お待たせいたしました。
本編13話です。
今回もよろしくお願いします。
突然始まった小さな規模のコンサート。
人前で歌う事に抵抗があるわけではないが、それでも自分の知られざる一面を見せているようで少し萎縮してしまうのだ。
だが、一曲だけと釘を刺して開幕したコンサートだが歌っていて気持ちが良かった。日向さんのピアノで紡がれるのはテレビでよく見る男性アイドルグループが歌うバラードで俺もそれなりに精通していた。
元々ダンスを嗜んでいた俺だが、歌に関してもそれなりに自信はある。独学ではあるものの歌に必要なテクニックは備えているので下手な歌を聞かせるつもりはない。これでもアーティストが動画サイトで上げてる歌のテクニック集などを履修して勉強している。ただ、息継ぎのタイミングがいまいち掴み切れていないなど弱点を隠し切れていないのは俺の技量不足だ。
……なんて、歌に関して俺が心掛けている事をここで思い返しても仕方のないことだ。ここにいるのは日向さんだけだし、彼女はピアノを弾くのに意識が向いているため細かいところまでは流石に気に留めもしないだろう。
俺がここまで歌う事に力を入れたのも間違いなくあいつらが元凶だ。かのんが歌う事を特に楽しんでいたからそれを俺も共感したくて同じ世界に入ってきた。途中で袂を分かってしまったがそれでも音楽を極めたい欲は治まることなく今も続けられているのは我ながら凄いことだと思う。
「ふぅ……どうだった?」
日向さん伴奏のソロコンサートが終了し、俺は一呼吸して日向さんから感想を聞く。一曲しか歌っていないので体力的疲労は大してないはずだが、人前での歌唱に慣れていなかった面もあり精神面での疲労が大きい気がする。
「湊月くんって歌が上手だね! こっちも弾いてて凄く楽しくなってたよ!」
「……そ、そっか。あ、ありがとう……」
「ふふっ、意外と照れ屋さん?」
「べ、別にそういうのじゃねえよ」
屈託のない笑顔で称賛を述べる日向さんが眩しくてつい目を反らしながら礼を伝えるが、俺のそんな態度が子供っぽく見えたのかからかい気味に話しかけてくる。反射的に素っ気ない返答をしてしまったが、日向さんはそれを気に留める様子は見せなかった。
「それにしても湊月くんって歌うことが大好きなんだね」
「えっ?」
いきなりそんな事を言われて俺は聞き返してしまう。歌ってる時はそこまで楽しそうに見せているつもりはなかったと思うので、一体どこでそう感じたのだろうか。
「……だって、
「……はっ? 俺、そんな状態で歌ってた?」
自分でも信じられず確認の意を含めて問い返すが日向さんはうんと首を縦に振りながら肯定する。
「湊月くんとお話しするようになってからあまり笑ってる所を見られてなかった気がするんだけど、今ここで初めて湊月くんが心の底から楽しそうにしているのが伝わってきたよ?」
「……そっか……」
日向さんの言葉に俺はそんな薄い返事をすることしかできなかった。自分でも意識していなかったポイントだったからこそ、いざそう指摘されても自分事として受け取ることが出来ないのだ。
他人事に捉えている俺を見て、日向さんは笑顔が無くなり神妙な表情をする。
「……やっぱりあの子との関係で何かあったの?」
日向さんが言うあの子。彼女はかのんの存在を知らないため日向さんが認識してて尚且つギクシャクしている関係性となっている人物の『あの子』に該当する人物は一人しかいない。
「別に唐さんは関係ない。あるとすればもっと別の問題」
「それはすぐに解決できないものなの?」
「……そうだな、これは俺とそいつの問題だから日向さんが気にする事じゃない」
俺が悩んでいるであろう事案に自分も手助けできないか探そうとしている日向さんだが、この件に日向さんは関係無いし巻き込むつもりは毛頭無い。余計なお節介を掛けさせたくないという意志が彼女に伝わったのか日向さんは少し悩む素振りを見せつつもすぐに納得した表情を見せた。
