お待たせしました。
本編、19話です。
よろしくお願いします。
千砂都と別れ、俺は自教室に戻ってきた。燈香に余計な心配を掛けさせたと思ったのだが、どうやら彼女も席を外していた。
「燈香は……手洗いにでも行ったのか?」
教室内を一周見渡したが彼女が他の生徒と話している姿はなかった。だが、燈香がいないと分かっただけでも俺としては都合が良い。もう一度席を外す理由を伝える必要がなくなったからだ。
俺は自席に到着し鞄の中を漁り、とあるノートを取り出す。それは可可から依頼された歌詞ノート。
彼女たちの事だ、あのライブイベントに参加することは間違いないだろう。ならば、早いうちに彼女へ校正したノートを届けてあげて歌の練習にも充てられるようにしなければいけない。
ただ、ノートを渡すにあたって一つだけ心配していることがある。
「このノートの名前……どうにか出来ないか……?」
そう、このノートの表紙には『可可の秘密のノート!!』と書かれているので知らない人が見たら絶対に中身が気になってしまうタイトルとなっているのだ。
流石にこれをそのまま渡すのは気が引けるし、何か対策をしておいた方がいいだろう。
「あっ、これ使えばいいか」
俺は一枚のクリアファイルを取り出し、その中にノートと一緒に表紙を隠すようにスクールアイドルのチラシを挟み込む。こうすれば、人のプライバシーを覗いてる感覚を覚えてしまいファイルの中身を見ようとする人はいなくなるだろう。
「よしっ、じゃあ渡しに行くか」
俺としてはさっさと可可の机に置きに行って戻ってくるであろう彼女らと鉢合わせる前にずらかりたかったので早速普通科の教室へ向かう事にした。
音楽科と普通科の教室はそこまで離れているわけではない。むしろ教室は同じ階層にあるのだが横並びで各教室が続いているため、シンプルに歩く距離が長いのだ。階段を利用しているわけではないのでそこまで距離があるわけではないのだが、ただただ真っすぐの道を歩くのも遠近法で目的地が遠くに見えて余計に歩かされた気分になる。
音楽科の教室が並ぶエリアではその象徴である白いジャケットを羽織る生徒が多かったが、普通科のエリアに入ると一気に紺色のジャケットを羽織る生徒が増えてきた。
普通科の教室群に入ったはいいものの俺は一つ気付いた事がある。それは可可のクラスを知らないという事だ。ただでさえ普通科のクラスは多いのでその中から可可がいる教室を探すのは至難の業だ。
「……まぁ、ひとまず聞き込みをするしかないか」
兎にも角にも動かないことには始まらないので、まずは近くにいる人に声を掛けて可可の事を知ってる人がいないか聴いてみる事にする。
そんな事を考えていると早速近くにいた女子生徒に声を掛けてみる事にした。
「あっ、あの」
「……何かしら?」
素っ気ない返事をする少女は美しい金髪をストレートに靡かせ、頭には赤いカチューシャを付けていた。
鋭い目つきで見てくるので一瞬気後れしてしまったがそうも言ってられないと思い、軽く咳ばらいをして尋ねた目的を伝える。
「えっと、唐可可さんのクラスを探してるんですけど知りませんかね?」
「唐……あ~、あのやけにスクールなんたらで騒いでる子ね。それなら私と同じクラスよ」
なんという偶然、一番最初に話しかけた少女が見事に可可と同じクラスの生徒だった。
「あっ、本当ですか? もしよかったら案内してくれませんか?」
「あぁー、ごめんなさい。私は忙しいからそっちにいる子に頼んでくれません?」
少女は俺の頼みに対して考え込む様子もなくバッサリと切り捨てる。この学校には珍しい男だから関わりたくないという事で警戒されているのだろうか。とはいえ、本人も忙しいと言っているから貴重な時間を奪ってまで彼女に付き合わせるつもりは俺には毛頭ない。
「そうですか。分かりました、唐さんのクラスに行って聞いてきますよ」
「えぇ、よろしく。あの子は1-Bだから、それじゃあ」
俺と話すことが無くなったからか、少女はすぐに去ってしまった。俺に対してだいぶツンケンしてる様子だったので、もしかして男と話すのが苦手なのかもしれない。
「……まあ、別にいいか」
いなくなった人の事を考える暇はない。俺は教えられた教室へ向かうために歩を進めた。
「あの、すみません」
1-Bに着いて、俺は早速扉の前にたむろしている女子生徒三人に声を掛けた。
「はい、なんでしょう?」
「音楽科の湊月 颯翔と言います。突然ですが、唐可可さんの席はどちらです? 彼女のクラスはここと聞いたんですけど……」
「あっ、可可ちゃんね! あの子は今席を外してるけど、このクラスで合ってますよ!」
栗色の髪を三つ編みで纏めた少女が俺の質問に答えてくれる。どうやら先ほどの金髪少女が言った事は間違っていなかったようだ。
「ならよかった。彼女のものと思わしきファイルが落ちていたもので届けに来ました」
「あ~、そうだったんですね! 可可ちゃんの席はこちらですよ!」
そう言いながら緑がかった黒髪をお団子にした少女が先導して可可の席へ案内してくれる。
