お待たせしました。
本編15話です。
よろしくお願いします。
「…………あの……唐さん? ここは……」
「大丈夫デス! 変なお店に連れていくツモリではないノデ!」
音楽室での点検を終えた後、突如再会した唐さんに声を掛けられて俺はとある場所に連れられていた。見覚えしかないその場所に俺は内心焦りが止まらなかった。
「……ここ以外じゃだめか?」
「ククはここのメニューが好きなんデス! それに雰囲気も落ち着いててお話をするにはピッタリだと思ったのデス!」
「そうだけど、ここは……」
唐さんが連れてきた場所は喫茶店だった。普通の喫茶店であれば俺も気にせずに彼女の話を聞こうと乗り気になるのだが、ここはそうはいかない場所だった。
唐さんに別の場所へ行かないか提案しようとした矢先、喫茶店のドアが開いて中から店員と呼ぶには若すぎる少女が出てきた。
「あれっ、可可さん? どうしたんですか?」
「あっ、アリアさん!」
アリアと呼ばれた黄土色の髪をショートカットにした眼鏡少女は店の前で
俺も彼女の事を知らないわけではない。いや、直接会った事もある少女であるから彼女を知らないとこの期に及んで白を切ることは出来ないだろう。
「唐さん、今日もここでお茶していきます? それにそちらの方は……って、えっまさか……!?」
「……久しぶり、ありあちゃん」
ありあは俺の姿を見て、案の定驚きの声を上げる。やっぱり、3年の時が経ったとはいえ俺の事を覚えているのは当然の事だろう。
俺はなんて呼べばいいか困惑してしまい、つい昔と同じ呼び方でありあの事を呼ぶ。
「颯翔さん……ですよね!? お久しぶりです! 3年ぶりでしたかね?」
「そうだな、ありあちゃんも随分と大きくなったな。今は中学生だよな?」
「そうです! 颯翔さんもより男らしくなりましたね! 凄く見違えましたよ!」
ありあの方も3年の月日が経っていることは分かっていたようで長らく見ぬ間に成長した姿を見てお互いに感嘆の声が漏れていた。
そんな俺達を見て唐さんは素朴な疑問を投げてきた。
「ハヤトサン、やっぱりアリアさんとお知り合いなんデスね?」
「……まあな、この子はあいつの妹だし知らない方がおかしいだろ」
そう、この子の名前は澁谷ありあ。俺と幼馴染である澁谷かのんの妹である。そして、この店は喫茶店であると同時に澁谷家でもあるのだ。唐さんがありあと顔見知りであることは薄々感じていたが、それでもここに俺を連れてこさせるのはどういった所業なのか。
「……アリアさん、かのんサンはいますか?」
「おいっ、流石にそれは……!」
唐さんの爆弾発言に俺も思わず声を上げる。犬猿の仲である俺達を無理やりにでも復縁させようとでもいうのか。
「お姉ちゃん、まだ帰ってきてないですよ。多分、千砂都さんの所に行ってるんじゃないですか?」
ありあはため息を吐きながらかのんはここにいないことを教えてくれる。少し不機嫌気味に話すという事は喫茶店の手伝いをせずに出かけている彼女に呆れているのだろう。
兎にも角にもかのんが今この場にいないことが分かって俺は密かにほっと胸をなでおろした。
「……ならよかった」
「うーん、仕方ないデスね。アリアさん、2名でお願いしマス!」
「分かりました。では席に案内しますね!」
唐さんに有無を言えぬまま喫茶店内へ連れられ、俺はどうにでもなれと神頼みしか出来なかった。
「お待たせしました、ココアと紅茶です」
「アリがとうございマス!」
「うん、ありがと」
案内された席で各々注文した飲み物が用意された。唐さんはココアを、俺は紅茶を頼んでこの店のドリンクを久々に嗜んでいた。
「クゥ~、チョコワタルシミ~……」
「それ、染み渡るじゃね?」
ココアを飲んでほっと一息つく唐さんの口から間違った日本語が出ておりついツッコミを入れる。だが、彼女は気にする様子もなくココアを飲み続けていた。
「……まっ、いっか。それで、俺に話ってなんだ?」
「ホっ! ククとしたことがつい忘れてシマウ所でシタ……」
「今、完全に忘れてたよな?」
ココアを飲んでいる最中にカッと目を見開いて飲みかけのカップをテーブルに置く。驚きの声を上げていたのだからこの人絶対に忘れていたはずだ。
唐さんは一つ咳ばらいをすると姿勢を正して俺に一つの質問を投げかける。
「ハヤトサン、改めての相談になりマスが、スクールアイドル部に入りませんか?」
唐さんの変わらぬスタンスに俺は思わずため息を吐く。この人は本当に俺達の状況を理解しているのだろうか。
「……あんた、随分と物分かりが悪いみたいだな。それで俺がはいと言うと思うか?」
