お待たせしました。
新年明けましておめでとうございます。
本年も『吹き荒ぶ風、奏でる音』をどうぞよろしくお願いします。
それではどうぞ。
練習に励むかのん達と接触してから翌日、俺は廊下で学校内の掲示板を見つめていた。普段は事務連絡や部活動の入部希望のチラシが掲載されているのみで目にも留めていなかったのだが今日ばかりは違った。とある掲示物を眺めていると燈香が声を掛けてきた。
「颯翔くん、どうしたの? こんなところでぼーっとして」
「おう、燈香か。ちょっとな……」
燈香への返答が曖昧になっていると燈香は俺の目線の先を見て、考え事の起因について言及した。
「これってスクールアイドルのイベント?」
俺が見ていたもの、それはスクールアイドルのイベントに関するチラシだ。可可たちが自作したもののようで、代々木公園にて行われるスクールアイドルフェスでの自分たちの応援を促すメッセージが入っていた。
「あぁ。前にうちの教室に来てた唐さんって覚えてるか?」
「颯翔くんへスクールアイドルを熱烈にアプローチしてた子だよね? すごく表情豊かで可愛いよね♪」
可可のことを説明すると燈香はすぐに顔を思い浮かべたようだった。正門前でのプチ暴動で悪目立ちしていたので彼女への印象は悪いかと思っていたが、意外にも燈香は好印象を持っているようだ。
「彼女が部設立のために仲間と一緒にスクールアイドルのイベントへ参加するらしいんだ」
「へぇ〜、スクールアイドルとしての初イベントなんだね」
燈香は俺の話を聞きながらチラシの内容に目を通す。しっかりと読み込んでいるあたり興味があるのだろうか。
「俺は誘われてるわけじゃないけど……唐さんがスクールアイドル部へ声を掛けてくれたし、せっかくなら見に行こうかと思ってな。気になるなら燈香もどうだ?」
「う〜ん、見に行ってみたい気持ちもあるんだけどその日は部活があるから難しいかも……」
ライブ鑑賞に関心を示す燈香だったが、吹奏楽部の練習が早速始まるようで休日は練習が入っているようだった。
「そうか……もう部活も始まるなんて流石は吹奏楽部というか……」
「まあ、音楽に力を入れてるからね〜。歴史があるからこそ下手な演奏は見せられないから……。ライブの時間は夕方からみたいたからもし練習が早く終われば行けるかもしれないし、その時はまた連絡するね?」
「分かった。でも、無理はしなくていいからな?」
「えへへ、ありがと♪ なんとか行けるようにがんばるね!」
「颯翔くん、燈香さん。こんな所でどうしたのですか?」
燈香と話しながら彼女が無事に来れることを祈っていると恋さんが俺たちを見つけ声を掛けてきた。昨日の出来事もあってか早速名前呼びになっており、つい口が綻ぶ。燈香も嬉しかったようで恋さんの顔を見るや声色が一段と高くなる。
「あっ、恋ちゃん!」
「よっ、恋さん。今度の土曜日にスクールアイドルのイベントが代々木公園で行われるだろ? それの話をしてたところだ」
そう言いながら俺はチラシの方を見つめる。無論恋さんも既に把握している内容なので特に驚く様子を見せなかった。
「確かに澁谷さん達が息巻いていましたね。颯翔くんたちは見に行かれるのですか?」
「今のところは俺一人で参加するつもりだ。そういう恋さんは行くのか?」
俺の質問に恋さんは乗り気ではない様子を見せながら答える。
「……結果を見届けなくてはいけないので行くつもりです」
「部活動の立ち上げに関わるからか?」
「……澁谷さん達から聞いたのですか?」
「単なる予想だよ、あいつらから特に事情は聞いてねえさ」
俺の憶測に恋さんは刺すように視線をぶつけてくるが、余計なお説教はもらいたくないので恋さんから棘を刺されないようにさらっと受け流す。恋さんが俺に冷ややかな視線を浴びせていることに気づかずに燈香は俺と恋さんがイベントを見に行くと知って羨望の眼差しで見つめていた。
「えぇ〜二人とも見に行くなんていいなぁ〜……。私もなんとか行けるようにがんばる……」
「部活はサボらんようにな?」
「そ、そこまではしないよっ……!?」
俺は苦笑混じりにそう言うと燈香はドキッと跳ねながら否定の意を見せる。彼女は真面目な人物だからサボることは絶対にしないだろうが、それでも彼女の焦る表情が妙にかわいらしくてつい揶揄いたくなってしまう。
そんな話をしていると校内に予鈴が響き渡る。
「もう授業が始まる時間ですね。二人も戻りますよ?」
「おうさ。ほら、燈香も行くぞ」
「は〜い……」
予鈴を聞いて我先にと恋さんは教室へ戻る。彼女の後ろを追いかけながら燈香にも声を掛けるがライブを見に行けない悔しさか、俺に揶揄われた悔しさからか少し気分が落ち込んでいるようだった。
その日の放課後、学校内を出た俺はまっすぐ家に帰らず、ある場所へ行こうと寄り道をしていた。なんの変哲もない住宅街で俺一人だけの足音を響かせながら歩いていると目的の場所へ辿り着いた。
