記念すべき第2話です。よろしくおねがいします。
それではどうぞ。
俺はとある夢を見ていた。幼かった俺が小さい女の子二人と一緒に公園で遊んでる夢だ。
最初に千砂都と出会った時よりも全員の身長が伸びているように見えるので初邂逅から幾ばくか時が過ぎた後だろう。
オレンジの髪の少女と白い髪の少女。二人とは幼馴染だったこともあり子供ながらに幸せな時間を送っていた。
「……ちーちゃん、傷に沁みるけどちょっと我慢してね?」
「……うっ! い、痛いよっ……」
「ちぃちゃん、がんばって!」
三人で一緒に走り回って遊んでた時に千砂都が転んでしまい膝をすりむいてしまったのだ。傷口にばい菌が入らないようにハンカチを水で濡らして、少しずつ傷の周りを拭いていた。
千砂都が涙を浮かべながら両手を握って痛みに耐えている横でかのんもエールを送っている。彼女が痛がってる様子を見て、俺も拭く動作が慎重になってしまうがそうも言っていられない。そんな時、とある名案が浮かんだ。
「大丈夫だよ、ちーちゃん! ほら、こうすればそっちに気が紛れて痛みも和らぐよ?」
そう言ってハンカチで拭っている手とは別の手で千砂都の手を握る。人の温もりを感じる事で感覚や意識がそちらに向き痛覚を抑える事が出来るので、千砂都が頑張って耐えられるように俺も出来る事を彼女にしてあげた。
「あっ……うん……! ありがと……はやとくん……!」
「えー! はーくんばかりずるい! わたしもやる!」
仲睦まじい様子を見せつけられて妬いてしまったのか、かのんも自棄になって千砂都の手を握る。
「べ、別に対抗することでもないでしょ!?」
「そ、それはそうだけど……とにかくむしゃくしゃするからやだ!」
「っつ……! はやとくん……痛い……」
「あっ!? ご、ごめんね、ちーちゃん!」
傷口の周囲を拭いていた所にかのんと揉みくちゃになってしまったため優しく触れていた右手に力が入ってしまい千砂都の痛覚を刺激してしまった。
痛がる千砂都を見てかのんは嘲笑うように目を細めてこちらを見てきた。
「はーくん、ダメじゃん! 女の子には優しくしてあげないと!」
「か、かのんが余計な事するからでしょ!?」
「ふ、二人とも……け、けんかしないで……?」
怪我の手当てをそっちのけに口論を始めた俺達に千砂都はただ口をアワアワとさせるしか出来なかった。
「……よしっ、これで完了! ちーちゃん、これで大丈夫だよ」
すりむいた膝に絆創膏も貼り終わって、無事に怪我の手当てが終わった。
千砂都はけがをした箇所に刺激を与えないように優しく触る。
「……えへへっ、ありがと、はやとくん」
「よーし、じゃあこのままもう一度かけっこでも……!」
千砂都が笑顔になったのを見て、かのんは大きく右手を突き上げてもう一度遊ぼうと提案する。だが、先ほどと何も変わらない遊び方を提案しているのですぐに待ったをかける。
「ばかのん、なんで怪我をさせてたばかりなのに走らせようとするのさ。ブランコで遊ぶよ」
「ば、ばかって言う必要ないじゃん!」
「実際、そうでしょ?」
「ち、違うから!!」
「……ふふっ」
再び口喧嘩を始めた俺達を見て、千砂都は静かに笑っていた。いきなり笑い始めたために俺とかのんは状況が理解できずにいた。
「な、なにかおかしかった、ちーちゃん?」
「えっ? いや、そういうわけじゃないんだけど、こうして一緒にいられるのがうれしいなって思って……」
千砂都は出会う前の事を思い出して悲しさを帯びつつ笑顔を残す。最初は友達も出来ず一人で遊ぶことが多かったということだし、今の状況が──―これは夢の中ではあるのだが──―俄かには信じられなかったのだろう。
「ちぃちゃん!」
かのんはふと千砂都の名前を呼ぶと彼女の右手を握る。
「大丈夫! ちぃちゃんはもう私とはーくんの友達だよ! これからもずっと一緒に居るんだから!」
「えっ……ほ、本当に? わ、わたしがかのんちゃんとはやとくんと友達になってもいいの?」
「当たり前じゃん! ね、はーくん?」
かのんの同意を求める声に合わせるように肯定的な意見を出す。
「うん! ちーちゃんと俺達はこれからもずっと一緒! どんなことがあっても!」
