お待たせしました。
本編25話です。
それではどうぞ。
正門前で燈香と別れてから俺の前に姿を現したのは運動着を身に纏った千砂都だった。
「……こんな時間に走り込みなんて珍しいな。何かあったのか?」
「うん。……とは言っても私が主役じゃないんだけどね」
一瞬頷いてみせた千砂都だったがすぐに苦笑いをしながら否定する。
「それは一体どういう……?」
「ちぃちゃぁぁぁん……! もう疲れたよぉぉ〜〜……!」
千砂都の発言が分からず聞き返そうとした時、彼女の後ろから聞き覚えのある声が耳に入ってきた。その声の主は助けを求めるように千砂都へ飛び付いた。相手の情けない姿を見て可笑しく思ったのか千砂都は笑って彼女を励ます。
「あっはは。お疲れさま、かのんちゃん」
「……そういうことか」
「えっ? ……うわっ! なんではーく…………どうして颯翔がここにいるの?」
千砂都とは違う学校指定の体操着に着替えているかのんの姿を見て、なぜ彼女がそんな格好でいるのかを想像するのは難しいことではなかった。
一方で、かのんも千砂都に体を預けながら俺の声を聴いたため、飛ぶように驚きの様子を見せた。条件反射で昔の呼び方に戻っていたかのんだったがすぐに意識を戻し呼び捨てで俺を呼ぶ。
「俺は野暮用だ。それよりお前がその姿ってことは……」
「かのんサ〜ン、ちさとサ〜ン……待って下サ〜イ……!!」
とある人物がいないことに気付いた矢先に、該当の人物が酷く疲れた声で駆け寄ってきた。だが、地面を這いつくばいながら近づくそれは駆け寄るという言葉とは縁遠いものだった。
「……パワハラ?」
「違うよ!!」
可可の
「これはかのんちゃん達の特訓だよ。スクールアイドルのイベントで結果を残すっていう目標が出来たからここ最近はずっとこうして練習に付き合ってあげてるの」
「……そうか」
かのん達の目的、それは代々木公園にて行われるスクールアイドルのイベントに参加し最優秀賞を受賞すること。その為に彼女らは筋力トレーニングとして走り込みをしていたのだろう。スクールアイドルに関しては素人の俺だが、アイドルという言葉も冠していることからステージで歌って踊れる存在でなければいけないということは容易に想像できる。
昔のかのんは小学校の頃だと快活に走り回る印象があったが、今ではその影もなく自身の体力の無さに打ちひしがれているようだった。しかし、その隣でうつ伏せになっている可可の様子も見る限りかのんの体力に問題があるわけではなくむしろ千砂都の方が異常なのかもしれない。
肩で息をしている可可の元に近づき声をかける。
「よっ、死にかけてんじゃねえか」
「うぅっ……。ハッ!! ハヤトデス!!」
「人をおばけみたいに言うな」
地面とキスするように這いつくばる可可が気力を振り絞って顔を上げると急速に目を見開いて驚きの声を上げる。
「ど、どうシテ、ハヤトがここに……?」
「私用で残ってたんだ。お前も澁谷たちとスクールアイドルになるための特訓か?」
俺の前でいつまでもだらしない姿を見せるわけにはいかなかった可可は呼吸を整えながら立ち上がり、笑顔で俺と対峙した。
「はいデス! リジチョーと約束しまシタので、ククはくうくうと寝てる場合ではないのデス!!」
「おっ? 可可ちゃんやる気十分だね〜。ならもう1セット走り込み行く?」
「ヒェッ……そ、それだけはカンベンしてくだサ〜イ!!」
「……やっぱパワハラ顧問じゃねえか」
千砂都と可可のやり取りに苦笑を漏らすとかのんが無表情とも不機嫌とも取れる表情のままこちらへ近づいてきた。
「……スクールアイドルのライブのこと、誰かから聞いたの?」
「いや、風の噂で聞いただけだ。別に知ったからといってお前のことを揶揄するつもりはねえからそこは安心しろ」
「……まぁそういうことにしておく」
「あっ、かのんちゃんどこ行くの?」
俺の言葉にかのんは大した反応を示すこともなく俺から離れる。その場を移動しようとするかのんに千砂都は声をかけた。
「もう一周だけ走ってこようと思って。可可ちゃんは先にストレッチして休んでていいよ、すぐに戻るから」
「あっ、かのんサン……!」
可可は静止しようと試みるもかのんは聞く耳を持たずに学校周りを走り始めに行ってしまった。しかし、今の分で終わりの予定だった走り込みを再度行うかのんの姿に感化された可可は両手を強く握り息巻く様子を見せた。
「ウゥっ……かのんサンがガンバッテルのにククだけが休んでるわけにはいきマセン! チサトさん、ククももう一周だけ走ってキマス!」