「そっか。……うん、分かった。今は特に何も話したくないと思うけど何かあればいつでも相談してね? 私も湊月くんの力になりたいから」
「日向さん……」
日向さんのお節介だけども暖かい優しさが胸に染み入る。恋さんと同じように手を差し伸べてくれる人物がここにもいたことに嬉しくなって、つい笑顔がこぼれる。
「……あぁ、分かった。その時はよろしくな?」
「えへへ、うん!」
彼女の提案に快諾の意を示すと日向さんも嬉しくなって笑顔の華が咲いた。日向さんの笑顔は他の女子のそれとは違って元気を貰える気がする。恋さんは百合のように優しく包み込むような雰囲気があるのだが、彼女はひまわりの様に元気で明るい印象がある。最初は恋さんと似たような落ち着いた物腰の人かと思ったが、彼女の人となりに触れてまた違った印象を持つようになった気がする。
「……あなた達……」
なんて日向さんの事を考えていたらいつの間にか俺達の傍まで近づいてきた恋さんがいた。声のトーンからしてピアノの前でおしゃべりをしている様子を見て彼女がおかんむりであることは火を見るよりも明らかだった。
「あっ、恋さん。点検は順調?」
「えぇ。おかげ様で滞りなく進んでます。点検そっちのけで歌っている誰かさんの代わりに進めていましたので」
「へぇーそんな人間がいたのか? それはとんでもない男だなぁ……な、日向さん?」
「そんな男性、許せないね?」
「……あなた達の事です」
「「えぇー!?」」
恋さんの毒交じりの成果報告に俺と日向さんは冗談で対抗していったが恋さんに容赦なく切り捨てられる。それよりも無茶ぶりで日向さんにも話題を振ったが、混乱なくノリを理解できる彼女の頭の回転に少し驚いた。
「こんな漫才はそこまでにして早く終わらせて下さい! このままでは何のためにあなた達へ声を掛けたのか分からないではありませんか!」
「ごめんごめん。ピアノの点検で音のチェックもしておいた方が良いと思ってさ? 日向さんがピアノを弾けるって事だったからやってもらってたんだよ」
「……それに乗じて貴方も歌っていたと? しかも随分と楽しそうに?」
「……日向さん、点検を続けるぞ」
「……うん!!」
恋さんの痛い視線と指摘に反論する言葉が見つからなくなり、残りの点検を再開するように日向さんへ声を掛ける。日向さんもすぐに意図を理解し弦楽器の方へと駆け出していく。
「あぁ! ちょっと二人とも!」
恋さんはまだ叱り足りないのか俺達を呼び止めようとするが、その声を気にせずに点検を始めようとする。
日向さんが横でチェックシートを見ながら一個ずつギターの様子を見ている時、俺はふと誰かの視線を感じた。
「…………?」
不意に振り返るが恋さんや日向さん以外に誰かがいたような痕跡はない。だが、確かに誰かに見られていた感覚はあったのだ。少し視線を巡らせると音楽室の扉に誰かがいた。
「? ……今のは誰だ?」
俺は日向さんを置いて扉の方へと駆け寄る。廊下には人っ子一人おらずもぬけの殻だった。
「湊月くん? どうしたの?」
「いや、今ここに誰かがいたような気がしたから」
「んー……でも誰もいないね?」
「気のせいだったか……?」
日向さんも廊下を見渡すが誰もいないことを確認する。
その人物の髪の色等を認識する前にいなくなってしまったので誰かがいたような気がした、と確証を持った発言が出来ないので少し歯痒さを感じる。
「うーん。特に誰もいなさそうだし、ひとまず点検に戻ろ? じゃないとまた葉月さんに怒られちゃうよ」
「……それもそうだな」
ここで正体不明の人物について言及しても仕方ないと悟った日向さんに促され、俺も点検へと戻る。音楽室内で特にやましいことをしていたわけでもないが、何故だか妙な悪寒がして点検作業が覚束なくなってしまったのはここだけの話。
少年の心に秘めた音楽の情熱、それは何故に?