冬虫夏草   作:西風 そら

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蜃気楼の向こう側・Ⅲ

 

 

 

 西風の中心の宿屋跡。

 庭の植え込みに屈み込むソラとモエギ。

 『地の記憶を読む術』を使う、ソラの両手がポゥと光る。

 

「え――と、シドが会いに来て、その時点では、エノシラは嬉しそうに笑っています」

「うん」

 

「シドが…… ずっと建築の経過を語っています。診療所の壁材の入手に苦労したとか。実況しますか?」

 

「その辺はいい。エノシラは喋らないのか?」

 

「『そう』とか『はい』とか、たまに『ありがとうございます』とか…… ああ、ここで『庭で薬草を育てたいわ』と」

 

「シドは何と返事をした?」

 

「明るい感じで『うん勿論』と肯定しています」

 

「『勿論、育てさせてあげる』じゃないのか?」

 

 ソラは怪訝な顔でモエギを見た。

 省略したが、原文はその通りなのだ。

 室内の方で聞いていた? いや、だったら今自分にこんな回りくどい事はやらせない筈だ。そんな嫌味をするヒトではない。

 

「自分の家な筈なのに、何で『育てさせて貰わ』なきゃならないのだろうな」

 

「ええっ、そんな! ただの言葉のアヤじゃないですか、深い意味で言っていませんよ、シドは」

 

「だろうな、エノシラも分かっているから、抗議出来ずに溜め込んでいる。

 けれど、心の地盤が『やらせてあげる』で固まっているから、口先がその言葉を選んでいる、・・って事も、彼女は分かっているんだぞ、ソラ」

 

 穏やかに教えられ、ソラは今一度指先に集中した。

『助産師を』『診療所を』『薬草の講義を』

 確かにシドは『やらせてあげる』としか言わない。指摘されなければ聞き流していた。だってそんな些細な……

 

「『外交官をやらせてあげる』、ルウシェルがそう言ったら、お前の中にスッと入って来るか?」

「……いいえ、引っ掛かりまくります。でもルウシェル様が言う訳ないです」

「そうだな、あの子はお前の仕事を尊敬している。どれだけの時間と努力で築いて来たかを知っている」

「…………」

「お前も、『長をやらせてあげる』とは言わないだろう?」

「はい、決して……」

「引っくり返してみればすぐに分かる事なのにな」

 

 そうだ、こんなに簡単な事なのに、我が身に置き換えてみるまで分からなかった。こんなに簡単な事なのに……

 女心が分かる訳ないと言ったルウシェルの声がよぎった。

 

「エノシラは、シドが会いに来る度に暗い顔になって行った。普通逆だろ? ルウはお前の所から帰って来るとニッコニコしているぞ」

 

「ほ、本当ですか?」

 自分もNGワードを踏んではいないかとヒヤッとしていたソラは、露骨にホッとした。

 

「ああ、あの娘(こ)はまだ魔法に掛かっている状態だからな。お前が自分の方さえ向いていてくれれば、後は何でもどうでもいいんだ」

 

「何でもどうでもいいって、酷くないですかっ?」

 

「だから魔法が切れた時に備えて、今の内に二人の地盤を、些細な言葉のアヤごときで揺れ動かない、堅固な物にしておけ」

 

 ソラはまじまじと、オレンジの瞳の長殿を見た。

 どんなに凄い太古の術だって、このヒトの前では赤子だ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 風紋の砂の上。

 拳を構えるハトゥンと、呆然とするシド。

 

「お前さんと闘うのは二回目か? なぁ、チビッ子ナイト」

 

「何なんですか、いきなり。その呼び方はやめて下さいって何っ回も言ってるでしょ!」

 

「前は鼻水たらしたガキだったよな。一丁前に、モエギ様を返せって」

 

 思わず飛び掛かったシドを軽くいなして、ハトゥンはエノシラの背後に回った。

「俺が勝ったらこのお嬢ちゃんを頂いて行くからな」

 

 

(父者(ててじゃ)、それはないだろう)

 隠れ蓑の下のルウシェルは眉をしかめた。

 そこでシドにイイ所を見せさせて修復に持って行くつもりか? 白々し過ぎるだろ。

 ほら、シドどころかエノシラまでが脱力して止まってしまっている。

 

 しかし漆黒の男性は身をそらせて声を張った。

 

「決闘で女性を求めるのは花嫁としてだけではない。太古より価値ある女性が部族間の争いの種になったのは知っているだろう?

 さてここからは大真面目だ。砂の民の部族の代表者として言である。その娘を貰い受けに来た。寄越せ」

 

 シドの表情が変わった。

 

「か、価値ある女性って?」

 エノシラが振り向いて、眉一つ動かさない男性に、掠れ声で聞いた。

 

「昔は神職の血筋や予言力の強い女性だったが。お前さんの医療師としての能力はそれ以上だな。どの部族も十二分に欲しがる。他所に知られない内にお前さんを確保して置かねばならん。部族を背負っているのだから私情は入れられんぞ、悪く思うな」

 

 いつも軽口しか叩かない男性が、ひと欠片の冗談も挟まない顔で睨み付けて来る。

 エノシラはよろけながら後ずさった。

 

 その退いた影から、シドがハトゥンに殴り掛かった。

 が、次の瞬間一回転して吹っ飛ぶ。

『漆黒の暴走牛(バイソン)』に歯の立つ男性なんて、砂漠の地に存在しない。

 

 倒れて動かないシドに、エノシラが駆け寄った。

「い、医療師が欲しいなら育てればいいじゃないですか? 私だって特別な天才なんかじゃない、むしろ覚えが悪くて叱られてばかりで、でも勉強して研鑽(けんさん)して、曲がりなりにここまで成れただけです」

 

「そのケンサンとやらにどれだけ掛かった? 一年か? 二年か?」

 

「まさか、そんなに早くには」

 

「他人は出来上がったお前さんしか見ない。お前さんのして来た努力なんぞ歯牙にも掛けない。面倒な手間を掛けるより『誰かが大切に育てた者』を『奪って来る』方が、手っ取り早いんだよ! 砂漠の男の考え方は大昔からそうだ!」

 

「~~!!」

 シドが立ち上がった。

 鼻と口から血を垂らしながら、瞳をたぎらせてハトゥンに飛び掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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