吹き荒ぶ風、奏でる音   作:M-SYA

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お待たせしました。

本編16話です。

よろしくお願いします。


相談事、隠し事

 

「あんたの曲を作ってほしいって……どういうことだ?」

 

 澁谷家が経営している喫茶店で唐さんの相談に乗ることになった俺はスクールアイドル部への勧誘とは違うもう一つの誘いに戸惑いを見せていた。

 

 曲を作ってほしいも何も俺は作曲なんぞ微塵もやったことがない。いくら音楽の知識を蓄えてきたとは言っても今の時点でそこまでのレベルに達するなど至難の業だ。歌唱姿が楽しそうに見えたとはいえ、いきなりそんな相談をするとはどういった魂胆なのか。

 

「実は……これを手伝ってほしいんデス!」

 

 唐さんがそう言いながら見せたのは一冊のノートだった。表紙には『ククの秘密のノート!!』と明らかに大事なことが書かれていることを示している題目が書かれていた。

 

「これは……中は見ても?」

 

「大丈夫デス。ハヤトサンにはお願いしている身デスので!」

 

 唐さんは綺麗な姿勢を維持したまま、ノートの中身を見る事について許可してくれた。

 

 唐さんの承諾を得て、一枚めくるとそこには中国語と日本語が一行一行交互に並ぶように連なっていた。日本語の部分を見ると一つの作文のような構成になっていることが分かり、先ほどの相談内容と含めて唐さんの言いたい事がすぐに理解できた。

 

「これは……歌詞か?」

 

「そうです。クク、ここでスクールアイドルとして輝く人たちを見まシタ。自分たちのヤリタイ事をまっすぐに貫いて突き進む人たちを見まシタ。その人たちと同じようにククもやってみたいと思ったのデス!」

 

 唐さんは笑顔でこちらを見据えながら自分の夢を語ってくれる。今まで唐さんのこういった話を聞いたことが無かったから非常に新鮮な気分だ。

 

「そこでククの気持ちや想いを歌にしたいと思って詞を書いてみたのデスが、まだまだ日本語は不勉強なトコロがありマシて……もしよければハヤトサンにククの日本語が間違ってないか見てほしいのデス!」

 

「つまりは詞の校正をしてほしいってことだな?」

 

 唐さんの言わんとしていることが理解でき、内容を確認するように問い返す。彼女もその通りという意志表示として強く頷いてみせた。

 

「もし、ハヤトさんが嫌であればそれでも構いマセン。ですが、もしハヤトサンがよろしければ一緒に音楽を作ってほしいデス。クク、ハヤトサンの歌がだいすきデスので!」

 

「…………っ」

 

 唐さんの大好き、という言葉に一瞬ドキッとしてしまったが、それ以上にここまでストレートに想いを伝えられたことに対して俺は内心恥じらいが生まれていた。

 

 唐さんは俺の事を決してかのんの幼馴染だから、という理由で選んでくれたわけではないのは分かる。この子はそういった嘘をつくのが苦手なように見える。あくまで強制はせずに俺の意志を尊重しながら提案をしてくれるその姿勢に俺は感服した。

 

 唐さんの懇願を聴いて無言のまま返事を考えている俺を彼女は何も言わずに笑顔で見守っている。その表情は俺がどうやって返事をするのかを理解(わか)っているのか、はたまたどんな回答が来ても先ほどの言葉通り受け入れるからこそ覚悟が決まっているのか。そこまで彼女の意志を察することは出来なかった。

 

 だが、先ほどの彼女の想いを聴いて俺も覚悟は決まった。

 

「……分かった。その提案、引き受けるよ」

 

「へっ! ほ、本当デスか!?」

 

 唐さんは承諾してくれると思っていなかったのかつい身体を前のめりにしながら問い返してきた。先ほどの俺の予想はどうやら後者が当たっていたようだ。

 

「唐さんがそこまで俺の事を言ってくれるなら、今回はやってもいいかなって。それに……こんなに俺の事を褒めてくれるの……久しぶりだから、嬉しかった」

 

