お待たせしました。
本編20話です。
よろしくお願いします。
「あっ、おかえり颯翔くん! ずいぶん遅かったね?」
普通科の教室で可可へ歌詞ノートを返しに行った後、俺は寄り道することなく音楽科の自教室へ戻ってきた。今度は燈香も戻ってきており、帰るのが遅くなった俺を心配してくれた。
「あぁ、悪い。手洗いついでに少し学校内を探検してたら迷っちまってな……」
恋さんの様子を見に行ったなんて事も言えないので、俺はそれっぽい嘘をつく。燈香もそれを信じて疑わなかったが羨望の眼差しをこちらへ向けていた。
「えー、そんなことしてたの〜? 私も新設校だからちょっと気になってたのに颯翔くんだけずるいよ……」
「そ、そうか……。なら授業終わった後、ちょっくら冒険するか?」
突貫で思いついた嘘に燈香が予想以上に食い付いてきたので、驚いた表情をしつつも折角ならということで放課後に学校内を一緒に散策することを提案する。
「いいの!? ぜひ一緒に行きたいな!」
俺の提案に燈香もかなり乗り気だったようで二言で了承してくれた。急な誘いになってしまったけど承諾してくれたことに俺も嬉しくなる。
「よしっ、なら決まりだな。色々と巡ってみようぜ」
「うん! えへへっ、楽しみだね♪」
「ふっ、そうだな」
たかが学校内を巡るだけというのに嬉しそうに笑う燈香を見て、つい笑顔が溢れる。先ほどまでかのんの事でどんよりしていたとは思えないほどに、俺は自分の心が晴れ上がっていくのを実感した。
燈香とそんな約束を交わしていると恋さんが入室してきた。燈香はいち早く彼女の存在に気付き、すぐに元気よく挨拶をする。
「あっ、恋ちゃんおはよう!」
「おっ、恋さんおはよう。随分と遅いじゃん?」
「日向さん、湊月くん、おはようございます。学校のお仕事で少し時間がかかってしまいまして」
燈香に遅れる形で挨拶すると恋さんも口元を緩め、柔らかく挨拶を返してくれる。さっきまで他の生徒と口火を切っていたとは思えない変わりように俺は内心驚きを隠せなかった。
「いつもいつも学校のお仕事で大変だね。でも、それって恋ちゃんがやっても大丈夫な事なの?」
「本来であれば先生方がこなすことですが、人手が足らずあまつさえ要領も分かり切れていない状態ですので私は特別に許可を頂きました」
学校の運営に関わることを生徒が担うのは如何か、と燈香は苦言を呈したが恋さんは自分から進言したとして先生に非はないと説明する。
「創設者の娘だからって事で実直にこなすのはいいことだけど、流石に真面目がすぎるんじゃないのか?」
「無論、私もずっとやるつもりではございません。いずれは私も一生徒として自分のやりたい事を始めたいと思っていますので」
「そっか~。そういえば恋ちゃんのやりたい事ってなんなの?」
「それは……」
燈香の質問に答えようとする恋さんだが、途端に口を噤んでしまう。先ほどまで饒舌だったのに、いきなり無言になってしまったので俺は少し戸惑う。
「恋さん?」
「……そうですね、習い事として嗜んでいたダンスについてもう一度始めようかと思います」
「あっ、恋ちゃんもフィギュアスケートをやってたって言ってもんね! 私も以前にやってたから是非恋ちゃんのダンスも見てみたいな!」
「あれ、燈香ってピアノしかやってないんじゃなかったっけ?」
燈香も予想外の進言に俺は素朴な疑問をぶつける。以前の自己紹介の時にはピアノを習っていたという話を聞いただけだったのでダンスもやっていた、というのは初耳だった。
「えへへ、実はダンスも両親の勧めで習ってたんだ。幼い頃から色々と経験を積んでおくのは大切な事だって教えられたからそれでね」
燈香は恥ずかしそうにしながらも笑顔で教えてくれる。全体的に線が細い燈香だからそういったことは習ってないと思っていたので、ダンスをやっていたというのは藪から棒だった。
「ふふっ。では、いずれは日向さんにダンスのお相手をして頂きたいですね」
「わ、私で務まるか分からないけど……が、がんばるよ!」
恋さんらとそんな他愛ない会話をしていたら始業のチャイムが鳴り教師も教室へ入ってきたので、俺達はすぐに自分たちの席へ着くのだった。
「ふぅ、やっと授業が終わったなぁ。じゃあ、燈香行くか」
その日の授業が終わり、ずっと座っていた為に固まっていた全身の筋肉をストレッチで程よく伸ばすと燈香の方へ振り向き声を掛ける。
燈香の方を見ると既に準備万端だったようで荷物も纏めて移動できる状態だった。
「うん! 私は大丈夫だよ!」
「二人とも、どこかへお出かけに行かれるのですか?」
俺達の事情を露知らずの恋さんは帰りのホームルームが終わってすぐに帰宅準備をしている俺達を見て素朴な疑問をぶつけてきた。
