お待たせしました。
本編17話です。
それではどうぞ!
澁谷家のカフェでお茶をした後、すぐに可可と別れ俺は自分の家へと帰宅した。
「ただいまー」
靴を脱ぎながら挨拶をすると玄関から凪が顔を覗かせてきた。
「おっ、おかえり。随分と遅かったな? 今日はまだそんなに授業をやってないんじゃねえのか?」
「別に、クラスメイトから仕事に付き合わされただけだよ。それ以外は大したことはねえっての」
帰りが遅い事に疑問を浮かべる凪に答えながらネクタイを外して首元を解放する。まだネクタイを付けた生活に慣れないのもあって外では若干息苦しさを感じる。
「にしても、今日は凪も早いじゃん。なんかあったの?」
「まっ、俺もまだ授業は本格的なそれじゃないからな。それに部活もないしそのまま直で帰ってきた」
「逆に凪はもっと遊んだほうがいいんじゃねえのか?」
「俺は部屋の中で遊んでる方が快適なんだ。外の人間とはある程度の交流さえ持っていればあとはどうでもいいさ」
「……まぁ、凪らしいけど……」
凪は元々こういう性格だ。高身長且つ端正な二枚目で学校では絶対にモテるであろう逸材なのに、裏の顔はゲームオタク。
リアルの人間と絡むよりかはネットの友人とゲームで遊んでいる方が素の自分を出せると言ってすっかりそちらの世界へどっぷりと浸かっている。しかし、外の人間ともそれなりに交流を持っているからこそ、オタク気質な所も受け入れられつつ皆から愛される人物になっている。
すると、ふと何かを思い出したかのように凪は俺に問いかけてきた。
「あっ、そういえば。颯翔、結ヶ丘ってあの子たちもいるのか?」
「あの子らって……あいつらの事か?」
あの子ら、凪が俺に対して誰かの話題を振るとなるとあの二人くらいしかいないだろう。
「おう、あんまり話題に出したくはなかったけど、流石にそうも言ってられなくてな」
「……なんかあったのか?」
珍しく少し焦った様子でそう語る凪を見て俺はただならぬことが起きたのかと少し勘ぐってしまう。
「……今日、うちに千砂都ちゃんが来た」
「はっ? なんで千砂都が?」
唐突に千砂都が家を訪ねてきていたことを知らされ自然と声が荒げてしまう。凪は俺がこういった反応をすることが分かっていたようで淡々と話を続ける。
「お前の事を探してたぞ。まだ帰ってきてないって言ったらそれで切り上げていったけど」
「……なんであいつが……」
千砂都がここに来た理由について考えると同時に俺はもう一つの心配事について確認する。
「そういえば、かのんはいたのか!?」
「いや、かのんちゃんの姿は見えなかったな。そこにいたのは千砂都ちゃんだけで周囲を軽く見渡したけど、それっぽい女の子は通らなかった」
「そうか……」
かのんも一緒でなかったことに対して、何故か安心感が芽生えてしまう。
「それにしてもあの子、随分と性格が変わってたな。昔、お前と一緒に遊んでたあの子と大違いだ」
「……それは俺も思った。いつも俺達の後ろを付いて回ってた千砂都はどこにも面影がなかった。まるで、今のあいつが本当の千砂都だったかと思わせるくらいだ」
昔の千砂都の姿を懐かしむように呟く凪に俺も同意見だと伝える。誰よりも引っ込み思案で俺達の後ろをずっと付いてくる少女だと思っていたのに、今では快活な彼女が本来の嵐 千砂都と錯覚してしまうくらいに彼女の新たな姿は馴染んでいたのだ。
「お前と離れてあの子にも何か心境の変化があったのかもな」
心境の変化、それは友人である俺がいなくなったことによるかのんの心労が関係しているのだろうか。本人の口からそういった話を聞いたことが無いため、事の真意を確かめる事は出来ないが。
だが、千砂都がここに来た時点で懸念される問題が一つ浮上する。
「これは近々、かのんちゃんもやってくるかもしれないぞ?」
「……その時は、俺はいないってことで帰らせておいてくれ」
凪の警告も自分は対応する気はないとして俺は真に受ける様子を見せずに部屋を後にする。
可可から貰ったノートの中身を熟読しなくてはいけない。かのんの事よりも自分が為さなければいけないことを考えながら、俺は自室へ戻るのだった。
自室へ戻り、俺は勉強机に向かい椅子へ腰を下ろすと可可から貰った歌詞ノートを開いた。
そこには可可のスクールアイドルをやりたい確固たる意志が忠実に書き込まれていた。
「何も見えない夜空の中に、雨のような沢山の流れ星……。あのキラメキが私に勇気をくれた……」
ノートに書かれている言葉を口ずさみながら彼女が書いた日本語がおかしくないか、また彼女の伝えたい事が本質からずれてないかを読み取る。
「……これは『真っ暗で何も見えない夜空』っていうことを伝えたいんだな。それと、このキラメキについての言及は『前へ進む勇気』と……」
彼女の文章を添削していく内に分かった事が二つある。
まずは彼女は日本語に関してそこまで拙いものではなく、かなり成熟したものだという事。ある程度の添削を行うといっても俺がこのノートに書き足している内容は正しい言葉遣いへの修正ではなく、伝えたい事への補足事項くらいだ。
そしてもう一つの分かった事、それは彼女がどうしてスクールアイドルに拘るのか、ということ。
「あいつ……昔はずっとやりたいことが無かったのか……」
可可が書いた文章を読んでいくと彼女が心の内に秘めている葛藤が垣間見えた。