 俺は顔が熱くなるのを感じつつ唐さんからの称賛の言葉に対しての感想を述べる。彼女から目を反らしながら喋っているが、正直どんな顔をしながら喋っているのか自分でも分からない。顔に変な力が入っていないことから取り繕った笑顔や喋り方がおかしくなっているわけではない。だが、無性に顔が熱い。それは普段はこんなくさい台詞を吐くなんてことを絶対しないからだろう。

 

 現に普段の俺なら言わないであろう台詞を聞いて、唐さんも目を見開いて呆然としている様子だった。

 

「……ハヤトサン、すごくかわいい方デスね……」

 

「はぁ!? ど、どこにそんな要素があるんだよ!」

 

「そういうところデスよ……! でも、それもハヤトサンらしくて良いところだと思いマス!」

 

 呆気に取られていた唐さんはすぐに笑顔に戻ってこんな俺も良いと賛辞を並べてくれる。だが、男である以上可愛いを褒め言葉として受け取りたくないので複雑な心境だった。

 

「……好きにしろ……。だけど、今回の要求を呑むにあたって今後はスクールアイドル部への勧誘をしないこと。それは約束してくれ」

 

「……分かりました。ハヤトサンがククのお願いを聞いてくれるんデス。これ以上の要望はデキません」

 

 唐さんは俺の要求に異を唱えることなく承諾してくれた。その言葉に安堵すると同時に俺はとある事が無性に気になっていた。

 

「……颯翔でいい」

 

「えっ?」

 

「さん付けはしなくていい。もう唐さんはただの他人じゃないし、もっとフランクに話してくれていい」

 

「……っ!!」

 

 唐さんは俺がずっと冷たくあしらっても、それに挫けることなくアタックし続けてきた。それだけで唐さんが俺に対して抱いている期待がどれだけ強いものかを十分に知る事が出来た。

 

 唐さんと約束を交わしたこともあるため、依頼人に素っ気ない態度を取るのは流石に俺も気が引ける。それも込めて友人として関わりたいと進言した。だが、そんな事を考えても恥じらいが勝ってしまい発言が不器用になってしまうのは俺の悪い癖か。

 

 だが、そんな俺の心情については露知らず、唐さんは俺が心を開いてくれたと思い目をカッと開眼させ嬉々として俺の提案に乗ってくれた。

 

「分かりました! ではハヤトと呼ばせてもらいマス! ククのことも好きなように呼んでくだサイ!」

 

 唐さんは俺の事を呼び捨てで呼ぶことにしてくれた。そして、彼女も気を遣わなくていいとして呼び方を楽にするように進言してくれる。

 

「分かった。じゃあ可可で呼ばせてもらうよ」

 

「わかりマシタ! これからもよろしくお願いします、ハヤト!」

 

 喫茶店に入る前、俺は遠く感じていた二人の距離がこの会合を通してより近づいていったことを実感した。

 

「このノート、少しの間借りても良いのか?」

 

「ハイ! 必要な時はまた声をかけるので気にしないで持っていてくだサイ!」

 

「オッケー、俺もそこまで長期間借りるつもりはないから明後日くらいまでには返せるようにする」

 

「りょーかいデス!」

 

 可可がまとめた歌詞の添削を引き受けることにしたため、早速彼女が持参したノートを借りる事にした。まずは俺なりに解釈を纏めてみて、それから可可の意見を聞いていきたい。

 

 文章力については人並みにできるはずだから足を引っ張ることはないと思う。だが、可能な限り彼女が納得のいく内容に仕上げなければ俺も気が済まないのでより一層気合を入れなければいけない。

 

 俺はふと時計を確認すると、入店してから既に1時間は経過しているようだった。

 

「だいぶ話し込んだし、そろそろ終わるか?」

 

「そうデスね。ハヤトが歌詞を読む時間も必要デスので、今日はこれでおわりにしまショウ」

 

 俺の提案に可可も乗っかり、会計へ進むことにした。

 

