吹き荒ぶ風、奏でる音   作:M-SYA

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身支度

「おはよう。颯翔、随分と不機嫌な顔してるな?」

 

 悪夢から目覚め、リビングへ向かうと兄の湊月(みつき) (なぎ)が既に朝食を摂っていた。

 

「おはよう。まあ嫌な夢を見たって所だな」

 

「ははっ、今日から高校生デビューなのにスタートダッシュが上手くいかないな」

 

 いつにも増して脱力感に襲われている俺を見て、凪は快活に笑う。そんな兄を尻目に俺は朝食が既に置かれている席へと向かい、静かに腰を下ろす。

 

「……父さんらは?」

 

「もう仕事に行ったよ。弁当と水筒はそこに置いてあるから持って行けって」

 

 父さんらは早い時間から仕事の為に既に外出していたようだ。カウンターの方へ目を向けると確かに俺の分と凪の分と思わしき弁当、水筒が置いてあった。尤も今日は午前中で終わるだろうから弁当はわざわざ用意しなくてよいはずだが。

 

「……了解」

 

「送り出してくれる奴が俺だけで寂しいってか?」

 

「……別にそんなんじゃない」

 

「ふっ。ま、そういうことにしとくさ」

 

 勿論、両親が仕事の関係で朝が早いのは百も承知していた。だが、今日は俺の門出という事もあり少しばかりそういった事を期待してしまう自分もいた。だが、現実は無情にも普段の日常と変わらない様相を見せていた。

 

 こればかりは仕方ないと割り切りつつ、俺は作り置きされていた朝食を食べる。トースターで温められたばかりであろう食パンはサクッと音が立ち、素朴な味が体全体に染み渡り朝の食事には最適なものだった。

 

 食事に舌鼓を打っていると話題は俺の入学に至った経緯の話になった。

 

「にしてもお前が結ヶ丘に行くなんて思わなかったよ」

 

「そうか?」

 

「だってお前、今はダンスをやれる身体じゃないんだぞ?」

 

 そう、俺は過去に負った怪我により腰を悪くしており、昔やっていたダンスを今はできない身体となっているのだ。

 

「そうだけど、でもそれだけでダンスを諦められるわけじゃないし、やっぱり音楽は好きだからな」

 

 身体が悪くなってしまったことによる影響はやはりあるが、それで音楽に対する熱が冷めるかと言われればそうとはならない。

 

 そんなことを考えていると、凪は幼い頃の話を振ってきた。

 

「そうか……昔の事もあったし、それが原動力になってるのかと思ったが、そうでもなさそうか?」

 

 昔の事。それがどういった内容を示しているのか想像するのはそう難くなかった。

 

 凪が言う昔の事、それは幼馴染であった二人との関係であり、音楽についてもその二人が起因で始めたところもあったため、今も俺が続けている要因に二人のことが関係していると踏んでいるのだろう。

 

 だが、既に彼女らとの縁が切れている俺にとってそれは関係のないことだった。

 

「……別にあいつらのことは関係ない。これは俺が好きにやりたいから決めてることだ」

 

「……そうか」

 

 俺の言葉を聞いて、凪は真顔でそう呟きそれ以上の詮索をやめた。食べ終わった食器を片付けようと席を外す凪にとある忠告をする。

 

「あと、あいつらの事を話題に出すのはやめてくれ。もう……あいつらは幼馴染でも何でもない」

 

「……あぁ、分かった。すまねえな、配慮が足りてなくて」

 

 俺の意図を汲んでくれたのか凪は嫌な顔一つせずに了承してくれた。こういう時、いつも何も言わずに俺の意志を尊重してくれるのはさすが兄というべきところか。

 

「別にいいよ。俺もそれに対して何も言ってなかったし」

 

「あっはは、それもそうか。ならお互い様ってことにしとくか」

 

 笑いながら場を和ませると凪はリビングから去っていく。一人になった部屋で俺は黙々と食事を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、自部屋に戻ると結ヶ丘指定の制服を手に取り、まじまじとその風貌を眺めた。

 

 結ヶ丘高等学校は普通科と音楽科に分かれており、学科により制服も異なる。普通科は灰色を基調したトップス、紺色のジャケットがセットとなっている。それに対して音楽科は全体的に白を基調した制服となっているため、他人の学科を見分ける事は容易に可能となっている。

 

 俺は音楽科を受かっていた関係から白の制服を用意されている。結ヶ丘高等学校は当初そこで存在していた学校の伝統を受け継ぐ高校としていることから、音楽科への進学を熱望している生徒が多く音楽科の倍率はかなり高いものになっていた。

 

 さらに当初の学校が女子高だった経緯もあり女子生徒からの人気も強い。そんな悪条件の中で音楽科の生徒として合格できたことは言葉にし難い喜びが強かった。

 

 受験当時の振り返りもそれくらいにして、改めて制服に袖を通す。まだまだ育ち盛りであることから制服のサイズもワンランク大きいものにしていたため、やはり服のサイズと身体が見合っておらずダボッとしていた。

 

「……今日から、結ヶ丘の生徒か……」

 

 制服を通した後、全身鏡で自分の姿を確認する。まだ着慣れてない感覚がありイマイチ自分でも実感が湧かず不意にらしくない言葉を吐いてしまう。だが、入学する前からそこまで弱気になっても仕方ないので、一発景気づけに両手で頬を叩く。

 

「……よし、行こうか」

 

 お陰で気持ちがリフレッシュされたようでふと笑顔がやってくる。だが、時間も迫っていたのでさっさと荷物を纏めて玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、その制服、似合ってるじゃねえか」

 

 学校指定のローファーを履いていると、凪が玄関に顔を覗かせてきた。

 

「まだガキっぽさは残るけどな」

 

「それでももう高校生だ。兄弟としては感慨深いもんだぜ?」

 

 確かに子供の成長ほど時の流れを実感することはない。凪としても俺がここまで成長していることに対して感動を覚えているのだろう。

 

「……そんなもんか?」

 

「そういうもんだ。今日は学校は午前中までだろ? 折角こっちに帰ってきたんだし、久々に辺りを見て回ったらどうだ?」

 

 俺の家の家庭事情は世間と比べて忙しい。小学生まではこの場所で生活をしていたが途中で親の都合で転校、その後高校生になってもう一度この場所へと戻ってきたのだ。

 

 この場所を離れてから3年ほどの時が流れているが、どれほど街並みが変わっているのか興味がある。とある場所らに近づくのは抵抗があるがそれ以外の知っている場所近辺については探索してみようか。

 

「そうだな、折角の機会だし色々と回ってみるよ」

 

「おうさ、じゃあ気を付けてな。いってらっしゃい」

 

「おう、いってきます」

 

 凪の見送りに身体を向き直して、そっと手を振る。そして、軽く息を吐いて結ヶ丘へと出発するのだった。

 

 




新しいステージに上がる少年へ吹く春風
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