんでもないオニババで……」

 

 始まってしまった。

 しかし、ルウシェルにボロクソに言われて疲弊していたシドに、同調の声はスポンジみたいに染み入った。

 それでついつい調子に乗った。

 

 

 

 

 西風の里の中心の宿屋跡。

 今はモエギ長と娘のルウシェルの住まい。

 エノシラが居候して診療所を開きながら、シドの準備が整うのを待っている。

 

 夕食の片付けを済ませて、斜向かいで茶を一服するモエギと、長いおさげ髪のエノシラ。

 ルウはソラの所に出掛けている。

 目の下に隈を作って上の空なおさげ娘に、モエギはソロっと切り出す。

 

「エノシラ、シドがデリカシーが無い事くらい承知しているだろ。ただの言葉のアヤなんだろうから、聞き流してやってくれ」

 

「コトバの、アヤ……」

 

「まぁ、言葉のアヤを言い訳にしてはいけない事は、世の中にごまんとあるのだが」

 

「いえ、確かに大した事ではないのです……」

 

 エノシラがまた口を結んで俯(うつむ)いてしまったので、モエギは困った感じで匙をクルクル回した。

 何を言った言わなかったなんて喧嘩は、時間と共にどうでもよくなって行く物だ。

しかし喧嘩にならないで一方的に溜め込んで行くのは宜しくない。

 

 ふと、匙を止めてモエギは天井を見た。

 

 ――バン!

 

 窓の板戸が開いて、屋根から黒い塊が飛び込んで来る。

「ホンットにまどろっこしい奴らだな」

 

「ハ、ハトゥンさん……」

 モエギ長の夫君の、隣の部族の総領息子。このヒトにとっての玄関は窓なのだろうか。

 

「よぉハトゥン、今日は一人なのか?」

「いつも一人だよ。毎度毎度追い掛けられてたまるもんか」

 

 黒い肌に黒装束の強面(こわもて)が、鼻の下をこすっておさげ娘に向いた。

「ウジウジ言っていないで話しに行けばいいだろうが。あいつは今建築現場の方だぞ」

 

「で、でも、新居は出来上がるまで見ちゃ駄目だって」

 

「そもそもそれだ。職人が仕事場を新築するのに、完成まで見ちゃダメだとかアホか。そんなアホな拘りにいちいち付き合ってやるお前さんもお前さんだぞ。

 掟(ルール)は各々を幸せにする為にあるんだ。おかしいと思ったらちゃんと抗議して話し合え」

 

「ああ、そうだな」

 夫君の言う事を黙って聞いていたモエギも、声を上げた。

「ハトゥンの言う通りだ。この地では本格的な職を持つ女性は珍しかったから……私も気が回らなかった、すまない」

 

 信頼する二人に肯定して貰え、沈んでいたおさげ娘は決意の顔を上げた。

 

「ほれ行って来い。ぐだぐた言われたら、俺に脅されて追い出されたとか言っておけ」

 

 

 

 ・・・・

 そうやって勇んで出て行ったエノシラだが、意外と早くに帰って来た。

 

 ただいまと言った声は普通で、居間にいた二人に軽く挨拶をし、あら片付けを忘れていた、大変大変、とか言いながら診療所の方へ引っ込んでしまった。

 別段変わった様子もなかったので、二人もあまり気にせず、しつこく勘繰るような真似はしなかった。

 

 だから異常事態に気付いたのは、翌朝、珍しく寝過ごしているエノシラの部屋をノックしたルウシェルだった。

 

 

 

 

 

 

 

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