「ここもいつぶりなんだろうな……」
そこは小学生の頃までかのん達と一緒に遊んでいた小さな公園だ。以前からここにも顔を出そうと思っていたのだが、学校での出来事に思考を持っていかれていてここに寄ることを完全に失念してしまっていたのだ。
「……こう眺めてみると案外小さいもんだな」
子供向けに設計されている滑り台に上りながらそう呟く。滑り台の最上段で立つのでも無性に圧迫感を覚えてしまうのは幼い頃から身体が成長している証拠だろう。そして、そこから周囲を一望しても妙に虚しく感じてしまう所はこの公園の小ささを自覚してしまったが故であろう。
「ここであいつらといつも一緒に遊んでたな……」
幼少期、かのんと千砂都と一緒に滑り台やブランコ、砂遊びなどここでできる遊びはやり尽くしたと思う。それだけ三人でいた時間は俺にとってすごく大切なものであり、かけがえのない宝物だったのだ。しまいにはかのんがギターを持ってきて俺たちの前で演奏してくれたこともあった。そこから俺たちの音楽への関心が芽生え始めたというのは今更語ることではない。
景色を見渡す中、俺はとある一本の木に目が留まった。それまで懐かしい気分に浸っていた俺だったが、その木を見た瞬間に眉を一瞬顰めてしまった。
「…………」
滑り台から降りてその木へと近寄る。はたから見れば近くで同じように反り立っている木と全く遜色はない。むしろ何故この木に目が留まってしまうのかと疑問を抱かれるほどだろう。しかし、ここが俺にとっては絶対に忘れることのできない場所なのだ。俺の運命を変えたと言っても過言ではない大切な場所なのだ。
ざっと3メートルほど伸びている幹から生えているとある枝を見つめる。そこには一本の緑葉が残っている。その緑葉を見つめながら昔のことを振り返る。
────木の先端に引っかかった風船。それを取りに行こうと木に登る少年。少年の勇姿を泣きそうな表情で見守る少女。風船を掴み取った矢先に折れた枝。遠ざかる樹冠。────
「…………っ」
小学生の頃に降りかかった不運に苦渋の表情を浮かべていると、連鎖的に別の記憶も掘り起こされる。しかし、これに関しては自分でも思い出したくないためすぐさま消し去るように頭を左右へ振り払う。そして、別の思い出に縋るように俺はこの公園から逃げるように立ち去る。
「千砂都も……かのんも……何も悪くねぇんだ。全部……俺が悪いんだ……」
足元を見つめながら俺は自責の念に駆られていた。そして、今の自分がいる理由も他の誰でもない俺自身にあるのだと改めて自分に言い聞かせる。もうあの頃の三人には戻ることはできないことを噛み締めながら、俺はこの場を後にするのだった。
俺が逃げた場所は表参道を超えた先にある代々木公園、そこに併設されているステージだった。先ほどの公園からここまでは歩くとそれなりの時間がかかるのだが、そこまで時間の経過を認識していなかったため代々木公園へ向かう途中までの間、ずっと意識を張り巡らせていたのだということが自分でもよくわかった。
なぜここに来たのか、それはスクールアイドルのイベントがこのステージで開催されるからなのだが、今はタイミングが悪かったかもしれない。いよいよライブが週末に迫っているのだ。その関係でかのんたちがここを視察に来るかもしれない。そう考えるとここに来るのは悪手だっただろう。
「……やっと着いたね〜!」
装飾等が何もなされていない殺風景が広がるステージを眺めていると快活な少女の声が聞こえてきた。
「ここまで来るのに意外と時間かかったものね。でも、ステージとしては今までの中でも大きい方じゃない?」
「うん! 気分がパァッ、と晴れてくるね!」
声の聞こえる方へ振り返ると、そこには二人の少女がこちらに向かって歩いてきていた。両手をハの字にしながら朗らかな笑顔で話している少女は黄色の髪をポニーテールで纏めており見ているだけで励ましてくれるような印象を与えてくれる。そして、もう一人の少女は紫色の髪をストレートに伸ばしており髪の一部にピンクのメッシュを入れている。黄色髪の少女と違い身長が高く物静かな声色で会話している様子からクールで知的な印象を与えていた。
二人を観察していると少女らはこちらの視線に気づいて声を掛けてきた。
「あっ、こんにちは!」
「どうも、こんにちは」
「こんにちは、貴方もイベントの参加者?」
紫髪の少女からの質問に俺は手を振り否定の意を見せる。
「いえ、俺は観客として見に来るだけの人物です」
「……そうやって返すってことはここで開催されるイベントのことを知ってるみたいですね?」
俺の回答が含みのある言い方に聞こえたようで紫髪の少女は目を細めながら笑みを浮かべる。この場所で参加者という言葉が出てきたのでスクールアイドルのイベントのことを示唆していると思っていたのだが、どうやらその予想は当たっていたらしい。