「……っ! …………うん! わたし、二人のことが大好き!」
友達として認めてくれたことが余程嬉しかったのか、千砂都は俺達の間に飛び込んで二人同時に抱き締めるのだった。
今見ている夢がこのまま続けばよかったのに。そう思っても思い通りにいかないのが自然の摂理というものだ。
幸せな光景で微睡んでいた矢先、突如として脳が覚醒してしまう。
「……はっ……。ここは……俺の部屋か……」
目を開けベッドから起き上がった先に映り込んだのはいつもと変わらない机の配置。そして、先ほどまで見ていた夢とは違い、身長が更に伸びている。
これが今を生きている俺の姿だ。数日前まで中坊だった子どもが今では高校生になっている。
「時間は……まだ3時じゃねえか……。ったく、なんでこんな時間に目が覚めるのかなぁ~……」
目覚まし用で枕元に置いていたスマホを徐に手に取り、時間を確認する。本来起きる予定だった時間まであと3時間はある。こんな深夜に目が覚めてもやることなぞ微塵もない。否、やる気力も起きない。
だが、そうは言ってもこの目覚めにより脳が完全に覚醒してしまったので、俺は少しでも気を紛らわそうとスマホを立ち上げとある内容を検索する。
「結ヶ丘高等学校……」
それはこの春、俺が通うことになる学校。
そこは長年受け継がれてきた歴史ある学校が数年前に廃校となり、それから数年の時を経て残置されていた校舎を利用して立ち上がった新設校だ。
俺はそこで音楽科の生徒として結ヶ丘の門を叩くことになった。
改めて学校理念やカリキュラムについて読んでいるとふとこの学校に来ることにしたきっかけを思い出す。
音楽を好きになったのはかのんが影響している。小学校の頃に彼女がギターを弾き始めたことをきっかけに俺と千砂都もそれに合わせて一緒に歌うという事が日常茶飯事だった。
そして、彼女が奏でる音楽に合わせて歌う以外でも何か出来ないかと思い、始めたことがダンスだった。
最初は彼女の為に、と思って始めたダンスだったが次第に楽しさを覚えて、気が付けば夢中になっている自分がいた。
時折、二人にその成果を見せて称賛の声を貰うのが凄く快感で嬉しかった。このまま続けていきたいと、そう思っていた。
そう。思っていたのだ。
今は誰の為でもない、自分のスキルを上げるためにこの学校へやってきた。今ここに居る俺は過去のしがらみを捨ててきた湊月 颯翔だ。
感傷に浸り過ぎたのもあり、俺はスマホを閉じてもう一度枕へと顔を埋める。
スマホを見ていたからかすぐに眠れないものだと思っていたが、思いのほかすんなりと夢の中に落ちることが出来た。
だが、次の夢に出てきたものは最初に見ていたような暖かいものではなく、ひどく冷たいものだった。
とある日の夕暮れ、目の前には先ほどよりも成長しているかのんと千砂都が立っている。
だが、千砂都は大きな声を上げて泣いており、その横でかのんは蛇をも殺すような目つきでこちらを睨みつけていた。
「はーくんなんか……はーくんなんか……大っ嫌いだよ!!!!」
突然そう告げられたことに夢の中の俺は腹いせの一言でも返すかと思いきや、諦めたような表情をして誰にも聞こえない声量でとある呟きをした。
「……なんで今ここでもそれを言われなくちゃいけないんだよ……」
これが明晰夢と理解した俺はかのんたちに対して反論をするわけでもなく、ただ一言、思い出したくない記憶を掘り起こしてしまった自分の運の無さを憐れむのみだった。
自己嫌悪に陥る俺に手を差し伸べるように事前に設定していた目覚まし音が鳴り響く。
お陰で悪夢の続きを見る事は無くなったが、目覚めは気持ちいいものとは言えなかった。
目覚まし音で本来起床する時間だと悟った俺はベッドから抜けだし、窓を開ける。空はまだ薄暗く少しずつ青空が見え始めている状態だった。
目覚めの悪さを打ち消すように大きく深呼吸する。身体の状態は何も変わらないが、それでも少し気分がすっきりしたように感じる。
「もう、あいつらと関わることは無いんだ。今更気にしても仕方ねえ」
あかつきの空に吐き捨てるように呟き、俺は窓を閉める。そして、自部屋を抜けてリビングへと向かうのだった。
心地よい暖風、それはいつしか身体を刺す冷風に変わっていた。