「あっ、可可。俺が払っておくから、先に店出てていいぞ?」

 

「本当デスか? ではあとでククが飲んだ分を支払うので、また金額を教えてくだサイ!」

 

「オッケー」

 

 俺は伝票を持ちながらレジへと歩き出す。可可は財布を取り出しながらお店の外に向かう。出る直前に大きな声で「ごちそうさまデシター!」と挨拶をするところが見えて、彼女の育ちの良さが伺えた。

 

「ありあちゃん、ごちそうさま」

 

「いえいえ、こちらこそまた颯翔さんの元気な姿が見れて嬉しかったです」

 

 伝票を渡して会計作業をするありあと懐かしさを噛み締めながら話し始めた。三年という月日は人生の中としては短いように思えるが、それでもこうして懐かしさに浸ってしまう所を見ると、やはり長く感じてしまうものだ。

 

「また空き時間見つけてお茶しに来るよ」

 

「あははっ、それは嬉しいです。いつでも待ってますね」

 

 支払った分のお釣りをもらい、財布へしまってから店を後にしようとする。その時、ありあから声を掛けられた。

 

「……颯翔さん」

 

「ん? どうした?」

 

 俺を呼び止めた方角を見るとありあは神妙な表情をしていた。その顔を見た時、俺は彼女が何を言いたいのか奇しくも理解出来てしまった。

 

「お姉ちゃんとは……まだ……?」

 

「……やっぱりありあちゃんは知ってるか……」

 

「それはまぁ……。でも、お姉ちゃんが部屋で泣いているのを聞いただけなので経緯は知らないですけど……」

 

「……そうか」

 

「……一体何があったんですか? 颯翔さんとお姉ちゃんの間に……」

 

 ありあが言おうとしていることは分かっている。かのんと何があったのか、そして二人の仲はいつ戻ってくるのかということだろう。ありあ自身も俺と彼女の間に起きたことを知らないし、かのんが俺の事を話そうとしないからむやみに話を掘り下げることも出来ず、一人で今この時までモヤモヤしていたのだろう。

 

「ごめんな、これはありあちゃんは知らなくていい。こいつは俺とあいつの問題だからな」

 

 だが、ありあの心境を理解しているからといって俺も事の顛末を話すか、と言われればそれはしない。この子に話しても今の状況は変わらないし、第三者である彼女にまで余計な気苦労は負わせたくないのだ。

 

「ですが、折角こうして二人は再会できたじゃないですか? だったら……!」

 

「もう、あいつは俺を見ていない」

 

「えっ……?」

 

 見ていないと語る俺の発言の意図が分からず困惑の表情を浮かべるありあ。

 

「あいつは俺の事を幼馴染として見ていない。それに俺もあいつの事をそうは見ていない」

 

「なんで……どうしてそうなってしまったんですか!? あんなに……いつも仲良く遊んでた二人が……どうして疎遠してしまわなくちゃいけないんですか……!!」

 

 ありあは必死に自分の胸中を吐露する。泣きはせずとも自然と語気が強くなっているところを見るとありあも俺達の唐突な関係性の変化に納得がいってないのだろう。

 

 ありあの悲痛な訴えを聞き、俺は誰にも聞こえないトーンでボソッと呟いた。

 

「……ほんと……どうしてこうなったんだろうな……」

 

「えっ?」

 

 俺が発した言葉を聞き取れなかったありあは聞き返そうとする。だが、もう一度話すように促されても俺は喋るつもりはない。

 

「とにかく、これは俺達二人の問題だ。だからこれは俺達が解決しなくちゃいけないこと。ありあちゃんは関わらなくていい」

 

「あっ、待ってください! 颯翔さん!」

 

 店を出ようと歩き始める俺をありあは引き留めようと声を張る。だが、その声で俺も足を止めるつもりは無い。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 出してくれたドリンクに対してのお礼を述べた後、俺は静かにカフェから立ち去るのだった。

 

 





昔の貴方達は、一体どこに?


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