冬虫夏草   作:西風 そら

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 蜃気楼の向こう側、ラスト


蜃気楼の向こう側・Ⅳ

 

 

 

 

 倒されても倒されても立ち上がって向かって行くシド。

 明日の教壇の事とか煉瓦の積み残しとか、考えている余裕は無い。この暴君は奪うと言ったら本当に奪って行く。

 顔面を殴られ腹を殴られ、身体中の穴という穴から色んな液が流れて砂にまみれる。

でも倒れては駄目だ、倒れられない。

 

 

 いい加減に止めようかと隠れ蓑から這い出しかけたルウシェルの肩を、後ろから掴まえる手があった。

 

「まあ待て。ちゃんと手加減はしているようだ」

 

「母者?」

 

 いつの間に、碧緑の髪豊かなモエギが隣に潜り込んで来た。

 

「馬鹿馬鹿しいだろ、勝てっこないのに」

 

「…………」

 

「それでも砂漠の男が決闘に走るのは…… スマートな言葉も要領の良い機微も持ち合わせない無器用な男共は、こんな方法でしか己の本気度を表現出来ないからだ」

 

「…………」

 

「そこの所はしっかり覚えておくのだよ、我が娘」

 

「はい」

 

 

 

 

   ***

 

 

 ・・

  ・・・・

 

 痛みの中の目覚め・・またかよ。

 

 シドはゆっくり目を開ける。

 

 滲んで星空が見える。

 もう夜なのか。あ――、午後の講義……

 

 いや、そうじゃない、失神していたという事は、・・負けた。

 負けたのか、エノシラが連れて行かれたのか。

 ああ…………

 絶望の溜め息と共に、仰向けの顔を腕で覆った。

 

 ??

 腕に何か触る。

 ??

 次にその、腕に触った物が降りて来て鼻の穴をくすぐった。

 

 ――ぶぇくしゅん!

 !! イダイイダイイダイ、肋(あばら)痛い!!

 

 シドは一気で五感が戻った。

 寝ているのは砂漠ではなく、何処かの建物の中、でも屋根が無い。

 頭と肩の下にふわふわの…………

 

「ああ、シドさん起きましたか。あたしもウトウトしちゃってたみたい」

 

 エノシラ――! の、ひ・ざ・まくら――――!

 

 甘葛(あまかずら)の匂い。くすぐったのはおさげの先だった。

 そうしてここは、煉瓦積みが途中の、建築中の診察室の床。

 

「シドさんが一番の患者さんですね」

 

「う、嬉しくない」

 

「壁の色がケバケバしいです」

 

「明るい色がいいと思ったんだ」

 

「患者さんは痛かったり不安だったり熱に浮かされていたりするんです」

 

「そうだな、確かに、自分がその身になってみると、この色は落ち着かない」

 

「あと、私の歩幅と薬棚のサイズも聞いて下さい。せっかく新築で建てるのに」

 

「……面目無い」

 

「泣いているんですか? 痛みます? 今お薬を」

 

「いい、このままで」

 

「…………」

 

「僕、負けたんだよな。エノシラ、何でここにいる?」

 

「女性は必ずしも決闘の結果に従わなくてもいいんでしょう?」

 

「何もされなかったか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「あのヒト、ガチで冷徹で融通が利かないから。油断しないで、何かあったらすぐに僕の所へ来て。仕事中でもいいから」

 

「はい」

 

 エノシラはカンテラを薄く灯し、膝枕を揺らさぬように膏薬を取って、シドの打撲の痕に塗り始めた。

 強面の夫君に、『とっとと落ち着いて弟子を養成する基盤を整えろ。育てる大切さとやらをこの地に浸透させろ。喧嘩なんかしている暇があるか、ドアホウ!』 と言われたのは、何年かしてから教えてあげよう。

 

 シドはもう一度腕で目を覆った。

 結局、他人に教えられねば何も分からなかった。悔しい。

 

「ね、シドさん、壁ですけれど」

 

「ああ、素材を変える?」

 

「いえ、材質はとても適した物だし、出来上がったら、染めてみようかと」

 

「ふむ、どんな色?」

 

「今日見た、蜃気楼が空色に変わるグラデーション。追いかけても追いかけても追い付けない幻。でも、何処かにちゃんと、本物の街があるんですって」

 

 

 

 

 やっと二人が落ち着いて、少しづつ話を始めた壁の内。

 

 そのほのかな明かりを遠くに眺めながら、宿屋跡の屋根の上、星に照らされて座るモエギとハトゥン。

 

「結局、砂の民の総領殿もお前が説き伏せたのか。本当に働き者だな、ハトゥンは」

 

「放っとけるかよ。剣を教えてくれってヨチヨチ着いて来たチビッ子ナイトが、嫁さん連れて来たんだぜ」

 

「そうだな、報せを受けた時、一番飛び上がって大喜びしていたもんな」

 

「子供は、大人にして貰った事なんかあっと言う間に忘れてしまうけれど…… 大人は、懐いてくれた子供の事はしつこく覚えている物なんだぜ」

 

 

 

 

 こちらは里を見下ろす修練所の寮前。

 相変わらず二つのカンテラを間に、ベンチで話すルウシェルとソラ。

 

「ねぇ、もしもソラが決闘を吹っ掛けられたら、すぐに私を呼んで」

 

「そんな事態は起こらないと思いますが」

 

「起こるよ! 私、砂の民の若衆に結構モテたんだぞ」

 

「ああはいはい、それで? 呼んで、止めたりしてくれるんですか?」

 

「違う、殴り合いでソラが勝てる訳ないから、私が代わりに闘う」

 

「……地味に傷付くんですけれど」

 

 

 里に点々とカンテラが灯る。

 明かりの数だけ生活があって、それぞれに積み重ねた定石(セオリー)がある。

 

 

 

 

 

 

 

 ~蜃気楼の向こう側・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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