「い、いいけど無理だけはしないでね?」
「ハイです!」
可可は千砂都の警告に敬礼しながら答える。そして、かのんに続いて走り出そうとした矢先に「あっ」と声を上げてこちらへ振り向いた。
「ハヤト、歌詞アリがとうございマシタ。ハヤトのおかげでスバラシイ曲がデキる予感がシマス!」
可可から借りた歌詞ノートを今日の昼間に返したのでそのお礼を述べてきた。彼女の反応から察するに歌詞の校正は上手くいっていたようで楽曲の方も少しずつ形成されているようだった。
「お気に召したなら何よりだ。スクールアイドル、頑張れよ」
「アリがとうございマス!! クク、ガンバリマス!!」
俺からの励ましに嬉しくなった可可は一段と声が大きくなり、高まった状態のままかのんの元へ走り出して行った。かのんと可可の後ろ姿を見送っていると千砂都が横から声をかける。
「やっぱり可可ちゃんのノートに手を加えたの颯翔くんだったんだね?」
「やっぱりって、千砂都は気づいてたのか?」
「可可ちゃんにノートの中身を見せてもらった時に見覚えのある字だな〜って。可可ちゃんが誰かにスクールアイドルの事でお願いをするなら颯翔くんしかいないかなって思ったから」
千砂都は小学生の頃の筆跡を思い返しつつ俺の字だと勘づいたようだ。3年は経っているとはいえ、それを覚えているのは感心してしまう。
「あいつが言っても聞かなかったからな。スクールアイドル部への勧誘も懲りずにしてきたから、それをしないこととの交換条件で承諾した」
「あっはは、さすが可可ちゃんだ!」
一度や二度拒否されただけでは諦めない可可の執念に千砂都も思わず笑いが溢れる。俺も今になって可可の行動が思い返されついため息が出てしまう。
「……ったく人の心情も考えようとせずによく食い付けるよな……」
「でも、やってよかったって思ってるんじゃない?」
可可に対して軽い小言を垂れると千砂都は不意に問いかけてきた。先ほどまでの俺のボヤキからどうしてそう結び付くのか分からず、俺は彼女に聞き返す。
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって今の颯翔くん、すごく嬉しそうなんだもん」
「……は?」
唐突にそんなことを言われ、俺は思わず変な声を出してしまった。千砂都はそんな俺を気に留めずに話を続けた。
「だって、可可ちゃんと話してるときの颯翔くん、すごく良い顔してたもん。これ以上にないくらい温かくて優しい笑顔って感じで」
「……べ、別に俺はそういうつもりじゃあ……」
どうやら可可に頼られて嬉しくなった気持ちがそのまま表情にも出ていたようだ。そうつけ込まれた瞬間、急に恥ずかしさが押し寄せてきて、すぐさま誤魔化そうとするが顔が熱くなってるところを千砂都は見逃さなかった。
「あれ? 颯翔くん、顔が赤くなってるよ?」
「……これは夕陽に当てられてるだけだ」
「あはは、じゃあそういうことにしておく」
千砂都はそう言って追及をやめたがぶっちゃけな所、彼女はまだまだ深掘りしたくて仕方ないだろう。二人だけのこんなやり取りもこの学校に来てからはそうそうしていなかったし、内心俺も楽しいと思ってしまっていた。
彼女の話が終わると今度はこちらの番とある質問をぶつける。
「そういえば、一つ気になったことがあるんだがいいか?」
「ん? どうしたの?」
千砂都は笑みを残したままこちらの質問に答えようとする意思を見せる。
「お前……いつの間にそこまで運動できるようになったんだ?」
俺が気になったこと、それは千砂都が体育会系として申し分ない体力を持っていたことだ。以前の千砂都は一人で遊ぶことが多かったし、運動をあまり得意としていなかった。むしろかのんの方が元気に遊んでいたから昔見ていた光景と現実の違いに俺は理解が追いついていなかった。
俺の疑問に千砂都は言うと思ったと言わんばかりに笑顔を向けていた。
「それはね、昔の私を超えるためだよ」
「昔の千砂都を……超える?」
「うん、颯翔くんも知ってる通り昔の私は人見知りでいつも颯翔くんやかのんちゃんの後ろに隠れてた。でもね、分かったんだ。このままだと私は永遠に二人の後ろを追いかけるだけになるって」
過去の己を思い返しながら、千砂都は俺に背を向けて夕陽を見つめる。
「颯翔くんと離れてかのんちゃんと二人きりの学校生活になった時、思ったの。今まで颯翔くんたちから沢山の勇気を貰った。それなのに、私は二人に全く恩返しが出来てないって。だから二人から貰った勇気で今度は私が大切な人を助けてあげたいの」