文章の中にある『もっとも輝かしい自分になれ!』『いつか自分もあんな風になりたい』という文言、これは彼女が日本に来るまでの間はずっとやりたい事がなくて一人モヤモヤしていた期間があったのだろう。
そんな中、とある拍子でスクールアイドルを見て、当時の自分に思う所があったからこそ活動を志すに至った。そして、結ヶ丘に来たことで一緒にスクールアイドルを目指す仲間に出会えた。これほどまでのチャンスにこぎつけることが出来たからこそ彼女もおいそれと不意にしたくはないのだろう。
可可がこのチャンスに縋る想いに触れ、俺は今回の取り組みに対する心構えを見直さなければいけないと自省する。可可が俺を信頼してくれている事ももちろんあるが、彼女がどんな想いを持ってスクールアイドルに臨んでいたのかを知る機会は今までなかった。そのため、この依頼を軽く受け止めていた自省と同時にこの依頼を請け負ってよかったとも思うことができた。
「可可もこんな風に考えていたのか……。……ん?」
可可が抱いているであろう胸中について静かに呟くとノートの端に大きく書いてある文を見つけた。
「……
赤字と下線で強調されたこの文章にスクールアイドルを行うにあたっての可可の信念が込められているように見えた。
「……可可の夢、絶対叶えてやらないとな……」
口元を緩めながら、ふとそんな事を呟いていた。
翌日の朝、いつもと同じように登校して教室で一人の時間を過ごしていた。
「おはよう、颯翔くん!」
スマホでとある調べ物をしていると燈香が登校してきたようで俺に挨拶をしてくれる。
「おはよう、燈香」
「颯翔くん、スマホで何してたの?」
燈香は朝から一人で黙々とスマホを触る俺が不思議に思ったようで疑問をぶつけてくる。
「ん? あぁ、別に大したことじゃないよ。ちょっとした調べ物をね」
「ふ~ん、そっか! そういえば恋ちゃんはまだ来てないんだね?」
燈香は俺の問いに対して追究する様子もなく俺の隣である恋さんの席を一瞥した。彼女はまだ教室内で姿を見ていないが、彼女の事だから早めに登校して野暮用をこなしている可能性がある。
「そうだな、鞄も置いてないし……。でも、恋さんの事だから先に来てるんじゃないか?」
「ふふっ、確かに恋ちゃんの事だから学校の為に働いてるかもしれないね」
「恋さんはもう少し肩の力を抜いてほしいもんだけどな」
恋さんはすこぶる真面目な人物だ。自分の親がこの学校の創立者だからその娘として恥ずかしくない姿を見せようと授業や休憩の合間を縫って学校の為に勤しんでいるのだ。
この前実施した音楽室の清掃の際といい、誰かが彼女の歯止め役として隣に立たなければあの人はずっと独りでこの学校の未来の為に奮闘しようとするだろう。人には頼れと言いながら当の本人は甘える事が苦手そうだしな。
「……こそスクール……に自由を……!!」
そんな事を考えていると、外でなにか大声で叫んでいる人がいた。
「……なんか騒がしくないか?」
「何かあったのかな?」
外の喧騒に二人揃って目を向けるとそこにはまるで国会のお偉いさんが使うような豪勢な台車が通りかかっていた。しかもただ通りかかるだけじゃなくて校内に入ろうとしていたのだ。
その台車には見覚えのあるフレーズが書かれており、それを見て俺と燈香は苦笑いを浮かべながら固まっていた。
「……燈香、俺あそこに書いてある文に見覚えしかないんだけど」
「……大丈夫だよ颯翔くん。私も同じことを思ってたから……」
そこにはいつかのチラシで見た『Let's スクールアイドル!!』の文字が書かれていた。そして、台車の上に大声を上げながら立っているのは昨日、一緒に澁谷家のカフェでお茶をした可可であり、彼女が立っているその台車を引っ張っている人物は澁谷かのんだった。
「あいつら、何をバカなことをしてるんだ……?」
昨日、夢を叶えてやらないとなんて誓ったのがバカらしく思えるほどのあまりにも滑稽な姿にどうして承諾してしまったんだと痛んでくる頭を押さえる。
よく見るとかのんもクラスメイトらしき人物らに何やら紙を見せつけているようだった。
「あれってスクールアイドル部設立のための抗議活動か何かか?」
「それっぽくは見えるけど……でもそんなことする必要あるのかな? この学校に反対する人っていないと思うけど……」
燈香はかのん達を眺めながらそんな事を呟く。スクールアイドル活動に対して異を唱える人物、それが誰に当てはまるのか俺には容易に想像がつく。だが、燈香はその一面を見ていないので疑問を浮かべるのは無理もない。
「そう言えればいいんだけどなぁ……」
そう呟いた刹那、放送のチャイムが鳴り響いた。
「普通科1年、澁谷かのんさん、唐可可さん。至急理事長室へ来てください。繰り返します……」
スピーカーからは理事長の淡々とした声が響いていた。今回の騒動に対する怒りの感情は籠ってはいないようだが、それでも穏やかに終わりそうにない予感がした。
「はぁ、そんな事だろうと思ったわ……」
周囲の状況を顧みない二人の行動力に密かに感心しつつも呆れを隠すことが出来なかった。
「颯翔くん、どこか行くの?」
「ちょっと手洗いに行ってくる」
唐突に席を立った俺を見て燈香は尋ねてくるが、一言手洗いに行くとだけ伝えて俺は教室を後にする。
あの二人を理事長が呼んだという事は彼女が関わっているような気がしてならなかったからだ。
君の熱意、しかと胸に……?