「ここでのイベントに知り合いが出るつもりなので、どんな会場かを見にきただけです」
「へぇ〜なら私たちと同じですね! ちなみになんていうグループ名なんですか?」
黄色髪の少女が会話の内容に興味を示してくる。だが、かのん達のグループ名は把握していないのでその質問に答えることはできなかった。
「あぁ、すみません。そこまでは分からないですね。今年から立ち上げたばかりなので……」
「そうですか〜、分かりました! ありがとうございます!」
質問に答えられなかった俺を咎めることもなく少女は笑顔で返事をしてくれる。太陽のような眩しい笑顔で話してくれるので見ていて気持ちが良い。
「それより、お二人もスクールアイドルなんですか?」
「そうですよ。昨年から始めて少しずつ力を付けてきたといった所です」
俺の質問に紫髪の少女が答えてくれる。そして、何かを思い出したようにあっ、と声を出した。
「すみません。自己紹介が遅れました。私たちは
「私は
紫髪の少女は摩央さん、黄色髪の少女は悠奈さん。悠奈さんは自己紹介と同時に先ほどと同じように両手でハの字を作る。
「ぱ、パァッ?」
「気にしないで下さい。これは私たちの合言葉のようなものですから」
悠奈さんの突然の行動に困惑していると摩央さんが微笑を浮かべながら解説してくれる。摩央さんの解説を聞いた上で悠奈さんのサインを確認すると、顔の右側にハの字を作り、口で『パ』と開けることで手口で『パ』を再現していると分かって拘りの高さが窺えた。
「なるほど……。あっ、自分は湊月 颯翔。結ヶ丘高校に通う一年生です」
「結ヶ丘って今年設立されたあの新設校だよね?」
「へぇ〜、期待の新人さんってことなんだね!」
俺の自己紹介を聞いてサニーパッションの二人は内輪で話し始める。期待の新人、はたから見ればあいつらもそう見えるようになるのかもしれないな。
「あの、お二人はどこから……?」
「私たちは
「神津島……?」
全く聞き慣れない地名を出されどのような反応をすれば良いものか思考が停止してしまう。だが、相手もそれを承知済みのようで摩央さんがすぐにフォローを入れてくれた。
「……そういう反応になるのは仕方ないです。東京から南に離れたところにある小さな島のことです」
「そ、そうですか。神津島からわざわざここまで足を運んできたんですか?」
「そうなんです。私たちも巷ではやっと名前が知れ渡っていて、だけどもっと上を目指さなくちゃってことでここで開催されるイベントに参加するんです」
悠奈さんは先ほどよりも幾分か暗い笑顔を見せながら教えてくれる。サニーパッションという名前は聞いたことがなかったのだが、可可に聞けば案外話が通じるのだろうか。
「そういうことですか。すみません、自分はお二人のことを全く知らなくて……」
「全然気にしないでください! 少し名前が知れ渡っているからと言って万人が知っているわけではないので!」
「それに、同じ高校生である湊月さんが名前すらも知らないということならば、それは私たちの実力不足が故の結果です。気にしなくていいですよ」
二人のメンツを潰してしまったような申し訳なさを感じているとサニーパッションの二人は気にしていない様子を見せる。それどころか自分たちの力不足としてより己を律しようとするその反骨精神に感服してしまう。
「すごい心意気ですね。見ていてかっこいいです」
「ははっ、ありがとうございます。もし湊月さんが今度のライブに来るなら、是非サニパのライブも見ていってください!」
悠奈さんからの勧めを断る理由は俺にはなかった。彼女達の誠実な姿やスクールアイドルとしての在り方に触れて、そのライブを見に行かないというのは非常に勿体無いことだ。
「はい、是非楽しみにしています。頑張ってくださいね」
「ふふっ、ありがとうございます」
彼女らの誘いを快諾すると摩央さんは嬉しそうに笑ってみせた。クールに微笑むその姿は異性のみならず同性も虜にしてしまうのではないかと錯覚してしまう。
「じゃあ、会場の確認も終わったし私たちは他を回りましょうか」
「そうだね! じゃあ湊月くん、私たちはこれで! ライブで待ってますね〜!」
「はい。それではまた」
手を振りながら別れを告げる悠奈さんに俺も釣られるように手を振り返す。そして、そのままサニーパッションの二人は会場を後にするのだった。
そこはかとなく眩しい笑顔の悠奈さんと知的で冷静沈着な摩央さん。対照的な二人が見せるライブがどういったものになるのか非常に興味が出てきた。
「……ライブまでにあの二人のライブを確認しておくか」
こうして俺は代々木公園を後にする。先ほどまで乱れていた俺の心も彼女らの光を浴びて落ち着きを取り戻していたのだった。
異境の地から貴方にお届け。