クラス内に入ると生徒たちから物珍しい眼差しを向けられる。音楽科の制服を着ている上にここではあまり見ないであろう男なのだから、奇妙な視線を向けてくるのもおかしい事ではないだろう。
そう割り切りつつも気持ちが落ち着かない自分もいる。少しの辛抱だと言い聞かせていると教室の真ん中に位置している席で、案内してくれた少女は立ち止まった。
「ここが可可ちゃんの席ですよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「いいですよ、これくらい!」
可可の席が分かり、歌詞ノートが入ったファイルを机の上に置いて案内してくれた少女らにお礼を言う。
気にしないで、と三つ編みの少女は言ってくれたが、一緒に居た茶髪をショートにした少女からとあることを聞かれる。
「それよりも……湊月くんって葉月さんと一緒に居るって噂の人ですか?」
「はっ? 噂?」
いきなり噂の人と声を掛けられ、思わず聞き返してしまう。
「葉月さんと仲良くしてていつも一緒にいる男子生徒がいるって噂が流れてたんですけど、この学校って男子が少ないし音楽科ってなると尚更って思ったからつい気になって……」
「……そうですか……」
葉月さんと仲良くしている男子生徒と言われると自分しか当てはまる人物が思い浮かばない為、ピンポイントに当てられてしまい思わず失笑が出てしまう。
女子生徒は色恋には敏感と聞くが、流石に機微にもほどがある気がする。というか俺と恋さんはそういう関係性ではないのだが。
「まあ、恋さんと仲良くはさせてもらってるけど、それが何かあります?」
「えっと……実はこのクラスでスクールアイドルを始めようとしてる子がいるんです。可可ちゃんもその一人なんですけど、葉月さんが頑なに拒否してるみたいでもし湊月くんも何か知ってたらと思ったんですけど……」
内容を聞いて、俺は先ほど千砂都から聞いた話を思い出す。
恋さんがスクールアイドルに対して辛辣な態度を取っているという話はどうやら普通科もといかのん達の周りには知れ渡っているようだ。そこでこの子らも恋さんの事を自分たちなりに調べようとしているのだろう。
「いや、俺も詳しくは知らないですね。そういった素振りを見たことはありますけど」
「そうですか……ごめんなさい、いきなりこんなことを……!」
ショートカットの少女は困惑させてしまったと思ったようで、頭を下げて謝罪してくる。
「いえいえ、こちらこそ有益な情報を持ってなくてすみません。では俺はこの辺で……」
いきなり頭を下げられてしまったので、こちらも力になれないことを詫びる。そして、少し話し込んでしまった関係から時間もそれなりに経っていたので教室から去ろうと踵を返そうとしたが、教室の扉の前にこちらを睨みつける少女がいるのを見つけてしまった。
「…………」
「……かの……澁谷……」
俺は反射的にかのんの名前を呼び掛けたが、苗字呼びにしていたのを思い出し、少し声を大きくしながら呼び直す。かのんは俺の呼び方について気に留める様子もなく口を開く。
「……何しに来たの。嫌味でも言いに来た?」
「勘違いすんな。そんな下らんことをする為に来たわけじゃねえよ。澁谷には関係ないことだ」
「じゃあ、わざわざななみちゃん達と話をする為にここに来たんだ?」
「そんなことをする為にわざわざこんな所まで来ねえよ」
かのんのあまりにもなこじつけに俺も流石に沸点が下がるのを感じる。正直こうなることが目に見えていた為、俺は早く退散したかった。
だが俺が使った表現が悪く、学科間の優劣を
「こんな所って何さ!? 自分は音楽科にいるからって……!!」
「それは単なるお前の実力不足だろ。いちいち難癖を付けてくるな」
「それにしても言い方ってものがあるでしょ!?」
「ち、ちょっと二人とも……!」
口論が激しくなる俺たちも見て、ななみと呼ばれた三つ編みの少女はあたふたしながらも仲裁しようと俺たちの間に割って入る。他の少女らも困惑しながらも事が大きくならないようにかのんと俺の近くに寄って諫めてくる。
「……『こんな所』って言い方は俺も悪かった。俺はお前に用があって来たわけじゃない。それは勘違いするな」
「…………」
これ以上長居をするつもりは無いので、俺はかのんに放った失言の謝罪と改めてここに来た要件について補足を入れる。無言を貫きつつも反論してこないということは彼女も彼女なりに事情を理解しているのだと信じたい。
「お前に対して干渉するつもりはねえから、これ以上俺に突っかかってくるのはやめろ」
返事をしないかのんに自分から関わるつもりはないと釘を刺し、彼女の横を通り過ぎる。そして、教室の扉の前から教室内の方へ向き直る。
「騒がしくして失礼しました」
謝罪に対して生徒達から声を掛けられることはない。むしろ、そんなことをする物好きな生徒はいないという予感はしていたので俺は頭を上げたのちにかのんを一瞥する。
憂いな表情をしていたようにも見えたが、それも一瞬のことでかのんはすぐに自分の席へ戻る。すぐにこちらから目線を逸らす彼女を見て、これで良いと安心する一方で胸がチクッと痛む感覚を覚えながら、俺は自教室へと踵を返すのだった。
二人の溝は深まる一方。