「これから学校内を散策してくるんだよ。まだまだこの学校は知らない事尽くしだしな」
「あっ、折角なら恋ちゃんも一緒にどう? 実は恋ちゃんも知らないようなことが見つかったりするかも?」
俺が恋さんの質問へ答えると燈香が横から学校探検に勧誘してきた。確かに恋さんはこの学校の事を他の生徒よりはたくさん知っている事だろう。各教室毎の解説も含めて、もし都合が合えば一緒に回ってほしいものだ。
だが、俺達の期待に反して恋さんから出た言葉は断りのそれだった。
「すみません。面白そうではありますが、理事長から呼び出されているので難しいかと……」
「そっかぁ……先生からの呼び出しってそんなに長いものなの……?」
「そういうわけではないと思いますが……」
誘う度に先生の呼び出しを理由に断られてしまう事もあり、少し燈香もうんざりしている様子だった。恋さんもその空気を感じ取っているが、それでも先生からの頼みごとを断るわけにもいかない。
顎に手を当てながら思考を巡らせた恋さんははっと何かを思いつきとある提案を投げてくれた。
「そうですね、用件が終わった後ならばお時間が取れると思いますので、もしよろしければ後ほど合流という形でもいいですか?」
「えっ、ほんとう!?」
「それは嬉しいけど……無理してないのか?」
承諾を貰えて嬉しそうに燈香は目を輝かせる。その反面、俺は恋さんの身体を心配する。入学して早々から生徒として全うする学問のみならず学校の仕事についてもこなしているのだ。まだ弱冠15歳の少女には到底負担が大きいようにも見えるのだ。
「私なら大丈夫です。この程度の事をこなせなければ創設者の娘として後を継ぐことは出来ませんから」
「それはそうだけどなぁ……」
「もう颯翔くん、恋ちゃんが大丈夫って言ってるからまずはそれを信じてみない? それにここでまた時間取ってると恋ちゃんが遅刻しちゃうし」
恋さんの言葉に苦言を呈していると燈香は頬を膨らませながら待ったを掛ける。燈香からの横やりで俺もこれ以上の論争は無駄と判断する。今ここでこんな話をしても物事が進展するわけでもないし、ただの井戸端会議でしかないのだ。そう考え、先ほどまでの会話を切り上げる。
「……それもそうだな。恋さん、長く足止めして悪かった」
「いえっ、気にしないで下さい。それよりも私の事を気に掛けて下さり嬉しいです。ありがとうございます」
「べ、別にそういうのじゃねえけど……」
いつもの恋さんの事だから軽く小言を言われるかと思ったが、思いのほか気にしてない様子でむしろ気に掛けたことにお礼を述べられる始末。流石にそこまでの跳ね返りを予想はしていなかったので俺も思わず顔が熱くなり、そっぽを向いてしまう。
だが、俺のそんな態度を見て恋さんが幼い子供を見るように穏やかな笑顔を向けてきていた。
「ふふっ。今の湊月くん、なんだかかわいらしいですね」
「はっ? かわいらしいって、俺はそんなんじゃ……!」
「そういう言動が余計にそう感じさせるのです。では、そろそろ私も行かなければいけないので、湊月くん、日向さん、また後ほど」
「うん! 終わったらまた教えてね、恋ちゃん!」
恋さんからの揶揄いに反論しようと思ったが、時間が迫ってることを理由に足早に教室から立ち去ってしまった。勝ち逃げされたような気分になり、少し悔しい感情が出てくる。
「……なんだ、このしてやられた感」
「颯翔くんの新しい一面だね」
やり場のないもどかしさを口から漏らすと、燈香が横に身体を近づけながら笑顔でそう言い放った。昨日、俺が燈香を揶揄った際のやり取りを再現して言ったのだろう。だが、それだけで俺の小腹を立たせるには十分だった。
「……うるさい」
「いたっ」
近づけてきた頭をめがけて手刀を軽く叩きつけた。燈香も本気で痛がりはしないものの目をぐっと瞑りながら苦悶の表情をする。
「颯翔くん、私への扱いがひどくない?」
「燈香の言い方が少しムカついただけだ」
「……昨日、私に同じことをしたのに?」
「……それについてはノーコメントで」
「それ、確信犯じゃん……」
先ほどの思考を読まれたような錯覚に陥り、俺はこの話題についての言及をやめる。横で燈香が訝し気にこちらを見ているが何も気にしない。
「とにかく、俺達もここで油を売ってる時間は無いし、俺達だけでまずは出発しようぜ」
「……なんか丸め込まれた気がするけど、それもそうだよね。よしっ、気を取り直して今からレッツゴー!」
燈香も気分を戻して、右腕を上げながら出発の音頭を取る。
これから巡る学校内の探検に少年心をくすぐられ、俺も内心ワクワクを抑えることが出来なかった。
未知なる場所への探求心、そこで待ち構えるものとは?