「……正直ククは言うとは思ってマセン」
「ならどうしてそこまで……」
執着するのか、そう言いかけた時唐さんはまっすぐこちらを見つめながら身体を前のめりにしてきた。
「でも、今日のハヤトサンは楽しそうデシタ!」
「はっ?」
楽しそう、唐さんの言うそれがどういうことなのか俺には全く理解できなかった。困惑する俺を気に留めず唐さんは続ける。
「今日、音楽室で楽しそうに歌ってるハヤトサンを見まシタ! 顔を見えマセンでしたが後ろ姿を見ていて凄くキラキラしてイマシタ!」
「……まさか音楽室で視線を感じたのって……」
「えへへ、実はククなのデス……」
唐さんはそう言いながら舌をペロッと出す。
音楽室を覗いていた人の正体がまさかの人物で俺は先ほどよりも更に深いため息が出てしまう。正直、唐さんが一番面倒になりそうな相手だったから見つかる事だけは極力避けたかった。
現にこうして捕まっているので今更どう抵抗することも出来ないが。
「まあ、素直に自白したことだしそれは許そう。して、それが俺をスクールアイドル部に勧誘するのとどう繋がるんだ? 澁谷の事、あんたも知ってるだろ?」
「かのんサンは関係ありません! ククは音楽を純粋に楽しむハヤトサンにお声がけしたいんです!」
「音楽を純粋に楽しむ俺に……?」
目をキラキラと輝かせながら唐さんはそう訴える。その瞳がとても眩しくつい目を凝らしてしまいそうになる。
「ハイ! かのんサンとの間に起きたコトについて、ククも聞くつもりはありマセン。今日、音楽室で歌ってたハヤトサンを見てると元気が湧いてきまシタ! いつもは素っ気ナイ態度で返されてしまいマスが……歌ってる時のアナタはまさに別人! ニューハヤトサンでした!」
「…………」
唐さんの賛辞に俺は特に反応することなくただただ耳を傾けるのみだった。
「素敵な歌声を持つハヤトサンだからこそ、ククは一緒にやりたいと思ったのデス! どうデショウか?」
自分の歌に関して久々にここまでの賞賛の言葉をもらえた気がする。普段は独学で勉強していたから誰かに凄いと褒められたことがなかった。いや、この事を他人に話すことが無いのだから褒められることがないのも当然のことだ。
ただ、誰一人として俺のそれを褒めた人物がいなかったかと言われるとそうでもない。二人の少女を頭に思い浮かべながら唐さんからの誘いに返答する。
「悪いな、俺はその誘いに乗る気はない」
「……それはどうしてデスか……?」
唐さんは俺がそう返答すると半ば分かっていたようで声を荒げる様子を見せず真剣な眼差しでこちらを見据えながら断る理由を探る。
「俺がやりたいと思わないから。それだけで十分な理由になるんじゃないか?」
その言葉に唐さんも何も返さず無言になる。
こういった活動は他人からの誘いをきっかけに始めてみようと思い至ることが多いが、それだけで物事を続けられるかと言われたら必ずしもそうとは限らない。
人からの誘いに安易に乗るということは自分の意志がそこには何も込められていない。『この人が勧めてくれたから始めた』と言うと聞こえはいいが、それは逆に『自分はやりたいと思っていなかった』とも考えられるのだ。
何か大きな失敗をして路頭に迷う結果になった時、『あの時あいつが誘わなければ……』、『あいつが自分ももっと導いてくれれば……』なんて無責任なことを考え簡単に責任転嫁してしまうのだ。
思い至ったが吉日、とはよく言ったものだが、その根幹に『自分の意志』が込められてなければその言葉の暗示はいともたやすく水泡に帰すし自分の首を絞める危険性があることを忘れてはいけない。
「そうデスね……。いくらククがハヤトサンを説得しようとしてもハヤトサンがやりたいと思わなければ意味は無いデスね……」
「理解してくれたようでなによりだ」
唐さんも俺が言わんとしていることを理解してくれたようで先ほど物分かりが悪いと言ってしまった事を詫びなければならない。
「……話はそれで終わりか?」
「アッ、あと一つだけ相談したいことがありマス!」
唐さんの要件は終わったと思いそろそろお暇しようかと思ったが、唐さんは言い足りないことがあるようだ。
「たった一つ、ククに協力していただきたいことがあるのです……!」
「……まあ聞くだけならいいぞ」
「ありがとうございマス! ククの……ククたちの曲を作ってくれマセンカ!!」
「……はっ? どういうこと?」
唐さんからのもう一つの要求は唐さんが歌う予定の楽曲についての事だった。先ほどの勧誘とは全く異なるベクトルの話で俺は暫くまともに頭が働かなかった。
あの時の少年は、とても眩しく輝いていた。