お待たせしました。
他作品との並行執筆で約2ヶ月開けてました。
本編23話です。
それではどうぞ。
恋さんから連絡を貰い部室棟の1階で燈香と雑談をしていると血相を変えた様子の恋さんが息を切らしながら走ってきた。
普段ならば廊下を走る生徒を諫める側であろう恋さんが諫められる側に立つというのはなんとも可笑しなことだが、彼女も真面目故にここまで忙しなくしているのだから口には出さず胸の内に留めておく。
「湊月くん、日向さん、お待たせしてしまい申し訳ございません……! まさかここまで時間が延びるとは思わず……!」
「別に良いって。それよりもお仕事お疲れさん」
「お疲れさま、恋ちゃん! 颯翔くんと早く来ないかなって話してて、すっごく待ちわびてたよ!」
「燈香、それは恋さんが余計に気にするから言ってやんなよ?」
燈香は恋さんと一緒に放課後の時間を過ごすのを楽しみにしていたので、それを強調して言おうとしたのだろうが、俺達を待たせたことに引け目を感じている恋さんにそれは逆効果のように感じる。
案の定、恋さんは燈香のその発言を聞いていたたまれない気持ちになり、身を縮こませているようにも見えた。
「うぅっ……そうですよね……すみません」
「ほら、言わんこっちゃない」
「あぁっ恋ちゃん! そういうつもりで言ったわけじゃなくて……ごめんなさい……!」
恋さんが泣きそうになりながら謝罪をすると燈香はそんな意図はなかったと弁解するように両手を前に出してアワアワと振る。なんだか二人のやり取りが見てて凄く微笑ましい所ではあるが、これに時間を使っているわけにもいかないのでここへ集まった目的へと話題を変える。
「それよりもこれで三人揃ったんだ。出発しようぜ」
「うん、そうだね!」
「分かりました。まずは一階からでしょうか?」
俺の進言にすぐさま燈香は気持ちを切り替えるように声色が明るくなる。恋さんも謝罪するのはここまでにして俺たちとの時間を楽しもうと行き先を確認する。
「そうだな。まずは一階が運動部の部室が並んでるから、そこから見ていこうぜ」
「うん!」
「はい!」
二人から同意の返事が聞けて満足した俺は部室棟の中へ入っていくのだった。
「ここはバレエの練習場か何かか?」
部室棟の中を巡り、最初に目に留まったものはダンスや演劇などの練習で目にする場所だ。フローリングの床面に南北の壁には鏡が取り付けられており前からも後ろからも自分の表情や全身姿を確認することができた。
「はい、主に演劇部の方々が利用する場として設けられてます。また、一般の生徒も申請を出せばここで好きに練習することができるんですよ」
「へぇー、ならダンスの練習とかならばここでやれるわけなんだな」
入り口の横に設けられた靴箱へローファーをしまい、フローリングへと足を踏み入れる。靴下越しに伝わる床の冷たさがほんのり気持ちが良い。
「じゃあ、恋さんはこういう所でフィギュアスケートの練習をしてたのか?」
「そうですね。家にこれと同じ部屋があるのでスケートリンクが使えない時はそれで練習していました」
「えっ、この部屋が丸ごと家にあるの!?」
恋さんの口から出た事実に燈香は声を上げて衝撃を受ける。声には出していないが俺も密かに目を見開いて驚きの表情を見せていた。
「そ、そうですが……そんなにおかしな話でしょうか?」
「……むしろそれがおかしいと思わないのか?」
恋さんがあたかも俺達の家にも設けられているのでは、と言わんばかりに素朴な疑問をぶつけてきて少しばかり頭が痛くなってくるのを感じる。親が学校の創設者という点もあって箱入り娘で育てられたのだろうか。
「まあ別にその話はいいか……。実際、こういった所ではどんな練習をするんだ?」
「そうですね、最初は身体を慣らすためにストレッチや柔軟をやります。その後はこうしてバーに足を置きながら……」
恋さんはそう言いながら腰ほどの高さで壁に取り付いているバーに足を掛けながら、それを用いた練習を実演してくれた。
普段では中々見れない光景なのだが、一つだけ問題があった。
彼女は制服であまつさえ腰ほどの高さに足を上げている。つまりスカートの中が見えそうになっているのだ。ポーズを取っている彼女を直視するのは流石にまずいと判断し、反射的に目を反らす。隣にいる燈香も察したようでスカートの中を見ないようにすぐさま両手で顔を隠していたが、彼女の姿が気になるのか指と指の間を開けて恋さんの方を見つめていた。恥ずかしくなっているのか顔が少し紅潮している。
「れ、恋ちゃん……!」
「……恋さん、あんたってそういう事を見境なくやるのか?」
「えっ? …………はっ!?」
俺と燈香の様子を見て、一瞬で全てを理解した恋さんはすぐにバーから足を下ろしスカートを押さえる所作をする。別に彼女の楽園を覗いたわけではないが、何故かものすごい罪悪感に苛まれていた。
「これは俺達は何も言ってないからな。恋さんが勝手にやったことだぞ?」
「べ、別にそこまで言わないで下さい! 自分でも馬鹿なことをしていたのは分かっています!」
「……こ、ここはもう移動した方がよさそうだね……」
この場にいる3人ともがいたたまれない気持ちになってしまい、無言のまま次の場所へと向かうのだった。
1階にある体育系の部室を見回った後、俺達は2階へ移動しようと階段を上がっていた。
「恋さん、二度と同じヘマはしないようにな」
「で、ですから私も好きであんなことをしたわけではありません!」