千砂都はまっすぐに夕陽を見据え自分の想いを語る。夕陽は千砂都の頭で隠れて眩しさが鳴りを潜めていたが、それでも俺は目を凝らしてしまった。自分の信念に従って行動する千砂都の姿が妙に眩しく見えてしまったのだ。
「その為に私はひたすら努力を重ねた。かのんちゃんは音楽を世界に響かせたいっていう夢がある。小さい頃から語ってた夢だけど、それを夢物語にはさせたくないの」
「……確かに、あいつはいつも『わたしの歌をみんなに届けたい』って言ってたな」
かのんの夢、それは幼い頃から嫌というほど聞かされた。彼女の夢は自分の歌で沢山の人に元気をあげたい。昔から歌うことが好きだったかのんは俺たちに歌を聞かせてくれた。彼女の家で遊ぶ時には両親と練習したというギターも弾いて、一緒に歌ってくれたりもした。昔から音楽に精通していたかのんと一緒にいたこともあり、俺や千砂都も音楽に関心を持ち始め、俺がダンスを始めるきっかけになったのもかのんの影響だ。
「かのんちゃんの音楽がきっかけで颯翔くんもダンスを始めた。初めてそれを聞いた時はすごく驚いたよ」
「あいつの歌は俺をいつも楽しい気分にさせてくれたからな。だから、俺なりにあいつの夢を支えてやりたいって思った」
俺がダンスを始めたきっかけ、それはかのんの歌に感化されたから。彼女が楽しそうに歌う様子がすごく眩しくて彼女の歌に何か力を貸せないかを考えた時に思いついたことがダンスだった。
「でも、最初はダンスなんて呼ぶには早かったよね。颯翔くんも何をすればいいのか分からずにとりあえず自分の思うがままに身体を動かしてたって感じで」
「あ、あの頃は子どもだったし踊るなんてやったことなかったから仕方ないだろ」
こちらへ振り向き、懐かしむように俺のダンスと呼べないダンスについて感想を述べる千砂都。俺も当時は行き当たりばったりで思いついたから、なかなかの醜態を晒していたのではと今になって思う。
「でもね、私にとってはそうして新しいことに挑戦しようとした颯翔くんもすごくかっこいいなって思ったの。自分の気持ちに正直になることの大切さをその時に教えてもらったんだ」
「千砂都……」
「こうして私は颯翔くんとかのんちゃんから沢山の勇気をもらった。そして、今はかのんちゃんが新しい夢へ一歩を踏み出そうとしてる」
千砂都は自分の胸の前で握り拳を作り、そのまま言葉を紡ぐ。
「だから、今度は私の番。かのんちゃんの後ろを付いていくだけじゃなくてかのんちゃんの横に並びたい。その為に私は変わる決意をしたの」
千砂都はまっすぐ俺の目を見つめる。曇り気のないその眼差しに俺は思わず目を逸らしてしまう。
「……すごいな、千砂都は。俺には……到底真似できねぇよ」
「そんなことはないよ。颯翔くんがいなかったら今の私はいないから」
苦汁を飲むような苦悶の表情をする俺に千砂都は真剣な面持ちでこちらへ近づき、俺の右手をそっと両手で包み込んだ。
「私は、あの時の颯翔くんの想いも背負って、今ここに立ってる」
彼女の言うあの時とはおそらくダンスを辞めるきっかけとなった出来事の時だろう。でなければ彼女から突然笑顔が消えることはない。
「颯翔くんがダンスを辞めざるを得なくなったのは私のせい。だからこれは私が負わなくいけない使命、そして私の罪なの」
千砂都の決意に俺は茫然としていた。かのんの横に立って彼女を支えるという千砂都の夢に、乗せる必要のない想いが込もっていたからだ。
「……だから、あれはお前が気にする必要はないって何回言えば──」
「それじゃあ、私が納得できないの!」
「……っ!」
俺の嗜めに千砂都は手を握る力を強めながら言葉を被せてきた。今までの彼女なら絶対にしない行動に思わず言葉が詰まる。
「颯翔くんが良くても……私がそれを許せないの。じゃないと……私はまた颯翔くんの優しさに甘えちゃうから」
「千砂都……」
千砂都は手を離すと俺に背を向けてゆっくりと歩き始めた。
「颯翔くんの成し得なかった夢を私が背負う。だから、颯翔くんはかのんちゃんの夢を見守ってあげて?」
千砂都をチラッとこちらへ振り返り微笑みながらそう告げると先に走り出したかのん達を追うように走りに行った。唐突に訪れる静寂の中、俺は一人佇んでいた。
「千砂都……お前も……俺に縛られるのはやめてくれ……」
俺のせいでかのんだけでなく千砂都にも枷を嵌めてしまっていることを知り、俺はただ頭を抱える。彼女らを変えてしまった罪に苛まれながら俺は学校を後にするのだった。
輝けなくなったあなたの代わりに私が太陽になる。