先ほどの練習場での珍事からか恋さんは先頭を歩こうとはせず俺と燈香の後ろを追う形で付いて来ていた。あのような行為は俺としても再発してほしくないので二度としないように釘を刺すが恋さんはそっぽを向いていた。親切に忠告しているというのに恋さんから反抗的な態度を取られてしまい、思わず怪訝な表情をしてしまう。
「あのなぁ……」
「そ、それよりも次は2階だよね? そこは主に文化系の部室が並んでるんだよね?」
険悪な空気になりそうな予感を察知した燈香はすぐに話題を切り替えた。燈香の質問に対して恋さんは表情を戻しながら答える。
「はい。美術部やパソコン部、茶華道部などがあります」
「なら普段だとお目に掛かれないような珍しいもんとか見れそうだな」
「ふふっ、そうですね」
恋さんの解説を聞いて、俺は骨董品探しをしているような感覚を覚えワクワクしていた。
「…………あっ」
2階へ上がり、早速部室を見て回ろうと思った矢先に恋さんは3階に上がれないようにカラーコーンで張られているバリケードを見て小さく声を上げた。
「恋さん、どうかしたか?」
「……教室へ忘れ物をしていたのを思い出しました。少しだけ席を外すので先に行っててもらっても良いですか?」
俺の質問に恋さんは笑顔を見せて急用を思い出す。だが、先ほどの視線と発言が一致していないこともあり、俺は何か事情があると察した。
「……分かった、なら燈香と先に行っておくからさっさと済ませるんだぞ?」
「……はい、ありがとうございます」
恋さんからの返事に満足した俺は踊り場を後にして廊下へと向かう。そして、恋さんから俺達の姿が見えなくなった瞬間に壁の陰へと隠れる。
「颯翔くん? どうし──」
「……静かに」
突然、物陰に潜み始めた俺を不審に思った燈香は声を掛けてくるが、咄嗟に燈香の口に指を当てて静かにするように促す。燈香も俺の言いたい事が理解できたのかすぐに口を噤む。
「……燈香、少し待っててもらってもいいか?」
「恋ちゃんのこと?」
俺が声のトーンを抑えると彼女もすぐに察して同じように合わせてくれる。皆まで言わずともすぐに理解してくれるのは本当に助かる。
「多分、あの感じだと……」
最後まで言わずに静かにしていると、ローファーが階段を叩く音が辺り一帯に響いていた。一音一音のリズムがよく、それでいて強く聞こえる様子から階段を上っているようだった。
「恋さんの様子を見てきてもいいか? 大丈夫、悪い空気にするつもりはない」
「……分かった。恋ちゃんの事を調べたいんだよね? 私はここで待ってるから行ってきていいよ」
俺の突然の提案に燈香は胸の前で握り拳を作りながら了承してくれる。余計な詮索をせずに笑顔で送り出してくれて俺も思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう、燈香。ちょっと行ってくる」
燈香に一言お礼を述べると、俺は恋さんに気付かれないように階段を上がっていくのだった。
階段を上がり、学校アイドル部の部室が目の前に見えた途端、恋さんが部室の前で静止しているのを見つけて思わず階段の陰に隠れる。
「……恋さん」
恋さんは扉の上に掲示されているネームプレートを取り外し、その無機質な表面をただ見つめていた。
「……ここに学校アイドル部があったことを失念していました。これだけは外しておかないと……。でなければ澁谷さん達は必ずここを見つけて部室として使わせるように理事長へ直談判するでしょうね」
静かにそう呟く恋さん。確かに彼女の言う通り、いくらバリケードを張っているとはいえ俺みたいに興味本位で足を運ぶ人間も少なくないだろう。気になった事にはぐいぐいと首を突っ込む可可や彼女たちの取り巻きがここの存在をかのんらに伝える可能性もゼロではない。であれば、この部室が学校アイドル部のものであることはひた隠しにする必要がある。
「プレートを外しておけば、室内は質素な状態ですからここを学校アイドル部の部室とは想像できないでしょうし、こうしておきましょう」
恋さんはジャケットのポケットから多くの鍵が纏められた鍵束を取り出す。どうやら、学校内の戸締りに関して彼女にも役割を与えられているようだった。そして、部室の錠がガチャっと閉まる音が聞こえると恋さんは取っ手に手を掛け、扉が開かないことを確認する。
「これで、この中に眠っている学校アイドルの歴史を探ることは出来なくなる」
恋さんは扉を見据えながらそう言い切る。
「……これで……良いんですよね。お母さま……」
そう発言する恋さんの声はどこか寂しそうな声音だった。
(お母さま……、なぜ恋さんは母親の事を口に出したんだ……?)
恋さんが口にしたこの学校の創設者、葉月花。突然出てきたその名前に俺は疑問を浮かべる事しかできなかった。だが、これで良いという発言やこれまでのかのん達とのやり取りを見てきて、恋さんとスクールアイドルの関係に葉月花さんがなんらかの形で影響を及ぼしているという事を想像するのはそう難くなかった。
(いや、考えていても仕方ない。ここでじっと見ていても何も収穫は得られないし、彼女に見つかったら後々が面倒だ)
陰で恋さんの事情を考えていても、それはただの憶測でしかなく結果が出るわけではない。そう判断し、俺は恋さんに気付かれないように足音を殺しながら階段を降りる。
葉月恋とスクールアイドル。そして、スクールアイドルと葉月花。これらの関係性について謎が深まるばかりであり、俺は頭を捻らせながら燈香の元へと戻るのだった。
これで良い。ただそう思っただけなのに。